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使い魔たる資格

 という事で、俺の実力を確かめる事になった。

 闘技場から場所を移し、サキュバス族の屋敷に来ている。

 魔大陸の中心都市である魔都トオキョーは、魔王の統治するカントオに位置し、300年に一度の新魔王選抜会を控え、大陸中の各部族が集まり賑わっていた。

 その地名には聞き覚えがあったが、尋ねても関連性は伺えず、偶然なのだろうと無理やりに自分を納得させた。

 ひょっとして未来の地球かと思ったのだが……


 彼女らだけでなく、全ての部族が普段はそれぞれの統治している地域に住んでいるそうだ。

 この日の為に各地から集まって来たらしい。

 獣人やオーガはトレーニングを兼ねて走って来ているそうだ。

 試練に臨むのは各部族の中からの選りすぐりで、次の魔王に足る者達であるとの事。

 サキュバス族はその時の一番魅力的な者が選ばれる。

 過去にはその力で、見事魔王の座をゲットした部族の英雄もいるらしい。

 本来はマスターの姉が候補者で、その為の修行もしっかりとしていたのだが、マスターが生まれた事によって覆ったそうだ。

 幼過ぎるという危惧を吹き飛ばす程に可愛かったという。

 うっとりとした顔で皆が言っていたので本当なのだろう。

 既にマスターの魅惑チャームに、部族全体が掛かっていたと見る事が出来よう。


 屋敷は随分と立派であった。

 何でもサキュバス族の魅力をフル活用し、費用の工面から建築までを、全て他の部族にやらせて作ったそうだ。

 魅惑の威力、恐るべし。

 

 「ところで、俺が試験に落ちたらどうなるんですか?」


 マスターはお疲れで、お昼寝をしに自室へと戻っている。

 広間にはテーブルの上に陣取る俺と椅子に座る母と姉、メイド姿のサキュバスが数人、傍に控えていた。  

 いっそ試練への参加をキャンセルし、このままマスターのお供としていられたらと思ったのだが。


 「使い魔と契約しているだけでも魔力を消費するわ。魅惑の力は魔力にも影響を受けるから、残念だけど契約を打ち切って帰ってもらうわよ」

 「そ、そんな!」


 あの暗闇に戻されるなんて耐えられない!

 使い魔になって間もないが、今もマスターとの間に強い魂の結びつきをはっきりと感じる。

 こうして離れている今も、温かいモノが体の中に流れ込んで来ている。

 何物にも代えがたい、俺の大事な宝だ。

 ここは何としても認めてもらわねば!


 「まずは頭の良さを判定して頂きたい!」

 「え?」


 機先を制し、試験の内容に口出しをする。

 母親は戸惑った顔をした。

 冷静な判断が出来ないよう、矢継ぎ早にもっともらしい理由を述べ、こちらの思う通り進むように畳みかける。

 

 「魔獣の溢れる世界で生きていくのなら、強さだけではなく考える頭も必要でしょう?」

 「ど、どういう事?」

 「魔獣の知識があれば対処の仕方もわかりますよね? 弱点は何かとか、苦手な物があるのかとか、そんな情報を事前に知っていたら、戦うにせよ逃げるにせよ、役に立つ筈ですよね?」

 「そ、そうね!」


 コクコクと頷いている。


 「また、マスターにはそんな世界で生活していく知識と技術はあるのですか?」

 「え?」


 キョトンとした顔である。


 「まず、料理は出来るのですか? 洗濯は? 寝る場所の確保は? 料理をする際や、体を温める為の火はおこせるのですか?」


 俺の指摘に母と姉はハッと互いを見合う。


 「そ、それは考えてなかったわ!」

 「私はしっかりと生きていく方法を学んできたのに、どうしてマーちゃんには何もやらせなかったのだろう?」

 「そうよね? どうしてかしら?」


 二人して不思議がっている。

 部族の誰も気づかなかったようだ。


 「強い使い魔さえいれば大丈夫と考えていた……」

 「私もそうだわ」

 「他の部族でも生きていく為の最低限のスキルは、試練に備えてしっかりと身につけている筈なのに!」

 「私達はマーちゃんを可愛がっていただけだったわ!」


 思いつきで尋ねたのだが、思った以上にヤバかった。

 エルフの使い魔であるペガサスを思い出し、馬が執事よろしく料理や洗濯をする筈がないと思ったのだ。

 候補者それぞれにサバイバルしていく技術がないと、そんな過酷な環境を生き抜く事は出来ないのではと。

 マスターに、それらが身についているのか不安に思ったのだが、どうやら俺の危惧は的中したらしい。

 子供を可愛がるのは否定しないが、必要な事を身につけさせる為には、時に厳しい態度も求められる。

 この二人のマスターへの溺愛ぶりを見ると、可愛がるだけに終始したのではと予想された。

 それとも、それすらもマスターの魅惑の力なのか? 

