決着
短めです。
重力も利用して更に加速度を付ける。
姉の真正面から僅かにズレて突撃し、斜め45度の角度を付けて下降しつつ接近を試みた。
構えた剣と交差する方向から、わざわざ突撃していく必要はないと考えたからだ。
鉛直方向から真下に向かえば最速を得られる筈だが、そんな速度ではコントロールを十分に効かせる自信がない。
もしも姿勢の制御に失敗し、目標を少しでも外れてしまえば最悪な事になるだろう。
一人で地面に激突し、それで終わってしまう自滅の道だ。
姉の探知魔法の有効範囲に入り、相手が反応して僅かに身をよじっただけでもそうなる可能性があるので、一か八かの策は躊躇われた。
速度を重視すれば姿勢制御が疎かになり、コントロールを重視すれば速度が遅くなってさっきの繰り返しとなる。
相手の反応にも対応出来るだけの余裕を持ちつつ、ギリギリまで速度を上げた。
相手に動き回られては目標を定められずに困るのだが、スライム如きに逃げ回るなどプライドが許さんとでも思っているのか、掛かってこいと言わんばかりで迎え撃つ態勢の姉であった。
探知魔法に余程の自信があるのだろう。
そんな相手を乗り越えようというのだから、背中から襲うという手を使う事は出来ない。
ある意味スライムにとっては正当な方法で勝っても、そんな卑怯なヤツはマスターの使い魔として認めんと言われてしまえばそれまでだからだ。
これは勝つ事が目的ではなく、姉に認めてもらう為の試験である。
ぶっちゃけ、負けても合格する事はあり得る。
自分ではマスターを魔王にさせてあげる事は出来ないと自覚している姉なので、その可能性が俺にならあると思わせたら成功だ。
だから正面から乗り越える。
俺の能力をフルに発揮し、マスターの使い魔たる地位を自らの手で確保するのだ。
勝負は一瞬の出来事だった。
制御出来るギリギリの速度で突っ込む俺に対し、悠然と構えたままの姉。
探知魔法のゾーンに入った事を全身に寒気が走った事で知る。
迎え撃つ姉の剣が、まるでスローモーションのように振り上げられた。
構わず進む俺に向かい、剣が正確に、タイミングもばっちりで振り下ろされる。
このまま進めば体を真っ二つにされる、そんな確かな予感がした瞬間、俺は僅かに残っていた空気を逆噴射させると共に、体をパラシュートのように大きく広げて急減速した。
姉はひどく驚いていたが、今更止める事は出来ない。
確実に俺を捉えていた筈の剣が虚しく空を切る。
迎撃は空振りに終わり、無防備な姿を晒した。
再び俺の番だ。
突撃の為の空気の吸入は既に終えている。
体の向きを変え、空気を後ろに噴出して姉に向かって進み始めた。
それからの姉の行動は称賛に値するモノであろう。
剣が間に合わないと見るやパッと柄から手を離し、口と手を動かして魔法の詠唱らしき動作に入ったのだ。
しかしそれでは間に合わない。
姉の手に何やら光が集まるのを確認しつつ、俺は姉の顔に突撃をかました。
体を広げ、エイリアンのように口と鼻を覆う。
姉は俺を剥がそうと躍起になるが、俺も体に力を入れて必死に耐える。
暫くジタバタと抵抗していたが、呼吸の出来ない苦しさに根を上げ、俺の体をポンポンと叩いて降参の意を示した。
これで俺の勝利が確定した。
「では、俺がマスターの使い魔という事で問題ないですね?」
解放し、地面に降りる。
膝をつき、ゼェゼェと肩で息をしている姉に向かって言った。
姉は涙目でこちらを睨み、一言だけ応える。
「好きにしろ!」
そしてまた顔を逸らした。
「おねえさま、だいじょうぶ?」
勝敗が決し、マスターが駆け付けてくれた。
膝をついたままの姉を心配する。
感激したのかマスターを抱きしめ、悔し涙なのか嬉し涙なのか分からないモノを流しながら頬ずりした。
「マーちゃんの安全の為に覚える事は多いのだぞ?」
「望む所だ!」
お昼を食べたら姉は立ち直り、気を取り直して次に移った。
俺がマスターの使い魔としてお役に立てるよう、試練に備えての教育を始めてくれた。
試練に参加する者はランダムで世界のあちこちに飛ばされるのだが、その場所は誰にも分からないらしい。
飛ばされるというのは文字通り、魔王の魔法で飛ばされるとの事。
遠方へと弾き飛ばす魔法の応用だそうだが、魔王の膨大な魔力を用いている為、常識ではあり得ない距離に達するそうだ。
なので飛ばされる地域は過去を含めて千差万別らしく、その地に住む魔獣の知識など共通化が難しいらしい。
得られる食べ物についても同じで、毒など危険な事が分かっている物を中心に、大体の事だけを教わった。
それだけではない。
テントや調理道具の使用方法の確認等、やるべき事は多い。
この時は俺の手が役に立った。
手首の長さまでなら自由に動かせるので、料理から洗濯まで比較的自由にこなせる事が分かった。
僅か一日ではまるで足りないが、一通りだけでも違いはある。
大急ぎで知識を吸収した。
そんな情報の詰め込みはあっという間に終わり、とうとう明日の出発を控えた夜となった。
「パンツが多くないですか?」
マスターの着替えを準備している時だった。
何枚もの女の子用のパンツがリュックに入っていたのだ。
ゴムという便利な物はないらしく、いわゆる紐パンが何枚もスぺースを埋めている。
服は直ぐにボロボロになるらしいので何枚あってもいいのだが、それにしてもパンツだけ多すぎる気がした。
「実はマーちゃんにはオネショの癖があって……」
一足先にマスターは姉とベッドで休んでいる。
家族揃ってこの屋敷で過ごすのは暫くお預けであり、明日の出発を前に最後の溺愛をしておこうというのだろう。
それに引き換え、我が子の旅の支度は自分ですると、夜遅くになっても手を動かし続けている母親が申し訳なさそうに言った。
「マスターはまだ幼いんですから仕方ありませんよ」
寧ろ可愛いと思った。
「マーちゃんは気にしているから……」
成る程、それは気を付けねばなるまい。
不用意に言及して主に恥をかかせてはいけないだろう。
しかし、まさかパンツに嫉妬する事になろうとは、この時の俺は知る由もなかった。