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能力検定試験

 「準備はいいか?」

 「もちのロンだ」

 「餅の論?」

 「あ、いや、大丈夫だ」


 屋敷の中庭で姉と対峙していた。

 あれから既に二日が経ち、俺の実力を図る日となっている。

 この前とは異なり姉の服装は軽装で、動きやすさを重視しているようだ。

 膝下まで編み上げられたブーツに厚手のパンツ、袖から襟元までしっかりと覆われた上着を羽織り、弱点である皮膚を隠している。

 見るからに冒険者然とした出で立ちで、まるでこのまま旅に出ると言われても納得出来る格好だった。


 「マスターに付いていくのは自分だとアピールしている訳か……」


 知らずに独り言が出ていた。

 応えるように姉が言う。


 「察しがいいな。ついでに今この場で降参してくれれば、明日の出発を前に余計な体力を使わなくて済むのだがな?」

 「それは残念だ。見送りに姉が来れないなんて、マスターもさぞがっかりするだろう。疲れているのなら明日に控えて部屋でしっかりと休む事を勧めるぞ?」


 まずは口上戦という所か。

 当然どちらも降りる筈はない。


 「参ったと言うか、戦闘不能状態になった時点で負けという事でいいな?」

 「問題ない」


 想定の範囲内である。


 「逃げて明日の儀式を待とうなどとは考えていないな?」

 「そちらで契約を打ち切れるのに、そのような事は考えていない」


 時間切れを狙えば、問答無用でそうなってしまうだろう。


 「では始めるぞ?」

 「臨む所だ!」


 姉が腰に帯びていた剣を抜いた。

 殺気を感じた気がして、思わず体がブルルンと震える。

 そんな俺を見て何か思ったのか、姉が付け加えた。

 

 「安心しろ、これは訓練用の剣で刃は潰してある」

 「そいつはどうも」

 「経緯はどうあれ、お前はれっきとしたマーちゃんの使い魔だ。マーちゃんの目の前で殺すつもりはない」

 「ありがたい配慮に痛み入る」


 母親の膝の上でマスターがこちらを見ていた。

 主の前で無様な姿は見せられない。


 「武器は持たないのか?」

 「あいにく俺に適したモノがないんでね」


 裸一貫、徒手空拳でこの場に臨む。

 重い物を持つと高く浮き上がれないのがその理由だ。 


 「スーちゃん、がんばれー!」

 「イエス! マスター!」


 敬愛し敬慕するマスターから、俺を応援して下さる声を頂けた。

 途端に心のチャージは満タンとなり、体中を気力と勇気がみなぎっていくのを感じる。

 世界を相手にしても戦い抜くぜと思った。

 そんな俺に比べ、姉は大いにショックを受けている。


 「マーちゃん、どうして?!」


 信じられないといった顔だ。

 家族の自分が応援されない事に、ひどく動揺していた。


 「ざまぁねぇな」

 「くっ!」


 心を折るつもりで存分に笑ってやった。

 HPの半分くらいは削った事だろう。

 しかし現実は無情である。


 「ねえさまもがんばれー!」


 その声に姉の顔がパッと明るくなる。

 年に一度しか雨が降らないような乾燥した大地に生きる草木は、その雨を待って一斉に花を開かせ、種を結んで子孫を残していくという。

 まさに天の恵みと呼ぶべきモノだが、マスターの笑顔は姉にとり、その雨だったらしい。


 「頑張るわ!」


 元気百倍、シャキーンと元に戻った。


 「チッ!」

 「ふふん」


 マスターの優しさに感動しつつも思わず舌打ちしてしまった俺に、どうだと言わんばかりの顔をした。


 「始めるわよ!」

 「軽く終わらせてやる!」


 こうなれば後は戦いでもって語るのみ。

 俺は戦闘準備に入った。


 「先手必勝、行くぞ!」

 「来い!」


 能力を判定される立場は俺である。

 マスターの使い魔として認めてもらう為、大きく大きく息を吸い込み、一気に空気を噴出して大空へと飛び出した。 


 「と、飛んだ?!」


 突如として眼前から消えた俺に、姉はひどく狼狽している。

 吸引、圧縮、噴出を二度、三度と繰り返し、上空で体を開いてグライダーの如く空を舞っている俺を、焦ったようにキョロキョロとした顔で探していた。

 

 この工程にも色々と工夫がある。

 丸いままだと空気抵抗が大きく、乱気流が生じてどこに飛んでいくのか分からないのだが、それは先端をミサイルに似た形にする事で解消した。

 空気を噴出し終わると自然と落下していくが、パラシュートの如く口を大きく広げて落下速度を遅くしている。

 その姿は、食べ物を取り込もうと口を広げているアメーバそのモノだろう。

 そして空気を吸い込み、圧縮して一気に噴出、再び空へと上がっていくのだ。  

 

 それを何度か繰り返す事によって数十メートルは上空へと舞い上がり、今度はグライダーの形になって眼下を見下ろしながら、長時間の滑空を可能としている。

 そして頃合いを見計り、ミサイルへと形状を変えて一気に突撃するという作戦だった。

 見れば姉は先ほどまでの狼狽ぶりはどこへやら、剣を前に構えて静かにしている。

 

 「どういう事だ?」


 俺は不思議に思った。

 半透明のスライムが空中にいると、光学迷彩を施したように見えにくくなる。

 それは自分の体を透かしてみて分かった事だが、そんな存在が自分の上空にいると思うと平静ではいられない気がする。

 特に今は模擬とはいえ戦いの場だ。

 いつ襲ってくるかもしれない相手に、やけに落ち着いているなと思った。

 

 「まさかこうなる事を見越していた?」


 滑空しながら考えを巡らせる。

 しかしそんな訳がないと自分で否定した。

 スライムが空を飛ぶ事の想定など、初めの反応を見れば考えづらい。

 だとしたらどういう事か? 


