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ウキウキお風呂

 「かゆいぃ」


 食後のひと時、コップに入れた水を飲みながらマスターが頭をボリボリと掻いた。

 さすがに数日も寝ていたので、頭にフケが溜まったのだろう。


 「お風呂なら入れるよ?」

 「ほんとう?」


 マスターがその顔を輝かせて言った。

 サキュバスの屋敷では毎晩お風呂に入っていたようだ。

 魔法でお湯を沸かせるので、誰もが気軽に入る事が出来るらしい。

 それだけ頻繁にお風呂を使っていると、入れない生活は堪え難く感じるだろう。

 俺はお風呂の準備をした。

 実は用意は万端なのだ。

 

 予めたき火で熱していた岩を太い枝で転がし、こうなる事を見越して窪みに溜めておいた海水の中に落とす。 

 ジュっという音を出し、岩の周りから小さな気泡が生じた。

 灰やゴミが水面に浮いてきたので、使い魔の務めとして綺麗に吸い取る。

 これでお風呂の完成である。

 熱した岩は2個残っており、マスターに湯加減を調整してもらう為にとってある。

 寒い熱いは何となく分かるのだが、適温というのが良く分からないのだ。


 「お風呂の準備が出来たよ」

 「わーい!」


 早速マスターが衣服をその場で脱ぎ出し、一糸まとわぬ姿となった。

 心臓がある訳ではないのでドキドキする事もなく、ただひたすらその幼児体形に見惚れる。

 天の作りし至高の芸術品に思えた。

 プライバシーと個人の尊厳に関わりかねない問題である為、その形状について詳しく述べる事はしないが、その全てが美しく、かつ愛おしく思えた。

 何としても守らねばと強く思った。


 「スーちゃんも一緒だよ!」

 「え?」


 戸惑う俺を問答無用でその小さな胸に抱きしめ、テトテトと歩き、岩の窪みを利用して作ったお風呂の前に立つ。

 まさか飛び込むつもりじゃないのかとの心配が的中した。

 せーのと言い出し、勢いをつけだしたので慌てて叫ぶ。


 「待った! まだ熱いかどうかわかってないから!」

 「えぇぇぇ」


 すんでの所で危険を回避出来た。

 多分、屋敷では飛び込んでいたのだろう。

 その光景が容易に目に浮かぶ。

 メイドさんが湯加減を毎回整えていた筈で、お風呂とはそういうモノだと誤解してしまっているのかもしれない。


 「入る前に、熱いかぬるいか確かめてね」

 「はーい」


 素直で良かった。

 マスターは飛び込むのを止め、足先をチョコンと水溜まりに付ける。


 「ちょーどいいよ?」


 伺うように俺を見た。

 それでは不十分である。


 「お風呂は上と下で熱さが違うから、きちんと混ぜないと分からないよ」

 「ふーん」


 論より証拠、やってみれば分かるだろう。


 「じゃあ、足だけ入ってもらえるかい?」

 「わかった」


 これまた素直に言う事を聞いてくれる。


 「お湯の熱さは丁度いいかい?」

 「うん!」


 即答してくれた。


 「そのまま待っててね」


 俺は手を伸ばし、水の中へと突っ込んだ。

 上と下が良く混ざるよう、丹念にかき混ぜる。

 するとマスターが怪訝そうな顔をする。


 「つめたーい!」

 「ね?」 


 丁度良いと思って入ったら底は水だったというのが、キャンプではお馴染みのドラム缶風呂アルアルだろう。

 冷たいくらいならいいが、逆のパターンだと無闇に飛び込むのは危険だ。


 「逆に熱すぎたら火傷しちゃうから、入る前には良く調べてね」

 「うん!」


 サバイバルでは自己防衛こそが重要である。

 俺が常に横にいて、片時もマスターから目を離さない事が出来ればいいが、そういう余裕がなくなる可能性もある。

 いや、確実にそうなると思っておいた方がいい。

 そうなった時の為にも、日頃から自分で考える癖をつけておいて欲しいと思う。


 「温い場合は石を追加だよ」

 「はーい」


 脇に置いてあった石を水に落とした。


 「特にこの石は物凄く熱くなってるから、手でも足でも絶対に触らない事!」

 「はーい」


 安全の為に水場は広い。

 石は端っこに落とし、足が当たらないように気を付けている。

 

 「お湯はどんな感じかな?」

 「まだかなぁ」


 という事で3個全て落とした。


 「ちょーどいいよ!」


 どうにか間に合ったようだ。

 

 「じゃあ、入ろうか」

 「やったぁ!」


 言うなりマスターはバシャンと浸かった。

 当然、胸の中の俺も湯の中だ。

 漠然とした温かさは感じられるが、先ほどかき混ぜた時との違いが良く分からなかったりする。

 これでは湯加減を図る役は出来そうにない。


 寝込み、汗もかいていたのであろう。

 数日ぶり(本人にその自覚はないだろうが)のお風呂にマスターは上機嫌である。

 そんなマスターに俺も嬉しくなった。

 

