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シェイラ

「おかえりなさいませ。ウィル様、エリザベス様」


 屋敷に戻ると執事が二人を出迎えた。


「ローワンは来たか?」

「はい、報告を終えてしっかり食事を取って帰りましたよ」


(ローワンってさっきの傭兵の方かしら?)


 ウィルは仕事に戻るらしいが、「エリザベスは休んでてくれ」と言われたのでその言葉に甘えてエリザベスは部屋に戻った。


(もう少し楽な服装に着替えたいわね)


 そんなことを考えながら扉を開けると、ベットに見知らぬ人影が見えた。


「え?」


 エリザベスの気配に気づいたらしい人影がむくりと起き上がる。青白い肌、髪の毛で顔が見えないその『何か』はずるりとベットから這いずり降りると、エリザベスの足首をガシリとつかんだ。

 エリザベスは悲鳴をあげる。


「どうした?!」


 ウィルと使用人たちが慌てて駆け込んでくる。


「あれ、ここ私の部屋じゃない」


 エリザベスの足首を掴んだその人影は、よく見ると華奢な体つきの少女だった。


「シェイラ、お前人の部屋で何してるんだ…」


 ウィルの言葉にエリザベスはじっくりと少女を見る。ボサボサになって輝きの失われた銀髪、顔を覆う髪の間から覗く琥珀色の瞳。


「この方が、シェイラ様ですか?」

「はじめまして?」


 首を傾げて顔を見合わせる二人にウィルは頭を抱えた。


***


「改めて、妹のシェイラだ。こちらはハワード伯爵家から来てくれたエリザベス」


 あの後、シェイラはやってきたメイド達に連行され、すっかり身なりを整えられてからエリザベスの前に現れた。


「はじめまして」


 身なりを整えればシェイラはとてつもなく整った顔立ちの少女で、ただ『天使』と呼ばれるにはちょっと目が死んでいた。


「はじめまして。先日からこのお屋敷でお世話になっております。お会いできて嬉しいです、シェイラ様」


 シェイラはペコリと頭を下げるとエリザベスを眺めてから、ウィルの方に顔を向けた。


「ローワンが言ってたお兄ちゃんがデートしてた彼女ってこの人?」

「アイツはまた、余計なことを…」


 『デート』と言う言葉にエリザベスは少し冷や汗をかく。噂が本当なら、シェイラはウィルをエリザベスに横取りされた気持ちになるかもしれない。


「ここ数日お仕事のお手伝いをしていたので、ウィル様が労って下さったんです」

「…そうなんですか」


 一瞬、シェイラが憐れむような目をウィルに向けたように見えた気がしたエリザベスたが、気のせいだろうと片付ける。なにせ、シェイラは表情がほぼ変わらないのだ。


(何を考えていらっしゃるのか分かりにくい方だわ…)


 ぐうぅぅと部屋に腹の虫の大きな鳴き声が響いた。


「…お腹すいた」

「だろうな」


 盛大にお腹の音を鳴らしたにも関わらず、シェイラは恥じらう様子もなく相変わらずの無表情である。


「シェイラ様、お待たせいたしました」


 執事がシェイラの前に出来立ての食事を置く。


「わーい」


(す、すごい棒読み)


 口調では全く喜んでいるように見えないのだが、本当に喜んでいるらしく、シェイラはその見た目からは反した豪快な勢いで皿を空にしていく。


「変なやつで驚いただろ。仕事が慌ただしかったのもあって、会わせられなかったんだ」

「いえ、噂通り可愛らしい妹さんですね」


(言動は想像とは大分違ったけど…)


「っていうか、お前なんでエリザベスの部屋にいたんだ?」

「さあ。起きたら知らない部屋にいた」

「夢遊病か?」


 ウィルはため息をつく。


「エリザベスさん、びっくりさせちゃってごめんなさい」


 ペコリとシェイラは頭を下げた。


「いえ、こちらこそシェイラ様とは気づかず大きな声を出してしまって…」

「シェイラでいいよ。私年下だし」

「お前は歳上に敬語を使え」


 シェイラは若干顔を顰めて「兄ちゃんうるさい…」と呟く。


(全然普通の兄妹っぽいわね)


