稽古
凛花はランスロットに武術の心得があるのか聞かれた。
「えっ武術の心得ですか? あるはずありませんよ」
部活は常に帰宅部、体育の授業は見学ばかりで、鍛える機会が無かったため体力なんてない軟弱な凛花である。
「アーサーの身体だからある程度は身体能力が高いと思う。身体が動きを覚えている筈だからそれを頼りに護身術を覚えよう」
グウィネヴィア姫を取り戻す為には魔王とその手下との戦いからは逃れられない。騎士であるランスロットとトリストラムに魔法使いのマーリンがついているが、強敵の魔王達から凛花を守れきれるかは謎だ。凛花はいるのかと疑問に残るが勇者のチカラは必須であるそうだ。その為に凛花は自分の身ぐらい自分で守らねばならない。
ーーこの流れだともしや……
「ランスロットさんが私に教えるのですか?」
「はい。何か問題でも?」
ーーはい。問題ありです。
「私はトリストラムさんが良いです」
瞠目するランスロットだが直ぐに頭を切り替えたようだ。
「……もちろん構いませんよ。トリストラムやれるな?」
赤髪のムキムキの男が「俺か?」と意外そうに聞いてくる。
ーー不倫疑惑があるランスロットさんには警戒しておきましょう。
そんなんだから国王から潔癖な精神とか言われるのだが、この際自分に素直に生きようと思った凛花であった。
「トリストラムさん。教えて下さい」
「まあ、いいが。ランスロットほど優しく教えれんぞ」
「全然大丈夫です。ビシバシと厳しくお願いします」
トリストラムさんはにやりと好戦的な笑みを浮かべた。極悪人にしか見えない姿に、あっこれやばいかも と思ったが後の祭りだ。
「やる気のある奴は大好きだ」
それからトリストラムによる訓練が始まった。
「いいか。首に腕を回されたら隙間に自分の腕を入れるんだ。そうすると完全に首が締まることはない。やってみろ」
「はい!」
アーサー(の姿の凛花)は後ろから腕を首に回してくる隙間に手を突っ込んだ。トリストラムの太い腕が力を込めても確かに首が締まることは無かった。
「次にその体勢からの反撃だが、敵の腹部に尻で攻撃しろ。後ろに尻を突きだすんだ。やってみろ」
「はい!」
ケツアタック!!
ドスッとトリストラムの腹に当たった。すると首に回っていた腕が外れてトリストラムが後ろによろけた。
「……よし。次に刃物を持ってる敵に対してこっちは手ぶら状態の時だがーーーー」
とまあ為になる事を教わり、
「剣の素振り100回な」
「はい!」
「腹筋100回な」
「……はい」
「背筋100回な」
「…………」
「返事は?」
「はい」
「走るぞ」
「…………は…い」
体力作りになる。凛花の身体なら絶対に素振りの時点でアウトだったが、流石男の身体は筋肉量が違う。なんとか耐えている。
ーーアーサーさん。結構鍛えていたのですね。もしかしてグウィネヴィア姫に好かれようと努力してたのでしょうか。それだとあんまりです。
アーサーの不憫さに走りながら泣いた。
ーー明日は筋肉痛だな。
「剣の重さに振り回されるな! 敵に当たる直前で止めるんだ!」
ーー聖剣重いよ〜!! 止めろって無理だ〜!!
「ふえぇぇん」
「なんだその間抜けな声は!?」
「すみまふえん〜!」
剣の打ち合いをして
「次は槍だ!」
「まだやるんでふかぁ? 剣だけで精一杯でふぅ」
「軟弱者め! 剣など実戦では役に立たん! リーチの長い槍で先ずは仕留め、動かなくなったところを剣で留めを刺すんだ!」
ーーなら何で剣教えた? え? アニメだと剣でかっこよく戦うシーンに憧れてたのに、役に立たないだと?
「そんなぁぁぁ!」
「つべこべ言わずに槍を持て! 突きではなく殴れぇ!」
「槍で殴るんでずがぁ!? 突いた方が槍やすくないですか!?」
ーー槍だけにやりやすい。なんか良いこと言った気がする。
「誰が上手いこと言えと言った!? 突きなど上手くいかないぞ! 殴った方が効率的だ!」
槍の稽古をつけられ、疲れ切ったアーサーの姿は一回りほど老けた。
ここまで人生で頑張ったことはないと後に凛花は語った。
ズタボロの身体でベッドにダイブした。
ーー捻挫、切傷、打撲、筋肉疲労。ふふふふふ。明日動けるかな……。
ベッドの端にうねうねと登ってきたギラつく金貨。
『俺の身体お疲れ〜。ついでに中身もお疲れ〜』
ーーグウィネヴィア姫に浮気されてるのも知らないでこんな呑気に別の女の心配なんかして
心のこもってないアーサーの台詞からよく自分の都合よく解釈出来るものだ。
「アーザーざんかわいぞおぉ」
『確かにお前の所為で俺の身体は可哀想な有様だな』
トリストラムは手加減していたが、アーサーの身体は怪我だらけだった。
ーーアーサーさん。ズタボロの状態でも他に愛してくれる女性ならきっといますよ。何なら私が……。眠い……。
凛花の言うズタボロっていう状況が身体なのか心を指しているのかは、おそらくは両方を示しているのだろう。
「すぴー」
疲労のあまりに寝てしまった凛花であった。
 




