ミリア。
幼馴染み視点です。この国では成人年齢が18歳です。ミリアもラシアータもビルテートも成人しています。成人しているのにミリアの脳内お花畑気味です……
ビルテートはどうなんでしょうね……
そろそろ帰って来るかしら。ビルは乗り合い馬車を使っているからそこから家までは歩き。ちょっと窓から様子を見ればビルが見えた。うん、帰って来たわね。じゃあ今日も邪魔をしてあげましょうっと。ふふん。私は機嫌良く家の玄関を開けて隣へ行く。ビルの奥さんってちょっとばかり綺麗でお金持ちだから良いドレス着てるし化粧品も絶対私より良いやつ使っているのよね。初めて彼女をビルから紹介された時に直ぐに分かった。
だから悔しいから意地悪している。
初夜から1週間は主寝室にビルと一緒に眠って後はずっとビルが居る時間はべったりしているの。まぁさすがに1週間も新婚夫婦の夜を邪魔しちゃったからそれからはどんなに遅くなっても帰る事にしているけどね。私とビルは幼馴染み。ずっと兄妹のように育って来た。だから結婚するって言われた時、寂しかったのよ。兄を取られたみたいで。私はまだ婚約者と結婚出来ないのにビルは一足先に結婚してしまう、なんて。だから私が婚約者と結婚出来るまでちょっとシータに意地悪しようって軽く考えたのが切っ掛け。
ビルは25歳。私は20歳。ビルの奥さんのシータは22歳。まぁ若さでは私の勝ちなんだけど。それだけなのよね勝てるところって。だから彼女が知らないビルとの思い出話でいつも盛り上がって最後には「シータが知らない話をしてごめんね?」と言ってあげるの。シータは「本当にね」って表情を見せるけど口には出さない。だって私とビルの関係を疑って私を愛人なんて言ったんだもの。それをビルが怒ったからね。それ以来私の前でビルには何も言わない。ちょっといい気味。
さて今夜はどんな思い出話をしてシータに意地悪しようかしら。
「ビル! お帰りなさい!」
ビルにお仕事お疲れ様、と続けようとしてやけに暗い表情をしている事に気付いた。
「ビル?」
「ミリィか。今夜はちょっと話したくないんだ。帰ってくれないか?」
「えええ!」
そんな! シータに意地悪するつもりだったのに! ……ってアレ?
「シータは?」
子爵家の執事・ピエールと家政婦・リタが居るのにシータが居ない。そういえば今朝も見送りに居なかったわね。私がピエールとリタを無意識に見れば2人から睨まれた。幼い頃から2人を知ってる私は普段こんな目で見られた事はない。余程の事が起きたんだ、と思った私はそそくさと帰る。あの2人にあんな目を向けられたらなんだか悪い事をした気がする。どうしてあんな目をされなくちゃいけないのかしら。
それは翌朝分かった。
「ビルおはよう!」
子爵家へ顔を出せばビルが暗い表情を更に暗くして私に言う。
「お前の所為だ」
「えっ?」
「お前の所為で私はシータを失った。お前が毎日毎日私にベタベタするから!」
「は? 何よ! ビルは拒まなかったじゃない! 拒まない時点でビルも悪いんでしょ!」
ずっと優しかったビルに責められて私は気が動転していたんだと思う。逆にビルを責めるような事を言ってビルが低い唸り声をあげた後、叫んだ。ヤダ怖い! なんだか分からないけどシータが居ないらしい事は分かったから意地悪する必要も無くて家に帰った。
帰ったらお父様から呼び出されて今日は急遽、私の婚約者のギレンが来ると知った。もしかしてギレンの仕事が終わったのかしら? ギレンってばここ2ヶ月くらい仕事が忙しくて会えないって手紙ばかりだったんだもの。
ギレンと私の婚約は貴族と繋がりが欲しいギレンの家とお母様の高い薬代が欲しい我が家との政略結婚。でもギレンは顔はまぁまぁだけど優しくて商人だからかこの国のあちらこちらの事を教えてくれて話が楽しくて。私は好きになっていた。ギレンとの婚約はビルがシータと婚約する前の事で、私達が婚約してから既に2年は経過していた。お母様は薬の効果なく儚くなった。お母様に結婚式を見せられなかったのが残念だったけれど。
ギレンと私の関係は上手くいっていると思う。ただギレンの仕事が忙しくてなかなか結婚まで話が進まなかった。それなのにたった半年で婚約期間を終えて結婚するビルにズルイ、という感情と羨ましい、という感情と兄のような幼馴染みを取られて寂しいという感情でついシータに意地悪をしていた。
それにしてもシータが居ないってどうしたんだろう? そんな事を考えていた私だけどギレンが来たと聞いてビルのこともシータのことも忘れた。久しぶりに会う婚約者は必ず手土産も持ってきてくれた。今日は何かしら。美味しいお菓子とか? 変わった織物のハンカチとか? この前は琥珀のブローチだったわね。だけど応接間に入った私はギレンから睨まれた。……えっ?
「ミリア! 君との婚約は破棄させてもらう! 違約金は後ほど支払うが二度と僕の前に顔を出すな!」
「な、なに? どうして?」
「どうして? 君は自分がなにをしたのか分かっていないのか! 僕の大切な幼馴染みのラシアータを、シータを泣かせるような女なんて願い下げだ!」
「えっシータ?」
私はギレンの言う事が分からなくて混乱する。婚約破棄ってどういうこと? シータがどうして出てくるの?
「君には話しただろう! 僕が小さな頃からお世話になっていた商会のことを!」
「も、もちろん」
その商会がなに?
