やること盛りだくさんで引きこもれない!⑤
「ハル、こんにちは!」
いつもより元気いっぱいにハルのお店を訪ねると、私のカラ元気に気が付いたのか珍しくハルからツッコまれる。
「クロエさん、どうしたの? なんだか疲れてるみたいだね?」
「やっぱりハルの目はごまかせないね。まだ夕方にもなっていないのに、私の精神がもう持たなくて」
「それは大変だ! 今日はお客様も落ち着いてるから、こっちに来て座って?」
いつもの奥のテーブルを案内してくれる。
ハルの店は本当に落ち着く。キラキラしててとても可愛いのに、嫌味が無い。
「あー、本当にこのお店に来ると癒される~!」
だらしなく上半身を机の上に投げ出すと、ハルがクスクス笑いながらホットティーを出してくれる。
「そんなクロエさんの姿を見たら、あの執事の人、顔をしかめそうだね」
「ううん、どうだろう? ガイウスは私には激甘なんだけど、結構真面目だから……やっぱ怒られちゃうかな?」
お茶を飲むために身体を起こす。元々ダラダラ過ごすのが好きな私なのに、ピーカラでは割と頑張ってる気がする。妄想とお絵描きくらいしか出来ることが無いというのもあるんだけど。
お茶を飲み込むと、花の香りがふんわりと香る。ジャスミンティーは疲労に効くと言われているだけあって、香りをかぐだけでもリラックスできる。
「くぅ~、ジャスミンティー染みる~! ハル、ありがとう! そんなハルに、私から。これどうぞ!」
持ってきたゼリーをハルに渡すと、ハルの目がみるみる輝いていく。
「これ、この前持ってきてくれたゼリーでしょ? 覚えてるよ! 今回はピンクでとっても可愛いね!」
「ハルの髪の色とお揃いで可愛いでしょう? 我ながらなかなか美味しくできたから食べてみて!」
「ありがとう♡ 早速いただくね! 楽しみだな♪」
見るからにルンルン気分のハルは、スキップをしながらスプーンを取りに行く。
ハルを見ていると凄く和むんだけど、アメリアもそんなところに惹かれたのかな?
お茶のカップを両手に持って、香りを楽しみながらハルを待つ。
ニコニコしながら戻ってきたハルは、かなりご機嫌に見える。
「嬉しいなあ! クロエさんが僕との約束を覚えていてくれるなんて」
「当り前じゃない。ハルにはお世話になってるし、何より喜んで食べてくれるから作り甲斐もあるし」
私もつられて笑顔になる。ゼリーをひと口頬張ると、ハルは分かりやすく幸せな顔をした。
「この前の柑橘の甘酸っぱい味わいも良かったけど、今回のこの果物なあに? すごく甘くて美味しい!」
「輸入品をたまたまうちの使用人が手に入れたらしくて、使わせてもらったの。まだあちこちに出回っていないフルーツだから珍しいよね?」
無言で頷くと、ハルはふた口目も幸せだぁと言う顔で、ゼリーを堪能している。
私もジャスミンティーを飲み、幸せをかみしめる。
おしゃべりをしなくても、ゆったりとした楽しい時間が流れる。
しばらくゼリーを堪能していたハルだけど、食べ終わるころになるとなんだか様子がおかしくなる。
「クロエしゃん……ぼく、なんだかすごーく良い気分。これ、お酒はいってりゅ……?」
なんだか徐々に目がとろんとし、ろれつが回らなくなったハルは、いきなりバッタリ机に突っ伏してしまった。
「ハル!? ええ!!? ちょっと! 大丈夫!?」
慌ててハルに駆け寄ると、スースー寝息が聞こえる。
これは……もしかしなくても、酔いが回ってしまったみたいだ。心当たりはありすぎる。多目に入ってしまった白ワイン。
そういえば、ハルの公式プロフィールの弱点の項目に「お酒に弱い」と書いてあったような?
