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第一話:闇討ち

西田勇樹は夜闇に身を隠し、人を待っていた。

名も知らぬ異世界の、アダマスと呼ばれる王国の王都。

宮廷魔術師団によって錬成された巨大な円形闘技場。

まるで岩山から削り出して磨き上げたかのような、継ぎ目一つない玉石の如き、強さの殿堂。

日中、活気に満ちていたその建物が夜闇に包まれ、静まり返った頃。


西田勇樹――黒髪、学生服の青年は、その入り口をじっと見つめていた。

腰に吊るした剣の鞘を左手で握り締めたまま。

そして――やがて、一人の女が闘技場から姿を見せた。


「よう……アンタが剣鬼、スマイリーだな」


西田はその女が近づいてくるのを待って――声をかけた。

同時に夜闇の中で煌めく、月明かりに晒された刃。


西田が抜剣したのだ。

西洋においてよく見られるような直剣は、抜き打ちの斬撃に向いていない。反りがない為だ。

抜剣という直線的な動作と、斬撃という弧を描く動作が両立出来ないのだ。

故に戦いに臨む前から剣を抜いておく必要がある。


つまり――西田は、目の前にいるその女に戦いを挑むつもりだった。

この国で最も優れた剣士。【剣鬼】として知られるその女に。


「ああ、そうとも。悪いね、待たせちゃって」


若葉色をした短めの髪に、糸のように細めた双眸。

線の細い美男子のようにも見える、微笑みを浮かべた端整な顔立ち。

背丈は高いが、剣士にしてはやや細身の体格。

この国最強の剣士にしてはあまりに若く見えるその女の表情に、動揺はない。

眼前で抜剣した西田に対して、柔和な笑みを浮かべたままでスマイリーはそう答えた。


「……気づいてたのかよ」

「うん。だから暗くなるまで待ってたんだ。途中で邪魔が入るのは、良くないだろ」


二人の剣士が向き合い、一方が剣を抜いた。

もう一方が取る行動は決まっている。

スマイリーもまた剣を――腰に吊るしたサーベルを抜いた。


たったそれだけの動作で、彼女の全身から烈火の如き闘気が溢れ出るのを、西田は肌で感じた。

示し合わせたように二人が構えを取る。


西田は――半身の姿勢、重心は低く。両手で保持した剣の先を、体の後方へと向けている。

脇構え、下段横構え――この世界においては、伏虎と呼ばれる構えだ。


対してスマイリーは、片手持ちのサーベルを肩に担ぐようにして、悠然と立っていた。

左手は、剣帯の鞘に添えられている。


両者の構えは、見た目こそ異なるが、その本質は同じだ。

強大な魔物を相手取る際に、剣を正面に構えての牽制や防御は、時に意味を成さない。

故に、剣を体の後方に置く――構えた時点で、最大限の振りかぶり(溜め)を完了させておく為に。


つまり――西田もスマイリーも既に、お互い一瞬の内に、渾身の一撃を放つ事が出来る。

その状況下で二人はゆっくりと、対手との間合いを詰めていく。


そして――不意に一方が、先んじて動いた。

闇夜の中に閃く、疾風のような横薙ぎの斬撃。

先手を取ったのは――スマイリーだ。

彼女の長い手足は、西田の予想を上回る間合いを発揮した。


刹那の内に西田の首筋へと迫る、スマイリーの剣先。

伏虎の構えからでは防御は間に合わない。

故に――西田は深く身を屈めた。

首筋を切り裂くはずだったスマイリーの斬撃が、西田の黒髪をほんの僅かに切断するのみに終わった。


斬撃を躱すと、西田はすぐさま一歩前へ。

スマイリーは剣を振り抜いた直後。受け太刀は不可能。

意趣返しと言わんばかりに、横薙ぎの斬撃を返す。

狙いは腹。これなら身を屈めて避ける事も叶わない。


勝った。西田はそう確信し――直後、金属音が響く。

剣身から伝わる硬質な手応え。

防御されていた。剣によってではない。

剣帯から左の逆手で引き上げた鋼鉄の鞘が、西田の刃を阻んでいた。


直後、西田の脳天めがけて振り下ろされるサーベル。

勝利を確信していた西田は僅かに反応が遅れた。

飛び退きながら体を仰け反らせ、回避を試みる――だが避け切れない。


刃の先が額を掠めた。皮膚が裂け、石畳に鮮血が数滴飛び散る。

傷はごく浅い――が、状況は好ましくない。

傷口からは血が垂れる。額から、右目へと。


片目が塞がった状態で切り合いなど出来ない。

西田は大きく飛び退いた。

スマイリーは――距離を詰めてはこない。

ただ微笑みを浮かべたまま、西田をじっと見ていた。


「……なかなかやるねえ、君」


「うるせえよ、なんで追撃してこねえ。余裕ぶりやがって」


「そんなに怒らないでよ。手抜きをしたのは君が先だろ」


西田が凄むも、スマイリーは朗らかに笑って、元の位置に戻した鞘を叩いて見せた。

大きく振りかぶった、両手持ちのロングソードによる一撃。

それを左手のみで受けたにもかかわらず、スマイリーの体勢は殆ど崩れなかった。


「まともにやっても勝てないから、私を闇討ちしようってヤツらは今までにも大勢いたけど……」


何故か――西田が力を加減していたからだ。

元から、刃が彼女の衣服に触れたその瞬間に、手を止められるように。