 「まさか気配を察知して反応出来るのか?!」


 盲目の剣士は音で相手の動きを知るという。

 空気の流れを肌で感じるのも漫画では定番だろう。

 あの姉も、そんな事が出来る剛の者かと思った。

 

 「いや、それはないな」


 あのオーガであればそれは十分に納得出来るのだが、あの姉にそれはないと断言出来る。

 勘でしかないが。

 

 「であれば、確かな対策があると考えるべきだな」


 それは何か?

 

 「剣術や体術でなければ、残るのは魔法だろう」


 魔法、それは俺にとって未知の領域である。

 どんな種類があるのかまるで想像もつかない。

 姉が冷静なのも、それで対処出来るからだと考えた。

 攻撃魔法なのか防御魔法なのか、それは皆目見当もつかないが……


 「考えても始まらない。逃げる余地を残して近づいてみよう」


 このまま手をこまねいて見ている訳にもいかない。

 行動を起こさねば先は開けないのだから。

 もっとも、暗闇への道かもしれないが……


 「よし! いくぞ!」


 緊急避難の為の空気を残し、グライダー型からミサイル型へ変形し、目標を姉の攻撃範囲スレスレの位置に据えた。

 当初の予定ではパラシュート型で真上から自然落下し、頭部全体を上から覆うつもりであった。

 パラシュート型であれば落下に伴う音が発生しない。

 洞窟の天井から音もなく落ちて来るスライムの戦術を想定していたのだが、もしも接近を探知するなり反撃の手段があるのならそれは不味い。

 ユラユラと悠長に落ちて来る間に何らかのアクションを取られかねないからだ。

 それよりは速さを重視し、安全な位置からどんなリアクションが返って来るのか探った方が良いと判断した。


 滑空しつつ落下運動に移る。

 小さいが空気を切り裂く音がしている。

 フクロウの羽根を再現出来ればこの音も消せる筈なのだが、時間が足りずにそこまでには至らなかった。

 上空を滑るように姉の剣の到達範囲に近づく。

 腰の前で構えている剣が届きにくいよう、姉の右手側方からの接近を図る。

 後方は流石に警戒しているだろうと判断したからだ。

 蓄えていた空気を噴出し、放物運動では考えられない速度である。


 何の違和感も感じる事なく、一瞬にして傍までアプローチした。

 いっそこのまま攻撃に移ろうか、そんな判断をした時だった。

 

 「うお?!」


 思わず焦った声が漏れ、それと共に緊急避難に取っておいた空気を一気に吐き出し、その場から脱出した。

 攻撃に移ろうかと思った瞬間、変な感触が全身を駆け抜け、姉がこちらを向いて剣を振りかぶっていたからだ。

 慌てて上空へと逃げ出し、距離を取る。

 そんな俺に姉が言った。


 「よくかわしたな」


 それは素直に褒めている感じだった。


 「どうやって飛んでいるのかは分からないが、かつてであれば先ほどの攻撃を知る手立てはなかっただろう。その為、洞窟におけるスライムは長年に渡り脅威だった」


 シミジミとして言う。


 「しかし今、風魔法で敵の接近を知る事が出来る。その攻撃は最早通じないぞ」


 それは死刑宣告に等しかった。

 やはり姉の冷静な態度は、しっかりとした対策があったからだった。

 魔法という俺の知らない力で。 

 

 風魔法というからには風属性というヤツだろう。

 周囲に風の渦を起こし、その範囲に侵入した敵の存在に気づく系と推測した。

 変な違和感は、彼女の探知範囲内にあった魔力を感知したとか、そんな事ではなかろうか。

 

 どう攻略すべきか頭をフル回転させる。

 まずは限界まで速度を上げて突撃すべきと浮かんだ。

 いくら接近を探知出来ても、こちらが早すぎれば対処出来ないだろうと考えたからだ。

 しかし、無闇に突っ込めば、今度は真っ二つにされかねない。

 刃を潰してあると言われたからとて、あの速度で剣と激突すれば、こちらの身が危ういかもしれないからだ。

 上空で滑空しつつ、どうしようかと悩む俺にマスターの応援が響いた。


 「スーちゃん、がんばれー」


 姉を応援する声も聞こえた気がする。

 しかし、そのマスターの声に俺の策は決まった。

 真っ正面からぶつかっていくと。

 限界を超えた速度で突撃し、こちらに合わせて振られるであろう相手の剣を掻い潜り、その顔に到達してみせると。


 「必ずマスターの使い魔になる!」


 多分俺の事は見えていないし、声も届いていないマスターに約束する。


 「では、いくか」


 覚悟を決め、最大限に息を吸い込み、落下しつつ空気を噴出させて速度を上げた。

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