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至って真面目な薬剤師

到着したズタボロ木造家屋の前で仁王立ちするグレーゼ横に成明も立つ。

その目の前にあるのは明らかに耐震工事を行っていない、それどころか人が住む家として判断して良いのかというほどのボロ屋だ。


「えーっと……すごい……ですね?」

「でしょ!?」


そして、その横には奇抜なピンクと黄色で装飾された木の板に「薬屋竜娘」の文字。

まるで触れて欲しいかのように誇張されている。


「あのー、お姉さんお姉さん?確認ですけど......これはお店の名前ですかねぇ……?」


成明は立てかけられた木の板を指さし、遠い目をした爽やか笑顔でグレーゼのほうを見る。


「当たり前じゃない、頭悪いの?」

グレーゼの片方の眉毛がツンと跳ねる。


「いや、なんか危ないお店に聞こえるんですけど?」

「いや、どう見ても薬屋でしょ。その感想を聞く限り成明はやっぱり美的センスが無いわね」

「お、おう?」


グレーゼは自信満々な表情で成明に目を合わせる。


「やっぱり何度見ても完成された美よね。アタシとアタシの店を知ってもらうために5日考えた甲斐があったわ。でも成明にはそれが感じられず、それどころか違うお店に聞こえるなんて......」


グレーゼはニヤケながら涙を拭う仕草をする。


「可哀想だと思ったか。俺も可哀想だと思ったぞ」


もちろん可哀想だと思う相手は成明自身ではなく目の前の相手に、であるが。


「そう、それなら徳を積み直すために人生30周ぐらいすればアナタの感性にも救いはありそうね!」


成明とグレーゼは薄汚いにこやかな笑みを浮かべ合う。


「なにはともあれ中に入ってみなさい!」


グレーゼは建付けが悪いとかいうレベルではなくそもそもスライド式であるのにスライドしない玄関扉を無理やりこじ開け、なにも無かったかのように中へと入っていく。


「お、お邪魔します……」


成明も恐る恐る覗きながら薄暗い家の中をゆっくりと入っていく。

そこには玄関は無く、それどころか廊下も何も無い、地面の土と家を支える柱が剥き出しの空間が広がっていた。


そしてそれよりも、

「なんだよ......」


成明は目の前の物々に静かな不安と驚きの声を漏らすことしか出来なかった。


左右には風化した木製の棚と謎の液体が入った小綺麗な小ビン。長方形、真四角、三角など形が様々なだけでなく大きさもバラバラなだけでなく、赤、緑、紫など鮮やかな色から毒々しい色まで、様々な色の奇妙の液体が蓋をされている。


「これ……」


そして正面には魔女という言葉を彷彿とさせるほどに禍々しく、人間の背丈ほどの大釜が強大な存在感を放っている。


成明は再びグレーゼの方へ目を向けると、この部屋端っこにポツンと置かれていた周りの棚や家屋よりも状態の良い教卓のような少し低めの台と皮が破れてクッションのスポンジが見え隠れする見栄えの悪い椅子を大釜の前へと運んでいる。


そんな様子と古本屋での様子、自転車を止めた時の様子やその事で現れた怒りの様子。そしてこの部屋の様子。ドラゴンだとか魔女だとか、そんなことを考えないとしても、この単なる住宅街に建っているボロ屋の中に状態の整った器材や道具や何かしらの液体が置いてあるというだけで「異質」という言葉が当てはまる。