「やっぱりアルコール、ちゃんと飛んでなかったかぁ。どうしよう?」
可愛らしい顔で寝息を立てるハルを見て、あまりの可愛さに不覚にもキュンとしてしまった。
これはアメリアには秘密にしておかないと、怒られそう。あくまで推しに対するギャップ萌えのキュンだから!と言ったところで、理解はしてもらえないことは分かっているし。
とはいえ、もう時間は夕方に差し迫っているし、私はこのあと画材屋にも寄りたい。寝ているハルを放置するわけにもいかないし、こんなに気持ちよさそうなハルを起こすのも忍びない。
もう一度、ハルを見る。
「クロエしゃぁん、こんなに食べりゃれない……れすーすー」
どうやら何かを私が食べさせている夢を見ているようだ。そのまま、周りの時間が切り取られて花が舞い散る。いつものアレ、スチル発動だ。
ええ!? こんなスチルイベントもあるの? クロエルート、予想外すぎる。
とても可愛らしいスチルだけど、これを見たこともアメリアには教えられないなあ。
スチル発動が終わり、私は元の席に座る。お客様は居ないとはいえ、店はオープンの状態でハルは私のせいで酔って寝ている。
勝手に帰るわけにもいかないし。お店番くらいしないといけないかなあと、高校の時にしていた雑貨屋のアルバイトを思い出してハルの代わりにお店に立ってみる。
「これはこれで、楽しくなりそうな予感はするかな」
しばらくは誰も訪ねてこなかったので、位置が歪んだ雑貨の位置を直したり、ついている値段を記憶したりして過ごす。
カラン・カラン
「いらっしゃいませー!」
店舗扉に付けられた鈴が鳴ると、反射的に店員スマイルを浮かべながら挨拶をする。
次の瞬間、挨拶をした相手に私は思わず「マズい!」と思ってしまう。そう、やってきたのはアメリアだった。
「あら、クロエ。いらっしゃいって、どうしたの?」
「アメリア! 実はかくかくしかじかで。ハル……さんが寝てしまったので、代わりに私がお店に出たらいいかなって」
アメリアに勘繰られるのが嫌で、ハルと呼び捨てにするのはわざと控えた。当のアメリアは、ハルがお酒に弱いと言う意外な事実を知って、少し嬉しそうにも見える。
「クロエは頭がいいのに、こういう時に機転が利かないよね」
笑いながらそう言うと、アメリアは扉にかかっている「OPEN」の看板を「CLOSE」に変える。
「これでお店番はしなくてもいいんじゃないかな?」
「アメリア凄い、確かに! 思い浮ばなかったわ、ありがとう!」
私はアメリアの手を取り、二人の仲を進展させるにもひと肌脱いじゃおうと考えた。
わざと上目遣いでアメリアをのぞき込み、うるうるした目を演出する。
「それからついでに、お願いしてもいい?」
「なあに? お願いって」
「実は、そろそろ家に帰る約束の時間なの。まさか私のゼリーでハルさんが寝てしまうなんて思っていなくて。このお店の鍵なんて持ち合わせがあるわけないし、もし時間があるなら私の代わりにお店に居てもらえないかな?」
「ああ! うん。そういう事ならお受けするけど」
「ありがとう、アメリア! では、食べ終えた器やカップを片付けてから帰るから、アメリアはハルさんが起きるまで様子を見ていてくれる?」
ここでお願い!と、さっきまで私が座っていた席へアメリアを案内する。可愛らしいハルの寝顔を一番堪能できる真向いの席だ。
既に頬が赤くなっているアメリアに軽くウインクをすると、アメリアは私の意図を察したのか、更に耳まで赤くなっている。
控えめに言ってもかわいい。
ささっと使った器をお店の奥にある洗い場に片付けると、私はその場から退散する。心の中で「後はお若い者同士で……」と呟くと、店を出た。
アメリアはドキドキしているかな?
恥ずかしがるアメリアの顔を思い浮かべて、思わずニンマリとしてしまう。
目的の新しいスケッチブックを買って、盛りだくさんだった今日という一日が終了した。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次話は7時更新予定です。
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