執事がグイグイ来るので引きこもりたい
はじめての(?)授業が終わり、帰宅時間。
実は帝王学と歴史以外の学問は思っていたほど難しくなかった。
歴史は知らないから分かるわけないのだけれど、帝王学は家に帰ってしっかり復習しておかないと、クロエに申し訳ない。
というか、ホントにクロエの記憶カムバック!!!
すぐに減ってしまうLUKを上げるために、あるだけのクッキーを配り尽くした私は、疲れ果てグッタリしていた。
迎えが来るまでもう少し時間があるので、中庭で残った最後の一袋のクッキーを食べながら待つことにした。
サクッと甘いクッキーと、ふわっと香る紅茶の香り。
今朝作った中では、紅茶クッキーが一番出来が良かったし人気も断トツで高かった。
甘いのが苦手な男性でも食べやすいんだそうで……いやー、十代男子なんて甘い物が大好きなモノだと思ってたけど、この世界のハイティーンは大人びてるわ。
どこかちょっとおばさんっぽい思考がよぎるのは仕方ない。
だって私、本当は三十路だし!!!
ふうとため息をつきながら、サクっと二枚目のクッキーを口に入れた時だった。
クラスの男子の一人が声をかけてきた。
「クロエ様、今日はクッキーありがとうございました」
「え? 私あなたに配った記憶はありませんけれど?」
「ふふ、そうですね。確かに私は直接いただいておりません。他の生徒からひと口とご相伴に与ったのです」
「そうでしたか。お口に合いまして?」
「はい、それはもう! 大変美味しくいただきました。それでお礼をと思い、こうしてクロエ様をお見掛けしたので馳せ参じました」
「それは良かったですわ。そんなに喜んでいただけるなんて、私も嬉しいですわ」
年下の群衆男子でも、さわやかイケメンよねー。でもキラキラオーラが無いから結構普通に話せるのが不思議。
もしかしたら、ゲーム補正で攻略対象以外にドキドキしないようになっているのかもしれない。
そうだとしたら余計なシステムだなあ。だって、推しへのドキドキは恋愛とは別じゃない?
私は愛でたいだけなのよね、基本的に。
常に第三者目線でありたい。そして妄想したい。アメリアと攻略対象の恋愛とか、あとBのLとか!!
脳内で興奮しながらガッツポーズを作っていると、話しかけてきた男子生徒がまだこの場を去らないばかりか、私が腰かけているベンチの隣に座りたいと言ってきた。
「お好きになさったら? このベンチは私の物ではありませんし。私は執事が迎えに来るまでの時間しかここには居ませんし。」
普通ならここは「この男子生徒は私のことが好きなのかしら?ドキドキ」みたいにトキメくシーンなはずなのに、心が微動だにしない。
我ながら、鉄壁。
でも、相手はそうじゃないみたいなのが困ったところで、ペラペラと聞いてどうするの?という質問を次々としてきて、挙句の果てに告白までしてきた。
「僕は、クロエ様のことを以前よりお慕いしておりました」
「はあ……それはありがとうございますわ。ですけれど、私にはクロム王子というれっきとした婚約者が居ますのよ」
「はい。存じております。僕が完璧なクロム王子には敵わないことも十分承知の上です」
なんだか潤んだ瞳で私の方を見てくるんだけど、何の感情も湧いてこない。
好きでもない男性に告白された時のとまどい……経験が無いわけじゃないし、なんだかとっても懐かしいけど全然甘酸っぱくない。むしろ引く。
十分年齢を重ねてきた私は、これくらいのことで心を動かされたりはしないのだ!
しかし、断ったのに全然響いてないっぽい。恐るべしモブ。
「お嬢様、お迎えに上がりました」
どこから忍び寄ったのか、ふと見ると執事が目の前に跪いていた。
あれ? 全然気配を感じなかったけど?
執事は私の手を取ると、立ち上がらせて隣の男子生徒へ華麗にお辞儀をした。
「ご学友の方、お嬢様をご自宅まで安全に戻っていただかなければなりませんので、これにて失礼致します」
で、なぜかお姫様抱っこをされている私。
は? 何で? 理解が追い付かない!!!
