お薬飲ませたね
「えーっとだな?」
グレーゼの爆弾発言は成明の今まで使用したことの無い脳みその領域をこじ開ける。
「さっきの大釜は色んな金属で出来てるから100歩譲るとして、魔法薬のレシピってファンタジーなら何とかトカゲの尻尾とか何とか妖精の涙とか、日本じゃ存在しないものじゃないのか?」
「その通りよ?」
「じゃあなんで日本でも魔法薬が作れるんだ?」
「さぁ?」
「さぁ?ってお前......」
グレーゼの全く気にしていなかったという反応に成明は呆れ返る。
「わかんないものは仕方ないじゃない!出来るってだけでいいでしょ?」
グレーゼからすれば材料が違えど魔法薬が作れるならなんでもよく、特に問題はないといった考え方。
おそらく「魔法薬を作れる自分すごい!」ということが大切なのだろう、として成明は解釈を落ち着かせた。
「……まぁ確かに魔法薬が作れるに越したことはないか。中国の点穴だって根拠が無くても効果はあるもんな」
「そうそう!」
グレーゼは大釜をポンポンと叩きながら嬉々とした表情で頷く。大釜と魔法薬のことがすごいというのはラスカネピアや魔力のことについて何一つ知識を持っていない成明にもなんとなくわかった。
「あとは……、ここで販売してるってことはもちろん人間にも使用出来るってことなんだよな?」
「もちろん!それにこっちの世界の人間に使って大丈夫だったわ。魔法薬を使用して効果の良さを話してくれるお客さんだったり、お店によく来てくれるお得意さんもいるわよ」
「それはすげぇな」
「でしょでしょ!!」
「ホントかウソかもわからない劇薬にチャレンジしたお客さんが」
「ぶん殴るわよ?」
調子よく話していた声音のまま握った拳を成明へ向ける。パッと見は愛想のよいコスプレ高校生にしか見えないのである意味問題だが、ニコニコ笑顔と握りこぶし1つを同時に添えることで非常に可愛げがなくなる。
「悪い悪い、けど俺も魔法薬はホントだと思ってるしそれなりには興味あるから安心しろ」
「何が安心なのかよくわかんないけど、とりあえず1度試してみない?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるグレーゼ。成明の悪寒が体を走り、口が動く。
「......それはいいや」
「なんでよ!興味あるって言ったじゃない!」
「いや、興味はあるって言ったってやっぱ怖いじゃねえか!高校の総合の授業の時に習ったクスリの勧め方にあった例の言い方だしよ!」
胡散臭さ漂う薬、違う世界から来たドラゴン美少女、何かをひた隠すように堪える表情、そのどれもが成明の不安を増幅させるものでしかない。
「それに効果を証明してくれた日本人って何人いるんだ!?」
「ふた......200人です」
グレーゼは俳優ばりのキリッとした表情で成明に目を合わせる。自信漲る目の鋭さからは真剣さは伝わってくるが、その前に漏れ出た本音とフワフワとした雰囲気を成明は見逃さなかった。いや、むしろツッコミ待ちしてるのかレベルの下手くそさで見逃すとかもなかった。
「なるほどわかった、試さないでおく。それとお前の話は今後一切信用しない。じゃあまたいつか会う日まで」
成明はくるりと方向転換してボロボロ家屋の建付けの悪い壊れた扉向かって歩き出す。それも棚に並べられた色とりどりの液体から逃げるように。
「なに逃げようとしてんの成明!」
「おまわりさんたすけてー!都合が悪くなったら暴力振るう変態コスプレ少女に首根っこ後ろから掴まれてるんです!力加減誤られたり口から炎吐かれ
たりしたらガチで死ぬんですたすけてー!」
住宅街へと広がる成人男性の救援要請は誰の耳にも止まらず、もしくは右から左へと声は流されてしまったかのように虚しく空へと消えていく。
「あ、そうだ!」
グレーゼは不意に掴んでいない方の左手で指パッチンをする。輝いた目と悪役に相応しいThe悪巧みを彷彿とさせるほどにニヤけていた。
成明にはグレーゼの表情は見えていなかったが本能的に身の危険を悟ったのか鳥肌が立ち上る。
「え?え?なになに?俺死ぬの?」
「ん〜っと」
顔を引きつらせる成明に対して、グレーゼは顎に人差し指を当てて斜め上を見上げている。
