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生きているのか死んでいるのか、それが問題だ

 更に無限に思える時間が過ぎ、俺は試行錯誤をし始めた。

 やる事がないから時間潰しだ。


 (目は、またたきをしてないが、あるみたいだ)


 暗闇で何も見えないが、ある事だけは感じる。

 まぶたを動かせないのでおかしいのだが。


 (鼻は、ないな……)


 存在を全く感じない。


 (口はあるし動かせるが、呼吸はしていないし声も出せないみたいだな)


 パクパクと口を動かせるが、空気の出入りはない。


 (あ、でも、空気は吸える)


 口があるのは食物を摂取する為だろう。

 既に恐ろしい程の時間が経ったが、空腹は感じないし喉の渇きもないのがおかしいが。


 (体が膨れるのを感じる……)


 試しに口から空気を吸ってみた所、体が中から膨れた。

 

 (吸った空気を吐き出し、それを繰り返せる)


 まるで呼吸をしているようには見えるだろう。

 息をしなくても問題ないので無意味だが。

 呼吸もどきの練習だけで結構な時間が過ぎた。 


 (吐き出す時に口を動かすと音が出せる。つまり口笛だな)


 吐き出す時にヒューヒューとした音が出た。

 音が聞こえるからには耳があるのだろうが、本当にあるのかは分からない。


 (口笛だから、吐き出す空気の量と口の形で音階を付ける事が出来る)

 

 口をすぼめたり広げたり、吐く量を多くしたり遅くしたりすれば音の高さを変える事が出来た。

 体感的には数か月くらい経っただろうか。

 交響曲第9番、運命くらいはオーケストラで演奏出来るまでになっていた。

 どういう原理か理解出来ないが、口をいくつかに分け、それぞれで別の音を吹く事が出来たからだ。


 (例えるなら唇の真ん中だけを閉じ、両端を広げて口笛を吹くような感じか)


 左右で違う音階を奏でる事が出来れば、重奏が可能になる。

 とは言え口笛で出来る事がなくなったので、次に挑戦したい所だ。

 

 (となれば発声だろうが、声を出すにはどうすればいいんだ?)


 口笛の原理は理解出来るが、声に関しては良く分からない。


 (声帯を震わせる事によって基本の音を出し、口や舌でそれぞれの声にする、だったか)


 それは何となく分かるが、それを再現出来るのだろうか?

 生きているのか死んでいるのか分からない、まぶたも鼻もないこの体で。

 まずはやってみよう。


 「ピュー」

 

 違う、これでは口笛だ!

 もっと低音でないと声の感じにはならない。


 「ピュ、ヒュ、ビュ、ゔゔゔ」


 という感じで特訓が進んだ。




 「あ、あ、あー」


 だいぶ声になってきた。

 練習は続く。


 「あ、い、う、え、お、か、き、く、け、こ」


 はっきりと発音出来るようになった。

 となれば連続音へと続く。 




 「どうにか声を出す事が出来るようになったぞ」


 声は口笛どころの騒ぎではなく、多分数年単位の時間がかかっているだろう。

 それまでの間も何も起きなかった。


 「何だ?」


 ふと、暗闇の中に一条の光が差し込んだ気がした。

 その意味を考えるまでもなく、ここから解放してくれる唯一の救いだと、本能が感じていた。


 「あそこに行かないと!」


 光はここではないどこか遠くだと感じる。

 身動きの取れない体で、俺はそれを強く求めた。

 強く強く求めた。 


 「あったけぇ……」


 どうやってそこに辿り着いたのか判然としないが、気づいた時には光の近くにあった。

 雲の隙間を縫って地上に降り注ぐ、太陽の光にも見える。

 その光はこの上もなく温かく、照らされているだけでウットリとなるくらいだ。

 まるで凍てつく真冬の屋外での作業を終え、温められた部屋の中でストーブに当たっているようである。

 感覚を失っていた手足に生気が戻る、そんな気がした。

 それと共に、最早俺の一部とさえ思えていた鈍痛が、随分と和らいでいるのを感じた。


 「何だ?」


 そんな時だ、光の周りに群がるモノの気配を感じたのは。   


 「化け物?!」


 光に照らされ、異形の存在が並んでいるのが見えた。

 羽根の生えた馬、巨大な犬、それを凌駕する大きさのロボットらしき物体が立っている。

 そうかと思えば頭が三つある蛇や、ライオンの頭にヤギの胴体、蛇のしっぽをした動物の姿も見える。

 神話や漫画の世界の住人達が一堂に会しているようだった。

 どれも俺と同じで、光を求めて集まっているのだと感じた。


 「光が消えていく?!」

 

 太かった光の束が段々と細くなっている事に気づいた。

 それと共に異形の者達の数が減っている事にも。

 光の筋が一つ消えるに従い、それを囲っている化け物が一つ消える、そんな関係性がありそうだった。

 

 「もしかして選ばれているのか?」


 何故かそんな風に思った。

 光に選ばれた戦士、そんな考えが脳裏をよぎる。 

 どうすれば良いのかと戸惑っているうち、ますます光は細くなっていく。

 それと共に温かさが弱くなっていき、痛みと寒気が蘇ってきていた。


 「お、俺を選んでくれ!」


 俺は知らずに叫んでいた。

 光は一筋だけになっている。

 このままでは再びあの暗闇の中に戻されると恐怖した。

 何が何でも選ばれなければならない、そう思った。


 俺の必死な願いが伝わったのか、意外な反応が返ってきた。


 『だあれ?』


 幼げな声が問い返してきたのだ。

 怯えている子供のように感じた。


 「俺だよ!」


 その呼びかけに対し、光が注目してくれた気がした。

 

