173.ビジョンの考え
■バーンの町 南方大教会
~第16次派遣4日目〜
「やはり、ビジョンは話を聞いてはくれなかったか」
タケル達は全員で南方大教会のフィリップ司教の元へとやって来ていた。ビジョンとのやり取りをタケルが説明すると、フィリップは寂しそうな表情を浮かべて応接の背もたれに体を預けた。
「ええ、最初から敵対的な態度でしたが、司教の手紙を見ても考えは変わらなかったようです。“真の勇者”という事をしきりに言っていましたが、ビジョンさんはどうして死んだ勇者にこだわっているのでしょうか?」
「いや、死んだ勇者という事ではないのだ・・・、お前達には申し訳ないが、聖教典には外からの勇者を招くとは書かれておらん。『魔竜が復活するときに勇者が生まれる』と記されておるだけなのだ。ゆえに、ビジョンはこの世界で勇者を生み出す必要があると信じておるのだ。そして、新たな神から勇者を生み出す方法を授かったと・・・」
「その生み出す方法と言うのが、死んだ勇者を蘇らせるという事なのですか!?」
「うむ、ビジョンが言うには蘇らせると言うよりは、勇者の魂を新たな体に入れる・・・そういう事のようだった」
「本当にそんなことが? それに、そういうやり方は私たちの世界では神では無く、悪魔の所業ですね。禁断の方法とされています」
「悪魔? 悪魔と言うのは何なのだ?」
-そうか、悪魔自体の意味が・・・
「悪魔と言うのは、神や人間と敵対する悪しき存在・・・と言ったところでしょうか?人間が正しく生きようとすることを歪めて行くものを差していると思います」
「正しく生きることを歪める・・・」
「ええ、人は必ず死にます。そして、死んだ者は生き返らせることはできません。だからこそ、人は命を大事にするし、生きることに喜びを見いだす・・・、私はそんな風に考えています。その理を壊す-死者を蘇らせる-と言うのは正しく生きる人々の考えを歪めるのでは無いでしょうか?」
「なるほどな・・・、人は死ぬ故に命を尊び、生を大事にするか・・・、うむ、その通りであろう。教会の考えもそれと同じであるのだ・・・、アシーネ様を信じ、それぞれが幸せに生きて行くこと・・・、本質的にはそれのみが教会の教えじゃからな。我らは人々が幸せに暮らせるように教会という仕組みでその手助けをしておるにすぎん」
国家や政府という概念の無いこのドリーミアでは教会が全てだ。人々を支配するための仕組みでは無く、手助けをするための仕組みと言うのは素晴らしい考え方だとタケルは思っていた。
「だったら、なおさら副司教のやろうとしていることには賛成できないですね・・・、どうすれば考えを変えてくれるのでしょうか?」
「もはや、手遅れであろう。ビジョンは自らが新たな神の声を聞いたと言っておる。我らが何を言おうとも、その神の声以外に耳を傾けることは無いであろう」
「その…新たな神と言うのは一体どういった神なのでしょうか? 司教はその神様と対話は出来ないのですか?」
「わしにはその神の声は聞こえぬ。だが、その神は、強く祈れば死んだ者の魂を蘇らせることが出来るとビジョンは言っておった」
-蘇り・・・やっぱりダークサイドの発想だ。
「強く祈ると言うのは、具体的にはどうするのでしょうか?」
「それを研究するために、あそこに籠っておるのだ。それと、その神はセントレアを信じるなとビジョンに言っていたそうだ。教皇は正しい神託を出しているわけでは無い・・・とな。それ故に、我らは州境を閉じておるのだ」
どう聞いても悪魔のささやきにしか思えないが、止めることも難しそうだった。この件は次に来た時に教皇と相談することにして、タケル達はスタートスに一旦戻ることにした。
■スタートス聖教会 食堂
スタートスに戻ったのは昼過ぎで帰還まではまだ時間があったので、コーヘイはリーシャに新しい戦い方を教わりに教会の裏へ向かった。マユミとアキラさんも二人で魔法の練習を始めている。変な組み合わせのようだが、マユミはアキラさんがお気に入りのようで、積極的にマユミから誘っていた。
ダイスケは戻って来た時には食堂で座っていて、タケルを見ると険しい表情を浮かべながら話があると切り出してきた。なんとなく、話の内容は想像がついたのだが・・・
「それで、話っていうのは?」
「ええ、・・・申し訳ないんですが・・・、この派遣勇者のバイトを辞めさせてもらいたいと思ってます」
「そうなの? それはもう決めた事なのかな? 俺は出来れば続けて欲しいけど・・・」
「・・・決めました。やっぱり俺には無理です」
「そうか・・・、どうして辞めたいと思ったの? やっぱり怪我したりしたからかな?」
「それも理由の一つですけど、それよりも戻ってからもこっちの事が気になりすぎて、いろんなことに集中できないと言うか・・・」
確かにタケルも戻ってからもドリーミアの事ばかり考えていた。フリーターのタケルはそれでも良かったが、学生のダイスケは入れ込みすぎると良くないのかもしれない。
「試験勉強に集中できないとか? そういう事? それだったら、試験の間はしっかり休むってことでも良いと思うけど? どうかな?」
「いえ、結局、皆が行ってて自分だけが休んでることが気になると思います。それに、コーヘイさんも入ったし、俺が抜けても影響無いでしょう」
最後のが本当の理由かもしれない。コーヘイが合流して全体の戦力が上がったのは間違いないが、ダイスケの役割が薄くなってしまったのは事実だ。それについてはタケルも気にしていたが、コーヘイに剣術を指導してもらう事でダイスケのレベル引き上げにもつながると思っていた。
「コーヘイとダイスケはそれぞれ違う役割で良いんじゃない? ダイスケの剣も十分に戦力になってるよ」
「そうは言っても・・・、まあ、総合的に判断してってことです。これ以上続けるのは俺には無理ですから・・・」
「そうか・・・、西條さんとも相談するけど、とりあえずは期限を切らない休みってことにしておくから、1週間ほど考えてもう一度考えを聞かせてもらっていいかな?」
「はい・・・、でも、たぶん考えは変わらないと思います」
答えを先送りにしたタケルもそうかもしれないと思っていた。既にナカジーが来なくなり、ダイスケが居なくなると言う。寂しさを感じているが、どんな職場でも人の入れ替わりはあるから仕方がない・・・、そう思うことにした。だが、寝食を共にした時間の長いこの仕事は他のバイトと同じように考えることは難しかった。
-俺もこの派遣勇者の仕事に入れ込みすぎたのかもしれない・・・
ビジョンとの面談が不調に終わり、ダイスケがメンバーから離脱すると言う・・・、今回の派遣はタケルにとってつらい最終日になった。