 しかし、天然の岩で出来た湯舟である。

 あちこちに体をぶつければ怪我をしかねない。

 尖った箇所を削って平らにせねばならないだろう。

 深さと広さは十分なので、後は快適性を追求したい所だ。

 硬そうな岩をぶつければ多分加工出来ると思う。

 いわゆる打製石器を作る気分だな。


 「ごくらくごくらく」

 「マーちゃん?」


 幼いマスターからおっさんのようなセリフが飛び出し、俺はギョッとした。 

 職場で温泉旅行に行った際、おっさん連中がよく口にしていたのだ。


 「お風呂に入っている時、よくおかあさまが言ってた」

 「だ、だよねぇ」


 その答えに安心する。


 「どういう意味なの?」

 「いい気持ちだなぁって事かな」

 「じゃあ、ごくらくだね!」

 「そうだね」


 確かにマスターと入るお風呂は極楽に思えた。

 そんな感慨に浸っていた俺にマスターが懇願する。 


 「あたま、あらってぇ」

 「よしきた!」


 回収した荷物に固形の石鹸がある。

 表面がいくらか溶けていたが、性能は変わらない。

 それを使い、湯舟の中でマスターの頭を洗ってあげた。

 まるで透明なヘルメットのようにマスターの頭に張り付き、石鹸を泡立てて優しく髪を洗い、頭皮のマッサージをした。

 それが終わると体全体も洗っていく。

 俺の体の表面にいくつもの指を生やし、その一つ一つが垢などをかき取っていく、そんな感じだ。

 頭から首に降り、肩から指の先までいったら戻り、今度は逆の腕に移る。

 両腕が終われば胸から背中、お腹を洗っていった。

 マスターはくすぐったいのか、体をくねらせてキャハハと笑う。

 これはあくまで使い魔たる者の責務の一環であり、エロい思いなどは一切ない。

 断じてない。

 あくまで仕事として不純な思いを抱く事なく、淡々とこなしていった。


 「ふぅ」


 マスターの全身を丁寧に洗い終え、俺は満足して一息ついた。

 この上ない名誉な役目を完璧にやり切った、そんな感覚である。

 職人が己の仕事に誇りを持つ、それに似ていようか。 

 

 「お風呂、たのしいね!」

 「だね!」


 職人仕事の結晶は輝いて見えた。

 髪には艶があり、その肌はきめ細やかである。

 石鹸はアルカリ性で、それで洗っただけでは髪のキューティクルが開き、ごわつきやパサつきの原因になる。

 試しに固形石鹸で髪を洗ってみれば分かるが、キシキシとして大変な事になるだろう。

 それを元に戻すのがリンスの役割だが、リンスはアルカリの中和剤的な作用を持っているのだ。

 荷物にそのリンスがあったのだが、容器の関係で海に溶けて流れてしまっていた。

 しかし、俺の体表からはそれに相当する成分が分泌されているらしい。

 洗ってみて初めて分かった事だが、パサつく事なく指通りも滑らかだった。

 しかしこれで終わりではない。


 「最後に鍋の水で洗い流してね」

 「はーい」


 このお風呂の水は海水なので塩分が溶け込んでいる。

 一応マスターに確認してもらったが、やはり塩辛いそうだ。

 そのお風呂から上がった後、そのままにすると塩分が体表に残り、敏感な人は皮膚トラブルを招く原因になってしまうので注意が必要だ。

 海で泳いだ後には真水で洗った方が、後あとに問題を残さずに済むだろう。


 「持って来るから、ちょっと待ってて」

 「うん!」


 本体の方に意識を移し、タオルと鍋と洗濯物を運ぶ。

 ついでにマスターが着ていた衣服の洗濯も、お風呂の中で済ませてしまおうと思ったのだ。

 最後のすすぎだけ真水でやれば問題はないだろう。

 因みに、意識はある程度の距離が離れていても移す事が可能である。

 

 「持って来たよ」

 「セーちゃんはお風呂に入らないの?」


 荷物を運んできた俺|(本体)を見て、マスターが尋ねた。

 その優しさに感動し、泣けた。

 まあ、涙は出ないが。


 「先に洗濯をして、後から入るよ」

 「わかったぁ」


 と言ってマスターはお風呂から上がり、タオルに身を包んだ。

 その胸には分身の意識の入った俺がいる。

 洗濯をしたいのだが、もしもマスターが分身の方に話しかけたら答えられない。

 分身に洗濯を任せても上手には出来ないだろう。

 困った。

 もう1個、別の人格を持ったヤツが欲しいと思った。

 少なくとも、洗濯といった作業を実行出来る程度の知能を持った、別の個体が。 

 

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