 もっと甘々な空気を予想していたエリザベスは拍子抜けしてしまった。


「気にしないで下さい。気楽に接してもらった方が嬉しいです」

「エリザベスさん超優しい」


 エリザベスは心なしかシェイラの顔が明るくなった気がした。


「気になっていたのですが、シェイラは今までどこにいたんですか?結構屋敷を歩き回っていたのに一度も会いませんでしたよね」

「それは…」

「あー!エリザベスにどうしても手伝って欲しい書類があってのを忘れてた!」


 シェイラが答えようとするとその声をかき消すようにウィルが叫んだ。


「書類ですか…?」

「声デカ…」


 二人が呆気にとられる中、ウィルはエリザベスの手首を掴むと執務室へ引っ張っていった。

 頼まれた書類は急ぎのものではなかったのでエリザベスは首を捻る。


(もしかして、シェイラが私と会わなかった理由を聞かれたくなかったのかも)


「あの、できれば私はシェイラと仲良くしたいと考えているのですが」


 エリザベスは率直に告げた。


「え?ああ、それはそうして貰えるとありがたいけど…アイツ相当変わり者だぞ」


 ウィルは目を見開いて言う。


「それは、そうですが。でも素直で可愛らしい方です」


 エリザベスの言葉にウィルは微笑んだ。


「そう思ってくれているのなら、是非仲良くしてやってくれ」


***


 その日からシェイラは昼過ぎにはエリザベスの前に現れるようになり、二人で話す機会も増えた。


「チェック」


 シェイラがいつも通りのローテンションで告げる。


「本当にシェイラはチェスが強いんですね…」


 数日前にシェイラがチェスが好きだと聞いてから、何回も対局しているがエリザベスは未だ一勝もできてなかった。エリザベスもチェスは得意な方だったのだが、シェイラの前では赤子同然である。


「エリザベスさんもすごく強いよ。兄ちゃんより倒しがいがある」

「聞こえてるぞ」


 ウィルが目に見えて渋い顔をしていたのでシェイラは吹き出した。

 二人の様子を見る限り、やはり兄妹以上の関係には見えなかった。


(いっそ聞いてみようかな…でも失礼よね)