悩んだ時間も数秒、両手を合わせてあざといお願いポーズと屈託のない笑顔のグレーゼの口は尖い牙が姿を覗かせながら答えた。
「ワンチャン♡」
「嫌だー!まだ死にたくねぇー!」
どれだけもがき暴れようと成明の体は前に進まない。
「違うわよ!殺すつもりはないわよ!ただ、まだ向こうでもこっちでも誰にも試したこと新作ってだけだから!実験台になってもらうだけだから!!」
グレーゼは必死になってコンプライアンス違反だと言わんばかりの説明する。
「それは殺すつもりはなかったけど死んだらゴメンってことじゃねえか!」
「どちらかと言うと、短い間でしたがありがとうございました。コーヒー美味しかった、とか?」
「やっぱり死ぬんじゃねえかー!」
成明はその場に座り込んで足をバタバタさせる。人生最後に、それもこの歳で駄々をこねるなど思いもしていない。
しかし、これほど無様な姿を晒してもグレーゼは未だに首根っこを掴んでおり、なんなら店の奥へズルズルと引きずられていく。
「もー!暴れないでよ!!魔法薬飲む前に首もげるでしょ!!」
「そんなペットの世話する感じで俺の生死を左右させないでくれ!」
グレーゼは棚の端のビンに向かって手を伸ばしながら、その場から逃げようとする成明を引きずっていく。
「よし!」
「ぶっ!!」
快活な掛け声とともにグレーゼは成明を軽く突き飛ばす。ふらついているところに改めて右手を伸ばし、頬を下から掴んで前に引っ張った。
左手には透明感のあるビン、その中には翡翠色の液体が8割ほど注がれており見れば見るほど毒々しく感じられる。
「ちょっとまっブッ!」
グレーゼはさらに強く頬を引っ張り、成明が喋れないほどに口をタコ形へと変形させる。それと同時に左手だけを使って親指で器用にコルクの蓋をポンッ!と外す。成明からすれば終焉へのカウントダウンが始まったのと同義だ。
「ふふふふふ......」
黒くて底の見えない、ねっとりとした甘さが詰まったような表情を浮かべるグレーゼによって彼女の左手が掴んでいるビンがどんどん成明の口の上で斜めに傾けられていく。
「いやああああああああああ!!」
液体が舌の上を通り、喉へと流れていく。成明の喉仏は耐えきれずに1度下へ降りた。
まずい、みるみるうちに変化が......
「って、......お?」
強ばっていた成明の表情は緩くほどけていく。
身体の中で何かが激変したような感覚は全くなく、むしろ何も起こっていないことへの違和感が増していくのみだ。
「どう?どんな感じ?」
グレーゼは抑えていた右手を離して成明を解放してから、期待の眼差しで覗き込む。
解放された成明もおそるおそる閉じていた目を開き、自分の両手を表裏に数回返して確認した。しかしなにも変わっている様子はない。上半身から下半身へと目線を移動させるもこれといって見た目は変わらず、触ってみても何ら変化が無い。
念の為にスマホを取り出し、内カメを鏡代わりに使って自分の顔を触りながら確認してみるが変化は一切と言っていいほどなかった。
そして体内にも気持ち悪さや違和感が全くない。
......もしかすると
「これって効果無かったんじゃねえか!?」
両腕を掲げ、軽くガッツポーズをしてそう叫んだ瞬間である。
「は?」
成明の身体全身が石になったように全く動かない。筋肉から骨から何から何までガチガチに固められている感覚と重力によって今までに経験したことが無いほどの地球へ沈み込むような感覚。
そして耳から入ってくる自分が発した声は脳天から絞り出てきたような黄色く甲高い声になっているのである。
「うわぁっはははははは!!」
グレーゼは家の床である土をバシバシと叩きながらお腹を抱えて大爆笑している。
「おい、どーなってんだよこれ!」
「ひーっ、ひーっぃいははははは!!」
「おいゴミドラゴン!聞いてんのか!どーなってんだ元に戻せ!」
「ひっ!ひははははは!!」
どれだけグレーゼに問いかけても成明から発せられるヘリウムガス10割増強化版のような高くて頭の悪そうな声にご乱心のようで、ゲラゲラと大笑いしている。
「それ以上叩くとこの家壊れちまうぞ!」
