調合準備
「あー!もう!アンタのせいでめちゃくちゃ恥かいたじゃない!」
スーパーの駐輪場から自転車を押して歩き出すとグレーゼは食ってかかるように叫んだ。
「うるせぇ!俺だって今のが生徒か生徒の親に見られてたら明日の塾で何言われるかわかんねぇんだからな!」
事情が深くなれば面倒になっていく結末を想定して成明も叫ぶ。
そして互いの顔から歩いていく方向へ顔を向けて一瞬の沈黙が流れる。
「「はぁ......」」
お互いに不満をたれつつも、どうしようも無いことに溜息をつき、入った時よりもやたらと敷居の高く見えるスーパーを遠目におさらばする。さっきだけは人と触れ合わずに開いてくれる自動ドアがとても輝いて見えたものだ。
「他にも色々買うものあったけど、もう買う気失せたわ。グレーゼの買い出しの番でいいよ」
「あー、わかったわ。それじゃあアンタが試した硬化の薬でも作ってもらうから」
お互いに心身ともに疲労困憊であり、ろくに頭も回っていない状態なのである。1番楽かつ家に帰ることが出来る方法を選んだ結果だ。
「で?材料は日本で売ってる特徴が似たもので代用可能なんだよな?」
「そうよ。だからアンタも魔法薬の材料探しを手伝ってもらうの」
「そりゃもちろん。で、材料は何が必要なんだ?」
成明は小分けされたウインナーがたくさん入ったビニール袋を暇を持て余したようにガサガサと揺らしている。
「一応ラスカネピアでの私が持つ魔導書には「鬼を弑する毒」と「赤硬したマンドラゴラ」が材料って書いてあるわ」
「マンドラゴラって、衝撃を与えると大声を上げる植物?だっけか?」
成明は色々なゲームやアニメから集めてきたなんとなくのイメージ図を頭に思い浮かべながらグレーゼへと問いかける。
「まさにそれよ。ただ、マンドラゴラなんて日本には、それどころか世界中にも存在しないみたいだから似通ったヤツで良いわよ」
「わかった。ドンキとか行ってみてそれなりに考えて買ってくるわ」
日本にも世界中にも存在しないものを買えるほどドンキは万能でもないし、そんな期待を押し付けられる側もたまったものじゃないだろう。しかし、学生の脳ミソで品揃えといえばやはり、というレベルで期待と支持を得るのだ。さすがヤンキーの味方。
「それでよろしく。それと、後でここで合流ってことにする?」
「ここじゃあ居心地悪いからお前ん家でいいんじゃねえか?それに、魔法薬作るんならお前ん家じゃないと作れないしな」
特に試食のお姉さんに大迷惑をかけたお店の前で他人から見ればコスプレしている大目立ち少女が立っていれば、お店側にさらなる迷惑がかかってしまう気がする。居心地が悪いと言うよりは申し訳なさでいたたまれないと言った感じか。
「じゃあそうしましょうか。あ、あとお金」
グレーゼはついでに、といった様子で会ってから1日も経っていない男に向けて左手をさし伸ばす。何も知らない他人が発言と行動だけ汲み取れば非常に地雷臭漂う、触れないでおいたほうがいい状況でしかない。
しかし、成明の場合は器物破損に当たる事案を解決するために受け入れざるを得ない言動なのである。
「......しゃあねぇな」
成明は財布から取り出した5000円札の中央を力任せに強く握って今生の別れを告げ、差し出された手のひらの上に乗せて握っていた手を離す。もちろん紙からの返答はなく、印刷された樋口さんの顔半分がシワシワになっているだけであった。
「じゃあ貰うもの貰ったし解散ってことで!アタシのお店にちゃんと戻って来るのよ?いい?」
「逃げないから安心しとけ、それとお前もお釣りは後で返せよー」
「おっけーおっけー」
両手にパンパンのビニール袋を提げた成明とリアル手持ち無沙汰かつ愉快そうにスカートをたなびかせるグレーゼは少し薄暗くなった空を背にそれぞれの求める材料を探して歩みを進めた。
▷▶︎▷
日は沈み、すっかり夜となった世界を街灯がやんわりと照らす入り組んだ住宅街の一角、そこにはドアが斜めに開きっぱなしのオンボロ家屋が寂しく佇んでいる。
しかし、見たことは無いがおそらく、いつもと違うのは薬屋龍娘の文字が書かれた真新しい木の板の横にはいつもは見慣れない自転車が置いてあることだ。そんなオンボロ家屋で、成明はボロボロの室内でなんとか生き残った番台の机に座り、レジ袋をぶら下げて待っていた。
1度自分の家にウインナーやらウインナーやらウインナーを置きにいってから薬の材料を探しに行ったことを自分ながら正しい選択だったなぁ、などと思いながらビニール袋の重さを確認するように手首を曲げたり伸ばしたりしていると、唐突に対照的に快活な声が突き抜ける。
「きたぁーく!」
