おしまい
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少年の指輪が白く光り舟が湖の上に現れた。
「これに乗って下さい」
凛花は促されるまま舟に乗った。少年も乗ると、舟はひとりでに動き出した。
ーー魔法? この少年は一体何者?
舟は小さな小さな島に辿り着いた。そこに眠るのはあの時と変わらない姿のアーサーだった。苔の上を裸足で進んだ。アーサーの頰に触れた。冷たかった。
「何で、ここに眠ってるんですか?」
「私がトリストラムさんから聞いた話だと、貴女に寂しい思いをさせたくなかったから眠ることにしたのだと」
胸に熱いものが込み上げた。
ーーうぅ。どうして、こんなに優しいのですか。何でそんな選択をするんですか。あんまり一緒にいなかった私の為に時間を犠牲にするなんて……。
「さあ。目覚めさせてあげて下さい。そこにある黄金の木の実を食べさせれば目覚めます」
指差す方を見ると黄金の林檎の木が1本だけあった。近づきそっと1つもぎ取る。私の姿を薄っすらと鏡の様に映すほど綺麗な林檎。アーサーさんの口にそれを押し当てるが何も起こらない。
「……食べさせてあげて下さい」
「え? どうやってですか?」
「それを子供の私に言わせる気ですか?」
ーー大人びた少年に言われてもね。私よりもしっかりしてそう。……こういう時の対処方はえーと。うーん。言えないほど恥ずかしい方法は……。
「……やっぱり代わりにやってあげて下さい」
「……冗談ですよね? 貴女の為に待ってた人ですよ? リンカさんが起こさないと」
「……だぁあああ!! 分かりました!! やってやりますよ!!」
木の実を一口かじり、噛み砕いてアーサーの口に流し込んだ。
ーーもう。無理!
唇を離して熱い自分の顔を掌で覆った。
ーーそうよ。介護よ! 介護だったと思えばいいのよ!
ちなみにそんな介護はない。
こっちの世界に来てからよく聞いた慣れ親しんだ声が聞こえた。
「お前達誰?」
改めて自分の姿を見下ろした。白いゆったりとしたワンピース姿の私。全体的に細い感じは日本人だった頃と同じだけど、肌の色が根本的に違う。白人の肌だった。長い髪は金髪。日本人だった頃の髪色は黒だった。そもそも、私の姿など見た事ないアーサーからしてみれば、「誰?」って感じだろう。
首を傾げて寝ぼけ眼なアーサーに私は自己紹介する事にした。
「私の名前は佐倉 凛花です。アーサーさんの身体に入っていた者です。こちらはランスロットのお孫さんです」
銀髪の少年はアーサーにぺこっとお辞儀した。
「はじめましてアーサー王様」
アーサーは金髪をぽりぽり掻いて、銀髪の少年を眠そうな目でぼーと見ると「んじゃ。おやすみ」とまた寝っ転がり目を瞑る。
え? と私と銀髪の少年は目で「寝ちゃったよ」と会話した。
私はアーサーの肩を揺さぶった。
「アーサーさん。起きて下さい」
「……おい。少年少し後ろ向け」
銀髪の少年は「あっはい」とこちらに背中を向けた。
ーーあれに何の意味が? あっ
アーサーの顔が近付いてきて私の唇を掠めた。
「……さっきのはカウントなしな。こういうのは男からするもんだから」
ぼんっと顔から湯気が出た。
「さっき、意識あったんですか!?」
「まあ。多少は」
「あっあれは致し方ない事でして、故意にした事ではなくて……」
アーサーは顔を顰めた。
「お前は好きでもない男に口付けするのか? それはどうよ?」
ーーた、確かに、言われてみればそうですよね。
自分がいたたまれなくなった。
ーーアーサーさんの事は確かに好きですが、そういう好きなのかよく分かんないというか……。
「何? 俺のこと嫌いなの?」
「へっ!? す、好きですよ! えっでもあの……。アーサーさんはグウィネヴィア姫のことをその……」
ーーううっ。グウィネヴィア姫のことを思うと胸がズキズキする。グウィネヴィア姫と離れる事にしてしまい申し訳ないです。
アーサーはなんて事ないように言った。
「ならよし。グウィネヴィア姫は姉みたいなもんだ気にするな。大体その孫はグウィネヴィア姫とランスロットの孫だろう。そうだろう少年」
「はい」
「やっぱりな」
ーーアーサーさん!? 貴方はグウィネヴィア姫とランスロットの事に気付いてたんですか!? それを貴方は断罪せずに容認してたんですか!? どんなけ良い人なんですか!? 私は絶対許せませんよ!