  

 「過ぎた事を悔やんでも始まりません! 大事なのはこれからどうするかです!」


 アタフタしている二人を叱咤する。


 「この俺に任せて下さい! 料理も洗濯も出来ますから!」

 「そうなの?!」

 「はい!」


 キャンプの経験があるのでその辺りは問題ない。

 石鹸や包丁、鍋といった道具があるのかは敢えて聞かないが。


 「だから俺ならマスターをお守りする事が出来ます!」


 そう断言した。

 勢いで頷きそうになった母に、姉が待ったを掛ける。


 「そんな事は私でも出来る! 問題なのはお前の強さだ! 弱いお前が行くくらいなら、私がマーちゃんに付いて行く!」

 「そ、そういえばそうね!」


 チッ、誤魔化せなかったか。

 内心で舌打ちした俺に姉が言った。


 「お前の頭が回る事は分かった! 確かに知恵のあるお前がいれば、マーちゃんの助けとなろう! 今度はその腕を確かめさせてもらう!」


 やはりそうなってしまったか。

 マスターの身を一心に案じている二人なので、ちょっとやそっとの事では騙されないようだ。

 場所を中庭に移し、俺の戦闘能力を図る事となった。

 そこまでの移動には姉に手伝ってもらう。

 姉の方も、前世であれば一目で恋に落ちるくらいに魅力的に映ったのだろうが、今は全く嬉しくもない。


 「それでどう戦うつもりなのだ?」


 地面の上でネバネバし、アメーバみたいな俺に向かって姉が言う。

 正直、どうするもこうするもない。

 どうやったらいいのか見当もつかなかったが、闘技場の外で気づいた、手を作り出せる事を思い出して試す。

 やはり手首を作り出せた。


 「ナイフを1本所望したい!」


 これしかないかと願い出る。

 姉の指示にメイドが走り、小さなナイフを持って来てくれた。

 俺の目の前の地面にそっと置く。

 ノロノロとそこまで動き、ナイフを体に取り込んだ。

 体内に異物が入った感覚と、それを思い通りに動かせている感触がある。

 柄を握る動作を意識した。 


 「ほう? スライムがナイフを持てるとはな」

 

 傍目には地面に落ちた半透明のゼリーから、小さなナイフが1本、刃を上にして生えている感じだろう。

 正直、これだけだ。

 手を伸ばして腕にしようとするが、手首以上には伸ばせない。

 伸ばそうとするとグニャリとし、腕が垂れてしまうのだ。

 柔らかいスライムの体なので、ナイフの重さを支えきれないのだろう。

 思いっきり力を込めて体を固くしようとしても、フニャリとしたままである。  


 「それでどうするのだ?」


 剣を抜き、こちらに向けている姉が、人を小馬鹿にしたように言う。

 いや、実際これでは馬鹿にされても仕方ないだろう。

 これ以上は出来る事がないのだ。

 手と同じように足を生やそうとしているのだが、足の形は出来ても体を持ち上げる事が出来ない。

 体重を支える事が出来ないのだ。

 体の下部がモゾモゾと動いている、そんな感覚でしかない。

 これではただ、ナイフが逆に刺さったゼリーに過ぎないだろう。

 やはり駄目かと、次の策を練っていた俺に姉が語る。


 「正直お前と話していると、とてもスライムとは思えん。頭の良い魔法使いと話しているようだ」


 それは馬鹿にしている風には見えなかった。

 

 「我らサキュバスは生まれつき警戒心が薄く、騙される事が多い。だから、お前がマーちゃんの使い魔というのは、実は安心出来るのだ。このまま使い魔でいてもらっても構わないと思うくらいだ」


