180.対話
■スタートス聖教会 司祭執務室
〜第17次派遣一日目〜
タケルは食事の前にノックスとマリンダが居る司祭執務室に一人で向かった。メンバーと話し合いをする前に、この世界の、いや、教会の考え方をもう一度確認しておきたかった。
「ノックスさん、マリンダ、少しお時間をいただいても良いですか?」
「もちろんです。・・・ブラックモアの件でしょうか?」
ノックスは悲しそうな表情を浮かべて、タケルをソファーに案内した。タケルの横に座ったマリンダの目からは涙がこぼれた。
「ええ、その件も含めてなのですが・・・、皆さんにとって教会の教えや司教の言葉はどのぐらいの重みをもつのか教えてもらえないでしょうか?」
「重み・・・ですか?」
「はい、例えば司教に死んでも奪って来いと言われれば、その言に従うのでしょうか?」
「なるほど・・・、おっしゃりたいことは判りました。その問いであれば、我らは教会にその身を捧げた身ですから、司教の命であれば命がけで挑む・・・、そうお答えするしかないですね」
ノックスは穏やかな口調だがはっきりと言い切った。やはり、ノックスでさえ、教会の命令や司教の指示は絶対なのだ。
「ですが、皆さんが信じているのは教会の教えですよね? 今回の件は教会の中での争いです。どちらも教会の教えだと言って戦うのはおかしいと思いませんか?」
「それもその通りです。確かにその二つを見比べることが出来れば、おかしいと言う事になるでしょう。ですが、私達が聞くのはいずれか片方の命令だけです。今回の件でも我らは西方州の魔法士ですから、オズボーン司教の命のみを聞くことになります。南方州の司教が何を言い、何を考えているか・・・、私達の耳に入ることは無いので関係ないのです」
「なるほど、では見方を変えると司教の命令が教会の教えに反している場合はどうされるのですか?」
「そのようなことは無い・・・、そう信じて司教の命令に従う事になるでしょう。司教や教皇はその考えのすべてを私達にお話しされるわけではありませんから、その真意を一つずつ確認することはありません。教会にその身を捧げた以上、全ての指示に従う・・・、教会士達は全員その覚悟があるはずです。無い者は教会に残っていないと思います」
考え方は軍隊のそれに似ているのだろう。上官の命令は絶対で間違っていないことを前提に組織が動いている。タケル達が感じていた不自然なまでの自主性の無さは教会の中では当たり前の事なのだ。横に座るマリンダを見ても小さくうなずいているから、同じ覚悟があるのだろう。
「わかりました、教会という組織の考え方と問題点が・・・」
「それで、タケル様はどうされるおつもりなのですか?」
「まずは、話し合いですね。司教が話をする機会を作るつもりです」
「話し合い・・・」
ノックスは心配そうな顔でタケルを見つめていたが、それ以上尋ねることは無かった。タケルはニッコリと笑顔を浮かべてソファーから立ち上がった。
「全員集まれば、見えなかったことも見えてくるはずです」
■スタートス聖教会 宿舎 食堂
今日もミレーヌ特性の肉料理が食卓に並んでいたが、ブラックモアの死を聞いたメンバーはタケルを含めて無言で食事を進めていた。それでも、少し酒が入って来たころにはブラックモアの話題をコーヘイが切り出した。
「どうして殺し合いみたいなことになるんですかね?」
「うん、さっきノックスさん達と話をしてきたけど、やっぱり考え方が根底から俺達とは違うようだね。言い方は悪いけど結局は盲目的に教会の考え方を信じる狂信者なんだよ」
「狂信者? そこまでですか!?」
「俺はそう思ったね。司教が死ねと言えば死ぬ覚悟はある・・・、穏やかなノックスさんでさえあっさりとそう言ったからね」
「ノックス司祭が!? あんなに気の良さそうなおっちゃんが!?」
マユミが驚くのも無理はないだろう、見た目は命がけで何かをする等とは想像のできない穏やかな人物なのだから。
「教会の教えは絶対。司教の教えも絶対。そして、自分の使えている司教は必ず正しいことを言っているはずだ・・・、両方の教会士達は全員そう思っているんだよ。だから、命がけで正しいことをしている。そういう意味では誰一人曲がったことをしているわけでは無い」
「でも、それで大勢の人が死ぬのはおかしいですよね・・・」
「おかしいね。だけど、それも俺達の世界の“オカシイ”なのかもな・・・、色々な前提が違う世界だから、この世界の人にとっては“普通”なのかもしれない」
「ほんじゃぁ、タケルはこのままにしておくんですか? もっと、ぎょーさん死人がでるんとちゃいますのん!?」
マユミは興奮気味にタケルの考えを問いただした、何もしないことに義憤を感じているのだろう。
「いや、このままにするつもりは無い。結局はトップの問題だから、司教と教皇か枢機卿を集めて話し合いをする場を作るつもりだ」
「話し合い? そんなん普段からやっているんとちゃいますのん?」
「いや、実際のところ教会の中では各州に権限が委譲されていて、州単位で独立した運営になっているようなんだ。だから、国全体の事を話し合うような機会はほとんど無い」
「そんなんで、ようやって来れましたね? 議会みたいなんも無いんですよね?」
「ああ、教皇は神託を受けて司教に伝えるだけ、司教は自分達の権限と責任で各州を動かしていく。いままではこのやり方で何一つ問題は起きなかったらしいんだけどね・・・」
むしろ上手くやって来れたのが不思議だ。だが、今までもこのやり方で数千年を経てきたはずなのに・・・、なぜ今になって問題が起きたのだろう?
