スーパーにて
そして、掃除を終わらせ買い出しの今に至るというわけだ。
「名目はアタシの魔法薬用の材料を探しに来てるのよ?なんでこのアタシに夕飯の買い出しを手伝わせてんの?」
「そりゃあ俺ん家で飯食うからだろ」
成明はカートを押し、その横で後ろで手を組みながらなんだかんだ2人並んで店内を歩いていく。
その脇には文句をブーブー言い放つガサツで人工的な印象から目立つ格好のドラゴンとは対照的に、赤や緑など色鮮やかな緑黄色野菜やみずみずしく自然本来のツヤのある果物などがズラリと並んでいる。
野菜果物売り場はお菓子コーナーや揚げ物コーナーとは違った落ち着きのある気品の良さがあるな、と思うようになったのはいつ頃からだろうか。小学生のときは野菜果物コーナーなんて微塵も興味がなかったのだが。
「だったら買い物なんて付き合わせないでおもてなしってやつしてくれるんじゃないの?日本人っておもてなし好きなんでしょ?」
一瞬前まで野菜と果物に抱いていた成明の暖かな心情をかき消すかのようにグレーゼのアタシ理論が顔を覗かせる。
「変な知識だけ無駄にもってるよなお前......」
グレーゼに呆れつつも、身体の前で片手で5つの花を咲かせるような動きから合掌という一世を風靡した日本人推しの呪文が成明の頭で何度もリピートする。
「けどだな、おもてなししろ、なんて言うやつにはもてなす気なんてねぇんだよ。あと別に文化なだけで好きってわけじゃねえからな」
構っても仕方ないというようにグレーゼを雑にあしらい、チラシに載ってあった袋詰めの人参を手に取りカートの中へ入れる。
「今言われれば確かにそうね。好きってだけでおもてなしなんてしてたら、身がもたなくなるわ」
カートの中へ入れられた人参をグレーゼは即座に取り出し、様々な角度から人参を観察している。
人参も1つ間違えればグチャグチャにされることをわかっているのか、いつもは気にならない袋のガサガサ音がやたらと成明の耳に入ってくる。
「お前なら俺以外相手にもてなすように言って無理やり押し込みそうだけどな」
「もてなせなんて言わないわ。最初からグー握ってるから」
「もっとタチ悪いなお前......日本ではやめとけよ」
そういえば他人の家から恐喝して材料を集めていたなと思いつつ、5つで1袋になった緑の鮮やかなピーマンもカートの中へ入れる。
「やらないわよ。そのために成明を使っ......成明を利用するもの」
「それ類義語な、隠せてないからな」
軽いため息とともに呆れが滲み出る。しかし、言っても仕方ないこともわかっているため成明は変わらずカートを押して買い出しを進めた。
「そういや、日本に来てからちょっとは経つんだろ?スーパーとかコンビニとかそれなりに利用してるのか?初めてでは無さそうなのはさっきからわかるけどよ」
成明のイメージ的にはファンタジーの売店というのは武器屋、アイテム屋、食材売りなど1つ1つ売ってるものがバラバラの個人経営という印象が強いのである。
それに、店員に商品を渡すとストライプの黒白線をピッっと熊手の様なものでかざすと、横の機械から音が鳴り出し合計額が表示されるなど向こうの世界では有り得ないだろう。
「何度かは使ってるわよ。それに、自動ドアとかいう入口のガラス窓には最初ものすごく驚いたわね」
グレーゼは今では慣れたものと言うように無感動に淡々と告げつつ、1本ずつバラ売りされたキュウリをマジマジと見つめている。
「そう言われれば確かにそうだな。けど、そういう勝手に開く系のとか無いのか?魔力で動くみたいな」
「ないわ、そもそも魔力があるのは魔女と一部の人間ぐらいだもの。まぁ、人間のは魔力とはちょっと違うんだけどね」
キュウリから離れたグレーゼはカートを押す成明の横へ戻ってきながら答える。
「どういう風に違うんだ?」
「人間は魔女を倒して世界を救ったドラゴンを崇めてるって言ったのは覚えてる?」
「さっき喫茶店で言ってたヤツだよな」
成明の返答にグレーゼは首を縦に振る。
「魔女は体内の魔力を用いて魔法を発動させるんだけど、人間は信仰心を使うの。人間には体内に魔力を貯めることが出来ないから、その代わりを信仰心で補ってるってわけ」
