シリアス展開は守備範囲外なので引きこもりたい②
とにかく全力で走って、街はずれにある大きな教会裏にあるアパートにたどり着いた。
外観はレンガ造りでレトロな外階段が雰囲気ある五階建て。
え? ガイウスこんな場所に住んでるの? もっと高級マンションみたいなところに住んでると思ってた!
暗殺者ってそんなに儲からないのかな? でも、スカーレット家の給料って一般のお仕事よりもかなりお給料は良いと思うんだけど……?
住所によると、ガイウスの部屋は五階角部屋。
恐る恐る落ちそうな外階段を上って部屋の前まで何とかたどり着く。
ハルも私もこういった建物には慣れていなくて見逃してたんだけど、ちゃんと建物の中に階段があったみたい。外階段は危険なので、帰りは建物の中階段を使おう。
コンコン!
ノックをしてみたけど、返答がない。
ゆっくりドアノブを回すと、玄関の鍵は施錠されていなかった。
不用心!
恐る恐る分厚い遮光カーテンのせいで薄暗い部屋の中を眺めると、玄関から部屋までのアプローチで倒れている人影を発見する。
「ガイウス!?」
駆け寄ると、その影……ガイウスは息をしてはいるけれど、とても荒々しい。右腕をけがしたのか袖が破れ、そこから見える肌は人間のものとは思えないような、青紫色をしている。
額からは汗が大量にあふれ出している。
倒れる前に電話をしたのだと思うんだけど、私も教科書でしか見たことのないような壁掛け式の電話から、受話器が外れたままガイウスの横でブラブラと揺れていた。
「ガイウス、大丈夫!?」
「ガイウスさん、大丈夫ですか?」
ハルと二人で呼びかけたけど、意識は無いみたい。
部屋の明かりをつけると部屋の中はほとんど何もなく、ただベッドとクローゼットがあるだけのショールームみたいな部屋だった。
とにかくベッドに運ぼうと、ガイウスに手をかけてみたものの……お・重い。
意識が無い人を動かすのは私には無理みたい。
「ボクが運ぶから、クロエさんは何かに水を張って持ってきてください。あとは清潔なタオルをお願いします」
「は、はい!」
ハルの指示に従い、キッチンにあったタライに水を張る。
横目でちらっとハルの方を見ると、ガイウスをお姫様抱っこで軽々と抱えてベッドに連れて行っている。なんだかとっても頼もしいしカッコいい。
攻略対象の中の男らしさナンバーワン設定は伊達じゃないんだなと感心しつつ、急いでタライをベッド横まで運ぶ。
サイドテーブルらしきものが見当たらないので床に置いて、タオルを探す。
男性のクローゼットを漁るのは申し訳ないけど、えい!っとクローゼットを開き、中に設置されている小さな引き出しを開ける。
最初の引き出しは……ごめんなさい、下着だった///
次の引き出しは……シャツ類が几帳面なほど丁寧に折りたたまれて入っていた。
次の引き出しで、ようやくタオルに行きついた。
ハンドタオルとフェイスタオルを一枚ずつ取り出し、タライに浸けてしぼる。
一枚は顔の汗を拭いて額に乗せ、もう一枚で腕の傷をぬぐう。
痛むのか、意識は無いのにガイウスが「ぐぅ」と唸る。
「ハル、その傷……もしかして、毒?」
「分からない。でも毒というより呪いに近いような物だと思う」
ハルはしばらく考え込んで、結論付ける。
「うん、呪いが毒のようにジワジワと身体の中に広がっているんじゃないかな」
「お医者様を呼ばなきゃ!」
「いや、これは医者より光魔法で呪い解除の魔法をかけた方が早いと思う」
「じゃあ、アメリアを呼ぶ! あの子なら呪い消しの魔法を持っていると思うから」
呪い消しは高度なSランク魔法。でも、アメリアの光魔法のレベルなら難なく使いこなせるはず。
「アメリアさんが今どこに居るか分かる? それよりここの隣が教会だったし、神父さんが万能薬を持っているかも。まだ薬の方が可能性は高いかもしれないね?」
「では、私がひとっ走り行ってきますわ」
