討伐がえらいこっちゃで引きこもりたい④
「さて、お前は一体何者だ? お嬢様を押し倒すとはいい度胸だな」
「私の婚約者を傷物にするつもりか? 貴様、そこに直れ!」
ガイウスとクロムの尋常じゃない迫力に、反射的に正座をし小さく縮こまる男。
「俺は、用心棒を生業にしている、ジーン・カーマインだ。とある商会の息子の討伐護衛をしていたんだが、突然ケルベロスが現れてな。引き付け役を買って出たものの、パーティとはぐれちまって」
そう言うとジーンは私の方をチラっと見てウインクしてくる。
「そこのお嬢さんが助けてくれなかったら、俺は王都まで走ろうと思ってたんだ。助かったぜ! ありがとうな!」
ジーンのウインクを受け取ってしまった私は、真っ赤になる。さっき押し倒された時に胸に当たったジーンの重みと温もりがまだ消えていない。
両手を胸の前に組み、なんとか精一杯の笑みを浮かべて答える。
「あなたを助けるつもりはありませんでしたの。ただ、あのまま突っ込まれたら私たちのランチが台無しになるところだったので、仕方なくですわ」
「仕方なく、でヒートブレスを放つとか、クロエお前、すげーな……」
ナイルが少々うわずった声でつぶやく。どうやら、ショックのあまり上品な言葉遣いを忘れているようだ。
まだ討伐に出かけたことがなく、魔法の鍛錬だってほとんどしてこなかったクロエが、いきなり炎系最大魔法を放ったわけだから、そう思われるのも仕方がないのかもしれない。
ナイルは昔からの付き合いだし「クロエは魔法があまり上手くない」と思っているはず。そのリアクションは当然とも言える。
「ナイル様、嫌ですわ。引かないでくださらない? 私だって頑張って特訓しましたの!
さあ、ランチをいただきましょう? 長く風にさらされたらせっかくの美味しい食事が台無しですわ」
「お嬢様、この男どうしましょう?」
「ご自身のパーティにお帰りいただいて結構よ」
「しかし、お嬢様への不敬は……」
「あれは事故よ! ガイウス、思い出すと恥ずかしすぎるからもう忘れて頂戴」
ガイウスは少し躊躇したようだけど、ジーンの拘束を解いてくれた。クロムは私をエスコートしてテーブルまで連れて行ってくれる。
何だか静かになってしまったその場の雰囲気を盛り上げるために、私は少しでも明るくふるまった。
「さあ、いただきましょう!」
しかし盛り上がらない。うう、仕方ないなあ。ここは恥ずかしいけどひと肌脱ぎますか! 私がこの中では(中身が)一番年上なのだから!
クッキーの入った籠をおもむろに掴み、宣言する。
「このクッキーは、自信作ですの! 絶対召し上がって笑顔になっていただきたいですわ」
そして、私の横に居たハルの口元にクッキーをつまんで食べさせる。
「はい、あーん!」
ハルはちょっと照れつつも、クッキーを食べてくれた。
最初の一人目にハルを選んだのは、一番そうしても自然だったお隣に座っていたというのもあるけど、あーんをするのに抵抗が少ない相手だったというのもある。
もちろん、ドキドキはするけどね? だって男性に自分から「あーん」なんて!! 恥ずかしすぎる!
「美味しい!!! クロエ様が作ったの? すごい、感動~!」
「ハルさんは私の手作りは初めてでしたかしら? 喜んでいただけて嬉しいですわ。では、次……」
見回すと、期待に満ち溢れた顔をした二人が目に入る。親密度が恋愛対象まで上がってるのだから、そりゃそうなるよね。
この場合は、やはり婚約者のクロムからが自然よね? ガイウス、恨まないでね!
一人「あーん」をしたから多少は耐性ついたけど、やっぱりクロムは別格でドキドキする!
相性が良すぎるのも困りものよね。
「はい、クロム様も召し上がれ」
ハートを並べた四つ葉のクローバークッキーは、四枚のうち一枚だけ違う味になっている。
味が違う葉っぱに気付いたクロムはそれを褒めてくれる。
「クロエ、ここだけ味が違うんですね。発想が素晴らしい、さすがです」
そう言うと、クロムは眩しい笑顔を見せる。あまりの眩しさに顔が見えない。おかげで私は冷静になることができた。謎の光、ありがとう!
「いえ、そんな。討伐後に疲れを少しでも癒せるようにと思ったまでのことですわ。
なにより味の違いに気付いてくださってありがとうございます。クッキー以外のお料理も少しは手伝いましたのよ? 召し上がってくださいませ」
順番的には、次はナイルだよね。私の執事という立場もあるし、ガイウスは一番最後で! ごめん!!
心の中でガイウスに両手を合わせ、少し離れているナイルの元に行く。
「勘弁してくれ、あーんはしなくて良いぞ!」
照れるナイルの口にクッキーを半ば強引にねじ込む。幼馴染のじゃれ合いみたいに終わらせることができた。
次はガイウス……の前に、私たちのじゃれ合いをまじまじと見ている人物が目に入る。
ジーンはまだ自分のパーティまで戻っていなかった。
「あなたは、なぜご自身のパーティに戻られないのかしら?」
「いやあ、俺もお相伴に与れないかなあと思って。実は腹が減っ……あ! 気にせず続けてくれ!」
ほとんどよだれが出かかっている人を前に、食べますか?と聞かない選択肢はないじゃない。
「もう、分かりましたわ。少しだけですわよ?」
「お嬢様!?」
ガイウスが止めに入る隙もなく、ジーンは私に食べさせてくれと口を開け、私はそれに従ってしまった。思わず流れでスッとやってしまったのだけど、それを見た時のガイウスの顔はなかなか忘れられそうもない。
「うん、ウマい! あんたその話し方は貴族の令嬢だろ? その腕、もったいないな。魔法の腕も胸の柔らかさもスゴイ……おっと!」
胸の話をしたとたん、ガイウスがジーンへ攻撃態勢を取る。遠くではクロムがお茶を吹き出すような音が聞こえたけど、それは聞かなかったことにする。
どうどう、とガイウスを抑えて耳元でドスの聞いた声でささやく。
「ガイウス、止めなさい。私の言うことを聞けない子のクッキーは、お預けでいいかしら?」
ドMだからなのか服従心が強いからなのか、ガイウスはこういうシチュエーションが好みみたいで、すぐに子犬のように大人しくなる。「いい子ねえ」とまたまた小声でガイウスの頭を撫でると、クッキーを食べさせる。
それだけで幸せだというような顔でクッキーを頬張るガイウスは、やっぱりわんこみたいだ。
とにかく全員にクッキーを食べさせたことで、みんなワイワイと言いながら用意したお弁当を食べ始めてくれた。その風景に馴染んでいるのかいないのか、とにかく少し違和感があるとしたらジーンが居ることぐらいだろうか。
とんでもない登場の仕方だったけど、やっぱり最推しの登場で私のテンションは少し上がっていた。
どうしても目でジーンを追ってしまっている。
うう、討伐をこなすだけのはずだったのに、こんな事になるなんて。
ジーンのイラストを今すぐ描きたいぃ!
ランチが終わったらすぐに引き返すんだから!
こうして、私の初討伐は無事(?)に終了することができた。
みんな早くランチ食べ終わってくれないかな?
早く家に戻って引きこもりたい!!!
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次話は7時更新予定です。
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