スチルラッシュで引きこもりたい①
ステータスを体力にふったのは、あながち間違いではなかった。
そう思えるのは、思ったより歩くことが苦でないからだ。
お屋敷から外に出るまでがとても遠いと感じていたけど、そんなに体力的な疲労を感じない。
はじめて自分の足で歩く街は、休みの日というのもあって活気に満ち溢れている。朝市も出ていて、見ているだけですごく楽しい!
思わず色んな屋台を覗いてしまう。あの髪飾りなんて、アメリアに似合いそう!
アメリアの瞳と同じ濃いブルーで、少しシックな色使いの花をあしらったデザイン。ふわふわした可愛らしい印象のアメリアだけど、これを着けたらキュっと引き締まってきっと似合う。
クロエのお財布はかなり潤沢で、これを茜が使っていいのか躊躇しちゃうけど、少しくらいいいよね? いま私はクロエなんだし。
公園に着くまでに、思わず色んなものを買ってしまった。
アメリアには髪飾り。クロムには万年筆。ナイルにはタイ。ガイウスには手袋。
どれも日常で使えるようなものを選んだので、気に入ってくれるといいな。
るんるん気分で街を歩き、重要なスポットを回ってみる。
冒険者ギルドの場所、聞き込みをする酒場兼宿屋、図書館。そして王宮……いわゆるお城。
お城は街の真ん中にどどーんと鎮座していて、その周りを囲むように街が発展している。
ピーク王国のどの門からも近く、どの門からも遠い作りだ。
私の学び舎からは割と近い場所にあるお城を真下から見上げると、一番高い塔が空を突き抜けてしまうんじゃないかと思うくらい高い。
「わああ、すごい! ここにクロム様やナイル様が住んでいらっしゃるのかぁ」
思わず口からついて出た感嘆の言葉にツッコミが入る。
「そんなわけ。想像力たくまし過ぎないか? クロエ」
声の方向を見ると、ナイルが立っていた。
朝のチェックではまだ誰も外に出ていなかったのに。なんでナイルがここに……って、自宅前だから?
「ナイル様、おはようございます」
「おはよう。本当に色々と忘れているんだな、クロエ。城には人は住んでいない。ここは仕事をする場所で、屋敷は他にある。お前とも良く一緒に遊んだはずなんだが……」
「そう言われてみれば、記憶の深いところで一緒にお庭を散策したような」
はた、と二人の視線が合い見つめ合う格好になった。
城の前に居たハトがバサバサバサー!っと飛び立つ。
これは、もしかしてスチル発動!? もうスチルにはビックリしないぞ! カモーン! くらいに思っていたのに、構えているとスチルは発動しないみたい。身構えて損しちゃった。
あ、そうだ。さっきタイを買ったんだっけ。
ナイルから視線を外し、鞄の中からさっき買ったばかりのプレゼントを取り出す。
「ナイル様、よろしかったらこれを。今日のお召し物にとてもお似合いになるかと」
ラフに着こなした白いシャツと茶に近いベージュのベスト姿。ナイルの青緑の瞳と同じ色のタイは、きっと映えると思う。
すると、ナイルの周りの時間が切り取られたようにストップする。来た、スチルだ!
「悪いな、もらって良いのか? じゃあお前が付けてくれ」
な、なんですとおおお!!!
私がタイを付けるの!? うそだあ!!!
スチルは「ネクタイを付ける恋愛イベント」に関連付けられているようで、これを終わらせないと周りは時間が止まったままの仕様のようだ。
少しかがんだナイルの首に、タイを巻き付けるのだけど顔が近くてすごくドキドキする。
長いまつげ、品の良い香水の香り、少し遊ばせた金髪が風に吹かれてふわっと私の腕をくすぐる。
特に香りを感じるのはリアルだ。
もうちょっとでノックアウト寸前の私だったけど、ここ数日で多少の耐性はついたので、何とかイベントを終わらせることができた。
美人が沢山の環境……早く慣れないと。この先、無事で済まない気がする。
「ありがとう、クロエ。大事にする!」
ナイルは普段から大人びた雰囲気を醸し出している。そのナイルが少年のような笑顔で微笑んでくる。
ドキドキのメーターが振り切れそう。ギャップ萌え!
同じ次元に居るだけで、こんなにも自分自身が影響されるとは思っていなかった。
推し活、捗りそう!
プレゼントはゲーム内でも渡すと喜ばれるアイテムなので、きっと好感度は上がっていると思う。
この笑顔はキャプチャで見れるのかな? スチルだから一覧で見れるよね? 家に帰って反芻しなくちゃ。イラストが捗りそう!
