3
小学生の時から、幼馴染とはよく比べられていた。
「お隣のヒナタ君はあんなに成績がいいのにあんたももっと勉強しなさい。
お手伝いもたくさんしているそうよ。ごはんの支度もするそうじゃない。
あんたは女の子なのに、机の上ぐちゃぐちゃで。
片付けようと思わないの? 全く、勉強しているようには見えないわね」
母の口癖は、もっと勉強しなさい、掃除をしなさい、ヒナタ君を見習いなさい。
しかし、幼馴染がウィッグをつけて、女の子に見えるような外見で、外出するようになってからは、言わなくなった。
「人は欠点の一つや二つあるものよね」と言った母に、違和感があった。
「欠点ってどういう意味」と聞いたとき。
母は黙り込んだ。
言えなかったのだ。「女装する男の子なんておかしい」と。心の底で「変だ、おかしい、異常だ」と思っているが、そう言ってしまうことが、いけないことだと気が付いたのだ。
でも「失言だった、ごめん」とは言わない。
昔はさんざん「ヒナタ君はかわいい、それに比べてあんたは」と言っていたくせに、幼馴染がちょっと今までと違う髪型服装にしただけで、奇異の目で見るのは大人だからだろうか。
そんな大人にはなりたくない。
幼馴染とは、昔より今の方が仲はいい。
比べられていた昔とは違い、高校も別だし、母からも何も言われなくなって気が楽になった。
そこそこのお嬢様学校に受かったのが、とてもうれしかったらしく、母親は親戚中に話をするのだ。
…それも、嫌だった。
クラスの半分が夏休み冬休みには海外旅行、持っている鞄や靴は有名ブランド品。その子たちの両親が一声かければ、百貨店の外商が商品を持ってやってくるようなお金持ち。
私のような普通のサラリーマン家庭の子は少なかった。ほとんどの両親が医者や弁護士か社長、もしくは有名企業の役員の子たちだ。
レベルを少々落としても、公立高校にすればよかった、と思ったが後の祭り。
そんな学校にバイトがばれたらマジでやばい。
親権者同意書は父が書いてくれたが、アルバイトに反対していたのは母だった。
母親のエゴのために行ってしまった学校はこれまでにして、卒業したら家を出るつもりだった。大学に行くために勉強して、お金も貯める。
私が女子高に行くと言ったら、幼馴染は「一緒の学校、行きたい…」と泣きそうな声で言っていた。
幼馴染が女子になりたいのだ、と確信したのはこの時だった。
女子高に行きたかったのか、と。
確かに幼馴染があの制服を着たら、間違いなく学院一の美少女だろう。私より何倍も可愛らしく美しくお似合いな。
制服可愛いよね、と私が笑うと、幼馴染は「夏希ちゃんに似合うと思う」と笑った。
母からさんざん貶されてきた私に、幼馴染だけが「夏希ちゃん、可愛い」と言ってくれる。
本当に可愛いと思っていいのでは、と勘違いさせるくらい、何度もささやく。
もっともそれを宣う本人が美少女なので、完全に勘違いすることだけは避けられている。
だから、今日も聞き流す。
「夏希ちゃん、いらっしゃい。今日はリップなし? 唇桜色で可愛い」
いやいやいや。唇桜色はあなたでしょうに。
扉を開けて中に招く幼馴染は、満面の笑みを私に向ける。
色素の薄い大きな目。これまた色素の薄い肌、髪はすこし癖があって、ふわふわとしている。髪が細いからか、触り心地がとてもいい。
また触らせてくれないかな。言えば、ダメとは言われないだろうが、どうも恥ずかしい。
「お邪魔します」
「どうぞ。軽食にサンドイッチ作ったんだ。ジャガイモの冷製スープも。お昼それで足りるかな? ケーキも食べてほしいし…」
至れり尽くせりで何も言うことがない。
私は持ってきた差し入れの袋を幼馴染に差しだした。無骨な八百屋のレジ袋である。
「何がいいかわからなかったから、ブドウ買ってきた。好き、だったよね?」
昨日バイトの帰りに寄って、粒の大きな巨峰がちょうど半額になっていたのを見つけて、購入したものだった。甘いお菓子も好きだと思うが、なんせ本人が作るものがぴか一においしいのだ。下手なお菓子など渡せない。
果物やナッツを持っていくととても喜ぶので、いつもそうしている。好きなものまで本当に可愛い。
幼馴染は相変わらずの可愛い満面の笑みでうなずいた。半額になっているものを渡されても、それを咎めることもない。
