第十一話:舞台1
「大斂武祭? なんだそれ?」
聞き慣れない単語に、西田は問いを零した。
たちまち、メイジャとシズが西田を見た。
二人とも僅かな驚きと、多大な呆れを含んだ表情をしていた。
「知らないのか? 冗談だろう? 冒険者のくせに世事に疎すぎるぞ」
「最近忙しかったんだよ。大物狩りの準備をしてて……いいから教えてくれよ」
「……この大陸が元々、魔物の異常発生や、魔王の誕生が起こりやすい風土をしているのは知っているな?」
魔力や気力が存在するこの世界において、生物の誕生方法は何も生殖だけではない。
生い茂る草木、降り注ぐ雨、流れる川、風に踊る砂、閃く稲妻、揺れる炎。
千変万化するそれらの様相は、時に偶発的に、魔法陣の姿を得る。
更に、そこに自然に満ちる魔力が流れ――魔物が生まれる。
自然を触媒とした、天然の召喚魔法が行使されるのだ。
そして、ここアダマス王国――ひいては王国が存在するタブラト大陸は、自然と魔力に恵まれていた。
それはつまり天然の魔法陣と、それにより生じる魔物もまた、多く発生するという事だ。
「ああ……それくらいは知ってるよ。常識だろ」
「そして常に魔物の危機に晒されてきたが故に、闘法や魔術が。更にそれを扱う人材育成、運用手段が洗練されていった……こっちの常識はどうだ?」
「……そっちは、知らなかったな」
ばつの悪そうな西田の返答に、メイジャが深い溜息を零した。
「……お前がどこの国から来たかは知らんが、冒険者なら訪ねる先の風土や歴史くらい調べておけ。余計なトラブルを避けられる」
「しっかりして下さいよ。あなたがあんまり間抜けだと、負けた私までなんだか、みじめじゃないですか」
「……なるほど。確かに早速、トラブルに絡まれてらあ」
シズの冷ややかな視線と言葉に何も反論出来ず、西田は呻くように呟いた。
「まぁいい。話を戻そう……ともあれ我が国において、闘士の育成、闘技の探求は、国防における最優先課題という訳だ」
「育成……確かにこの国の冒険者の認定試験って、かなり厳しいんだったか? 俺は一発で合格したけど……」
「ニシダ、それは嫌味と受け取ってもいいんでしょうか」
「ちげーよ……やめろやめろ、闘気を纏うな」
アダマス王国における冒険者の認定基準は、非常に厳しい。
未成年はシズが受けた通り、理不尽とも言える洗礼を受ける必要がある。
成人であっても、任意のアダマス流闘法の十分な習得。
或いは、それに相当する実力が認められなければ冒険者にはなれない。
だがそれらは全て当然の事だ。人命には限りがある。
不適当な職業に従事して死なれては、国にとっては労働力の喪失でしかない。
「そうだ。そして闘技の探求……これも国が主導して行っている。各地に練兵場や闘技場を建て、優れた闘士は軍に誘致されたり……時には宮廷に召し抱えられる事さえある」
同様に優れた魔術師もまた、軍や王宮への登用対象だ。
とかくアダマス王国は闘法と、魔術の探求に国力を注いでいた。注ぎ続けてきた。
国家の敵が同じ人間の国家であれば、攻め滅ぼすか、或いは和睦を結んでそれで終わりだ。
だがこの大陸においては、敵の殲滅も、敵との和睦も、成立し得ない事だ。
魔物は草木を、土を、水を、風を媒体に生まれ続ける。
時には、ただの魔物を雨風とするなら、まさしく嵐のような――魔王が誕生する事もある。
仮想敵の規模は無限大で、故に国家の保有する戦力は大きければ大きいほどよかった。
「加えて、平時であれば四年に一度、国中から腕に覚えのある者を募り、武闘大会を催すという事もしている」
「……なるほどな。その武闘大会が大斂武祭って訳か」
長い前置きだったが、ようやく話が繋がったと、西田は得意気にそう言った。
「いや、違う」
「……はあ?」
しかしメイジャは首を横に降った。
梯子を外された西田は、暫し開いた口が塞がらなかった。
「違う? じゃあ、今までの話はなんだったんだよ」
「……これまでの武闘大会は練武祭と言って、闘法ごとに腕を競っていたんだ。だが先月の事だ。第一王女殿下がな、こう仰ったんだ……『手ぬるい』と」
「手ぬるい?」
「そうだ。元はと言えば魔物や魔王を倒す為の闘法なのに、同じ人間が、同じ武器と技で戦っていて何になる、と……確かに、一理あるが」
「そうは言ってもよ……人間同士の戦いが駄目ならどうするんだ? 人工的に魔王でも召喚するってか? それはそれで面白そうだけどよ」
「いいや」
冗談めかして笑う西田に対する、メイジャの返答は非常に手短だった。
「異なる闘法による真剣勝負を旨とした武闘大会。第一王女殿下はその開催を宣言された。現時点では闘技場の設計段階で、時期すら定まっていないがな」
その眼差しと声色には――憂いが宿っていた。
西田が思わず怯むほどに、深い憂いが。
「な……なんだよ、そんな険しい顔して。闘法の世界一決定戦なんて、面白そうじゃねーか」
「……いいか、西田。この国には現在、二人の聖人と一人の聖女がいる。戦闘能力という点では……恐らく、聖女様が抜きん出るだろう」
「少佐、急に何の話……」
「その聖女様と、主席宮廷魔術師殿が戦い……仮に聖女様が敗れたとしよう。民衆はそれを見てどう思う?」
西田は、はっとした表情を浮かべた。
「……聖女様なんて大した事ないって?」
「違う。個人の優劣で済むならいい。神への祈りなど、魔術の奥深さに比べれば……そのような風聞が広まる恐れすらある」
そして、それはどの闘法が勝利し、また敗北しても起こり得る事だった。
確かに、剣術を極めた者が放つ渾身の一閃は、無形の魔術すら切り裂けるだろう。
真の義侠を胸に秘めし騎士の掲げる盾は、万象を切断する斬撃さえも防ぐだろう。
隠密と暗殺を極めた猟兵ならば、あらゆる攻撃を防ぐ盾をすり抜け、獲物を仕留めるだろう。
神に祝福されし聖女ならば、いかに巧妙な隠遁であろうと、その御光で暴き、裁きを下すだろう。
「……そうは言ってもよ。実際には、聖女も主席魔術師もめちゃくちゃ強えんだろ? その試合を見れば……」
「試合を見ず、結果だけを知りたがる者もいるだろう。それに世間の評判だけでなく、政治的にも面倒な事になりかねん」
アダマス王国では、どの闘法にもそれの象徴と言える組織がある。
剣術であれば王国陸軍。魔術、魔法ならばカルブンクルス研究院。
神術であればクワルツ正教会。猟兵ならば黒曜機関――と。
それらの発言力や資金力といった力関係が崩れれば――最悪、国防や内政が破綻しかねない。
「考え過ぎじゃないですか? いくら第一王女だからって、そんな危険な話を強引に押し通せるものなんですか?」
「……確かに悪い事ばかりという訳ではない」
「少なくとも、俺には関係ねー事だぜ。それで、どうすれば出られるんだ? その……大斂武祭とやらには」
今や、西田は確信していた。
昨夜、スマイリーが言っていた「おあつらえ向きの舞台」とは、この事だったのだと。
彼女との因縁だけではない。
西田が抱える劣等感を払拭する為にも、大斂武祭はまさしく渡りに船だった。