「クロエさんはガイウスさんに付いていてあげてください。もう、あまり時間がないかも。……気付くのが……少し遅すぎたかもしれないから」
「それは、どう言う……?」
目を伏せるハル。
ぐったりとしたガイウスは、さっきよりも息が浅くなっているように見える。
「嘘……嘘でしょ? だって昨日まで元気に私の隣で仕事をしていたのに……」
へなへなとその場にへたり込む私の肩を掴み、ハルが檄を飛ばす。
「まだ、諦めるな! ボクが教会まで薬が無いか聞きに行ってくるから、クロエさんは彼を励ましてあげて! こういう時は、周りが諦めたらダメなんだ!!」
「! ごめんなさい。そうだよね、幸い教会はすぐそこだし。任せて、誰かを励ますのはこう見えて得意だから! きっと大丈夫!」
飛び出したハルを見送ると、こぼれた涙を拭いてガイウスの手を取る。
皮膚の変色は進行し続けている。ハルが苦しいだろうと開けた胸元を見ると、変色は鎖骨や首元まで進行しているのが見えた。
その先には、心臓がある。
心臓が侵されたら……死……
思わず背筋が凍る。そんなことってある? とにかく紫色に染まった手を取って、祈る。
「ガイウス、ダメだからね!? 私のゼリーを食べてからじゃないと、死ぬことなんて許さないんだから!!! お願い、返事をして!!!」
呼びかけても、ガイウスはたまに苦しそうにもがくだけ。
ハルが教会に行ってから三分も経っていないのに、時間がとても長く感じる。
さびれた教会に果たして神父様が居るのか。その前に万能薬なんて高価な薬があるのだろうか?
また勝手にあふれてきた涙でズルズルの私を見かねたのか、荷物の中からウエンディが飛び出してきた。
『クロエ様、ワタクシは知っています。クロエ様が前回のレベルアップですでに光魔法を習得されていることを。今こそ、解放しましょう。新しい魔法のチカラを』
「え、いつ私が光属性を取得したって……?」
『ワイバーン捕獲時でございます。ワタクシの表示をお見逃しになった様子でしたが、きちんと表示されております。
「周りがうるさくて引きこもりたい②」までお戻りいただければ、お分かりになるかと』
「副題をちゃんと付けておいて良かった~。……確かに、光って表示されてるね、見逃してた」
『クロエ様の知識なら、どうやれば魔法を構築できるのかお分かりですね?』
「うん。クロエは勉強家だったみたいだから、知識はしっかりある。ただ、使ったことが無いから上手く行くかわからない……」
「お嬢……さま……」
とうとうガイウスがうわごとを言い始めた。見ると変色は心臓のあたりまで進行している。薬を待っているのがもどかしい。
『時間がありません。クロエ様、ここは覚悟をお決めください。アナタ様なら大丈夫でございます。自信をお持ちください! ワタクシがしっかりサポート致します』
「ありがとう、やってみる」
『では、詠唱用の呪文を表示しますので、間違えないようにしてください』
ウエンディが出してくれた呪文を読み、一度だけ深い深呼吸をして気合いを入れる。大丈夫、私の魔法力なら何も問題なく発動できるはずだ。
「天の上から地の底まで万物すべての詛呪を言祝に変え対象者の呪いを消し去り給え! 呪い消し!」
私が握るガイウスの手を中心に、光の魔法陣が展開する。
光が溢れ、ガイウスの肌の変色が光に包み込まれると、はがれるようにして消えていった。
「成功した……?」
消えていく呪いが、小さく「ギィヤァァァァ」と鳴いているのはきっと気のせい。
呪いって、やっぱり誰かにかけられるもの……だもんね?
うう、コワイ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次話は7時更新予定です。
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