「信仰心で魔法が使えるってのはなんだかお気楽だな」
日本でもし信仰心によって魔法が使えるのならいつでも空に仏様を出して目からビームだって出せるだろう、ヨシ〇コもビックリである。
「お気楽かもしれないけれど、一般にドラゴンを崇めてる人じゃ魔法は使えないのよ。使えるのはそれぞれのドラゴンを崇める組織の重鎮とか代表みたいな人が数人って感じ」
「信仰心が強くないと使えないってことか?」
「多分そういうこと」
グレーゼは人差し指を立て、正解!というように成明に向ける。
「ふーん、信仰心様々だな。そんでもって、その魔法使って一般の信者を助けてる感じか」
「そうね……、魔法を見せ物に使って自分たちの凄さを強調しつつ、一般の信者の代わりに代表様たちがドラゴンに願いを届けてあげてるって感じが1番しっくり来ると思うわ。ま、アタシにはそれを名目に金品やら食べ物やらを信者からむしり取ってるようにしか見えないけど」
「どこの世界でも上に立つ人は甘い蜜吸ってるってか」
うげ〜、と舌を出しながらのあからさまな嫌いアピールをするグレーゼに成明も同意する。
「ただ、人間も魔法が使えるって言っても使える魔法は限られてるわ」
「どんな風にだ?」
グレーゼは赤パプリカと黄パプリカを片手に1つずつ持って成明の方を向く。
「信仰するドラゴンの種類によって魔法の質も変わるのよ。火を吐くドラゴンを崇めてるなら炎の魔法、電気を発生させるドラゴンを崇めてるなら雷の魔法みたいな感じ」
話すのと同時にグレーゼは手に持ったパプリカをコミカルに上下させたり震わせたりする。
「なるほどな、崇めるドラゴンに対応した魔法が出るってことか」
「そういうこと」
そこらへんはファンタジーっぽいな、と思いつつパプリカは買わないから元に戻しとけよ、と指で合図をしてから再び進み出す。
そして野菜果物売り場も終わりに近づき、精肉コーナーとの境目まで進んできた。
3段に分けられた陳列棚には部位や生産国、料理の用途など様々な区別され、それぞれ清潔感のあるトレーに入れられたお肉が途規則正しく並べられている。
そのすぐ横には加工食品のコーナーがあり、ハムやベーコンなどが会社ごとの売り文句を並べて綺麗に陳列されている。また、碁盤の目のように縦横垂直かつ平行に行き違っている通路には、ウインナーをホットプレートで焼いている試食コーナーも展開されており、香ばしい匂いに釣られてフラフラと近づいてしまいそうになる。
「さて、つまんない話も終わったし、次はアタシの買い出しの番ね」
「いや、まだ野菜売り場しか回ってねぇからまだだぞ。このままだと夕飯は卵とサラダと白米になるだろ」
「はぁ?」
「はぁ?ってお前......」
謎の疑問と喧嘩腰のグレーゼに呆れるを通り越しているが、意味がわからないのであれば仕方ないと成明は無理矢理自分に言い聞かせた。
「肉とか魚とか調味料とかその他生活必需品等々を見て回ってねぇだろ」
すると、グレーゼも意味がわからないというように両手の手のひらを上に向け、肘を軽く曲げたまま肩を1度ひくりと上げた。
「これだから買い物は嫌いなのよ」
「いや、これだからってどれだよ」
煽るような口調のまま真っ赤な髪を軽く揺らして横に揺れ、お肉コーナーへと進みつつ口も動かし続ける。
「目的がある側は見回ってても何も思わないだろうけど、付き合わされてる側は似たようなところを行ったり来たり。どうしてそんなに頭が悪いことを自分だけでなく人にも強要させるの?さらに言えば、この生産性の無い時間に付き合わせてしまっているという自覚をするべきだと思うんだけど?」
「お前俺ん家で家事手伝わずに飯食うんだろ。親に買い物付き合わされてるひねくれた小学生みたいな屁理屈言うんじゃねえよ居候ドラゴンが」
「はぁ?居候ドラゴン?」
居候ドラゴン、という言葉に反応してグレーゼは眉毛を釣り上がらせて成明を睨む。
「他の名前の方がいいか?居候暴力ニート魔力無し爬虫類」
成明も徐々に血液が沸騰し、言葉の端々にトゲが生え始める。
「居候じゃないしニートじゃないし魔法薬作れるしドラゴンですけど?」
「暴力は認めるんだな?」
グレーゼは立ち止まり、血管が浮き出た顔で邪悪の根源でも見つけたかのように成明を睨む。