どす黒い恐怖が成明の中へジワジワと身体全身に染み込んでいく。飲み込まれるような感覚に体は硬直し、そこから動くことができなかった。

しかし同時に、その恐怖の僅かな隙間に今の自分とは相容れないものが産声を上げているような気もした。


「成明?しげあきー?」


恐怖の元凶が呼びかける声で我に返る。そして平然を装いながら振り返った。


「な、なんだ?どうかしたかグレーゼ」

「成明じゃ扉閉められないことに固まらなくても問題ないわよ、開けっ放しで大丈夫だから」

「いや、どんな扉だよ。暗号部屋こじ開けてんのか扉制作者泣かせか」


そんな時でも口だけは達者だった成明をグレーゼは不思議そうに見つつも、気にはとめなかった。


「あっ!そうそう!知り合い初来店者の成明には特別にこの家のことについて沢山教えてあげるわ!」

「おう、遠慮しとくけど?」


成明は遠い目をした笑顔で優しく丁寧にお断りした。


「それじゃあ話すわね!このお店も美と効率の塊でね!ラスカネピアの村々でも馴染みのあるボロっちい土と木で出来た家なのよ!」

「あのー?お姉さん?」


グレーゼには「はい」か「YES」にしか意図的に聞こえないのだろうか。


「内装もボロボロだったので要らない廊下や壁を一通り叩き壊して綺麗な広い空間にしたのよ!」

「うんうん、お姉さんそれドラゴンジョーク?魔女ジョーク?なんにせよ異文化交流って楽しいですね」


グレーゼは意気揚々と話して止まらない。


「まぁただ、毎晩毎晩呻き声や屋根の上を走っているような音が聞こえて寝れないのよね。ほんと、うるさくてたまったもんじゃないわ!」


成明の笑顔はより一層清楚と呆れと笑えないが強まる。


「お姉さんお姉さん、もしかしてこの家の内装を壊した時に朱色と黒色の模様や文字が書かれた薄い紙が大量に貼られていた、なんてことありませんよね?」


成明からすればグレーゼも無敵だろうが、攻撃が通り抜けそうなスピリチュアルなやつも勘弁だ。


「あったわよ?それはもうたくさん。あと、壁を壊したら玉が輪っかになって繋がったものとか装飾された漢字の10みたいな形の……十字架?もたくさん出てきたわよ。なんかカッコよかったから今も向こうに置いてあるけど」

