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第十三話:異種闘法戦1

「……そこまで言うなら、教えてもらおうじゃありませんか」


シズが今にも飛びかからんばかりの闘気を纏い、椅子から立ち上がった。


「まぁ待て。ここは救護室だ。暴れられては困る……裏庭に出ろ。そこでやるぞ」


そう言うと、メイジャはさっさとシズに背を向けた。

隙だらけの背中を襲う趣味は、シズにはない――まんまと気勢を削がれてしまった。

そのままやむを得ず、先んじて部屋を出たメイジャの後を追う。


「……おいおい、俺は置いてけぼりかよ」


西田もベッドから立ち上がって、歩き出す。

言葉とは裏腹に、シズに先を越された事を、特に気にしている様子はない。

シズがあまりにも分かりやすく挑発に乗った事で、西田は一度冷静さを取り戻す事が出来た。


メイジャは、やはり【剣鬼(スマイリー)】に並ぶほど強いとは思えない。

だが――何の考えもなく勝負を挑んできたとも、思えなかった。

それも、ああも挑発的な、実質的に断りようのない形で。

何か考えがあるに違いない。

だとすれば――言い方は悪いが、シズが様子見を務めてくれるのは、ありがたい。


そのような事を考えつつ、西田は裏庭に戻ってきた。

メイジャとシズは既に、互いに一歩踏み込めば対手が間合いに収まる距離で、向き合っていた。

またメイジャの傍らでは、模擬剣が地面に突き立てられている。


「来たか。西田、お前が検分役を務めろ。開始の合図は……これでしよう」


メイジャが目の前の虚空から、何かを摘み取るような仕草を見せた。

そして――彼女の親指と人差し指の間に、小さな銀貨が現れた。

手品ではない、魔術である。


「いいのかよ、少佐。貨幣の偽造って重罪だろ」

「偽造すればな。だが、これは表裏もない、ただのコインだ。開始の合図は、これが地面に落ちたらだ。いいな?」

「ええ……いつでも構いませんよ」

「そうか。なら――」


しかしふと、メイジャはシズから視線を逸らした。

何かに気が付いたような素振りで、西田の方を見る。


シズも釣られて、そちらを見た。

直後、シズの足元で小さな音がした。金属音だった。

はっとして彼女が足元を見れば――そこには銀のコインが落ちていた。

シズの視線が、メイジャの視線によって誘導されたその隙に投げ込まれたのだ


メイジャは、開始の合図はコインが地面に落ちたら、と言った。

それ以外の――コインの投げ方などは、一切指定していない。


「しまっ……!」


シズが慌てて視線を前方へ戻す。

構えを取り始めるのが、一瞬遅れた。

一瞬――身体機能を強化した闘士達の間では、十分すぎるほどの隙だ。


メイジャは既に傍らの模擬剣を引き抜き、振り上げていた。

だが――まだ間合いを詰め切られてはいない。

左腕のない彼女には、コインを投げてから剣を取る必要があったからだ。


故に辛うじて、シズの獣牙の構えが間に合った。

最早先手は取れないが、防御は出来る。

そして防御が出来れば、獣牙の構えはそのまま攻めへと転じられる――はずだった。


「っ……!」


次の瞬間には、模擬剣はシズの左大腿に直撃していた。

斬り付けられたのではない。投げ付けられたのだ。

投擲(スローイング)――猟兵(レンジャー)のスキルである。

本来は石塊やナイフなどで行う闘技だが――剣で出来ない理由はない。

むしろ、直撃すれば重量相応の威力が期待出来る。


もしもこれが実戦ならば、剣先はシズの大腿を貫通し、致命的な出血を引き起こしていただろう。

だが、検分役である西田は手合わせを止めない。

それは単に彼自身も驚愕して、それどころではなかったからだが――止められていない以上は、戦闘は続けなくてはならない。