「ひーっ、ひぃーっ!……はぁー。一定時間経つと元に戻りますから安心してください。ぶふっ!」
「で!?なんなんだこれは!?」
グレーゼはまだヒクヒクとお腹をよじらせながら答えた。
「それはまぁ、ふふっ、簡単に言うと硬化の魔法薬よ。デーモンと同等の皮膚や筋肉、骨を手に入れられるって代物だけど、デーモンだから硬度に問題なく耐えられるだけで人間ではどうすることも出来ず、ふふっ、ただただ体重が重くなって身体が鋼のように固くなるんですよ」
「じゃあこの声はなんなんだ!」
成明は人差し指で自分を指さしながら、グレーゼへ向かって可愛げさえ感じられる罵声を飛ばす。
「それは副作用。多分ラスカネピアで材料通りに作った場合はほとんど無いんでしょうけど、日本で似た材料使ってると発生しちゃうのよ。まぁ薬に副作用は付き物だから仕方ないわ」
「てことは、俺は死なねぇのか?」
成明は震える声(馬鹿みたいに高い)でグレーゼに1番の懸念点を問いかける。
「そうよ。それにそもそも、最初から死ぬ可能性がある薬なんて処方させる訳ないでしょ?」
「はぁ......良かった......」
成明はグレーゼの言葉にホッと胸を撫で下ろす。まぁ、動けないのだが。
「落ち着いたんならさっさと何とかして」
「ん?なにを?」
グレーゼは成明の生死の感動など気にもとめず、顔を逸らして告げる。
「……気づいてないの?」
「なににだよ」
「......」
半ギレの声に成明は率直な感想を述べると、グレーゼの表情はみるみる険しくなっていく。
「な、なんだよ、お得意の暴言みたいにパッと言えよ」
「〜〜〜っ!」
グレーゼは爆発するかのように頬を赤らめていく。
「溜めてねぇでさっさと言えって!なんなんだよ!!」
「下についてるものをどうにかしろ!!」
グレーゼは耳まで真っ赤に染めたまま、さらに深く横を向いて視線を外す。
「下ってなん」
成明は言われた通りグレーゼから指摘された方向へと目を向ける。
「だよ......」
そしてズボン越しに浮き立った元気の良さそうな股とご対面した。そう、学生時代にちょくちょく悩まされたあの現象が自分の目の前に存在しているのである。しかも他人に、それも少女に指摘されるという状況で。
「......」
成明は無言である。人とは受け入れたくないことに対してはおそらく1度考えるのを放棄しようとして頭を真っ白にするのだろう。そしてそのあと、現実に引き戻され全身にめぐり巡る神経すべてに電撃が走るのである。
「ぎゃあああああああ!!!」
「わかったんならさっさとそれを元に戻せ!このクソうんこ野郎が!!」
「い、いやいやいやいや!俺何もそんなこと考えてなかったし!」
「考えてなくても多分硬化自体に影響があるのよ!海綿体に血液が大量に入ってきて導出静脈が塞がってしまう現象は硬化と共通してるでしょ!!」
「じゃあ俺わる……」
「悪くないわけないでしょ!!自分のモノぐらい自制しなさいよブッ殺すわよ!!!」
成明の内なる心に尖ったグレーゼの言葉がグサリと刺さる。
「ほら!早く!さっさと!!」
「俺だってどうにかしたいわ!けど魔法薬の効果なんだし、そもそも俺動けねぇんだから無理なんだよ!!」
「じゃあなんか早く考えて!!」
「見えないように俺を向こう側へ向きを変……」
「おらああああああ!!!」
成明が話終わるのを待たずして、グレーゼは羞恥を全て堪えながら成明の近くまでたどり着き、一切の躊躇なく思いっきり蹴り飛ばした。とんでもない威力の蹴りが脇腹に深くめり込み、格闘漫画ばりのインパクトの瞬間が成明には時が止まったようにスローモーションで流れた後、気づかぬ間に壁へと吹き飛ばされる。
「ごはあっ!」
成明はボロボロ家屋の柱と壁におもいっきり正面からぶつかり、大きな衝撃波を発生させながら停止する。
どこか遠くへ飛ばされずに済んだのだが、柱と壁に大きくヒビが入ったことが大きな代償として生々しく残るとともに蹴りの威力を物語っていた。
しかし、
「痛っ……たくねぇ?」
蹴りをモロに食らったが成明には内臓がグチャグチャになるような痛みはなく、罰ゲーム程度の超手加減蹴りを貰った感覚が残っているだけだ。
