3.5.ヒナタ
部屋の扉の前まで来て、あまりに静かすぎたので、そっと扉を開けたのはさきほどのことだった。
以前部屋に遊びに来た時は、マリオのカーレースゲームをとても楽しそうにやっていたので、準備しておいたのだが、それをプレイしている気配はない。
いつも彼女が座る位置にクッションを置いているのだが、扉の向こうの彼女は、それを抱えて目を閉じていた。
一瞬ぎょっとしたが、すーすーと軽い寝息と上下する肩を確認して、ほっとする。倒れているのならどうしようかと思ってしまった。
音を立てないように、料理の乗ったお盆をテーブルに置いて、彼女の隣に座る。
細い肩、シャツから出た二の腕、白い首筋、柔らかそうな頬。
一つ一つ目で追って、微笑んだ。
貝殻のような耳にそっと唇を寄せた時、彼女のスマホが床におちているのに気が付いた。
正確にはスマホを見ていて寝落ちしました、と言わんばかりに手が添えられている。
床に置いているとあぶない。くすくすと笑いながら、テーブルに置こうと手をのばしたとき。
ぴろん、と彼女のスマホが鳴って、目を見張った。
『じゃあ、明日のデート楽しみにしているね!』
画面に通知が入っていた。
内容に、目を見張る。
学校の友達? 夏希は女子高なので、それであれば、相手は女子だ。
なんとなく、嫌な予感がよぎり、彼女の手の下から、スマートフォンを抜き取った。
いつも目の前でロックを解除しているので、彼女の暗証番号はわかっていた。頻繁に変えることもなく、あっさりと開く。
メッセージアプリを開き、内容を確認する。
先ほどまでやりとりをしていた会話をさっと読む。
内容にさらに眉を寄せた。
夏希が夏休みに朝早く出かけているのは知っていた。隣に住んでいる特権で、窓から彼女が荷物を持って出ていく姿を何度か見ている。学校の制服ではなく、それも大きな荷物を持って出かけているのを不思議に思っていた。
アルバイト、していたの?
スマホの文面から、シフトがある体力的に大変なアルバイト、と読めた。
夏希の学校……リリアナ女学院は、アルバイトしてよかったか?
…おそらく、内緒でしているのだろう。おじさんやおばさんは知っているのか。
いやそれより。
送り主は男だ。名前が…太輝?
メールの内容から、夏希と連絡を取り合うようになったのは、昨日のようだ。同じアルバイト先の人とはいえ、男と二人で簡単に出かけてしまうことに、なおさら苛立ちが募る。
そして自分の知らない夏希を、この男は知っている。
なおかつ、明日出かける約束までしている。
そう思うと、スマホを持つ手が震えてきた。
さて、どうしようか。
この男のアカウントを自分のスマホで写し取り、ついでにアドレス帳やスケジュール帳、他の友達の情報まで、スマホに入っているものも全て自分のスマホに収めた。
友達欄には女の子の名前が多く、中には知らない子の名前もある。高校で知り合った子たちだろう。「りいちゃん」という子とのやり取りが多い。こちらはそれほど問題ないだろうが、念のためだった。 男の情報はあとで調べればいい。
すべての作業を素早く終わらせ、スマホを彼女の手の中へ返す。
彼女が安らかな寝息をたてているのを確認し、微笑んだ。起きるのでは、とスリルを味わうのはとても楽しかった。
「ひどいよ、俺に黙ってアルバイトしてたの? ねえ、その男と俺、どっちが可愛い?」
くすくすと笑いながら、彼女の首筋にちゅ、と口づけた。
そうとう疲れているのか、彼女は目を開けない。
夏希が「可愛い」と言ってくれるのが好きだった。彼女がこちらを避けていることにも気が付いていた。
でも実際、外出に誘えば断られないし、部屋にも何の警戒もせずやってくる。
もう少し無害な友達をしてもよかったが、のんびりしていて他の男にとられでもしたら、目もあてられない。夏希が可愛いことに、周りはやっと気が付いたのだ。別に気が付かなくていいのに。
それでなくても、リリアナ学院の女生徒は、あこがれの的になりやすい。
起きない彼女をそのままに、テーブルの上に取り皿やグラスを並べた。
氷をいれたグラスは水滴がつらつらと流れ、中の氷もとけはじめている。
そろそろ起こそうかな、と彼女の顔を覗き込んだ。肩に触れて、さらりとした髪を撫でた。
「夏希ちゃん、大丈夫? 寝るならベッドに行く?」
行くわけないか、と思いつつも、寝てくれないかな、と淡い期待を抱く。夏希一人くらいなら、抱えて寝かすことくらいできそうだった。
はっと顔を上げた彼女と間近に目があった。
彼女は顔をかあっと赤くして、首を振って誤った。
起こしてくれたらいいのに、と言う可愛い唇から目が離せなくなった。
恥ずかしさからか、目があちこちに泳ぐ様も可愛くて、どうかこちらを見てほしいと、彼女の顔をじっと覗く。驚いたように後ろに下がろうとするところを、ベッドに遮られて、あわあわと手をふる仕草も愛らしかった。もう少し追いつめたい気持ちを押し殺して、そっと身を起こすと、やっと彼女はほっとしたように息をついた。
すべてが可愛い。
ほうっとため息がでそうになるのをこらえた。
切なくなるほど目が離せないのに、彼女はこちらの思惑をつゆとも知らない。
今日は楽しくなりそうだった。
すみません、いちどお話書き直しいたします。読んでくださった方、本当にもうしわけありません。




