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病名

※猫好きにとってツラい場面あります。

 

 茅葺き屋根に石造りの壁の家々。日が沈み暗くなった村の舗装された道を村人が持つ松明の火が照らす。道端には猫の死骸が転がり異臭を放っていた。凛花は異臭に耐えきれなくなり鼻を袖で抑え、なるべくアーサーらしく喋った。本人に会ったことがないので手探り状態だが。


「猫が死んでるが、埋めないのか?」


 村人は歩みを止めて後ろにいる凛花に向き直る。


「そのうち燃やします。今はそれどころじゃないので」


 ーー死体の処理を後回しにだなんて信じられない!


 死体を放って腐らせればハエやウジが湧いて病原菌をばらまき感染症を引き起こす原因になる。


「今すぐに埋めます。スコップを下さい」


 村人は眉を寄せた。


「勇者様。今は患者を優先していただきたい」


「死体が腐敗すれば、病気の元となります。早急に処理をします」


 元の喋り方に戻っていたが、今はそんな事を気にしてられない。急いで埋めて感染症の予防をするのだ。


「それは本当ですか? 初めて聞きました」


 村人は目を丸くして驚いている。


 ーーそっか。この世界は中世ぐらいの知識しかないんだ。私の常識は通じない。


 道端にある石を持ち適当な場所に穴を掘ろうとしたが、小さな手が阻んだ。


「燃やせばいいのか?」


 マーリンだった。


 ーー燃やせれるならその方がいい。


 私は頷いた。マーリンは「ふむ」と手を死体に向けて火を放った。メラメラと燃え形がなくなっていく。


「これで良いか?」


「ありがとうございます。マーリン様」


「マーリンでよい。お主の知識は一体どこから学んだのじゃ?」


 じーとマーリンが私を見つめる。松明の火を映した真剣な瞳に私はどきっとした。


 ーー違う世界から来ましたと言って通じるのでしょうか……。マーリンならもしかして信じてくれるかもしれませんね。


 ランスロットがマーリンの肩を叩き「今は村人の目があるのでその話はしない方が……」とこそっと耳打ちする。


「そうじゃな。悪い。今は患者の元へ急ごう」


「そ、そうですね」


 私はほっと安心した。村人に顔を向けると訝しげに私を見ていた。


 ーーあっ。しまった喋り方が敬語になってました。いけないいけない。


「さあ。とっとと案内しろ」


 待たせといて何様だと自分の台詞にツッコミたくなった。


 村人は「……こちらです」と歩き出した。


 * * * *


 こじんまりした家の隅にはベッドに横たわる白髪とシワが目立つ推定50代の女性がいた。黄色く変色したシーツを被り、汗をかいてうなされていた。


 ーー風邪かしら? うつると困るしマスクないかしら?


 案内したこの女性の夫に聞いてみた。


「マスクはないか?」


「はい? ますくとは何ですか?」


 ーーあっ無いんだ。


「では、口を覆える程の大きさの清潔な布はないか?」


「それならあります。少し待って下さい」


 女性の夫は箪笥を開き手拭いを持ってきた。手拭いはきちんと洗われて綺麗な白だった。それを受け取り口を覆って後頭部で結んだ。


「患者に近づく時はこうして口を覆って下さいっっじゃなくてしろよ」


 私以外は首を傾げる。


「「「「何故?」」」」


 ーー常識が通じない! めんどくさい!


「患者の口から病原菌が出てくる可能性がある。それは空気中に漂い鼻や口から入り感染するから布で防ぐんだ」


「「「「へー」」」」


 ーー多分わかってないですね!


「……患者に近づかなければいい」


 理解してもらう事を諦めたのでとりあえず患者から離れてもらった。素直に従ってくれた。


 女性の夫はランスロットにこそっと「勇者様って頼もしいですね」と耳打ちする。ランスロットは「あれは違うんだがな」と苦笑いを浮かべた。


 患者を観察する。痩せているのは少し気になるが、それよりも首が腫れているのが問題か。リンパ筋の炎症だと思う。風邪かインフルエンザか? 額に触れると熱かった。


「うっごほっごほっ」


 患者は咳き込んで口に手を当てる。


 ーーこ、これは!?


 凛花は衝撃を覚えた。患者の手に黒っぽい出血斑があったのだ。嫌な予感がする。


「ご主人。奥さんは打撲したのか? 手に痣があるのだが?」


 女性の夫は首を振る。


「いいえ。2、3日ずっと寝たきりで、怪我をすることはなかったと思います。としだからシミかと思ったのですが……」


 ーー確かに加齢現象かもしれませんね。


 けど、気になる事がある。


「シーツが汚いのですが、ノミやダニを気にしないのですか?」


 シーツを触ってみたが痒い。


「ノミ? ダニ?」


 ーーなるほど、ノミやダニは認識もされてなかったのね!


「道端にあった猫の死骸。あれはいつもああなのか?」


「は、はい。猫は魔女の使いとされてますので、見つけ次第殺してます」


 ーーあれは、病気じゃなかったんだ! 殺すなんて信じられない。


 頭がくらくらして手で抑えた。猫がいなくなれば鼠が発生する。鼠が発生すればノミが発生し、ペストになる危険がある。中世ヨーロッパで大流行した黒死病。それは魔女の使いであると決めつけた猫を大量殺戮した為に流行ったのだった。状況があまりにも似ている。自分の命がかかっていたので、凛花は多分病気には詳しい方だ。


 マーリンが「聖剣を握れば病の正体が分かるぞ」と教えてくれた。


 ーーそれを早く言って下さい! 医者もどきな事をして恥ずかしい!


 恥ずかしくて顔が赤くなった。聖剣を握ると患者の状態が分かった。


 病名・黒死病 (段階、重度)

 回復するには、ゴールド20枚消費するか、精神力を半分使う必要あり。


「みんな、良く聴いてくれ。これは黒死病だ。黒死病にかかった患者に近づいてはいけない。それは空気感染する病気なんだ。患者を一箇所に隔離してくれ」


 女性の夫は布を口に覆うと「わ、わかりました」と村人達に報せるために家を出た。


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