ボロボロの家屋にむき出しの地面、散乱したガラスの破片と零れる毒々しい液体。大きな釜とその周りには棚に置かれた謎のビン、ポツポツとビンがあったであろう隙間が空いており、少し不揃いになっている。
そして、そこに佇むのは両手で耳まで真っ赤な顔を隠している尻尾と角の生えた深紅の髪色の弱ゴスロリコスプレ少女。家の角にはガッツポーズをした成人男性が壁側に向かってめり込んで直立しているという、人生でお目にかかることのない異様な光景があった。
日常とはかけ離れた空間が完成してから10分後、
「ぶはっ!」
ようやく部屋の隅にいた成明がようやく壁に刺さった身体をスポッと外す。
勢いよく外したため身体が後ろに仰け反るが、持ち前の若さでグッ、と踏ん張った。
「ふぅ……生きててよかった……。理由が理由とはいえ、なんつう威力の暴力を振るうんだアイツは......」
なんだかんだ生きていることを再認識しつつ、1度壁に手を置いて、ふぅーっと大きく息を吐く。
俺一切悪くないし、なんならアイツに欲情するはずねぇし、という2つの文章を頭の中で繰り返し続ける。
この2つの文章、特に後者を口にしてしまうと次は生きて返してくれないであろうことが何故かハッキリとわかるため、言葉に出さず思うだけに留めて後ろを振り返った。
「やべぇ......」
成明は目の前に映る荒れ果てた家の中に家主の鬼の形相を思い浮かべて全身を身震いさせる。ビンが散乱し、家屋が4割程度崩壊した取り返しのつかない事態であるということを実感しつつも無意識に身体中の土埃や木くずをパンパンと払い落とし、何よりも優先すべきだと本能が告げるままにグレーゼのもとへ向かった。
「あのー、グレーゼさん?」
「......」
「あの......」
「......」
「だ、大丈夫でしょうか......」
「......」
近寄りながら問いかけるがグレーゼからの返事は全くない。
このままではまずいと考えた成明は1度しゃがんで目線を出来るだけ同じ高さに合わせ、顔を手で伏せるグレーゼを間近でライオンを見るような気持ちでさらにそぉ〜っと近づいていく。
「グ、グレーゼさん?怒ってらっしゃいます?」
「......えぇ、ものすごく」
ビビり散らかしながらの質問にようやく声が返ってくる。しかし、それは凪のように静かであり、違和感を覚えるほどの妙に心の落ち着いた声であった。
成明は何もかもが歯止めを超えすぎてしまった現状を噛み締めながらグレーゼにおそるおそる手を伸ばす。
「どうすれば手を売っていただけますでしょうか。お金でしょうか、それともサンドバッグをご所望でしょうか......」
「ガキみたいに喚きまくり、公の場で女性にムスコを見せびらかす人からいくらお金を貰っても全く嬉しくないし、そんな人を殴っても自分の身体が穢れるだけよ」
「ご、ごもっともで......」
正論と恥ずかしさと呆れによって心をズタズタにされた成明は力なく首を項垂れる。崩れるように伸ばした手も下に落ちたが、それでも成明はなんとか受け答えだけは返す。
すると、下に落ちた手が突然何かに掴まれる感触が走る。
「だから」
さっきまで聞こえなかったハリのある声が耳元で響き、それと同時に成明の腕がグンッと持ち上げられ体ごと引っ張りあげられる。
「うおっ!」
成明はグレーゼとは相対して素っ頓狂な声を上げる。手を引かれた方へ目線を移すと、スクッと立ち上がって気力の削がれた成明を純粋無垢な笑顔で迎えるグレーゼの姿があった。
「グレーゼ......」
成明もグレーゼが向ける真剣な眼差しとその姿勢に少しの感動を覚えた。
しかしその期待も束の間、えくぼのある笑顔がさらに口角の角度を上げていく。
「アタシがラスカネピアに帰るまでの衣食住その他もろもろ全てを!」
そう、この数時間で何度も見た顔へと。
「完全保証することをここに誓いなさい!」
グレーゼが見せた表情は堕落と解放と幸せと快楽をパンパンに入り切らないほど詰め込み溢れ出る、
「このクソ魔女がぁ!」
「そうよ、アタシはドラゴンで薬剤師で魔女よ!なんとでも言いなさい!あはははははは!!」
まさに、魔女のようであった。
誤字、脱字等ございましたら、ご指摘のほどよろしくお願い致します。