6.最初の町スタートス 前編
■最初の町スタートス
~第一次派遣 1日目~
町に近づくと、荒地の中に畑が点在するようになり、畑の面積も広くなって来た。
作物は小麦のようなものと、野菜類のようだ。
小麦畑以外の畑では耕された畝が線を引いている。
日が沈みかかり空があかね色に染まった頃にやっとスタートスに着いた。
日本なら小さな村のイメージだ。
堀や町壁等は無く、見える建物は100軒程度に思えた。
街道の通りに面して建物が並んでいるが、平屋の建物で2階以上は無い。
通りの突き当たりに背の高い建物がある。3階建ぐらいの高さだった。
町に入る直前に足を止めて、武が三人に声をかける。
「みんなお疲れ様。全員の協力で無事に最初の町へ着いた。ありがとう」
3人とも安心したのだろう、晴れやかな顔をしている。
「まずは、聖教会に行くんだよね? 中島さん、向かいの建物がそう?」
「そう。あそこに教会の人たちがいて、お世話してくれるから、早く行きましょう」
そう言って歩き出す。
武たちも中島さんについて、教会へ向かった。
通りを歩くと、建物のなかから子供が飛び出してきた。
「勇者さまだ!!」
その声につられて、あちこちのドアが開いた。
「勇者たちだ!」
「勇者だ!!」
次々に声が上がる。
皆、笑顔で武たちを見ている。
(歓迎されているのかな?)
周囲に軽く会釈をしながら、武は進んだ。
大勢がこちらを見ている。
(コンビニ制服がやっと役立ったかな?)
ちょっとしたパレードのように通りを歩き、突き当たりの協会前についた。
石段を5段上がったところにある教会の入り口は他の建物の倍ぐらいの高さの扉だった。
木製の大きな観音開きの扉を開けて中に入った。
建物の中は吹き抜けで上部に明り取りの大きな開口部が2箇所あるが、それ以外に窓は見あたらない。
入り口の正面にきれいな刺繍が施された大きなタペストリーが掛かっている。
タペストリーの下には演台のようなものがある。
そのタペストリーに向かって木製の長いすが並んでいる。
壁にはランプが1メートルほどの間隔でつるされており、既に明かりが灯っているが、人は見当たらない。
「失礼します。」
声を掛けてから武たちは奥へ進んだ。
入り口から見えなかった右の扉から、背の低い老人の男性と金髪の若い女性が出てきた。
「おぉ、勇者の皆様がた。無事にお着きになりましたか!」
老人は武たちを見て、小走りに歩み寄ってきた。
「はじめまして、山田です。後の3人は会ったことありますかね?」
武は相手の目を見て尋ねた。
「はい、お顔は存じ上げております。私はスタートスの司祭ノックスと申します。こちらは魔法士のマリンダです」
「ノックスさん、マリンダさんよろしくお願いします」
「皆さんご無事で何よりです、お怪我などはございませんか?」
ノックスがかなり汚れた我々を凝視している。
「ちょっとぶつけて青くなったところが何箇所かありますけど、大丈夫ですよね」
3人を見て武は同意を促した。
「ここが痛いです」
武の予想に反し、横から小澤が腕まくりをして前へ出た。
キョトンとする武を中島さんが訳知り顔でニヤニヤ見ている。
「マリンダ。手当てをして差し上げなさい」
ノックスに言われたマリンダが小澤の腕に両手をかざして目を閉じた。
武は頬に温かい空気を感じた。
小澤さんの腕を見ると先ほどまでの青あざがきれいになくなっている。
(これが、魔法による治療!?)
驚いてマリンダと小澤さんの顔を交互に見る。
二人の向こう側の中島さんが顎で私にも行けと言う。
武も腕をめくって青あざを見せるとマリンダは目をつぶった。
少し熱をもっていた部分がスーッと引いていく。見た目の青あざも消えた!!
(スゲエ、魔法万歳!!)
武は頭で興奮しながら、脛の打撲も見せて治療してもらった。
中島さんは大丈夫だと言い、高田さんはもごもご言って治療は終わった。
3人はこのプロセスを前にも経験していたのだろう。
小澤さんが前に出た理由も良くわかる。
マリンダさんはかなりの美貌だ。
切れ長の目に長いまつげで細面の顔は外国のトップモデルばりの美女だった。
年齢は20歳ぐらいだろう。
治療で目を閉じた瞬間に、あらぬ妄想がよぎるのは武だけではないはずだ。
「今日はお疲れでしょうから、お部屋へご案内してその後で食事をご用意します。
これからのお話は明朝にいたしますので、今日はゆっくりお休みください。では、マリンダご案内しなさい。」
「こちらへ。」
マリンダの後を追い、教会の外に出た。
外には別棟でかなり広い建物があった。窓から明かりが漏れている。
マリンダに続いて中に入ると食堂のような空間になっていて、そばかす顔で茶色の髪をポニーテールにした女性が出てきた。
「ようこそ、勇者様!!」
ニコニコ笑って4人を眺めている。
「こちらはミレーヌです。皆様の身の回りのお世話をさせていただきます」
「だいぶ汚れてるね、すぐ部屋に案内するけど、その前に着替えを用意しないとね。座って待ってて」
ミレーヌは食堂の奥の通路に消えた。
4人はテーブルの長いすに腰を下ろした。
マリンダは別のテーブルに座って、こちらを眺めている。
色々聞いてみたいこともあるが、疲れが押し寄せてくる。
今日はハードだった。到着してから10時間ぐらいだろうか?
戻ってきたミレーヌは両手一杯に服を抱えていた。
「私の見立てで持ってきたけど、自分たちで大きさは適当に調整しておくれ」
長ズボン・長袖シャツ・皮のベストを4人に手渡した。
ズボンとシャツは両方とも麻のようだ、ざらざらするが痛いほどではない。
ズボンは腰と裾に紐がついていて、縛るようになっている。
調整はこれでするのだろう。
シャツは、頭からかぶるタイプで首のところに縦に切りこみが入っている。
皮のベストはバックスキンをなめしたものだ、木のトグルがひとつ付いていて前で留められるようになっている。
「食事はもう少し待っててね。用意できたら部屋まで呼びに行くからさ、それまで部屋で休んでてよ。」
そう言って、ミレーヌが武たちを奥へ案内する。
武たちはマリンダさんに礼を言って、部屋へ向かった。
案内された部屋はベッドと壁に作りつけの棚と机がある簡素なものだった。
床や壁の木材は比較的新しいようで、木のにおいが部屋に満ちている。
コンビニの制服と下着を全て脱ぎ、もらったズボンとシャツを着る。
パンツも脱いだので、股間が少し気になるが思ったより肌触りが良かった。
ズボンは幅広になっていて、裾を縛ると建設現場でよく見るニッカポッカのようになる。
シャツも腕回りに余裕があり、動きやすいつくりになっていた。
ベッドに寝転びながら、今日のことを振り返る。
(マジで異世界かぁ)
(無事に着いてよかった)
(みんなもうれしそうだったし)
(明日から・・・)
藁の匂いがするベッドに横になって、数分のうちに武は眠りについていた。