周りがうるさくて引きこもりたい③
馬車に乗り、街の中心である王城を通り過ぎ、学び舎の裏手あたりにあるクロムの執務室がある高等学問所へやってきた。
ここは、分かりやすく言うと大学院のような施設だ。より高い質の学びを得ることができる。
クロムは政治の勉強をしているため、王宮の執務補佐も高等学問所の執務室で行っていることが多いのよね。
なんだか、久しぶりにクロムに逢うから、ドキドキしちゃう。私の服装大丈夫?
自分の服の埃を何となくぱぱっと払って執務室の前へ。
軽くノックをすると、
「はい、どうぞ」
と、いつもよりも元気のない声が聞こえてきた。
いつもハツラツとした張りのある少し甘い声が、明らかに疲れているような重い雰囲気を纏っている。
慌てて中に入ると、少しうなだれた様子のクロムが目に入った。
「クロム様、どうされました? お顔の色があまり優れないようですが……私、ご遠慮した方がよろしいかしら?」
ノックの主が私だと分かると、クロムの表情が明らかに緩み私の元に駆け寄ってくる。
「クロエ! 本当に君かい? もう大丈夫なのか?」
「はい、ご心配いただきありがとうございます。この通り、眠りから覚めてすこぶる元気ですわ」
「よかった! 私がワイバーンの増強を指示したばかりに、あなたを危険な目に合わせてしまった。すまない」
どさくさに頬に触れるのはやめてください。コンプライアンス厳守でお願いします!!!
あ、執事さん! お茶を淹れてそそくさ退室するのはやめませんか!? 待って、行かないで~!
私の心の中の叫びは届かず、執務室の中にクロムとふたりっきりになってしまった。
このあと学校があるし、まだ朝だし? 何もないよね???
どぎまぎしながら、頬に触れたクロムの手をそれとなく掴んで外したのに、なぜかそのまま手を握りかえされて……うーん、離してもらえない。
「本当に私は大丈夫ですわ。それよりも、クロム様の方がおやつれのようですが大丈夫でしょうか?」
「大変だったはずなのに、あなたは私の心配をしてくださるんですね。クロエの元気な姿を見てとても力が湧いてきました。
先日の、ワイバーン捕獲のお話を少し聞かせてくれますか?」
「喜んで。ですが、お話は後日でもよろしいでしょうか? この後、学問所に行かないといけませんので」
そう言うと、明らかにガッカリした顔をされてしまった。
親密度が上がったからか、最初に比べたら色んな表情を見せてくれるようになったと思う。
「お詫びと言うわけではございませんが、こちらをお届けに来ましたの。食べていただけると嬉しいのですが」
手に持った保冷バッグから、ゼリーの入った小さな箱を出してクロムに渡す。
クロムは中身を見て嬉しそうに笑うと、今食べたいと言い出した。せっかく執事さんの入れてくれたお茶が冷めてしまうので、応接セットに腰掛けて……って、隣に座るの!?
この前まで対面だったのに!!? もしもし、クロムさん???
心の中で突っ込んだところで、現状は変わらないので仕方なく状況を受け入れることにする。仕方なくだからね!?
ここは大人の余裕で受け流すから大丈夫!
「すごく綺麗ですね。クロエが作ったのですか?」
「はい。試食しましたが、とてもさわやかな味でした。少しは疲れが取れると思いますわ」
「これは何というものでしょうか?」
「えっ!? ゼリーをご存知ないのですか?」
「私は出されたものしか食べませんから……これは、はじめて見ました。お菓子でしょうか?」
「はい、ゼリーと言うお菓子ですわ。ぜひ、冷たいうちにお召し上がりください」
「…………」
何ですか、その沈黙は!?
私を見つめるのは止めて! 眩しすぎるっ!!
私を見つめたあと、あろうことかクロムは私の手を取り理解不能なことを言ってきた。
「ぜひ、あなたの手から戴けますか?」
「はい?」
渡されたゼリーと、ぐぐっと近づく顔。
大人の余裕なんて一気に吹き飛ぶ。
近い・近い・近い!!!
近い!!!
「分かりましたわ、そんなに近づかないでください!」
タジタジしながらゼリーの皿を受け取ると、時間が止まったようになる。
これ、恋愛イベントだ!!!
食べさせないと時間が進まないみたい。うう、こんな端正に整った顔を直視なんてできない!
ドキドキしながらゼリーをクロムの口に入れると、時間が進み始める。
「うん、すごく美味しいです。ここ数日、忙しくてなかなか食欲が無かったんですが、これはとてもさわやかで美味しいです。
あなたが食べさせてくださったから、余計にかもしれませんが」
「いやですわ。あとはご自分で召し上がってください。私はそろそろ行かないといけませんから」
立ち上がろうとすると、手を取られ引き留められる。
「クロエ。本当にあなたが無事でよかったです。こうしてあなたの優しさに触れられることが私の力になっています」
「それは良かったですわ。私も喜んでいただけて嬉しいです」
「ありがとう。また、私の為にこのお菓子を作っていただけませんか?」
「それはもちろんですわ」
そう言うと、クロムはようやく手を離してくれた。
手を振って執務室を後にする。
「ぐはり」
執務室を出て、その場にへたり込む。
私、この先ラブラブになってしまった時に心臓持ちますか?
ゲーム画面で見るのとは迫力が違い過ぎるのよ! 4DXでリアルサウンド!
真っ赤になった顔にぱたぱたと風を送りながら、私は学び舎に向かって歩き出した。
もしこの調子で、今日逢いに行く予定のみんなとスチルラッシュや恋愛イベントラッシュだったらどうしよう?
そんな思いが胸をよぎる。
美味しく出来てしまったゼリーを喜んで貰うのは嬉しいけど、こんなに頻繁に色々発生するのは困る。
うああああ!!! 私は普通に接したいだけなのに!
あまりに自分の周りがうるさくなってしまうのは精神的にしんどいので、一回家に帰ってひきこもっていいですか?
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次話は17時更新予定です。
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