成明もカートを手放し、数年分の怒りを放出しているかのような形相で睨み返す。
「は?そもそもアンタは火も吐けないし魔法薬も作れないくせになんで調子乗ってんの?」
「そっちこそ家事より万能じゃなくし、役に立つ場面もろくに無いくせに何言ってんだ?」
グレーゼは無意識に右足を高く上げ、おもいっきり床を踏みつける。
床には雷のようなヒビが大きく1本入り、成明は押しているカートや近くの陳列棚とそこに並ぶ野菜や果物たちと一緒に軽く空中に浮く。
「アタシは薬剤師でもあるから成明よりは遥かに人間に対して万能かつ役に立ってるんですけど?」
「地面揺らすほどの暴力なら薬剤師じゃなくてヤクザの間違いだろ?」
成明は自信が浮きあがったことなど気にせず淡々と毒を吐く。
客観的に見れば普通の成人男性とド派手なコスプレ少女による完全なる修羅場(原因は買い出し云々)という状況である。
夕方の買い物客が多い時間だというのにスーパーの野菜果物売り場の端っこには2人を中心とした半径数メートル圏内だけはほとんど人がおらず閑散とし、その円の中心にいる2人から立ち込める怒号がポップな店内BGMを覆ってかき消していく。
「そうか、アタシがヤクザなら警察の世話にならない程度に殴ってもいいってことだな?あ?」
「飯とともに掃除洗濯その他家事諸々全部出来ないくせに助け無くしていいんだな?」
ほとんど至近距離でのやり取りだったが、2人ともさらに近づいて覗き込んで睨みあう。
「んなもん殴ってから考えるに決まってんでしょ?バカなの?」
「考える脳ミソも無いのに何言ってんだ?ん?」
「はい殴るすぐ殴る今から殴る」
お互いの怒りスイッチが飛行機のパイロット並にいくつも素早くオンになったのと同時に弱々しい音が割り込んだ。
「あのー......お客さま......」
「「あ?」」
グレーゼと成明は一切ズレのないタイミングでシンクロしたように声のする方へ振り向く。
「店内ではもう少しお静かにお願い出来ますでしょうか......」
そこには簡易組立式の弱アウトドアチックなテーブルに小さめのホットプレートを置き、その上で軽く切り分けられたウインナーを焼いている女性がおり、机には焼けたウインナーに爪楊枝が刺さったものがお皿の上でいくつか鎮座している。
そんな当たり障りもない情景にグレーゼも成明もハッとして周囲を見渡す。そこには買い物カゴを下げた若い女性やカートを押す手を止めた親子、ダンボールが積まれた台車を横に止めた男性などが取り囲んでいた。
一瞬にして感じる様々な人による非常に冷たい視線。先程までは一切感じなかったものである。
恥ずかしさで一気に頬を紅潮させたグレーゼと成明、互いの表情のバックグラウンドにはパチパチと油のはねる音とポップな店内BGM。そしてそのすぐ横には怯え7割きまり悪さ2割、勇気1割な表情でウインナーの試食を提供していたお姉さん。
グレーゼと成明は互いにもう一度目を合わせ、心が通ったように言葉を発さず床に膝をつく。指先をピンと伸ばし膝の前で斜め45度に揃えて手と手の間に額を合わせるように深々と頭を下にさげる。
そして一言、
「「すみませんでした、ウインナー10袋ください」」
人生において滅多に、いや、絶対にお目にかかることが出来ない試食コーナーのお姉さんに土下座をする成人男性とコスプレ少女という奇妙な光景が10秒ほど続いた。
外野がざわつき出すその一角、くるりと踵を返したスーツ姿の女性が1人いた。
ニヤリと不敵に笑いつつ、その隙間から歯がギラつく。
「ふふ、あっちでは満足そうな顔なんて一切しなかったのに、こっちでは案外楽しそうに世界を謳歌してるじゃないの」
スーツ姿の女性は左手に紙パックのトマトジュースを飲みながら、英語のラベルが貼られた瓶に琥珀色が鈍く輝く大小種類様々なウイスキーには容姿の整った姿がぐにゃりと湾曲して映る。
「愉快なことね〜」
果実酒や世界の有名なリキュールの棚で立ち止まりると慣れた手つきで右上にあるトマトリキュールに手を伸ばし、掴んだリキュール瓶の腹へ軽くキスをしたあとレジへと向かっていった。
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