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分裂の術

 「俺ってアメーバみたいなモノだろ!」


 単純な事に気づいた。


 「単細胞生物は分裂して増殖する!」


 分身の術そのままなのだ。

 だから今、俺が分裂すれば解決する筈。


 「イメージせよ! 細胞分裂だ!」


 自分がそっくりそのまま、二つに分かれていく様子を頭に思い描く。

 ドクンと俺の核が震えた気がした。

 

 「お? お? お?」


 これまで感じた事のない奇妙な感覚を覚えた。

 視点が定まらなくなり、物が二重に見えていく。

 やがてその乖離は大きくなっていき、自分から自分が分離する、そんな実感があった。

 気づいた時には俺の分身が生まれており、マスターを抱えたままの俺の横で、何やらモゾモゾと懸命に動いている。

 どっと疲労感が押し寄せた。

 これまでそんな事は一切なかったのに、これが分裂なのだなと思った。 


 分身は多分、前の俺と同じくらいの大きさだと思う。

 マスターと比較してそう感じた。

 今の俺は海水を吸って大きくなっただけであり、元々はあのサイズだという事だろう。

 蒸発するなりして体内の水分を失えば、元に戻るという事かもしれない。


 「俺、マスターの水と荷物を取ってきてくれ!」


 俺が俺に頼んだ。

 ややこしいが仕方ない。

 しかし俺の分身は俺の言う事が分からないのか、相変わらずモゾモゾしているだけである。

 心なしかマスターに近づこうとしている風に見えた。

 俺がいるから阻まれ、叶わないのだ。


 「どうした俺? もしかして耳がないのか?」

 

 俺にも見た目で分かる耳はない。

 目があるので同じ筈なのだが、もしかして知能がないのだろうか?

 考える事が出来るのは俺だけ?

 

 「だったら意味がねぇだろ!」


 俺は一気に脱力した。

 指示も出来ないのなら分裂は無意味だ。

 何か手はないのかと考える。 


 「もしかしてスライム語があるとか?」


 スライム同士だと意思の疎通方法が違うのかもしれない。

 考えてみれば俺が話せるのは元からではなく、訓練で習得したモノだ。

 耳が付いているからには聴覚があるのだろうが、スライム独特の何かがあるのかもしれない。

 俺は俺の分身に意識を集中させ、様々な意思疎通方法を試みた。

 

 「駄目だ……」


 全く駄目であった。

 他に考え付かずに俺の分身を見つめる。

 相変わらずモゾモゾと動いている。

 ふと思ってマスターの手だけを外に露出させてみた。

 包んだ毛布の中から腕だけを出す感じだ。

 するとそれに気づいたのか、途端に活発になってマスターの腕に近寄って来る。

 嬉々とした感じで動いている。

 そしてマスターの腕に絡みつき、嬉しそうに体をスリスリさせた。

 まるで飼い主に甘えるワンコのようだ。

 やはり俺の分身であるらしい。

 

 「分身よ、俺は嬉しいよ」


 同じ主を戴く者として親近感が湧いた。

 まあ、俺同士なのだが。

 と、不意に視線がおかしくなった。

 分身を見つめていた筈なのに、今はマスターの腕が見えている。


 「あれ?」


 と思って周りを見渡すと、マスターをその体の中に抱えた俺が見えた。


 「オリジナルの方?」


 今のこの意識は分身の方らしい。


 「つまりどういう事だってばよ?」


 訳が分からず俺は呟いた。


 「俺のオリジナル、意識があるのか?」

 

 分身の俺はオリジナルに尋ねた。

 言葉は普通に喋る事が出来る。

 しかしオリジナルから返事が返って来る事はなかった。

 けれども俺がやっていた、電気毛布の代わりは変わらず続けているようだ。


 「直前にやっていた事を続ける、とか?」


 だとしたらある程度は大丈夫か?

 もしもマスターが意識を取り戻したら大変だが……

 というか、どうやって元に戻るんだ?

