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我、闘技場に顕現す

 マスターの両腕に抱かれ、俺は光と色、音に溢れた世界へと戻る事が出来た。

 長いこと闇に慣れていたからか、まばゆい光に包まれ、初めは何も見る事が出来なかった。

 周りからは、調子の悪くなった機械が発するような耳障りな音が聞こえ、空気をビリビリと震わせる振動が伝わってくる。

 その音が、俺達を取り囲むようにして集まった、おびただしい観衆の発する歓声だと気づいたのは暫くしてだった。

 

 「これで全員戻ったな」


 周りの音をたちまちにしてかき消すような、思わず背中(あるのかどうかも分からないが)がゾクリとなる声が響く。

 その声に、先ほどまでは弛緩していたマスターの体が、一瞬にして緊張するのが伝わってきた。

 俺を掴んでいた細い腕にギュッと力が入り、声のした方に注意を向けている気配がする。

 ようやく目の慣れてきた俺は、何者なのだと視線を向けた。


 「ふむ、なかなかどうして面白い使い魔達を選んできたモノだ」

 

 それは巨大な玉座に腰かけ、悠然とこちらを見下ろす存在だった。

 フードを深くかぶっているのでその顔は知れない。

 男なのか女なのか、声からは判断出来なかった。

 しかし、ただそこにいるだけで圧倒される、そんな重苦しい空気を纏っている。

 軽々しく声を掛けただけで、何の躊躇いもなく一瞬で殺されてしまうだろうという予感があった。

 俺なんかでは黙って仰ぎ見る事しか許されない、そういうプレッシャーをヒシヒシと感じた。


 「マーちゃん、あれは誰なんだい?」


 薄々その正体には気づいていたが、はっきりとさせる為にもマスターに尋ねる。


 「まおうさまだよ」

 「やっぱか……」


 思った通りであった。

 となると、魔王の後ろに見える城は魔王城というヤツだろう。

 ドイツにあるような白く巨大な城が、これでもかとその存在感をアピールしている。

 そしてここは魔物達が集まって戦い、住民が観戦する闘技場というモノではなかろうか?

 ローマのコロッセオに似た作りで、俺達が立っているのが戦いの舞台なのだろう。

 魔王のいる位置は闘技場よりも数段高く、特等席という訳だ。

 

 その周りには、空いた席が見えない程に観客が埋め尽くしている。

 マスターに似た容姿の女性や、耳の長い、いわゆるエルフがおり、頭から角の生えた、昔話にある鬼としか呼べない者、獣人というか獣にしか見えない生き物、逞しいひげの生えたいわゆるドワーフといった、ファンタジーではお馴染みの存在が、それぞれの種族で固まって座っているのが見えた。

 闘技場に立つ面々を見れば、それぞれの種族を代表する戦士である事が知れる。

 それぞれの特徴を備えた面々が、凛々しいマスターの横に並んでいるからだ。

 観客席が種族毎に固まっているのは、それぞれの戦士を応援する為だと想像出来る。


 見た目の可愛さではマスターが圧倒、天と地ほどに大差を付けているが、ここにいる者達にそれが求められていない事は、各々の鍛え上げられた肉体を見れば容易に知れる。

 正直、これは駄目だなと思った。

 それぞれが連れている、俺と同じ立場の筈のモンスターを見てもそれは分かる。 


 「部族の者達に、契約した使い魔をしっかりと見せてやれ」

 

 俺の思考は魔王に中断された。

 そう言われた途端、マスターを含めた面々が一斉に振り返る。

 それぞれの応援席に体を向けた。

 観客らは闘技場の俺達を交互に見比べ、口々に感想を述べあっている。

 

 「見ろよ、サキュバスはスライムだぜ!」

 「うわ、本当だ!」

 「だせぇヤツ!」

 「むしろお似合いだろ?」

 「ちげぇねぇ!」


 真っ先に聞こえてきたのは、俺を見て嘲笑あざわらう者達の声であった。

 芸術的に美しいマスターの耳がピクンと反応する。

 恐らく家族や仲間達に向けているであろう、神に祝福されたとしか思えない、そのにこやかな表情はそのままに、体が強張っているのを感じた。

 まさか俺に聞こえないと思っているのだろうか?

 俺は兎も角、マスターを侮辱した罪は万死に値する。

 顔はしっかりと覚えたので、その罪を後で大いに悔いるがよかろう。

 

 「これでサキュバスの可能性はゼロだな」

 「使い魔がスライムじゃあなぁ」


 大穴が来るからギャンブルは面白いのに、実につまらない奴らもいたものだ。

 

 「やっぱ最有力はオーガか?」

 「使い魔は弱っちいが、あいつらにとっちゃ関係ねぇだろうし」

 「だな。どうせ自分で戦う筈だ」


 それは俺も思った。

 闘技場に立つ俺達の中で最も強そうだと感じたのが、真っ直ぐな二本の角を持った鬼、オーガだった。

 筋肉隆々とした偉丈夫で、腕だけでマスターの体を超えている。

 その立ち姿はどっしりとしており、千年を越えた樹齢の大木を思わせる。

 どんな風雨にも耐えてきた、ビクともしないイメージが浮かんだ。 

 とんでもない難敵に思えた。

 そんなオーガの首には、まるでアクセサリーのように一匹の蛇が巻き付いている。

 その姿に似つかわしくないが、もしかしてあれが使い魔なのだろうか?