「夏希ちゃん、ありがとう。大好き」
……ブドウが、と主語をいれてください。色々勘違いを生みます。
「……半額でごめん?」
「? 何が? とりあえず、部屋に行こう。ゲームでもして? その間にサンドイッチとスープ、持ってくるから」
「運ぶの手伝うよ。キッチン?」
「いいから。マリオやる? 新しいのあるよ。出してあるから適当に見ていて」
部屋に押し込まれて、ぱたんと扉を閉められる。
シンプルな部屋は、綺麗に片づけられた机と、ベッド。
薄型の壁掛けテレビは、電源が付いていて、すでにゲームができる状態だった。部屋の真ん中に小さなテーブルが置かれていて、そのうえには、縦長のコントローラーも用意されている。
至れり尽くせり過ぎて、微笑んでしまった。
ベッドに座るのも机の前の椅子に座るのも気が引ける。なので、いつもベッドとテーブル隙間にぺたんと座る。いつもの定位置にご丁寧にもクッションが置かれてあったので、それを膝の上に置いた。
ぴろん、とスマートフォンが鳴った。
肩かけのお財布ポシェットからスマートフォンを取り出し、画面を確認する。通知は太輝君からだった。アプリを開けて、内容を確認する。
『明日よろしくね、シフトみたら夏希ちゃんとフロア違うみたい。終わったら連絡してね!』
仕事場の敷地広いからなあ、と思いながら、「了解です」と返信する。既読がすぐについた後、またメッセージが送られてきた。
『カキ氷もいいけど、マンゴーとナタデココのドリンクもいいな』
と写真付きで送ってきた。鮮やかなオレンジのドリンクに微笑んで、「おいしそうです」と返信して、スタンプを送った。
スマホを左手に持ったまま、ため息つきながら、膝の上のクッションを抱える。
アルバイトでこの二週間、慣れない仕事と覚えることがたくさんあって、体も脳内も疲れていた。ゲームを手に取る気になれず、なんとなくぼおっと見回して、机の上に参考書や教科書が置かれているのを目で追う。
当たり前だが、うちの学校で使っているものと大分違う。
そういえば、幼馴染は進学校の男子校だったけ。学校名はたしか……、思い出そうと、クッションに額をつけたところで、一瞬意識が飛んだ。
ふっと力が抜けて、スマホを持っている手が床にぱたりとおちる。クッションに顔をうずめて、休憩のつもりで目を閉じた。
「夏希ちゃん、大丈夫? 寝るならベッドに行く?」
声が聞こえて、はっと顔を上げた。
幼馴染がこちらをのぞき込んでいる。いつの間に? 幼馴染が入ってくるのも気づかずにぐーすかねていたのだろうか。
小さなテーブルに、サンドイッチの大皿、スープのカップ、氷の入ったグラスが並べられている。私が持ってきたブドウもきれいに洗って、ガラスの器に盛られていた。
……これを準備する間、寝こけていたのは間違いない。
「えっ、と。ごめん、大丈夫!」
ベッドに行くってなんだ、と思わず頭を抱えたくなったが、首を振った。
「無理しないで。ちょっと横になる?」
ぐいぐいと詰め寄る幼馴染に、再度大丈夫だと首を振った。
「ごめんね、クッション気持ちよくて、つい。たたき起こしてくれればよかったのに」
「…本当に、大丈夫? 」
言いながら、幼馴染は床に手をつき、こちらに身を乗り出して、額をくっつけんばかりに近付いてきた。
目の前に、美貌。いつもほんわかと可愛い雰囲気は一変して、真剣にこちらを見つめてくる。
強い目力に、どくっと心臓が鳴り、私はあわてて手を振った。
「ほ、本当! サンドイッチ、楽しみにしてたの。おいしそうだね! 全部作ったの?」
あわてて話題を料理に振った。幼馴染はやっと私から少し離れた。
「うん、食べられそう? 後にする?」
「ぜひいただきます!」
目の前のサンドイッチもスープも本当においしそうだった。
幼馴染はやっと微笑んだ。
「じゃあ、お茶いれるね。冷たいのがいいかな」
言いながらこちらに首をかしげる姿は、いつもの可愛い幼馴染だった。
「うん、ありがとう」
左手に持っていたスマートフォンをポシェットにしまう。その仕草をじっとみられている気がして顔を上げると、にこりと笑われた。
「どういたしまして」
いつもように、楽し気な幼馴染の声と笑顔。でも心なしか瞳の奥が暗い気がした。
…すみません、まだ続きます。