「その商会はシータの家だ! シータは僕の幼馴染みだった。叱られて泣く僕を慰めて立ち上がらせてくれた大事な幼馴染みを、僕が好きになった君が意地悪をして傷付けるなんて思わなかったよ! 母親の薬代のために身売りしようとまで思い詰めていた君と偶然会って身売りしないで済むように君との婚約を持ちかけた。それもこれも君がそれ程に母親を愛している純真さに惹かれたからだ。それくらい優しい君と結婚したい、と思った。だがそれは僕の間違いだったようだ。君は自分と家族と君の幼馴染みだけが大事で僕の幼馴染みであるシータの事は大切でもなんでもなかったんだな! シータから全てを聞いた。君は僕の妻になるというのに幼馴染みと何日も夜を明かしたようじゃないか! そんな不貞な女性だとは思わなかったよ!」
シータ⁉︎ シータがギレンの幼馴染み⁉︎ ウソ⁉︎ いえ、それよりも私が不貞を疑われている⁉︎
「違う! 私とビルの間には何も無かったわ! 本当よ! 私は清いままよ!」
「それが本当でもシータも僕もそれを信じられないに決まっているだろう! 君がシータの夫と一夜を明かした。何も無かったとしても同じ部屋……しかも主寝室だぞ! その主寝室で一夜を明かして何も無いって信じろと言われて信じられるか! 大体新婚なのに妻以外の女性と一夜を明かすなんて夫の不貞行為だし婚約者のいる君も不貞行為だ。それも妻がいる事を知っている上で、だ。これを意地悪や嫌がらせと言わずになんて言うんだ。それともあれか。本当は僕との結婚を建前にしてビルテートとかいう男が本命か! 成る程な。つまり僕とは仮面夫婦を貫くつもりだった、と。僕は道化だったんだな。よく分かった。君みたいな女に惚れた僕が莫迦だった。婚約破棄に伴う違約金だけは支払ってやる! 二度と僕の目の前に現れるな!」
それと同時にギレンが去ってしまう。
「待って!」
ギレンが振り返る事は無い。ギレンに不貞を疑われただけじゃなく私の気持ちすら疑われた。私はギレンが好きなのに、どうして……
「ミリア!」
「お父様……」
「このバカ娘っ!」
ギレンを追いかけようとした私をお父様が怒りの形相で怒鳴りつけて頬を打たれた。
「お、お父様何故」
「何故? 先程のギレン君の話を聞けばお前がバカだとしか言えないだろうが! ああ私は育て方を間違ったとでも言うのか……」
お父様が項垂れる。その姿を見て私はようやく自分がなんてバカな行動をしていたか理解した。……お父様をこれほどまでに落ち込ませる言動を取っていたなんて。何故気付かなかったのかしら。
そうよ。普通は男性と一夜を同じ部屋で明かせば何も無かったとしても何かあったと思われるのが普通なのよ。私とビルは幼馴染みだから何もあるわけがない。って説明を誰が信じてくれるというのかしら……。
「ギレン……好きだったのに……」
「このバカ娘が……。好きだったなら何故こんな簡単な事も理解出来なかった。もうお前とギレン君の縁は切れてしまったぞ」
「お父様」
私はお父様の胸の中で泣き声をあげながら泣いた。泣けば許されるわけじゃない。シータにもギレンにもビルにも酷いことをした。謝ってもいない。それでも。それでも私は自分の身に起きた事が悲しかった。
「もうお前はビルテートと結婚する以外道が無いかもしれないな」
泣く私の耳にお父様の呟きが落ちる。そんな……
ギレンに謝って許してもらうまで謝ってそれでもう一度、という望みさえ抱いてはダメなの?
ビルは嫌いでは無いけれど好きでもない。愛の無い結婚生活をするくらいなら独身で構わないって思ったのに。
「お父様……私は独身を貫きます」
「そうだとすると修道院行きしか無いぞ。ギレン君は今、有望な商人として注目を集めつつあり、ラシアータ嬢の実家の商会は王都でも最近勢いがあるので伯爵家の方達も利用しているらしい。噂では近いうちに侯爵家も利用するかもしれない、と。そんな商会の令嬢と結婚したのにたった1ヶ月でビルテートは出て行かれてしまった。結婚式が没落寸前の子爵家にしては結構豪華だったのはラシアータ嬢の実家がお金を出したからだ。あの商会と懇意にしている取引相手や貴族も出席していた。だから離婚が分かったらビルテートの家だけでなく我が家もどうなることか……。だからビルテートと結婚するか修道院へ行くかどちらかしかないが……良いか?」
そんな……私はシータの実家がそんなに凄い商会だなんて知らなかった。知っていたらこんな意地悪をしなかったのに。何故誰も教えてくれなかったの?
いいえ違うわ。あれだけの結婚式に出席していたのにどうしてこれだけお金がかけられたのか、とか考えもしなかった私が悪いんだわ。考えてみれば分かる事なのに……私はただ兄のような幼馴染みを取られる寂しさで周りが見えてなかった。
私はなんて愚かなのかしら?
父親に打たれてようやく我に返りました。というかそこまでいかないと理解出来ないって脳内お花畑だよね、ミリア……。
まぁ一般常識の問題です。年頃の男女が同じ部屋に居て一夜を明かし……実際に何も無かったとしても何かあったと疑われても仕方ないよね。ってはなし。お互いがフリーならばまだなんとかなったけどねってこと。
普通に妻の目の前で夫とベタベタする女がいたら不愉快になりますよねってことで。
まだ謝れば何とかなるって思っているところが若さなのでしょうかね。