でへへ。
ナイルはこの後、王子の執務があるとかで城に入って行った。このあたりのあっさり感がゲームっぽいと感心してしまう。
ナイルと別れた後、王城をぐるっと半周して商業エリアを離れる前に画材ショップに立ち寄った。
絵を描くまともな道具が欲しいと思っていたのに、朝市でテンションが上がりすぎて忘れるところだった。
危ない危ない。
せめて質のいい紙と鉛筆が欲しいんだけど、ほかにどんな画材があるか物色するのが楽しいのよね。
今日は歩きで重いものは買えないから、スケッチブックと硬さの違うえんぴつを数本、鉛筆削りは流石に無いみたいなので、専用の小刀を購入して店を後にした。
店から出ると、謀ったようにばったりクロムと出会ってしまう。
反射的に顔が赤くなる。
ゲームで迫られるのは第三者目線でニヤニヤして見ているだけで済むのに、いざ自分が当事者になるとどうしていいか分からない。
「クロエ? 驚いたよ、休日にきみと逢えるなんて。何か買い物?」
「えっ! は、はい。少し絵でも描こうかと……」
「へえ、お菓子だけじゃなくて絵も嗜むのか。長い付き合いだというのに、私はクロエのことをあまり知らないな」
「いいえ、そんな。ただの趣味ですわ。クロム様はお仕事でしょうか?」
「ああ。今日はナイルと一緒に王様のお手伝いをする予定なんだ。少し時間が差し迫っているのだけど、今日は城下を歩いてみようと思い立って。でも、ラッキーだった。きみに逢えるなんて」
この人は、なんてさらっとこんな照れることを言えるんだ!
私!! 固まっていないで、好感度の上がる選択肢を選ばなきゃ!!って、選択肢は出ないのか。
一生懸命ぐるぐる考えるけど、見つめてくるクロムから目が離せず頭が真っ白になる。
「はっ! そうだ!」
荷物の中から、クロムに渡すプレゼントを取り出す。
勢いのまま無言で差し出しすと、クロムは驚きながらも受け取ってくれる。
「これは……?」
「先ほどクロム様に良いのではないかと思い、プレゼントしたいと……気に入っていただけると嬉しいのですが」
ラッピングを丁寧に剥がし、クロムは中身を取り出し目を輝かせる。キラキラオーラに背景に花が舞う。
来た、スチルだ!
「クロエ、なぜ私が万年筆を欲しがっていると知っているんだい!? 使っていたものが昨日壊れてしまって。しかも使いやすい物だったから、同じメーカーのものが欲しいと思っていたんだ。本当に嬉しいよ!」
「いえ。とてもクロム様にお似合いでしたので、こちらを選びました。気に入っていただけて私も大変嬉しいですわ」
若干興奮気味のクロムは、スチルの時と同じテンションのキラキラ笑顔で私を見てくる。
あまりにも眩しくて直視できずに目を逸らしながら必死で答える私。
ゲームでの攻略アイテムが万年筆だったから、それを選んだだけとは流石に言えない。この場から早く退散しないと、自我を保っていられない気がする。
「クロム様、あの……お時間は大丈夫でしたか?」
はっと目の色が変わったクロムは、慌てて胸ポケットから懐中時計を取り出して見ると、ヤバイという顔色になった。
「ごめん、クロエ。もっときみと話をしていたいんだけど、残念ながら時間だ。
また時間を作るから、逢ってくれるかい? プレゼント本当にありがとう。早速使わせてもらうよ」
そう言って別れの挨拶もそこそこに、クロムはお城の方角に走って行った。やっぱり(以下略)。
連続で二人の王子のキラキラオーラに晒され、私の心臓はどうにかなってしまいそうだ。
一旦深呼吸をして、公園に向かって歩き出す。
このまま、間髪あけずに他の攻略キャラクターに遭遇したら私の心臓が持たないので、ウエンディに「誰がどこにいるか分かるMAP」を出してもらう。
MAPを眺めると、今から向かう公園にはアメリアが、商業エリアの反対方向の飲食店の立ち並ぶエリアにガイウスが居るようだ。
ふう、しばらくは攻略対象に合わずに済みそうかな?
目的地の公園までのんびり街を見ながら行ってみよ~!
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次話は15時更新予定です。
↓↓↓の方に評価ボタンがあります。
作者のモチベーションにもなりますので、面白いと思われましたら☆やいいねで応援をお願いします。