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さよなら私生活

「ここを逃せば......このチャンスはもっと先になってしまう......」


夕暮れ時午後6時過ぎ、夏本番も終わりへと向かい始める8月下旬。

まだまだ太陽の日差しと夏の暑さは変わらぬものの冷たい風が時おり吹き抜けていく今日この頃。


「よし」


人工的な光が煌々と全てを照らし、穏やかでテンポの良い特有のメロディーが頭の上から降り注いでいる。そんな中大勢の女性が乱れ混じり入れる空間を見据え、成明は己の欲望を満たすためだけにターゲットへと一直線に飛び込んでいく。


「うおおおおおおおお!!」


成明は柔らかく弾力のある身体の密着を感じつつもそれらを受け入れ、目的のためにどんどんと奥へと進んでいく。するりと指先をなぞるように脂肪の隙間に手を入れて掻き分け、その先にあるモノへと手を伸ばす。


「おっしゃああああああ!!」


そして、成明は1パック88円の玉子を2つ手に入れた。

玉子を1パックずつもった両手を上に挙げ、体全体で勝利のVサインを表しながらだんだんと近づいてくる成人男性をグレーゼは頭に手を当てながらジトーっと見つめる。


「バカなの?」

「うるっせぇ!1パック88円の玉子がおひとり様2パック買える夕方タイムセールなんて滅多に出会えるものじゃねえんだぞ!俺からすればあのおばさん集団に突撃していかないお前の倫理観の方に疑念を抱くわ!」


人の混み合う午後6時過ぎのスーパーマーケット、グレーゼと成明は2人で夕飯と魔法薬の材料を探しに訪れていた。


〜1時間前〜


「じゃあさっそくだけど」


住宅街にひっそりと佇むボロボロの木造建築、薬屋竜娘の看板とともに上下のスライドがズレた半開きの玄関扉のその奥。

むき出しの信用出来そうにない柱と剥がれかけの壁、ガラスの破片が飛び散った地面の床という物騒な家屋の中で2人のにんげ...... いや、1人と1匹の人間と魔女で自称薬剤師のドラゴンが立っている。


「なんだよ」


魔女の形相を浮かべた高笑いから落ち着いたころ、グレーゼは腕を組みながら大釜にもたれかかり、改めて言葉の封を切りはじめたのに対し、成明は木の残骸やガラスの破片が落ちている所を避けて立ち、ブスッとした態度で面倒くさそうに返答した。


「衣食住その他もろもろ保証してもらう権利、行使させてもらうから」


グレーゼは真剣な面持ちで鋭い視線を成明に飛ばす。


「出来ねえことは出来ねえからな」

「出来ないお願いなんてしても無駄だし、それに無理にやってこられて貧相なクオリティが返ってきても気分が悪くなるだけだからそんなことしないわよ」

「なんで俺は既にボロカス言われてんだ?」


大釜が鎮座する広めの駄菓子屋のような空間で吐かれるグレーゼの毒によって何もしていない成明の株はグングン下がっていることへの反感をジト目で訴える。


「でもまぁ、多少なりとはアタシも遠慮して衣食住に関するお金を自分で出すから安心しなさい。魔女のアタシだって良心がほんのちょびっとは痛むの」

「はぁ」


成明はぶつくさに返事をする。


「そして、アタシが何かする時は全力でアタシをサポートしなさい。もうほとんど全ては余裕でこなせるんだけど、アタシにだって苦手なことはあるの。まぁ苦手なことでも出来るけどね!」

「はぁ……」

「これらについて何か聞きたいことはある?」


グレーゼは余裕のある雰囲気で首を少し傾け、成明に質問を促す。


「なんでさっきからしりに敷かれる次元がぶっ飛んだカップルみた」

「ないのね?」


圧の弱い命令の気持ち悪さにチョロっと疑問に思ったことを口に出した成明は眉間にシワのよった笑顔と形容しがたい圧力を放つグレーゼにデコピンを放つ構えを額へ向けられる。


