第二十話:魔導の都3
冒険者協会エスメラルダ支部は、砦ほどもある大樹の様相を示していた。
それは魔道の奥義を極めた者達が、その自負に形を与えたものだった。
生命の創造――神の奇跡に並ぶ魔術が、この街にはあるのだと、示威する為に。
西田達が歩み寄ると、大樹は根を独りでに蠢かせて、内部への道を開けた。
協会の受付には、すでに十人ほどの順番待ちがあった。十人と言っても、宿屋の手配や依頼に対する適性審査にはそれなりの時間がかかる。
「参ったな、こりゃ結構待たされそうだぞ」
とは言え、並んで待つ他に選択肢はない。
二十分ほど待たされた後、西田はようやく受付に辿り着いた。
早速、首元の金の鑑札を窓口に差し出す。シズも、それに倣った。
「例の特別案件を受けに来た。それと、宿屋を探してる。予算は……二人で白金貨一枚くらいかな」
「ちょっと……ニシダ。私、宿屋は普通のところで……」
「いいっていいって、気にすんなよ。俺、ベッドが固えと寝れねえんだ」
「……でしたら、先に宿屋の手配をさせて頂きます」
若い受付嬢は、そう言うと手元の台帳を開いた。
無論、ただの台帳ではない。
エスメラルダにある宿屋が列記されたその台帳には、紙面に独りでに文字が浮かび上がり――各店の空き室状況が筆記され続けていた。
複数の台帳が、類感呪術――いわゆる『呪いの藁人形』の原理によって、記述を共有しているのだ。
「……星の止り木亭の一等客室でよろしいですか?」
「ああ、そこでいいよ」
「かしこまりました」
受付嬢が台帳に筆ペンを走らせる。
「では、予約しておきました。所在地の説明は必要ですか?」
「いや、いいよ。自分で地図見るから」
「かしこまりました。宿泊の際はフロントに鑑札を提示して下さい」
「あいよ」
「それでは、次は特別案件についての説明をさせて頂きます」
受付嬢は次のような事を二人に説明した。
第一に、征伐対象であるゴブリンの巣は、今や国家と称されるほどの規模である事。また長く存続している魔物の群れの常として、豊富な戦闘経験を有している。
つまり、ただのゴブリンとは一線を画する戦闘能力が確認されているという事。
戦力の逐次投入の愚を避ける為、冒険者達は協会及び研究院の定めた作戦に従い行動する事。悪質な独断専行があった場合、特別案件への関与が禁じられる事。
と、そこでシズが眉根を寄せた。
「ちょっと待って下さい。それなら参加さえすれば、いつかは皆が特別案件を達成した事になるんですか?」
「ご安心下さい。戦功の評価は軍神審判によって行われます」
「……軍神審判?」
聞き慣れない単語を聞き返したシズに、受付嬢は静かに微笑んだ。
そうして、首に吊るした簡素な――剣を模した小さな十字架を掲げてみせる。
「軍神マルスの加護をもって、私達があなた方の戦功を、啓示として拝承するのです。評価を誤る事は、ありません」
冒険者協会の役人は、その多くが神官としてのスキルを修めている。
この世界において、神とは単なる偶像ではない。
教義を学び功徳を積む事で、奇跡という恩恵を与えてくれる――確かに実在する存在なのだ。深く純粋な信仰心は、この大陸では国家資格として扱われてさえいる。
そして冒険者協会には、戦功の評価や冒険者の適性審査、依頼の脅威査定など、神の奇跡に頼るべき業務は山ほどあった。
「……少々、お待ち下さい。あなた方がこの案件に相応しいかを、確認致します」
受付嬢はそう言うと目を閉じ、先ほどの剣を模した十字架を右手で握り締める。
軍神審判――西田とシズが、特別案件に相応しい闘士であるかを尋ねているのだ。
十秒ほど経過すると、受付嬢は、はたと目を開く。
それから西田とシズを、懐疑と困惑を宿した目で見つめた。
「俺達は、どうだって?」
「……軍神マルスは、あなた方を、面白そうだと……そう評しました。こんな事は初めてです……」
「……へえ」
対する西田の反応は――薄かった。
当然だ。彼は、そりゃそうだろうな、としか思っていなかった。
神気の加護――チート級の身体能力を得た異世界転移者が、現地民に敗れ、そのリベンジを果たすべく足掻いているのだ。神々からすれば面白くて当然だろう、と。
「精々、期待に応えてやるさ」
「……こちらを、お返し致します」
受付嬢は二人に鑑札を返すと、改めて二人と目を合わせた。
「それでは、確認致します。特別案件を受けるに当たって、協会及び研究院の方針に同意頂けますか?」
「ああ、同意する」
「私も構いません……やる事が明確なのは、いい事ですね」
ぼやくような呟き――冒険者の認定試験を思い出しての発言。
「……かしこまりました。それでは、一両日中に東門より前哨基地へと移動して下さい。その後は現場の指揮官に従い、行動して下さい」
「前哨基地……ね。まるで戦争だな」
「ええ。事実、戦争なのです。エスメラルダの森は魔術的資源の宝庫です。いつまでも、反社会的な民族の住処にはしておけません」
西田は何も言葉を返さなかった。
受付嬢はゴブリンの事を魔物ではなく民族と称した。
それが西田の、殺しに対する忌避感をぶり返させた。
「……とりあえず、宿屋に行くか。明日の事は明日考えりゃいいだろ」
すぐに思考を切り替えるべく、西田はシズを振り返って、そのまま返事を待たず歩き出した。
「あ、そう言えば。宿屋に着いたらよ、さっき言ってた遠当て? のやり方教えてくんねーか?」
「……構いませんよ。簡単ですし。あなたには大金を使わせてしまいましたから」