「うんうん、そうかそうかー。改めて俺ん家来ないでね?俺呪い殺されるのとか嫌だからね?」

「そっかー、それじゃあ先にアタシがアンタをやっちゃおうかなー?」


冷えきった笑顔の成明にグレーゼは笑みを返す。


「わー、お姉さんこわーい。どうぞお家に来てください!」

「やったー!成明くんはホントに優しいのねー!」


成明もグレーゼもニコニコの笑顔である。ただし空気は肌がヒリヒリするほど殺伐としていた。


「とかいつつまぁ、なんかもう慣れたわ」

「それは何より」


成明はもう一度ぐるりと部屋を見渡す。


「てことで、また質問してもいいか?」

「いいわよ、何聞かれるか大体予想つくし」

「じゃあ遠慮なく」


成明は右手を上げる。


「棚においてある小ビンと液体はなんなんだ?」


グレーゼは成明と目を合わせたあと、ニヤリと笑って両手を広げた。


「あれらは魔女であるアタシお手製の薬、まぁ簡単に言うと最強の魔法薬よ!」

「おう」


成明の素っ気ない返答にグレーゼは出鼻をくじかれる。


「え……、っとそれで……ね?薬の効果には色々あって、ゲームに出てくる道具やアイテムみたいな効果の魔法薬ならなんでもあるっていう……ね?」

「おう、他には?」

「えーっと……飲みやすいように液体で、眠くなりにくく胃に優しい……とか……」


広げた両手の元気がなくなるとともに、声のハリも段々となくなっていく。


「そうか、胡散臭そうだな」

「胡散臭くないわよ!アタシの万能薬はどこでも役立つんだから!今だってスカートの裏に沢山薬を忍ばせて持ち運ぶぐらい便利なんだから!!」


そもそも魔法薬なんてものが存在すること自体がありえない事だが、成明は既にその領域を抜けて静かに受け入れていた。


「ハードル上げすぎると酷い目にあうぞ。あとそっちは?」

「興味あるのね!?これは魔女専用大釜で〜」


グレーゼは1度鼻息を荒く吹き出し、うずうずしながら言葉を続けた。


「薬作るんだろ?」

「……友だちから性格悪いとか言われたりしない?」

「俺の心配はすんな、周りとは上手に付き合ってっから」


ジト目で陰鬱オーラを放ってくるグレーゼを突っぱねる。


「それよりもこんなでっかいの、ラスカネピアからどうやって運んできたんだ?触れてるものも一緒に転移できる的なアレか?」

「運んできたんじゃなくて日本で材料を集めてこの場所で作ったのよ」

「日本で材料集めて作った!?」

「そうよ。日本にもお米を炊く時に炊飯器とか釜とかを使うわよね?あれって鉄とか銅とかの金属で出来てるし日本で材料があって作れるんだから魔女専用大釜だって作れるわよよ。DIYとか楽勝よ」


自信満々に答えるグレーゼを見て本当なのだろうと確信するが、DIYという言葉と目の前の少女の親和性は全くない。


「いやまぁな?材料的にとか言われたらそうだけど、鉄と銅をどこで手に入れてどうやって整形したんだ?」

「ホームセンターで銅管と鉄板買ってきて炎で溶かして作った」

「溶かすってお前、それなりの火力がないと無理なんじゃないのか?」

「いやいや、アタシはドラゴンだし炎ぐらい出せるわよ」


グレーゼは何食わぬ顔で口を開き、ボウッと炎を吐く。

その炎は想像をゆうに超える火力と瞬間的爆発力を発揮し猛々しく燃え上がった。


「ね?」


口をポカーンと開けたまま数秒の間思考が停止する成明に対して、グレーゼは真紅の髪を揺らしながら可愛げにウインクした。


「ね?じゃねぇよ!そういうの出来るんなら早めに言ってくれ心臓に悪いから!」

「はいはい。でもこれ結構控えめにやったのよ?」

「控えめでリアクション芸人も十分絶句するレベルかよ!」


成明は未知との遭遇や慣れない感覚の違いに頭を抱えるが、グレーゼは不服そうに口を尖らせている。


「あと、溶かした金属は魔力込めながら手でペタペタして形にしたわ。先に言っておくけど、アタシはドラゴンだからこんな見た目でも肌はウロコで覆われてるの。だからアツアツドロドロの金属を触ってもへっちゃら」

「魔力でペタペタってお前......」

「成明ちゃんと見てるのよ?」


突っ込む気力も底をつきそうになった成明など気にもとめず、グレーゼは躊躇なく自分の右手に向かって2秒ほど炎のブレスを吹きかける。轟々と燃え盛る炎を当てられていた右手は一切の焦げがなく、艶やかな白い肌には火傷1つ付いていない。

グレーゼは後ろに大きく「じゃじゃーん」という効果音が文字化した幻で見えるほどのドヤ顔である。


「魔力といい炎耐性といい、現代にぶち込まれるファンタジーはほんとに常識が通じないな」


成明は追求を諦めて両手を挙げて降参のポーズをする。

グレーゼは自分がドラゴンであり、魔女であり、薬剤師であることを証明するために実演してみせるのか、それとも自分が凄いことを見せびらかすためなのか。おそらく後者であるだろうが、どちらであろうと成明を納得させるには十分過ぎる。


「でも、大釜作る時の材料とか常識通じてるんじゃないの?それに魔術書に書いてあるレシピに近い材料を日本のものを大釜に入れて煮込んだら魔法薬が出来るんだし」

「いや、それは逆に常識が通じてないだろ......って、え?」


なんかこのパターン多いなと思いながらもグレーゼに確認を取る。


「なに?」

「しれっと魔法薬について重要なこと言わなかったか?レシピに載ってる材料で、日本にあるレシピに近い材料で出来るって」

「言ったわよ?」


そうキッパリと言い切るグレーゼの表情はとても得意気なものであった。


誤字、脱字等ございましたら、よろしくお願い致します。

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