「な、ないです......なんにも......」


聞きたいことはあるかって聞いてきたじゃねえか、と内心で思いつつもせっかく拾った命を無駄には出来ない。

成明は仕方なくグレーゼの爆発領域に踏み込んだ足を粛々と引っ込めた。


「ならいいわ。それで次はここの掃除と魔法薬作り直すの手伝ってもらうから」


デコピンの構えをやめ、歪な玄関扉をくぐり抜けたグレーゼは上半身だけ外に出してキョロキョロと左右を見渡した後に手を伸ばす。


「それはまぁ、さすがにやるしかねぇな」

「本当は弁償させたいぐらいだけど、そんなことするとアタシの綺麗な心が廃れるから手伝わせるってことで手を打って上げてることを忘れないでね」


藁で出来た古典的なホウキを2つとプラスチック製の大きめなちりとりを1つ持ったグレーゼがこちらに戻ってきながら、ホウキを1つ成明にヒョイと投げ渡す。

成明からすればヒョイという効果音ではなくビュン!という重力を感じさせない水平横移動で飛んでくる効果音を保有したホウキを身体全身で受け止める。


「別にそんなの聞いてねえよ!今のホウキで身体が痛いのにさらに心も痛めるのやめてくれ!」


必死に弁論する成明を見てグレーゼは少女のようにケタケタとからかい笑う。

その表情には「怒り」よりも「愉快」のほうが色濃く反映されており、先程までとあまり変わらない様子に成明は戸惑いを覚えた。


「俺そこそこやらかしたと思ってたんだけど、あんまり怒ってないのか......?」

「怒るも何も、あんなぐらいじゃあ特になんとも思わないわよ、アンタの股から生える汚らわしいのは除いて」

「最後の1文だけ目の奥が笑ってないんですほんとに怖いんです俺が悪いんですよねすみませんでした」


薬の本作用の産物が原因とはいえ、冷たく怒っているグレーゼのしっとりとした恐怖に超絶早口で謝りつつ、成明はグレーゼがサラリと流した言葉を疑問に抱く。


「ん?あんなぐらいって言ったって家とか棚とか魔法薬とかがグチャグチャになったってのに、本当になんとも思ってないのか?暴れ散らかすことなんて向こうじゃ日常茶飯事だったのか?」


成明の言葉にグレーゼは顔を逸らし、ほんの少し目を伏せた。


「なんとも思ってなくはないけど、向こうじゃもっとタチの悪いことされてたから。それに比べたらもう1回作り直せるだけ全然マシってこと」

「それは喫茶店で言ってたドラゴンなのに魔女だからってことがやっぱ関係するのか?」

「まぁそんなところね」


グレーゼは気分が悪そうに、はぁーっと大きなため息を吐く。


「それに、その他色んなことが嫌で逃げ出してきて今ここに、日本にいるわけだし」

「ほーん......」


実態の見えない何かに圧倒されて成明は言葉を詰まらせる。グレーゼの事情をほとんど知らない、そもそも生き物としての種や生きてきた世界線から違うのだが、目の前で静かに散ってしまいそうな少女にかける言葉が全て上っ面で意味の無いものになってしまう気がしてならなかった。


「じゃあ......」


家屋や売り物を壊してしまった罪の意識だろうか、無意識に先程の恥ずかしい失態をチャラにしようとしたのだろうか。

どれだけ声をかけても彼女の琴線に触れる言葉は見つからないとなんとなく理解している。

それでも少女が纏う冷たく朧げな、ガラスのような瞳を、今このときに触れなければ必ず後悔すると心は告げている。


「ラスカネピアでしんどかった分もプラスして、こっちの世界でグレーゼが楽しいことなんだってやろうぜ?そんでそのあと、そいつらボコボコにしてテッペンとるんだろ?」


グレーゼは目を見開いたあとすぐに成明から目を逸らし、コンマ数秒口をつぐんだ。


「ん?」


その様子を見た成明は怪訝そうに眉をひそめると、グレーゼは逆にこちらを向いて呆れ疑うような目で見つめ返される。


「なに?アタシを口説いてんの?」


不意の一言に頭が空っぽになる。成明はたった今何とはなしに言った内容を頭の中で数回反復する。

言った時の俺の雰囲気ってキリッ!みたいな感じだったか。


「そ、そそ」


思い出せば思い出すほどに内側から湧き上がる恥ずかしさで成明の身体は赤く、熱くなっていく。


「そんなんじゃねえよ!あ、あれだ!塾で生徒教える時ときに勉強のモチベ上げるのと同じヤツだ!わかるだろ!?」

「1ミリもわかんないわ」

「わかれよ!いや、今俺が死ぬほど恥ずかしいからわかってくれ!」

「アタシがわかってもわからなくても成明が耳まで真っ赤なのは多分変わらないでしょ?」


成明は自分の耳を塞ぐように手を当てて自分で確認したあと、恥ずかしさを出来るだけ隠しながらキッとグレーゼを睨む。


「じゃあ忘れろ!!」

「グレーゼが楽しいことなんだってやろうぜ?だっけ?忘れたわ♡」


しかし、今から取り繕ったとしても全くの無意味なようだ。


「あああああああああ!!!」

「あははははは!!」


成明が頭を抱えて身体をクネクネさせながら悶え苦しむ様子を見てグレーゼは気分が良さそうに高らかと笑う。


「さてと、たくさん笑って元気も出てきたし、掃除もちゃちゃっと終わらして買い出しに行くわよ」

「俺の心の傷が癒える時間はありますかね......?」

「勝手に治しなさいよ」

「ですよね〜」


やはり放置であった。


誤字、脱字等ございましたら、ご指摘のほどよろしくお願い致します。

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