■西方州都ムーア 西方大教会
〜第17次派遣二日目〜
翌朝、タケルはアキラさんと二人でムーアの西方大教会のギレン副司教の部屋へ朝食を終えてから訪問した。残りのメンバーは塩を渡して、代わりの商品を受け取るためにレンブラントのところへ行ってもらっている。
「タケル様、早くからお越しいただいたのですね。司教がお待ちになっておりますので、さっそくどうぞ」
ギレンは慇懃な笑みを浮かべて、タケル達を司教の部屋まで連れて行ってくれた。オズボーンはソファーに腰かけていたが、タケル達を立ち上がって出迎えた。
「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」
「司教もお元気そうですね」
「ええ、お陰さまで・・・、それで、南方州へ行くことについてご了解いただけたと聞きました。その前に私に何かお話しがあるとギレンから聞きましたが」
「ええ、オズボーンさんは何故南方州へ行こうとしているのでしょうか? それは人が死ぬとしても必要な事なのでしょうか? それをお伺いしたいのです」
「タケル様、猊下にそのような事を・・・」
「構わぬ。ギレン、お前は下がっていなさい」
「はい・・・」
ギレンが部屋から出ていき、ソファで向かい合ったオズボーンは薄い笑みを浮かべながら話し始めた。
「私が南方州の情報を必要としているのは、この世界を案じているからに他なりません。魔竜の復活が近いこの時期に州境を閉ざす等と言う異常事態が発生しています。この理由を突き止めるのは司教としての務めだと考えたのです。それに、転移の間も閉ざしてしまって南方州が何を考えているのかが全く分からないのに、教皇はなにもしようとはなさいません。このままではドリーミアにとっても良くないと考えて、人手をかけて南方州行きを計画したのです。残念ながら死者や怪我人が出ましたが、それは結果的にそうなっただけです」
オズボーンの言う事は表面的には正論だった。確かにこのタイミングでの南方州の動きは不自然だったし、タケルも同じことを考えたから土魔法を学ぶのと併せて南方州行きを決行したのだ。だが、根本的に違うのは戦いに対する姿勢だろう。
「なるほど、そういう理由だったのですね。ですが、かなりの武術士を率いて戦う姿勢で挑んだと聞いています。最初から争いを起こすつもりで訪問されたのでしょう?」
「争いを起こすつもり・・・、それはありません。ですが、通るために戦いが必要なのであれば、武術士達は戦うでしょう。武術士はそのために普段から修練しているのですから」
オズボーンは表情を変えずにタケルを見つめながら話し続ける。
「誤解があるようですが、決して争いを望んでいるわけでは無いのです。話が出来ないからこのような形になるだけです。南方州が州境を閉ざす理由があるのなら、事前に説明して来ればよかったのです」
確かにその点はオズボーンの言う通りだった。何の説明もせずにいきなり州境封鎖をするから国中が混乱するのだ。
「司教の皆さんと教皇は何故話し合う機会を持たないのでしょうか?」
「話し合う機会と言うのはどういう意味なのでしょうか?」
「各州で色々な問題があったり、それぞれで魔竜への対応を考えたりしているなら集まって良い方法を考える方が良いと思いませんか?」
オズボーンは驚いたように目を見開いてタケルを見つめている。タケルとしてはあまりにも当たり前の事を国の重鎮が聞いて驚いたことに驚いた。
「なるほど・・・、あなた達の世界ではそのように考えるのですか・・・、私達は教皇が神託を聞き、その神託を各州の司教が実現していく、そのように考えています。今回の勇者を外部から招くことについても、教皇から指示があり、われら各司教はその指示通りに迎え入れただけなのですよ」
「ですが、南方州はそのやり方ではダメだと判断したようです」
「それは、何処から聞かれたのですか?」
オズボーンは怪訝そうな顔をした。
「ああ、そうでした。まだお話ししていませんでしたね・・・私は少し前にフィリップ司教に会いに行って話を聞いてきました。この後オズボーンさんと一緒にもう一度行くつもりですけどね」
「なんと!? そんな!? どうやって行かれたのですか? 州境は封鎖されていると言うのに! 転移の間が使えるようになったのですか?」
「それは・・・、ご一緒していただければわかりますよ」
タケルはコミュニケーションに問題だらけの教会幹部を連れまわすことで、教会内の風通しが良くなるはずだと信じていた。
-南方州に行った後は二人を連れてセントレアに行こう・・・、この人たちは会話が少なすぎるのだ。