メイジャは、一歩前へと踏み出した。


一方で――突き刺さりこそしなかったものの、模擬剣とは刃引きをして先端を丸めただけの、鋼の剣である。

そんな物が直撃したのだ。シズの大腿筋は叩き潰され、骨まで折れていた。

それでも闘気によって痛みを抑え、シズは構えを保っていた。


右足一本でも、倒れ込むようにして前へ踏み出す事は出来る。

狙いはカウンターだ。とどめを刺すべく前へと出てきたメイジャに対し、逆に懐に飛び込み、打ち倒す。

接近戦ならば自分の方が上。自分なら成し遂げられる――シズには己の腕前に対する自負があった。


だが――接近戦ならシズの方が上手。

そんな事は、メイジャにだって分かっている。


「『湧き立つ水。渦を巻け。敵を飲み込め』」


シズの気力が未だ十分である事を認めると、メイジャはすぐに足を止めた。

そしてシズに右手をかざし、言葉を紡ぐ。

魔術の詠唱――距離を詰める事なく、とどめを刺すつもりなのだ。


「くっ……!」


シズは歯噛みしつつも即座に闘気を練り上げ、左足の治癒を始めた。

内出血により赤黒く変色していた大腿部が、急速に回復していく。


「『決して破れず。揺り籠のように』」


シズの治癒が終わるのと、詠唱の完了は、殆ど同時だった。

直後、シズの周囲から大量の水が湧き立つ。

踊る水流は、シズを包み込むように渦を巻く。


「ちぃ……たぁあッ!」


それを、シズは暴風の如き回し蹴りで、水圧を物ともせずに打ち破った。

大量の水飛沫が飛び散る中、体勢を立て直し、メイジャを睨む。


「『湧き立つ水。渦を巻け』」


対するメイジャは――もう一度、同じ呪文の詠唱を始めた。

当然、させるものかとシズは距離を詰める。

瞬時にメイジャを打拳の間合いに捉え、そして――


「――『光あれ』」


メイジャはシズに向けて手をかざして一言、そう言った。

再詠唱は、シズの動きと思考を誘導する為のブラフ。

本命は――近距離にシズを誘き寄せての、短詠唱魔術。


気づいた時には、既に遅い。

メイジャの手中から、眩い光が爆ぜた。

それを目の前で直視したシズは――当然、視界を完全に奪われる事になる。


「く、う……このっ!」


藻掻き、闇雲に拳を振るうものの――そんな打撃をむざむざ受けるメイジャではない。

メイジャは、初手で投擲した模擬剣へと悠々と歩み寄り、拾い上げた。

そしてシズの傍へと戻り、足払いを仕掛け、その場に跪かせる。

それから模擬剣を上段へと振り上げて――


「……っ、少佐! そこまでだ! アンタの勝ちだ!」


そこでようやく、西田が制止の声を上げた。


シズは視界が回復した後も、立ち上がれないまま呆然としていた。

剣と拳の戦いでは圧倒出来ていた相手に、為す術もなく敗れたのだ。

あまりにも衝撃的過ぎる敗北だった。


「シズ、眼は完全に回復したか? もし霞がかかるようなら――」


メイジャがシズの傍に膝を突いて、声をかける。


「問題ありません……もう一本です! 今の動きは覚えました……次は、同じ失敗はしません……!」


シズは滾る悔しさを隠そうともしていない。

殆ど睨みつけるような目つきで、メイジャを見上げている。

その様子に――メイジャは、満足げに頷いた。


「ふっ……それだけ気炎を吐けるなら、心配はいらないな。だが――」


そして今度は、西田へと振り返る。


「――すまないな、シズ。次は、お前の番だ……西田」


手にした模擬剣を西田へと投げ渡す。

初めから素手で相手をするという事らしい。

だが、それを「侮られている」と受け取るほど、西田は馬鹿ではない。

メイジャには、剣が無くとも自分を倒すだけの技量と算段がある――既に、そう理解していた。

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