お姫様抱っこで馬車までとか恥ずかしすぎるんですけど!!!
「正直助かりましたけど、これは流石に恥ずかしいです。降ろしてください」
震える声で言う私に、あろうことか執事は笑顔でこう言った。
「いいえ、お嬢様をお守りするのは私の仕事ですから」
お決まりのごとく、背景に花がぶわーっと咲き乱れ一瞬だけ時間が止まる。
これは、もうおなじみのスチル発動だ。
はっ! そう言えばこの顔には見覚えが!
【ガイウス・ミッドナイト】アメリアのことを疎ましく思うクロエから依頼を受けて、アメリアの屋敷に執事として潜伏している殺し屋。
ゲームではアメリアの家に潜伏しているはずの殺し屋がなぜ私の執事を!?
うっかりというか、油断してた! 確かアメリアとクロエの仲が良くなってしまうと、暗殺対象がクロエに切り替わるんだっけ?
ってことは、私今すごくピンチなのでは!!!?
あわあわと急に青くなった私を見てガイウスは微笑むと、
「お嬢様、口元にクッキーが。失礼」
と言って、あろうことか私の口元のクッキーかすを指で拭ってペロって、ペロって!!!
私の緊張ゲージが振り切れたことをここに報告します。
もう無理、何なのこの執事すんごくグイグイ来る……。
私、暗殺対象になっちゃってるのかな? それならやっぱり引きこもってるほうが安全じゃない?
ああ、引きこもりたい。
そう思ったか思わないか。
私は意識を保てず気絶した。
気付いた時は、馬車の中であろうことかガイウスに膝枕をされていた。
目が合った執事は、それは優雅に笑顔を浮かべて私を見ている。
本当に殺し屋なのかな?というくらいの美しく優しい笑顔。
ガイウスの設定は二十六歳。今までの学生とは違い大人の魅力と色気が漂っている。
「お嬢様、お目覚めでなによりです。間もなくお屋敷に到着致します。まだご気分が優れないようでしたら、僭越ながら私がお部屋までしっかりお届けさせていただきますが?」
ひい、またお姫様抱っこするつもりだ!
がばっと執事の膝から頭を上げると、私は丁重にお断りをした。
「けっこうです! ところでガイウス。あなたは私の命を狙っているのでは?」
思っていることをそのまま口に出してしまって、しまったと口を閉じるも、もう遅い。
ガイウスは一瞬ぽかんという顔をしたかと思うと、にやりと笑みをこぼす。
「お嬢様、それを誰から聞いたんですか? 私がガイウスという名だと何故ご存知なのですか?
まさか最初から知っていらっしゃった……?」
馬車の壁にドンされる格好で、執事に迫られている図の私。
恐怖であわあわとしていると自宅に到着し馬車が止まった。
「チッ、もう着いたか」
舌打ちをするガイウスを横目に、私は馬車を降りて自室に戻る。
真っ青な顔のままでうつむきながら歩く私の後ろには、鞄を持って従う執事……改め殺し屋。
自室の扉を開けるまではしっかり執事としての職務を果たしていたのに、私が部屋に入るといきなり豹変して殺されるのでは……とドキドキしていたけれど、そんなこともなくガイウスは普通に扉を閉めて部屋から出て行った。
退室する前に、こっそり私に耳打ちをして。
『かならず奪ってやるから、覚悟しろよな、お嬢様?』
ドアから出ていくガイウスを見て、私は呆然とその場に崩れ落ちた。
そんな私の心を知ってか知らずかウエンディが話しかけてくる。
『クロエ様。ただいまのLUKポイントは先ほどのネガティブワードを差し引いても33です。良く頑張りましたね。明日もその調子でどんどん上げていきましょう。
それから、攻略対象が一名増えました。ステータスを確認されますか?』
うん、一人増えたのは知ってる。
ステータスの確認は今日は疲れすぎてて無理なので、明日見ることにした。
これから先、命の危機を感じながら生きていくなんて無理~! ひえーん!
私やっぱり、引きこもってもいいですか?
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次話は17時更新予定です。
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