つまり、間違っても相手を殺してしまわぬように。


「君はどうも、そうじゃなさそうだ。なら……一体、何が望みでこんな事を?」


スマイリーはなおも構えを取らないまま、西田に問いかける。

だがその声音と微笑み。そこに疑問の色は宿っていない。

彼女は既に、問いの答えに見当がついているのだ。

にもかかわらずあえて問うのは――西田自身の口から、その答えを聞きたいから。


対する西田は――答えない。

ただ額の傷口を左手で抑え、黙っている。


「答える義理はない?だったら……私も君の勝負に付き合う義理はなくなっちゃうなあ」


からかうように、悪戯な笑みを浮かべ、一歩遠ざかるスマイリー。

彼女には、どうしても西田と勝負しなければならない理由はない。

額に傷を負わせた今なら、逃亡を図れば容易くこの場を脱せてしまう。

西田は小さく舌打ちをした。


「……俺は、強くならなきゃいけねーんだよ。この世界で、一番強く。寄り道してる暇はねーんだ」


その答えを聞いた瞬間――スマイリーの顔に浮かぶ笑みが一際、喜色を増した。

まるで少年が、自分の一番好きな遊びを共有出来る、友人を見つけたかのような笑みだった。


「……その傷、そろそろ塞がったんじゃない?続きをしようよ」


西田が、抑えていた額の傷から手を離す。

血は止まっている。傷そのものさえ殆ど消えていた。

負傷の自然回復――剣と魔法の世界でならば、そう珍しくもない現象。


両者が再び構えを取る。

スマイリーはまたもサーベルを肩に担ぐ。


一方で西田が取るのは中段――征竜の構え。

剣を体の真正面、臍の高さに置き、剣先は対手の喉元へ突きつけるように。


身長、手足の長さの関係上、スマイリーの間合いは西田よりも広い。

先と同じ構えでは先手を許す事になる。

構えを変えたのは、その為だ――つまり、先手を許してしまうなら、それを受ければいいと。

双方が、お互いを間合いに捉えての戦いならば、自分は負けない。

西田には、その自信があった。


二人は再び、じりじりと、互いに間合いを詰めていく。

しかし――ふと、スマイリーが足を止めた。

双方の距離は先ほどよりも一歩半、遠い。

そこから、不意に一歩鋭く踏み込んで、サーベルを薙いだ。


剣閃が狙う先は――西田の手。

中段の構え――必然、身体よりも僅かに前に出た、剣を握る両手。

届くのは精々、剣先のみ――だがそれだけで十分なのだ。

指が切断されれば剣は握れない。剣士にとってそれは敗北同然。


「くっ……!」


この間合では、剣はまだ届かない。

そう思っていたが故に、西田の反応はまたも僅かに遅れた。

咄嗟に左手を柄から離し、剣を振り上げる事で斬撃を躱す。

だがそれは所詮、苦し紛れの行動――力の「溜め」を伴わない。

素早く反撃に出る事は出来ない。


スマイリーがそのまま、更に一歩前へと間合いを詰めた。

同時、振り抜いたサーベルを真逆の軌道で切り返す。

今度は、十分に首を斬り裂ける間合い。


対する西田は――振り上げた剣による防御、迎撃は間に合わない。

大きく後ろへ飛び退き辛うじて回避。


だが西田が退いた分だけスマイリーは前へと踏み込んでくる。

繰り出されるのは、サーベルの軽さを十分に活かした神速の連撃。

西田がそれらを躱しても、防いでも、そこから反撃に転じる暇を与えない。


「君さえ良ければ、もう少し手を抜いてあげてもいいけど?」


もう少し、とスマイリーは言った。

それはつまり現時点で、既に遊び半分であるという事だった。


「うる……せえな!」


当然、西田は怒りに燃えた。

スマイリーの斬撃を迎え撃つように、直剣を横薙ぎに振るう。


「ああ、駄目だよ。そりゃ悪手」


だが、崩れた体勢から強引に剣を振るった西田と、呼吸も姿勢も整ったスマイリー。

西田が打ち勝てる道理などない。

逆に剣を大きく弾かれ、その隙を突かれる事になる――はずだった。


「だ……」


激しい金属音が響くと同時。スマイリーの体勢が大きく乱れて、後方によろめいた。

腕の力だけで放った、体重の乗らない斬撃に、打ち負けたのだ。

剣戟の余波が、突風としてスマイリーの髪を揺らして、夜の街を駆け抜ける。

剣鬼として、闘技場にて数多の闘士と戦ってきた彼女にも、相対した事がないほどの怪力だった。


「……手加減していられる相手じゃねーって事は、よく分かったよ」


西田の身長は、さほど高くない。

160センチを少し超える程度で、体格もいいとは言えない。

体躯に見合わぬ奇怪な身体能力――彼が異世界への転移に際して、得た力だ。


スマイリーは体勢を崩している。

立て直す隙を与えまいと、西田は飛びかかった。

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[良い点] 主人公の紹介は良かったと思います! [気になる点] 人物が話さない時の描写の仕方で、「ーー」を使いすぎてるって思ったところですかね。 始めの方の「そして――やがて」は、「そして」か「やがて…
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