 今度はオリジナルへと意識を集中させる。


 「戻った……」


 また俺に戻る事が出来た。

 原理は分からないがコツは掴めた気がする。

 見えないケーブルで繋がれた2台のパソコンのような気がした。 

 それぞれは違う個体だが、繋がっているのでコントロール出来るのだ。

 俺達は個にして全、全にして個、想いを伝えるのだろう。

 そうと分かれば早く水を取りに行く。


 「オリジナルはこのままマスターの保護! 何か危険が迫ったら避難を第一に考えるべし!」


 自分に言い聞かせた。

 それでどこまで判断出来るのかは分からない。

 意識を分身に移す。


 「良し! 行くぞ!」


 俺は空気を吸い込み、一気に噴出させて空へと飛び出した。

 何度か繰り返して高度を上げ、眼下に砂浜を捉える。

 形状をミサイル型に変え、一気に降下した。


 「あの熊じゃないか!」


 逃げたと思っていた熊が砂浜で何かをあさっていた。

 砂浜に岩がチラホラと見える、ちょうどマスターのリュックを残してきた辺りだ。


 「リュックを漁ってる?!」


 熊が顔を突っ込んでいたのはマスターのリュックであった。

 着替えをほじくり出して遊んでいる。

 熊は好奇心が強く、知能が高いので、初めて見る物に興味を惹かれたのかもしれない。

 と、冷静に分析している場合ではなかった。


 「何をしてるんだぁぁぁ!」


 俺はブーストを掛けて熊へと直撃する。

 口元にピタリと張り付いて息が出来ないようにしてやった。

 途端に熊が苦しみだす。

 ジタバタとその場で暴れ出し、立ち上がって両手で口を引っ掻こうとする。

 俺は鋭い爪に引き裂かれないようにと、口と鼻の中に体を移した。

 しかし窒息死まではさせない。

 少しだけ息が出来るようにし、散々に苦しめてから放してやった。

 もしもマスターの匂いを覚えてしまっていたら、次に嗅いだ時にはこの苦しみを思い出してくれるだろう。

 ここで殺す事も出来るが、腐臭で更に危険な生き物を招き寄せかねない。

 今回は俺の知っている熊だったが、生態の知らない生物だと不味いのだ。


 「しかし、やってくれたな……」


 熊の去った後には惨状が広がっていた。

 マスターの着替えなどが入っていたリュックは中身を殆どぶちまけられ、衣服はビリビリに破られている。

 砂で汚れ、何とも言えない状態だった。


 「……とりあえず全部集めよう」


 嘆いていても仕方がない。

 使えるかどうかは後で考え、今は水を持って帰る事を優先する。

 幸いリュックにだけ興味が集中していたのか、革で出来た水袋は無事だった。


 「歩いて帰るより海の上を進んだ方が早いか?」


 荷物を持って飛ぶ事は出来ない。

 地面をノロノロと進むより、海に浮いて空気を噴出させて進んだ方が効率が良い気がした。

  

 「浮力は十分だな」


 リュックを背負ったマスターを抱えて進めたので大丈夫だろうとは思ったが、やはり陸地とは段違いに早かった。

 波をもろともせずに海の上を滑るように進み、海岸沿いに戻る。

 見覚えのある岩山まで辿り着いたので、安全な場所から陸地に上がった。

 海の上とは打って変わってノロノロと進み、マスターの元へと帰り着いた。

 岸に上がる時に水を補給している。


 「何事もなかったようだな」


 基地は出た時と変わらなかった。

 意識をオリジナルに戻す。

 やはりこの体の方が馴染みが良い。

 水袋を受け取り飲み口を開け、喉の渇きからか苦し気な顔のマスターの口へと近づける。

 誤飲しないように気を付け、水を飲ませた。

 落ち着いたのか、安らかな顔になった事にホッとする。

 また意識を分身に移して持って帰った荷物を確認した。


 「駄目だな。衣服は殆どが破れている……」


 着替えは絶望的だった。

 タオルなどは使えるが、砂にまみれて汚れている。

 海水で洗うしかないが、すすぐのは真水にしたい。

 それよりも大切なのはマスターの飲み水の確保だ。

 袋の水は直ぐになくなってしまうだろう。

 しかしあるのは海水しかない。


 「海水から真水を得るオーソドックスな方法は蒸留だな」


 密閉した空間で海水を温めて水分を蒸発させ、その蒸気を冷やして凝結させ、蒸留水を得る方法である。

 今の状況だと摩擦で発熱しているオリジナルの体の上に海水を溜めて蒸発させ、その上から分身がドーム状に広がって覆いかぶさり、その内部に結露させれば良いだろう。

 リュックの中にあった木製のコップで、結露した水滴を集めれば水が得られる。

 洗濯用には全く足りないが、マスターの飲み水には十分だ。

 

 こうしてマスターが意識を取り戻すまでの間、飲み水を確保したり海底に沈んだ荷物を探したりして時間を過ごした。

 俺と分身の腹が減った場合は、岩にくっついているムール貝に似た二枚貝を獲って空腹を満たした。

 けれどもマスターが元気になった際、生のままお出しする訳にはいかない。

 回収した荷物の中には鍋があるので、煮炊きの為の焚き木も海岸に出て集めておく。

 そして数日後、マスターは意識を回復した。

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