 「俺ならきっと役に立てる! 俺を選んでくれ!」


 相手が子供であろうが関係はない。

 選ばれる為にアピールした。 


 『おはなしできるの?』


 ビックリしているような、嬉しそうな、そんな好感触の気配があった。

 これはチャンスであろう。

 

 「他のヤツは話せなかったのかい?」

 『しらない……。こわくて……』


 集まっていた化け物達は体が大きかった。

 声の主が小さな子供なら、怖くて話かけられなかったとしても無理はなかろう。

 そしてこれは更に好都合である。  


 「俺なら怖くないだろう?」

 『うん。こわくないよ』


 年頃の女にもてた事はないが、子供には割と人気だったのだ。


 「怖くない俺を選べば間違いないぜ!」


 しかし、その答えはトーンが違った。


 『おかあさまが、つよそうなのをつれてこないと、ダメだって……』


 途方に暮れた、悲しそうな声である。

 やはり、戦士を選んでいるという予感は正しかったようだ。

 今も残っている影達を見回す。

 どれも俺より桁外れに大きく、強そうに見えた。

 しかし俺のように話しかけない所を見ると、人語を解さない魔獣というヤツかもしれない。

 漫画でよくある、人語を解すのは年経た魔獣でというヤツだ。

 

 「知ってるかい? 言葉が話せるのは強いからなんだぜ?」

 『ほんとう?』

 「ほんとうさ。君のお母さんだって強いだろう?』

 『うん!』


 幼い子供に嘘を言うのは心が痛んだが、今は手段を選んではいられない。

 それに、化け物なんぞは知恵の力でやっつけるのがギリシャ神話からのテンプレだろう。


 「俺なら君の力になれる! だから俺を選んでくれ!」

 『じゃあ、そうする』


 腕の感覚はないが思わずガッツポーズをする。

 すると光が強くなった気がし、そっと頭を撫でられた気がした。

 途端、触れた先から優しさが流れ込んでくるようで、俺の中を温かさが満たしていく。

 これまで感じた事がないような圧倒的な多幸感に包まれ、孤独感は綺麗さっぱり消え失せていた。


 瞬時にマスターとの言葉が脳裏に浮かぶ。

 この存在が俺の主人だと、心が理解していた。

 それと共に、親愛なるマスターの姿がはっきりと見える。

 やや赤味がかった長く美しい金髪に、まるでドールを思わせる、この世の生き物とは思えない程に可愛い顔をした幼女であった。

 思わずロリとの単語が浮かぶ。

 ロリっ子と呼ばずにはいられない存在であった。


 しかし、何故か頭には二本の角と、黒い尻尾がお尻付近から伸びている。 

 悪魔とかによくある羊みたいな角と、先がハートマークの例のアレだ。

 そして悪魔と言えば背中の羽だろうが、生えてはいない。

 角から尻尾に至るまで、マスターの姿の全てが神々しく、ひれ伏したい程の崇敬の念に支配された。 


 「マス」


 恍惚として呟きかけた俺の言葉を遮り、マスターが言う。


 『おなまえ、どうしよう……』

 「お、俺の名前は菅原すがわらです!」


 それも聞いてはいなかった。


 『スライムだから、すーちゃん、だね!』

 「え?」


 聞き間違いかと思った。


 「スライムってどういう事です?」

 『え? スライムは、スライムでしょ?』


 呆然とした俺をマスターであるロリが抱き上げる。

 70キロ近い筈の俺が、ロリっ子に持ちあげられる日が来ようとは夢にも思わなかった。 


 (もしかしてマスターって巨人なのか?)


 そんな疑問がふとよぎる。

 ちょっと考えたくない状況かもしれない。


 (巨人のロリっ子とはこれいかに?)


 幼いのだからロリはロリだろうが、俺より大きい存在をロリっ子と呼ぶのは躊躇ためらわれる。

 その答えが出る前に答えが分かった。


 (俺って軟体じゃねぇか!)

 

 マスターがその細い腕|(っぽく見える)で俺を抱えているのだが、俺の形が定まっていないのだ。

 自分で自分の状態を観察しているのも不思議な感じだが、まるでビニール袋に入れた水のように、マスターが腕を動かす度に形を変えている。

 こんな生き物は、俺の知っている中で一番正確に表現するなら、軟体生物のアメーバだ。

 

 「ま、マスター!」


 俺は堪らずに叫んだ。

 なんでアメーバになっているんだと理解が追い付かない。

 マスターは気づいたようで、俺に優しく話しかけてくれた。


 『マスターってだあれ? マーちゃんだよ?』

 「え?」

 『だから、マーちゃん』

 「マーちゃん?」

 『そうだよ、スーちゃん』


 マスターの名前はマーちゃんらしい。

 敬愛なるマスターをちゃん付けするのは心苦しいが、他ならぬマスターの言いつけなので従うより他はない。

 それはそれとして、マスターの名前を呼んだだけで至福の境地に達していた。

 俺がアメーバである事などどうでもよく思える。

  

 『じゃあ、かえるね』


 文字通りに形をなくしてとろけていた俺にそう言い、マスターは何やら唱えた。 

 そして俺は光の世界に戻る事が出来た。

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