「アーサーさん。どんだけ善人なんですか? 許せないと思わないんですか?」
「あー。最初はショックだったわ。でも、なんかどうでも良くなった」
「アーサーさん」
「お前のおかげだよ」
私に屈託無く笑う姿に胸がキュンとなりました。私に少し欲が芽生えました。
「アーサーさんにお願いがあります」
「何だ改まって?」
「私に名前を付けてくれませんか? その元の私の名前ではこの国の仲間になれた気がしなくてモヤモヤしてたんです」
ーー私はこの国の住人になりたいです。仮初めじゃなくしっかりとこれからはこの人と歩みたい。
私の金の髪を耳にかけるアーサーはぽつりと呟いた。
「ジャスミン」
銀髪の少年は振り向いて「素敵ですねー」と目を輝かせた。
よくわかってない私に少年は説明してくれる。
「ジャスミンとは神様からの贈り物という意味です。リンカさんにぴったりですね」
ーージャスミン。ジャスミン。
「誰がこっち向いて良いって言った?」
「あっごめんなさい」
慌てて後ろを向く少年。アーサーをちらっと見ると顔が赤かった。
「くそっ。好きな女に名前を付けるってくそ恥ずかしい」
ーーうわあ。うわあ。それって! 私のこと好きって! ひやああああ!
私の顔はきっと真っ赤だろう。顔を隠した。
「その……。ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」
「……ああ」
ギクシャクするこの感じは甘いような酸っぱいようなそんな感じでした。
* * * *
少年が乗ってきた馬に乗ってカメロット城に着いた。3人で1頭の馬はちょっと無理では? と思いませんか? 実は2人と1本でした。私の正体が聖剣だったんですよ。びっくりしました。湖の中で生きていた時点で少しおかしいと思ったのですが、案の定私聖剣に姿を変えれました。ちなみに奇跡も起こせます。ゴールドさえあれば私はチートです。精神力も前より上がった気がします。
聖剣の姿ってなかなか新鮮です。喋ってても舌噛まないんですよ。私は調子に乗ってベラベラ喋ります。楽しいです。
『アーサーさんアーサーさん聴いて下さい』
「何?」
『何でもないです。ふふふ』
「はあ」
『アーサーさんアーサーさん!』
「どうした?」
『呼んだだけです。ふふふふ』
「……聖剣の姿のが活き活きしてるな」
呆れ声のアーサーさん。でも、ちゃんと返事してくれるんです。楽しいです。
さて、カメロット城ですが、随分と年月が経ったのだと感じます。蔦が伸びて壁が緑に覆われてます。
銀髪の少年が通ると皆さんお辞儀をします。その後ろをついていくアーサーの事を皆さん興味津々でチラチラ見てます。何せ聖剣を帯剣してますからね。「もしかして……」とか「あの伝説の……」とかこそっと聞こえます。
そして、たどり着いたある御仁のお部屋。聞いた時は驚きました。そして、少し複雑でした。乙女は悩みが尽きないのです。
大きなベッドに横たわるのは長い銀髪の御高齢の女性でした。優しそうな方でした。アーサーを見ると花が綻ぶような笑顔を見せます。アーサーは駆け寄り手を握りました。
「グウィネヴィア姫」
「アーサー様」
ーー私は空気を読んで聖剣のフリしてましょう。嫉妬? そんなものしてませんよ。ええ。
「もう会えないかと思いました。良かった。良かったっ」
感激して姫は泣いてしまいました。
ーーくっ。私もつられて泣きそう!
