名前は何ですか?
「男は無理です!」
少し高めの男性の声を発しながら私はガバッと起き上がった。私はベッドに横たわっていたようで、薄汚れたシーツが身体に被せてあった。それに身体が重い。
ーーかゆっ! シーツ汚っ!? ノミがいる!
腕を掻きながら顔を上げると優しそうな顔付きの騎士は心配そうに、厳つい騎士(殺し屋?) は睨みつけるように私を見ていた。
「良かった! 死んだかと思ったよ!」
「ふん。悪運が強い奴め」
優しい顔付きの騎士は泣きそうになり、厳つい騎士(?)は無事だとわかると顔を背けた。
私は首を傾げた。
「すいません。どなたですか?」
知らない人だ。1人は美形だし、もう1人は濃いし、すれ違っただけでもインパクトに残りそうなのだが……。銀髪と赤髪はカツラかな?
2人は目を見開いて私を凝視した。
「記憶がないのか!? しかも敬語!?」
優しい顔付きの騎士は口に手を当てて震えてる。
「……どことなく女っぽい仕草。一体何が起こった?」
厳つい顔が険しくなりめちゃくちゃ怖い。
ーー私が何したっていうのですか!? この人絶対堅気じゃない! 裏の世界の住人だ!
私は怖くてベッドの隅に寄りガクガク震えた。
「これは面白い事になってるの〜」
楽しそうな少女の声が聞こえた。黒髪黒目の魔女っ子だ。好奇心旺盛な女の子って感じ。
ーー女の子だー! 癒される〜!
男に囲まれて落ち着かなかった私は魔女っ子の存在に人心地がつく。ほわ〜と顔が緩んだ。
そんな私を頭からつま先まで不躾にじろじろ見る魔女っ子。
「どうやら魂が別人じゃな」
「それはどういう事だマーリン!?」
どうやら魔女っ子はマーリンという名前らしい。
ーーん? マーリン? んん? アーサー王伝説の登場人物のマーリン? あっ!? そうだ私っっ
「転生したんだったーー!?」
叫ぶ私にマーリンは頷いた。
「らしいなぁ。本体はどこへいったのやら」
理解不能の2人の騎士は首を傾げた。
「「はあ?」」
ーーなんていう事でしょう!? という事はこの身体は男ですか!? なんか股のところに違和感あります!! いーやー!!
顔面蒼白な私の横でマーリンは2人に説明した。
「どうやら、アーサーは神に罰として身体から魂を抜かれたらしい。そして、この少女が代わりに入ってきた。わかったか?」
ーー幼女が私のこと少女だってさ。
「……はあ。はあ!? なら、中身は何処に!?」
焦る優しい顔付きの騎士。
「儂に訊かれても知らぬ」
「……自業自得だ。むしろ、国民は喜ぶだろうな」
厳つい騎士は冷静だった。
「トリストラム!? お前という奴は!?」
どうやらトリストラムというらしい。またしてもアーサー王伝説の登場人物の名だ。
「そうじゃな。問題はこの少女が奇跡を起こせるかじゃ。魔王が倒せなくては困るぞ」
3人は私のことを真剣な顔で見てくる。私は冷や汗をかいた。
「えっとその……。ごめんなさい」
私はとりあえず頭を下げて謝った。
ーー転生なんてするものじゃないですね。
「ぷっ。アーサーじゃないとわかっても、その仕草笑けるの〜。の〜? ランスロット」
マーリンはツボにはまったのか優しい顔付きの騎士の肩を叩いてケラケラ笑う。
ーーランスロット。円卓の騎士のランスロットですね。
有名な登場人物だった。ランスロットは「ちっとも笑えません」とため息をついた。
「でも、貴女が悪い訳ではない。どうか気を落とさないで下さい」
ランスロットは私を励ましてくれた。
ーー物語通り女誑しですね。でも、嬉しいです。
「ありがとうございます」
私はまた頭を下げた。
「名は何という?」
ゴゴゴゴという音が聴こえそうな怖いオーラを出すトリストラム。怯える私に気づいたランスロットは「こら、優しく言え」とトリストラムを叱った。
「すまん」
ゴゴゴゴの音がピタリと止んだ。ほっと安堵した私はベッドの上に正座になる。
「凛花と申します。以後お見知りおき下さいませ」
手をついてお辞儀をした。
見慣れない日本人の礼儀作法に驚く3人。特にマーリンが「なんじゃその動作は? なんじゃなんじゃ?」と目を輝かせている。
ランスロットは胸に片手を当てて軽くお辞儀をする。
「リンカさん。私は騎士ランスロットでございます。丁寧な挨拶ありがとうございます」
トリストラムは「トリストラムだ」とぶっきらぼうに名乗った。
「儂はマーリンじゃ。キャピキャピの魔法使いじゃ」
くるんと回ってポーズを決めるマーリン。
「ちなみにマーリンはお爺さんだからね」
ランスロットは苦笑いしながらとんでもない事を言った。
「え?」
ーーどう見ても幼女ですよ? 物語ではお爺さんだけど、本当ですか?
「バラすとはつまらん男じゃな!」
ぷくっと頰を膨らませる幼女。
ーーお爺さんでその仕草はないと思います。いや、ありかしら。え。てことはこのパーティ男しかいない。
先行きに不安を覚えた凛花であった。