やること盛りだくさんで引きこもれない!④
川辺に到着すると、ジーンが居るはずのその場所には人だかりができていた。
よく見るために堤防まで近づくと、ずぶ濡れの子どもを抱きかかえて泣きながら叫ぶ女性と、溺れている男……ジーンが居た。
ギャラリーの話では、子どもが川に落ちたのを助けたジーンが、子どもを岸まで運んだ時に足がつってしまい溺れかけているのだそう。誰も助けに行こうとしないのは、これが何かのイベントで「私が助けないと終わらない」ものだからだろうか。
とにかくほとんど沈みかけのジーンを助けないといけないので、ギャラリーをかき分けて親子のいる水辺まで駆け下りる。
「ジーン、大丈夫ですか?」
声をかけてみるものの、がぼがぼとしか返事は帰ってこない。
慌てて周りを見ても助けられるようなものはない。私の使える魔法の中から風魔法を展開し、まずはジーンの顔周りの水をはじく。肩のあたりまで露出したのを確認して、地系統拘束魔法のアースチェインで一本釣りの要領で引き上げる。落下の衝撃を和らげるために再度風魔法をクッションにして、何とか溺れる手前で助けることができた。
ギャラリーから「おお~!」と歓声が上がり、拍手が巻き起きる。
四つん這いになり咳き込むジーンに駆け寄り、子どもを助けてくださってありがとうと言う母親に「子どもが大丈夫で良かった」と問題なく対応できているようなので、命に別状が無くてよかったと胸を撫でおろす。
ほどなくして周辺のギャラリーは散って行った。ちょっと薄情な気もするけど、助かったのだからまあいいか。
水で冷えたのか、ブルブル震える子どもとジーンを温めるため、火魔法を展開して身体を温める。服の湿気を飛ばし、念のため癒し魔法も施す。
ほどなくして二人とも元気を回復することができた。
「もう寒くはないかしら? 念のため病院を受診されたほうがよろしいですわ」
「はい、今からお医者に連れて行きます。本当に、なんてお礼をしたら良いか」
「礼なんて気にするなよ、もう水辺ではしゃいだらダメだぞ?」
「うん、ありがとう! おじさん! お姉ちゃん!」
「おじさ……?」
ジーンはおじさんと言われたことに軽くショックを受けたみたいだけど、親子が見えなくなるまでひらひらと笑顔で手を振って見送った。
「ああああ~~~~!!!」
親子が見えなくなると、いきなりゴロンと横になったジーンは動かなくなる。
「? ちょっと! ジーン? 大丈夫ですか? もしかして、どこか痛めたりしていますの?」
心配してのぞき込む私の顔を片目でちらっと確認したジーンは、しおらしく軽口を言う。
「溺れて肺が苦しいから、お嬢さんが人工呼吸してくれたら治るかもー!?」
「もう! そんなことが言えるなら十分元気じゃありませんか」
「そんなつれない事、言わないでさー! 今は俺、病人だぜ?」
「そんな元気いっぱいの病人なんていません! 私の魔法で足がつったのも治っていますわよね?」
ちぇっとばかりに、ジーンは身体を起こすと「失敗したー! どうせなら川から吊り上げられた時に意識が無いふりをすればよかった」などとブツブツ言っている。
とにかくピンチを切り抜けて力が抜けたのと、ジーンのそんな姿が面白くて思わず笑みがこぼれる。
「お嬢さんは、そうやって力を抜いて笑っているほうがいいな」
ジーンがにっこり笑うと、周りに花が散り時間が切り取られる。スチルだ。人助けイベントが無事に終わったことを証明するスチル。笑顔のジーンはとても素敵で、あとでスチル一覧を見るのが楽しみすぎる。
「もう、無茶は大概にしてくださいませ。溺れた子を助けて自分が溺れていては、本末転倒でしてよ?」
「本当にな。助ける時は美女が叫んでいるから必死だったんだが。お嬢さんが来てくれなかったらと思うとゾっとするぜ。あんなにギャラリーが居て、誰も助けてくれないなんて思わなかった、流石に」
「そういえば、母親の方はとても美しい方でしたものね? いつもの軽口は封印されていたようですが?」
「子どもの居る前で軽口なんて言えるかよ。俺だって一応分別くらいつけるぜ」
ちらっと私を見たかと思うと、ジーンは堤防を背に立っている私に向かって、壁ドンならぬ「堤防ドン」をする。
「それに、もっと魅力的な相手が近くに居たらそっちを全力で口説きたくなるだろう?」
ギャー! 顔が近い! どうしてこの男は何をするにもいつも近いの!? クロムにだってそう何度もされていない事を平気で! 無理! 近い!!!
近付いた顔がこれ以上接近しないように、持ってきた保冷バッグを自分の顔付近まで持ち上げてガードする。
「ジーン、これ! 新作のお菓子です。これをお渡しするためにあなたを探していたのですわ。以前、気に入っていただけたようだったので食べていただけると嬉しいのですけれど」
「ん? お菓子? ぶはっ、……ホントお嬢さんは色気がまだまだだな!」
カッコよく口説きかけた相手が、急にお菓子の話をし始めたのだからジーンのツボに入ったのだろう。腹をかかえて爆笑している。
「もう! いらないのでしたら、ほかの方に差し上げますわ」
「もちろん、貰うに決まってるだろ」
保冷バッグからゼリーの箱を取り出して渡すと、中を見たジーンは歓喜の声をあげた。
「これは、あのぷるぷるのやつじゃねーか!」
「ええ、今回は自信作ですのよ?」
「有難くいただくぜ! 流石にここでは何だから、家に帰ってゆっくりと。……何なら今から俺の家に来て、食べさせてくれてもいいんだけどな?」
私を見つめてくるジーンに、心臓は踊りっぱなしだ。からかわれているだけなんて分かってるけど、今日は何度も仕掛けられているので、既にまともにジーンの顔を見ることができない。
「またそんな軽口を。あなたも念のため、きちんとお医者にかかってくださいませね?」
「ああ、ありがとうな! そうする。じゃあお嬢さん、またな!」
思ったよりあっさり引き下がったジーンは、手を振りながら公園とは反対方向に歩き出す。
私も「ではまた」と挨拶をして、ハルのお店を目指した。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次話は22時更新予定です。
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