アーサーの過去のお話3
「アーサー様。歴史の先生が捜してましたよ。今日も気分が優れないのですか?」
昼下がりの城の庭の芝生でアーサーは寝そべっていた。グヴィネヴィアは薄紫色のレースのドレスを着て手には同色のレースの日傘をさしている。眉尻が下がった彼女の表情からは不貞を働いている雰囲気など微塵も感じない。
彼女を何度見ても騙されそうになる。しかし、仕方の無い事だと諦めている自分もいた。
ーーそりゃ、こんなに美人なのだから恋人ぐらいいるわな。
それを寛容できない自分が不甲斐ない。不貞腐れたアーサーは講義をサボり、下町に抜け出してはデートを楽しむカップルから腹いせにスリをして金を盗んでいた。
ーースカッとしたわ。
グヴィネヴィア本人には何も言えないクセに関係ない人を巻き込むとことん情け無いアーサーであった。
反応のないアーサーの隣に座ったグヴィネヴィアは溜息を吐く。
「何か気に入らないことでもあったのですか? 最初は真面目に取り組んでましたよね」
確かに真面目とまではいかないがそれなりに頑張っていた気がする。学校など行ったことがないから知らない知識を学ぶことは楽しかったのだ。
ここでグヴィネヴィアのせいだと言って彼女を困らせるのも嫌だった。アーサーが怒れば大抵の事はその通りになる。それが少し気に食わない。
ちらっと片目を開けてグヴィネヴィアの背後を見た。離れた場所に長い銀髪の長身の青年ランスロットが佇んでいた。近衛騎士の彼はアーサーの護衛をしている。
ーーケッ。俺は体のいい隠れ蓑かよ。
何を隠そうこの2人はキスしてたのだ。浮気現場を目撃したアーサーはショックで暫く動けなかった。そして、お爺さん貴族の言葉を思い出して「あっ王族や貴族ってそんなものか」と理解した。
ーーグレてねえし!
物凄くグレたアーサーであった。
青空を眺めていると視界がチカチカして一瞬霞んだ。
ーー何だ?
ーー「憎いか? 恨めしいか? 救いを求めるか? 我が手を貸そうか?」
低音な耳に心地よい声が聞こえた。
ーー「いけない。その者の声を聴いてはならない。助けを求めてはならない」
次いで聞こえた男性の優しい声。
ーーはい? ドチラサマデショウカ。
聞いたことのない声に戸惑った。起き上がり辺りを見渡しても、隣でグヴィネヴィアが「行く気になりましたか?」と問うだけで喋りかけてくる者は他にいない。
ーー気のせいか? 幻聴が聞こえる程ショックだったんだな俺。
ーー「その女はお前を騙した。この先も騙し続ける。それで良いのか?」
ーー気のせいじゃなかったし! あんた誰?
ーー「我は御使なり。神の代わりに次期国王に挨拶に参った」
ーー「その声を聴いてはいけない」
「っっごちゃごちゃうるせ〜!」
2人の声が頭の中に響いて鬱陶しかった。アーサーの叫びにグヴィネヴィアは自分の事だと思い顔を伏せて落ち込んだ。それを気にかける余裕がアーサーになかった。なにせ頭の中で2人が口喧嘩し始めたのだ。
ーー「おや? 我のことはほっといてくれるのではなかったのですか? 約束が違います」
ーー「放って置くとは言ってません。ただ世界を上手く回してみて下さいとは言いました」
ーー「一緒ではありませんか。今やってるところなので手を出さないでいただけます?」
ーー「貴方のそういうところが嫌いなんです」
ーー「おや? そうですか。とっても残念です」
「俺の頭ん中で言い争うな〜!!」
大声を出してゼーハーと肩で息をする。グヴィネヴィアとランスロットは目がまん丸になった。
「アーサー様。もしかして神様のお声が聞こえるのですか?」
「はい? 御使とか言ってたが……」
グヴィネヴィアの目が少しうるっと濡れた。感激しているようだ。
「凄いです! 伝説の勇者のように神の声が聞こえるのですね! ブリテンはこれで安泰です! アーサー様は勇者様です!」
「え? そりゃどうも」
何だか知らないがいい事らしい。頭の中は相変わらずうるさかった。
ーー「我を選べ。グヴィネヴィアが憎いだろ?」
ーー「それは貴方の試練です。耐えるのです」
ーー「酷い主人ですよ。我慢しろって仰るばかりでちっとも助けてくれない。また洪水でも起こしますか?」
ーー「だまらっしゃい。謙虚であれば必ず救いはきます」
ーー「黙れって酷いわーあんまりだわー」
ーーお前らは何がしたいんだ? 1人キャラ崩壊した気がするのだが?
ーー「勇者アーサーよ。グヴィネヴィアはランスロットと恋仲の様だが、このままでいいのか?」
ーーあっそれ? まあ確かに何とかしたいが、どうすればいいんだ?って感じだ。
ーー「アーーアーーアーー!!」
ーー「主人うるさい。可哀想な勇者だ。我が助けてやろう」
ーーえ? どうやって?
ーー「アーーアーーアーー!!」
ーー「何、距離を置いて冷静になってもらうのだ。すぐに覚めるさ」
ランスロットを遠くに派遣するって感じか。距離があれば愛も覚める。か? アーサーにはよくわからなかったが
ーーなるほど。一理ある。
ーー「アーーアーーアーー!!」
ーー「了承って事で良いな?」
ーーはあ。まあいいんじゃね? てかもう1人うるさっっ。
ぷちん
頭の中に響いた声が収まった。静かになって安心した。グヴィネヴィアが目をキラキラさせて「何とおっしゃってましたか?」と質問してくるが「あんたの浮気についてだよ!」なんて言える筈もない。言いあぐねていると辺りが突然暗くなった。
何事だと空を見上げると灰色の雲に覆われていた。
「雨が降りそうですね。中に入りましょう」
グヴィネヴィアに手を引かれたがアーサーは動かなかった。ある一点を見つめていた。
「何だよあれ」
吸血鬼にゴーレム、オーガ、オークなど化け物の軍勢が宙に浮いていたのだ。ガヤガヤと騒がしい軍勢は庭へたどり着いた。ランスロットが呼びに行ったのか数十もの騎士が槍を構えて軍勢に立ち向かう。
「アーサー様と姫様はお下がり下さい!!」
ランスロットがアーサーとグヴィネヴィアを庇うように立った。
人間とは違う種族達はブリテンに存在する。数は人間の方が圧倒的に多いのだが、魔女の様に一体一体が強かったりする。この場にいる化け物達の数はざっと見て20体。騎士の数の方が多いのだが、勝てるか謎だった。アーサーは聖剣を持ってないことを後悔した。
この場はランスロットに任して逃げようとしたが、毛並みの良い黒猫が立ちはだかる。シャーッと威嚇するとボンッと黒髪に金の瞳の魔女に変身した。
「約束を私が代わりに果たしに参りました。グヴィネヴィアをもらっていきます」
「何の事だ!?」
グヴィネヴィアを背に庇うアーサー。魔女はおかしそうに笑う。
「さっき約束なさいましたよね? 距離を置いてもらうと」
「なっっ!? それは御使ではなかったのか!?」
「ええ。確かに御使でした。昔はですが。今は魔王サタンと名乗ってますよ」
ーー魔王!?
「騙したな!?」
「騙してません」
魔女は掌をアーサーの顔に当てた。眠気に襲われたアーサーはパタリと仰向けに倒れた。
「おやすみなさい」
 