震える手でアーサーの顔に触れます。手の皺は嫌でも長い年月が経った事を思い知らされます。
「アーサー様。私はずっと貴方をお慕い申し上げておりました。ですが、私はずっと貴方を裏切ってました。愛というものが私は良くわかってなかったのです。そして、ようやくわかったのですが、私は貴方をきちんと好きではなかったのです。申し訳ございませんでした」
「ああ。知ってる。グウィネヴィア姫は悪くない。政略だったからな。無理に俺のことを好きだと思おうとしてくれてたんだろ?」
「無理にでしょうか? 私は貴方となら暖かい家庭が築けると思ったのです。ですが、そういうことではなかったのですね。貴方が別の女性のために眠りにつくと知った時に気付きました」
寂しげに目を伏せる姫でしたが、じめっとした空気を払うように笑います。
「その女性は今どこにいるのですか?」
「これだよ」
「え? 聖剣?」
「そう。聖剣になった」
「へ?」
「ジャスミン」
『……わかりました』
ーーあんな話を聞かされた後に、これが私でした!って気不味いです。
淡い光に包まれた聖剣は人の姿を形どり私になりました。水面に映る自分の姿を見たのですが、この姿かなり美少女でした。ええ、もう驚きでした。アーサーさんはもしやこの姿だから好きになったのかな? と疑ったのですが、そもそも眠る前に私は姿を見せれたことありませんね。完全に純粋に見た目じゃなかったんですよ。凄いですよね。アーサーさん貴方凄いです。興奮して2回も言っちゃった。
はい。話は戻りましてグウィネヴィア姫です。ご高齢であるのですが、美しい方です。このように年齢を重ねたいですね。姫は私のことを真っ直ぐ見てます。
「ジャスミン様。どうか、アーサー様をよろしくお願いします。このようなことを私のような女から言われても不快でしょうが、言わずにはいられません」
私は「わかりました」と言おうとしましたが、上手く口が開きません。多分、私にとって当たり前の事だったからだ。
「グウィネヴィア姫。……そのありがとうございました」
この女性はアーサーさんの支えだったのだろうと感じた。だから、嫌味でも何でもなく感謝の言葉がするりと出た。
グウィネヴィア姫は「ふふっ」と笑った。
「やっぱり。悔しいですね。私は貴女に負けました」
そう言って困り顔で笑う姫は重ねた年月の分美しくて見惚れてました。
それが姫と喋った最初で最後の時でした。
彼女の死因は癌。聖剣の奇跡は癌は治してくれなかったのです。
ランスロットさんとトリストラムさんのお墓に花を添えてお祈りを捧げました。そして、グウィネヴィア姫のも。ふと、思ったのですが、魔王はどうなったのでしょうか? アーサーに聞いてみたら、嫌な顔してました。
「魔王は、俺の心の隙をつくことが狙いなんだ。だから、心が満ちた俺には興味ないんじゃないか?」
ーーほほう。なかなかに魔王ってのは嫌な奴ですね。弱った人間大好きって感じですね。
「アーサーさん。今は幸せって事ですか?」
「まあな」
ーーそれは良かったです。
「私も幸せです。……アーサーさん」
「何?」
「ふふふ。呼んだだけです」
「何だそれ」
今ならどんなに辛い事があっても乗り越えられる。そんな気がします。
END
ここまでお読みくださりありがとうございます。恒例の後書きでございます。まず、このお話はアーサー王伝説の登場人物の名前を主人公以外全員に使っております。ちょこちょことアーサー王伝説のエピソードも使っております。アーサー王伝説を知らないお方、実はその物語はドロドロの愛憎劇でございます。不倫問題がやたらと出てきまして、わーお です。今回そんな問題を取り扱いました。(今回だけじゃない)
そして、私は当初の予定ではある書物の内容もちょっとずつ触れようと思ったのですが、度胸が足りなくほぼおじゃんとなりました。タイトルが変わったのもその影響です。
余談ですが最近私が心に沁みた本で学んだことですが。運がないなとか、ダメだなと思ったとき、必ず良いこともあるんです。逆に運が良いなと思った時には嫌な事も起きているんです。
だから、嫌な事があった時はそればかりに囚われずに、良かった事をさがすのが良いかと思いました。