 嘘を言っているようには見えない。


 「しかし、今回の場合は事情が違う!」


 強く断言し、真剣な表情で俺を見つめた。


 「事はマーちゃんの安全に関わる! お前の強さが足りなければ、迷う事なく契約を解除する!」


 そう言って一歩を踏み出し、その剣を横に払う。

 俺の構えたナイフはあっさりと弾き飛ばされた。

 そして剣の切っ先を、俺の体に突き刺さるくらいの位置で制止させ、言う。


 「やはり話にならん! 諦めろ!」


 マスターを見る時の目とは違い、何の躊躇もなく潰される、そんな冷酷さを感じさせた。

 言い訳を許されない、そんな予感が走る。

 しかし、俺にとっては当然のように予期していた事態だ。

 こうなる以外にあり得ないと思っていた。

 だから自信満々に言える。


 「話にならないのはアナタの方ですよ」

 「何ィ?!」


 手も足も出なかった俺にそんな事を言われ、姉の顔に怒りが走った。

 勢いで若干剣が刺さっている。

 器用にその分だけ体をよけ、刺殺されるのを回避した。

 カッカとしている姉に尋ねる。


 「マスターの願いは何ですか?」

 「次の魔王になる事だ!」


 即答である。

 質問を重ねた。 


 「試練が生きて帰って来る事なのは置いておき、問題はその次ですよ」

 「本選がどうした!」


 試練から無事に帰って来れた者が、使い魔も使役して直接に対決するのが本選である。


 「その前に、先ほどの太刀筋は本気ですか?」

 「スライムに本気を出す訳がなかろう!」


 俺のナイフを弾いた一撃の事だ。

 スライムごときに本気など出さんというヤツだろうが、それが既に終わっているのだ。


 「アナタの剣は俺でも目で追えた。本気を出していないとはいえ、その程度の剣速でフェンリルに勝てるつもりなのですか? 余裕綽々で目にも止まらぬ速さくらいは出せないと、あのオーガになんて勝てる筈がないでしょ?」

 「うっ!」


 俺の指摘に姉はのけぞった。

 図星も図星、大正解だったからだ。

 申し訳ないが事実を述べさせてもらう。 


 「俺がマスターの使い魔から降り、アナタが代わりに付いて行った所で、試練は良くても結局無駄なのですよ」

 「そ、それは……」


 俺に突き付けられていた剣が力なく下がった。  

 傷つけるつもりはないが、本当の事は告げねばなるまい。

 闘技場にいたオーガやフェンリルから感じたプレッシャーが、この姉からは全く感じないのだ。

 試練から無事に戻って来るだけならばそれも良かろう。

 しかし、マスターの願いが魔王になるのであるなら、それでは足りない。 


 「しかし、それはお前でも同じではないか! 現に、この私に手も足も出なかったのだぞ!」  


 姉が反論する。


 「それに、お前ではマーちゃんを守れるかどうかさえも怪しい!」


 流石にそこには指摘が入るか。

 俺はビシッと宣言した。

 

 「二日だけ時間を下さい。それでアナタを超えてみせましょう!」

 「二日で私を超えるだと?!」


 ムッとした表情を浮かべる。

 構わず追加した。


 「二日であっさりとアナタを超え、10年でオーガもフェンリルも超えてみせましょう!」

 「何だと?!」


 姉は絶句した。

 ハッタリでも大風呂敷でもない、これは俺の決意である。

 マスターを魔王にする為には、乗り越えなければならない事だからだ。


 「お前、本気か?」


 姉の顔は信じられないモノを見る時のソレだった。

 あのオーガと間近に並び、尚もそんな事を言う者など見た事がなかったと、後になって聞いた。

 当然俺の答えは決まっている。 


 「本気ですよ」


 その答えに圧倒されたのか、俺の求めた通りになった。

 マスターが目覚めるのを待ち、修行に出掛ける事を告げる。 


 「マーちゃん、俺、ちょっと出かけてくるから待っててね」

 「スーちゃん?」 


 マスターから一時でも離れるのは心苦しいが、今は一刻の猶予もない。

 早速中庭にあった物置へと、マスター付のメイドに運んでもらう。

 ここで昼夜を問わずに修行に励むのだ。 

 暗黒空間にいた時とは違い、ここではスライムの体でも腹が減る。

 定期的に食事と水をもらえるように交渉し、姉を攻略する為の策と必殺技を磨く。


 「必ず勝つ!」


 俺はそう固く誓った。

 同じ頃、マスターはマスターで、急遽サバイバルする為の最低限の事を学習していた。

地名は物語的に意味はありません。

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