179.人間の欲望
■獣人の村
〜第17次派遣一日目〜
獣人の村はタケル達が来るたびに生活が豊かになっているのが感じられる。食糧は魚や肉が潤沢に獲れるようになっていたし、収穫はまだだが畑として耕作している面積はどんどん広がっている。家も森から切り出される沢山の木を使って修理が進んでいて、人間達が進んでいる小屋も手直しが入っている。
やはり村全体が活気づいているのは間違いない。それは、結界の外から色々な物資が入って来るからに他ならなかった。道具が無かったときは、外の魔獣を倒すことも出来ず、家等の修理も覚束なかったが、タケル達が来るたびに様々な道具を持ち込むことで、積年の課題が一気に解決しつつあるのだ。
塩の生産も前回とは比較にならない量を作ってくれていた。海水を塩田に運ぶのはかなりの重労働のはずだが、獣人達は全く苦にしなかった。重たい桶を軽々と担いで運んで行き、タケルの依頼通りに毎日濃度を濃くする塩水を作ってから、大鍋で煮詰めて塩を抽出している。鍋を置く石窯の場所にも屋根と風よけの板で囲いを作っていて、作業場所らしくなっていた。
「ハンザ、凄いね。いつの間にこんな建物まで作ったの?」
「はい、族長の命で塩づくりを最優先するようにと言う事でしたので、雨が降った時でも作れるように、3日でこの建屋を作りました」
このあたりも雨の少ない天気のいい場所だが、確かに雨が降ることもあるだろうからいつまでも露天を言うわけにもいかなかったのだろう。
「今回は30袋を持って帰ってもらえます」
-30袋! 重いからそんなに要らないんだけど・・・
「そ、そうなんだね。わかったよ。代わりの道具類は何が欲しいかな?」
「はい、今あるものでも十分なのですが、やはり修理を始めると気になる箇所が次々と出てきますので、大工道具を追加でいただけると助かります。それ以外は布ですね。無い時は気にならなかったのですが、手に入るとなると服や寝具を揃えたくなってきてしまいます」
良い意味で物欲が出てきているようだった。生活を改善したいという欲求が人の発展につながるのだろうから、ハンザ達の欲求は健全なものだろう。タケルとしては出来るだけ要望に応えるつもりだった。
「わかった。今度来るときにできるだけ揃えて来ることにするよ」
欲求か・・・、今は衣食住の向上だが、これが満たされるとどうなるんだろう?そして、結界が無くなったら? 結界が無くなって、際限なく欲求が膨らめば・・・、力のある獣人が人間を襲う? 考えたくは無かったが、可能性としては想定しておく必要があるのだろう。
■スタートス 聖教会
獣人の村から大量の塩を持って帰って来たタケルを予想外の人物が待っていた。西方大教会の副司教ギレンがノックス司祭の部屋ではなく、宿舎の食堂に座って待ち構えていたのだ。
「勇者様、ご無沙汰しております。最近は修練の方は順調でしょうか?」
「ええ、魔法は一通りできるようになりました。武術も私以外のメンバーはどんどん強くなっていますよ」
「一通り・・・と言いますと?」
「火と水と風の魔法の強化ですね」
タケルはギレンもオズボーンも信用していなかったので、土の魔法などの詳しい話は敢えてしなかった。
「そうですか、熱心に修練していただいて感謝申し上げます。今日は司教からのご依頼をお伝えしに来ました」
「オズボーン司教の依頼・・・、なんでしょうか?」
あまり評判の良くないオズボーンからの依頼だから、ロクなものでないことは聞く前から想像がついていた。
「はい。南方州の州境が閉鎖されていることはご存知だと思いますが、どうやらあちらに魔竜復活に関する情報があるようです。ですが、私たちではあちらに立ち入ることが出来ませんので、勇者様のお力で南方州の状況を確認してきてもらいたいと・・・」
「魔竜復活の情報? 具体的にはどういった情報ですか? それに南方州のどこに行けば良いのでしょう?」
「それは、やはり南方大教会に聞いていただくのが良いと思います」
「南方大教会・・・、フィリップ司教の所ですね? 良いですよ」
どうやら、オズボーンは自分達では南方州に入れないからタケル達を使って情報を集めようとしているようだ。利用されるのは気に入らなかったが、タケルもオズボーンとの話し合いが必要だと感じていたので、そのまま受け入れることにした。
「本当ですか!? ありがとうございます。必要な費用などはこちらで負担いたしますので、必要な金額をおっしゃってください」
「費用は必要ありませんが、行く前にオズボーンさんと話をする必要があります。州境で大きな争いがあって、教会の方が亡くなったと聞きました。これは事実でしょうか?」
「ど、どこでそれを!? ・・・ですが、その通りです。ブラックモアを含めて多くの武術士が・・・」
「えっ!? ブラックモアさんが亡くなったのですか!?」
ブラックモアはオズボーンの手下でよからぬ動きをしてはいたが、タケル達がこの世界に来た時から面倒をみてもらっている。そういう意味では間違いなく恩人だった。そのブラックモアが・・・。
「はい、我々は南方州に行きたいだけだったのですが、向こうが迎え撃つ準備をしており・・・、大勢の武術士が殺されました」
「殺された・・・って、無理矢理行こうとしたからでしょう!?そのまま、引き返せば何も命を・・・」
「私たちはオズボーン猊下のご意向を叶えるのが務めですから、南方州には何としても赴く必要があったのです」
「・・・」
オールイエスマンのギレンではオズボーンの命令を覆すことは出来ないのだろう。だが、そのために無駄に命が失われているとは。
「わかりました、明日オズボーンさんの所に行って話をします。その後に一緒にフィリップさんの所に行きましょう」
「一緒に? ですが、州境は封鎖されていますし、転移の間は使えなくなっています」
「大丈夫です。私が新しい転移の間を作っておきましたから」
「新しい転移の間? ご冗談を・・・」
「まあ、詳しい話は明日の午前中にお伺いして説明しますよ。今日はお帰り下さい」
タケルはぞんざいに副司教を追い返してから部屋に戻って一人で考えることにした。メンバーのみんなもタケルの険しい表情を見て、何も言わずにそれぞれの部屋へと向かっていた。
-ブラックモアが死んだ・・・
-それも魔竜や魔獣にやられたわけでは無い・・・、人同士の争いだ・・・
-司教が情報を求める・・・、それだけのために人が死ぬ・・・
-自らの手で勇者を生み出すために州境を閉鎖する・・・、そのために人が死ぬ・・・
タケルには全く理解できなかった。魔竜討伐と直接関係は無かったが、やはりこの問題を見過ごすことは出来ない。自分にできることはすべてやるべきだとの想いがさらに強くなった。
-みんなも意見はあるだろうが、俺一人でもなんとかしないと・・・