右手は斜めに固まった扉を思いっきり開けた余韻のように平行に伸ばし、左手には大きな紙袋を提げたグレーゼが元気全開で声を上げる。
赤とピンクがコントラストになっているスカートを揺らし、フリルのついたシャツは汗で肌に張り付いている部分もある。
そんな少し色気のあるグレーゼの姿に成明は少し顔を赤らめるが、ありありと表情に出るとからかわれること間違いなしのため、平然を装って声をかける。
「おう、思ってるより早かったな」
「いやいや、成明の方が先に帰ってきてるじゃない。しっかり選べてるんでしょうね?」
「パッと思いつくものを選んだけど十分だろ」
成明はスーパーの袋を両手で開けて中を軽く見る。疑われると買ったものへの不安が高まってしまうのでついつい確認してしまうのが人間の心理だろう。
対照的にグレーゼは自分の買ったものに自信があるようだ。なんなら腰に手を当てて聞いてこい言わんばかりに誇らしげさえある。これは人間の心理ではなくドラゴンの心理か何かなのだろうか。とか言いつつもまぁ、おそらくグレーゼの心理だろうなぁ。
「それじゃあ早速大釜にぶち込んでいきましょうか!」
グレーゼは番台の上に紙袋を置く。そのままくるっと回転して童心に帰ったようにスキップをしながら瓦礫とともに端っこに追いやられている大釜へと近づいていく。
大釜には禍々しい紋様や髑髏などがあしらわれておりなんとも奇天烈なデザインであるが、あまり手入れされておらず雑に放置されているため成明には滑稽にさえ思えてしまう。
「ふんっ!」
そんな大釜をグレーゼは両手で持ち上げ、床に転がる瓦礫を蹴り飛ばして器用に簡易的な大釜の土台を作成する。
「成明!薪になりそうな木を何本か置いて!」
「はいよ」
成明は早く来て手持ち無沙汰だったため、掃除ついでに数箇所に固めておいたガラクタのたまり場から形の悪い木々を掻き集めて組んでいく。軽くとは言っても大釜自体が縦に並んで5人以上はスッポリと入りそうなサイズではあるので、小さめのダンボールにパンパンに入るほどの量だ。
「もう置いていいぞ」
グレーゼは1度成明に視線を向け、成明が離れたのを確認したあと慎重に大釜を置いた。
「もうちょい離れてて」
「おう」
グレーゼは大釜を置くとすぐに右手を横に広げ、成明を後ろへやるようにジェスチャーをし、腕が当たるか当たらないかのところまで成明を後ろに下がらせる。
大釜も既に鎮座させられて危険なことなど無いのだがさらに下がらさせることを成明は不思議に思い、グレーゼの肩へ手を伸ばす。
「なぁ」
問いかけと同時に真横からグレーゼを見ると、口元と胸の当たりが大きく膨らみ、背中も反り始めていた。
「グレー」
時すでに遅し、とはこのことである。成明も瞬時に悟って急いで下がり始めようとするが、既にグレーゼは頭を前に出して体を「く」の字に曲げる。
「ゼ......」
そして、大釜の方を向いたまま後ずさりするように1歩下がっただけの成明などつゆ知らず、グレーゼは一気に口から炎を吐いた。
口元から扇形に広がる炎の柱は轟々と音をたてて大釜の下半分を覆い尽くす。
「ごふっ!」
成明は視界がぼやけるほどの熱量と勢いに吹き飛ばされ、掃除をしたとはいえまだまだ砂埃まみれの床を激しく転がった。
「痛ってえな!吐くんなら吐くって言え!宇宙から来た二等兵だってちゃんとタ〇マインパクトって言いながら出すんだぞ!」
成明はガバッと頭を起こし、グレーゼに目を合わて叫ぶ。
「え?でも別にドラ〇エだと『炎の息』とか表示されてもMissって出ない限り避けることは無理じゃない?それなら報告意味無いでしょ」
「けど、吹くのわかってれば対策とれるだろ!」
「それだったらリオ〇ウスの炎ブレスだってしっかりモーション見て避けるじゃない!なんならアタシは後ろに下がるように指示までしたわ!」
「……はいはいわかった、俺の負け」
成明は大きくため息をつき、両手を挙げる。
何度か言い争いをしたことでわかったが、このドラゴンで魔女な薬剤師は一切手を引かないだけでなく負けず嫌いなのだろう。
「よろしい!」
グレーゼはご機嫌そうに指をパチンと鳴らす。
そのまま鳴らした手を強く握り、肩甲骨を後ろに引いた完全握りこぶし射出体制に入った。
「おまっ!」
成明は咄嗟に自分の顔を隠すように両腕で防御の構えをとって目を瞑る。女とはいえドラゴンの馬鹿力である、生きていられる保証は全くと言っていいほどにないが反射的に体は防御へと動いた。
しかし、グレーゼはそんなことはつゆ知らず。
「それでは、楽しい楽しい調合ターイム!」
グレーゼは強く握っていたグーを高らかに斜め上に突き出した。
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