 「オーガの使い魔は水蛇みずへび?!」

 「あれって確か治癒魔法を使えたよな?」

 「オーガにそれはヤバいだろ!」


 厄介な使い魔の組み合わせなようだ。


 「エルフはペガサスか。空から矢を放たれるのはきついな」

 「魔法で強化エンチャントされた弓矢は鎧蜥蜴よろいとかげさえ貫くそうだぜ」


 天下に並びうる者なしなくらいに可愛いいマスターとは違い、美形と呼べる顔立ちの女がエルフだ。

 風に揺れる長く美しい金髪から、トレードマークの長い耳が見えている。

 淡色の服を纏い、豊かな胸のふくらみがあった。

 以前なら物凄く興奮したであろう立派な代物だったが、今は全く心が静かである。

 冷静に対象を観察しているだけだ。

 

 俺を抱えているマスターをそっと見上げる。

 視線を遮る事なく、その可憐な顔を見る事が出来た。

 ツルペタな幼児体系だが、そこがまた素晴らしい。

 そんな相手の腕の中にいると思うと、どうにかなってしまいそうな程の幸せを感じた。

 俺ってこんなにロリコンだったかと自問するが、観客席に見える他の幼女には関心が向かないので、やはりマスター一筋のようだ。

   

 それはそれとして、エルフの横に胴体から羽の生えた白い馬が一頭、ピタリと寄り添っている。

 天を駆ける馬に乗り、頭上から矢を雨あられと降らす訳だ。

 空を飛べる手段がない限り、不利な事この上もない。 


 「ゴーレムを召喚したのか。我が息子ながらやりおるのぅ」

 「叡智の徒である我らにはぴったりですね」 


 オーガを超える巨体の持ち主は、使い魔の一つであるゴーレムであった。

 主人の出した命令を忠実に守るという土人形だ。

 そのゴーレムを従えているのは、頭だけがやたらとでかい子供で、黒いマントに杖をついている。

 魔法使いという単語が浮かんだ。


 「姫様が召喚したのって、まさかフェンリル?」

 「多分……」

 「俺達の始祖じゃん!」


 大きな猫や犬達が興奮気味に話している。

 行儀よく座席に腰かけ、ポップコーンらしき袋に手を突っ込み、器用にポイポイと口へと運んでいる。

 獣人というヤツなのだろう。

 闘技場の獣人は二足歩行の猫で、姫と言うからには女らしい。

 美しい毛並みを持った黒猫で、子供の頃に飼っていたクロを思い出した。 

 

 その黒猫の横には白い毛並みの狼がいる。

 口から覗く牙は長く鋭く、どんな硬い皮膚され容易く噛み千切りそうであった。

 こいつが使い魔の中では一番強そうだと思う。

 注意するに越した事はないだろう。


 「ゴブリンは伝統通りに仲間2人で代用ですか」

 「使い魔の強さは運もありますからね。初めから能力の分かっている者を選ぶのも戦略ですわ」


 ゴブリンと言えば醜悪な顔と相場は決まっているが、この世界の彼らは、まるっきり人間と同じに見えた。

 他の者が使い魔を従えているのに対し、一人でポツネンと立っている。

 しかしその顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 オーガやフェンリルを見ても動じない所を見ると、余程の自信があるのだろう。

 並みの者ではない事は感じるが、オーガ程とは思えない。

 仲間が強いのか、連携が巧みなのか、そのどちらもか。


 「がっはっは! ガルフのヤツはサラマンダーか!」

 「ドワーフにサラマンダーとは傑作じゃ!」

 「炉を作らんでも金槌かなづちを振るえるとは便利じゃぞ!」

 「携帯型の炉という訳じゃな!」


 一際大きな声で騒がしいのが、チビで髭面のドワーフ達である。

 その体躯は小さいのに胸板も腹周りもとてつもなく厚く、その体は岩の塊を思わせた。

 陽気な性格らしく、観客席で盛大な酒盛りを開いている。

 何やら関係のない事で盛り上がっているようだ。


 「では、試練の儀式は三日後とする。それまでに各自準備を整えよ!」


 魔王がおごそかに述べ、この場は解散となった。

 まさかそんなに早くから戦いが始まるとは思ってもいない。

 俺がこんな奴らと戦えるのだろうか?

 それとも、マスターはサキュバスの代表という事で、こう見えて奴らに引けを取らないくらいに強いのだろうか?


 そのどちらも、俺の勘違いだとすぐに分かった。

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