「エリザベスさん、何か私たちに聞きたいことがあるの?」


 シェイラはぬぼっとしているように見えて意外と鋭いところがある。


「あの、気を悪くされたら申し訳ないのですが…」


 ウィルも手に持っていた本を机に置いて顔をエリザベスの法に向けた。


「気にしないで言ってくれ」


 エリザベスは小さく息を吸う。


「ウィル様とシェイラ様が…その、兄妹以上に想いあっているという噂が王都で広まっていたのですが…」


 ウィルがポカンと口を開ける。シェイラは苦いものを食べたかのような顔をしていた。


「なんだそれ」

「なにその気色悪い噂…」


 二人の反応から噂はやはり嘘なのだとエリザベスは思った。


「すみません。変なことを言って…でも事実でないのなら余計に知っておいた方がいいかと思って」


 未だ情報を処理しきれていない兄妹に代わって、お茶のお代わりを持ってきた執事が口を開いた。


「もしかして、その噂の中にはウィル様がシェイラお嬢様を他所の領地に嫁がせる気はないと言った話が含まれるのでは?」

「ええ。その話を一番よく聞いたわ」


 ウィルがぎくりと固まる。


「もしかして、それは事実なのですか?」


 シスコンということだろうか。


「いや、まあ事実ではあるんだが…ちゃんと理由があって…」

「兄ちゃんのせいで最悪なんだけど。というか、エリザベスさんはもしかして今まで私たちに気を遣ってた?」


 シェイラの言葉にエリザベスは苦笑する。


「いえ、シェイラにお会いするまでは少し気になっていましたが、実際にお二人の様子を見てそれはないかなと」


 エリザベスの言葉にウィルがホッとしたように息をつく。


「俺がそんなことを言ったのは…「大変です!」


 突然部屋にトレバーが駆け込んできた。


「ダストンの関所が襲撃を受けました!」


 トレバーの言葉にウィルが立ち上がる。


「すぐに状況を確認する。早馬を出せ」

「はい、手配してあります。それから知らせに来た関所の者が来ているのですが、負傷しており、今は診療所です」

「直接話を聞きたい。すぐに向かおう」


 ウィルは真剣な顔で振り返った。


「すまない、エリザベス。今日は夕食を共にできないかもしれない。襲撃された関所はここからかなり離れているが、念のため屋敷からは絶対出ないでくれ。」


 早口でそれだけ告げると、エリザベスの返事を待たずに駆け出していく。


「エリザベスさん、大丈夫だよ。モーモント領はジゼ公国と隣接してるからこういう攻撃は定期的に受ける。兄ちゃんも騎士たちも慣れてるからすぐ沈静化できるよ」


 シェイラが冷静に告げる。


「でも、ダストンの関所はジゼ公国からは離れています。それに、この前の雪の影響であの関所まわりの交通はまだ完全に復活したとは言えないのに…」


 そう口に出してからエリザベスははっと我に返る。こんなことをシェイラに言っては不安にさせてしまう。


「…なんて考えすぎでしたね。シェイラの言う通りきっと大丈夫です」


 微笑むエリザベスにシェイラも静かに頷いた。

 ウィルは言葉通り、その日の夕食の席には現れなかった。


「あの、邪魔はしないからウィルの部屋に食事を持って行ってもいいかしら?」


 エリザベスは執事にお願いしてウィルの部屋に向かった。部屋の前に差し掛かった時、ウィルの声が部屋の中から漏れて聞こえた。


「ダメだ。危険すぎる」


 厳しい声色に騎士と話しているのかと思ったが意外な声がした。


「何回も言わせないで。絶対ダストンは陽動。兄ちゃんが動いた隙に此処を襲撃するのが目的だよ」


 驚いたことにもう一つの声はシェイラだった。


「だったらお前がここに残れば問題ないだろ」

「兄ちゃんがいないと街の人が不安になる。それに、ダストンの方が地形が複雑で雪の影響もあるんだから戦略がモノを言う」

「…痛いところつくなよ」


(シェイラがダストンで戦に参加するってこと?)


 貴族令嬢が戦いの場に出るなど聞いたこともない。しかし、扉の向こうの会話はそうとしか思えない内容だった。

 動揺からエリザベスが半歩後ろに身を引くと、持っていたお盆の上の食器がガチャリと音を立てた。


「トレバーか?そこで何を…」


 廊下に出てきたウィルはエリザベスの姿を目にとめて、言葉を失った。


「申し訳ありません。立ち聞きするつもりはなかったのですが」


 エリザベスが頭を下げるとウィルは慌てて両手を振った。


「いや、いいんだ。この領地にいる以上、エリザベスにも危険が及ぶ可能性はある。知っておく権利がある話だ。むしろ、詳しく説明していなくてすまない」


 ウィルはエリザベスを部屋に招き入れ、既に室内にいたシェイラに向かい合う形でソファに座らせた。ウィルはシェイラの隣に腰掛ける。


「どこから聞いていたか分からないから一から状況を説明するな。」


 ウィルの話によると、先月くらいからジゼ公国が不穏な動きをしているとの情報があり、内密に動きを探っていたらしい。その最中に大雪で雪崩が多発し、深刻な人手不足に陥っていたらしい。


「情けない話だが、シェイラは俺の数倍頭が回る。これは身内贔屓な評価かもしれないが、兵法については国内では比類する者がいない天才だと思ってる。だから、ジゼ公国の件をシェイラに任せて俺は雪崩の始末をつけていたんだ」


 そのためシェイラは資料室にこもりっきりになって、各地に派遣した騎士の持ち帰った情報から状況の分析に取り組んでいたらしい。エリザベスが以前入ろうとした「開かずの間」がその資料室だったのだ。


「なぜ、そのことを隠していたんですか?」


 エリザベスの質問にウィルは答える。


「知ったら余計な危険が及ぶ可能性があったからだ。それに、エリザベスが来たばかりのころはどんな人物なのか分からなかったからな。不必要におびえさせたくなかったんだ」


 ウィルの言葉にエリザベスは「そうですか」と頷いた。


「結局雪崩の影響でジゼからの侵攻ルートが潰されたし、あっちの被害も大きかったみたいだから攻めてくることはないと踏んで調査を打ち切ったんだよ」


 シェイラがいつもより不機嫌そうな表情で告げる。


「だから、今回の襲撃はたぶんジゼじゃない。でも予兆に気づけなかったのは私の責任だから、関所には私が行って直接指揮を執る」


 ウィルはため息をついてシェイラを見た。


「お前の責任じゃないと言ってるだろ。親父が不在の間は俺がこの領地の責任者だ」

「だったら責任もって私をダストンに派遣して」


 しばらく二人は睨み合っていたが、やがてウィルが折れた。


「第一騎士団を連れていけ。常にだれかをそばに置いて絶対に一人になるなよ」

「分かってる」


 二人の話し合いには決着がついたらしいので、エリザベスは気になっていたことを質問する。


「あの、こんな時に聞くことではないかもしれませんが、ウィルがシェイラを他所に嫁がせる気はないって言ったのって…」

「ああ。いくら対価を積まれてもこの才能の方が高くつく…し、こいつが普通の貴族の家でやっていけるとも思えんしな」

「絶対無理」

「いばるな」


 非常時にもかかわらず、いつものやり取りをする二人にエリザベスはほっとしてしまった。


 そして翌朝、シェイラは騎士団を伴ってダストンへ向けて出立していった。


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