黒猫
勇者一行は王都カメロットの出店が並ぶ賑やかな通りを歩いていた。アーサーの身体の凛花はぐずっていた。金髪は飛び跳ねることなくまとまっている。身だしなみを整えるのは乙女(?)の基本だ。
「王様に会わないといけないんですかぁ!? 私いなくて良いですよねぇ!? 」
街に着くまでは呑気だったのに直前になると騒ぎ始める。凛花は夏休みの宿題をギリギリまでやらないタイプだ。そして休みが終わる直前で泣きながらやる。
今からブリテンの王様、ウーゼル・ペンドラゴンとの謁見だ。疫病の原因究明は元々は国王から依頼されたので黒死病について報告しないといけないらしい。
ーーお国で1番偉い方と会うなんて緊張してムリー! なんかやらかしたら即刻打ち首でしょー! まだ死にたくない!!
アーサーは国王以上に偉いのだが、凛花は知らない。
トリストラムが「勇者がいなくてどうする」と呆れた。
「リンカさん耐えてくれ」とランスロット。
『いいか。絶対に粗相のないようにな! 俺のイメージが崩れる!』
マーリンはアーサーに「おぬしのイメージなど崩れた方が良いだろう」とつっこむ。
ーーに、逃げれないだと!? 不真面目なアーサーが粗相のないようにって言うと怖いんですけどー!?
凛花の水色の目が泳ぐ。
アーサーの場合は婚約者のグウィネヴィア姫の父だから粗相がないようにという意味だ。国王よりもその父という方がアーサーにとって重要だ。
「ご、ごめんなさい。心の準備が出来てません」
凛花はふら〜と出店の横を擦り抜け静かな路地裏に出た。するとそこには痩せっぽっちな7歳ぐらいの男の子と5歳ぐらいの幼女が佇んでいた。表の通りの身綺麗な人達と違って服は埃まるけだ。幼女は私の姿をじーと見つめる。
「ゆうしあさま?」
男の子は幼女の手を引っ張り「向こう行こう。勇者は嫌な奴だ」と眉を寄せて立ち去ろうとする。私は思わず「待って!」と叫んだ。
「な、何だよ?」
幼女を男の子が庇いながらこっちを睨みつける。巾着の中の金貨を数枚渡そうとして『おい。ちょっと待て』とアーサーがうねうねと私の前に出てきた。
ーーまた、俺の金ー! でしょうか?
『……金貨じゃ盗んだと勘違いされる。銅貨か物に換えるかしてやれ』
「そ、そうなんですか」
ーーあれ? 止めないんですねー。どういう風の吹き回しでしょうか? ……銅貨って何でしょう。うん。よくわかんないからご飯でも買ってみましょう。
私は男の子に「ちょっと待っててね」とにこやかに手を振りながらその場を後にした。
香ばしいパンの匂いにつられてパン屋の出店の前にきた。
「いらっしゃい! あっ。ゆ、勇者様!? ……あのお。ツケを払っていただきたいのですが……」
ガタイの良い店主は私を見ると顔を曇らせた。
「えっ。ツケですか?」
「しらばっくれないで下さいよ。前にパンを二斤買っていったじゃないですか。合わせて8ブロンズです」
苛々された。凄く怖い。私は「も、もちろん覚えてます」と言ったが、身に覚えがない上にブロンズってなんぞやって感じ。
私のことを追ってきたランスロットが「私が払いましょう」と素敵な申し出をしてくれる。しかし、ここで払わしても私のブロンズはなんぞやという疑問が解決しない。ランスロットに後で聞けばいいと思いますよね? 私はこのランスロットの紳士な態度から予想するに「お金のことは私に任せてください」か「気にしないでください」と言われてうやむやにして結局は判らず仕舞いに終わると思う。だから、私は勇気を出して金貨を1枚店主に渡してみる。大丈夫だ。アーサーの言うには金貨は高いということで、恐らく1万円程の価値はある。店主は驚きながら金貨を受け取った。
「確かに受け取りました。お釣りにしますか? 何でしたらパンも買っていきませんか?」
どうやら私の賭けは見事に的中した。2斤で8ブロンズなら1斤は4ブロンズだ。お釣りが出るほど金貨の価値は高い。私は「3斤下さい。お釣りは銅貨で下さい」とドキドキしながら注文する。店主は「はい。少々お待ち下さい」と山型の食パンを三斤紙袋に包んで私に渡した。
「はい。80ブロンズです。また来てくださいね」
80枚の銅貨を貰った。
ーーなるほど、これが銅貨でお金の単位がブロンズになるのですね!
「……ありがとうございます」
ーー上手くいった!
私は自分に拍手したい気分だ。どうやら、金貨1枚は銅貨100枚の価値があるそうだ。
ーー勉強になった!
路地裏に戻ると男の子と幼女が待っててくれた。男の子はバツが悪そうに「何だよ」と眉をひそめる。幼女は毛並みが美しい黒猫と戯れていた。
ーー微笑ましい光景ね。
にっこりと私は紙袋と銅貨を差し出した。香ばしい匂いに男の子のお腹がぎゅるぎゅる鳴る。
「受け取って」
「い、いいのかよ? 勇者ってがめついんじゃないのかよ?」
「ふふふ。大丈夫よ。弱い子には優しいから」
ーー多分優しくなかっただろうけどね!
男の子は「ありがとう。誤解して悪かったな」と紙袋と銅貨を受け取った。男の子と幼女は手を繋いで去っていった。黒猫は私をジーッと見つめる。金のおめめが可愛い。私がそーと近づくとマーリンが「触ってわならん!!」と私の前に立ちはだかる。ランスロットが私を下がらせる。
「リンカさん。気をつけて下さい。あれは魔女です」
ランスロットの指に白く光る指輪がはめてある。
急に2人して私を止めるからびっくりした。
ーーま、魔女?
「流石だな。マーリンにランスロット」
黒猫が黒い靄を漂わせ黒い髪が美しい金の瞳の女性へと変身した。マーリンは忌々しくその女性を見上げる。
「モルガンか。魔王の側近のお前が何故ここにいる?」
「何。勇者アーサーの様子が変わったと噂に聞いたから、ちょっと見に来ただけだ。……本当に違うな。まるで別人」
マーリンは鼻で笑った。
「何も変わっておらんよ。ただの守銭奴じゃ。のお?」
話を振られた私は慌てて「ああ。金は大好きだ」と答えた。
魔女はニヤリと恐ろしい笑みを浮かべた。金の瞳は輝いていた。
「取り繕っても無駄だ。ランスロットがリンカと言ったな? なるほどなるほど、中身はリンカという者か」
ーーバレてるしー! 怖い女の人だな!
マーリンは「チッ。魔女にはお見通しか」とモルガンを睨む。
「モルガン。貴様のせいで多くの罪なき猫が殺された。そして多くの仲間を失った! 許さんぞ!」
マーリンは火の魔法をモルガンに放った。火を避けて黒猫に戻ったモルガンは走り去る。
「あはははは!! 魔王様ー!! 面白い事になりましたよーー!!」
高笑いを残してモルガンは去っていった。
ーー恐ろしい笑い声だ。あんなのが魔王の側近なんだ。
「あんのくそ魔女がっ! アーサー!」
マーリンは金貨姿のアーサーを捜した。後ろの方にいたトリストラムの肩に乗っていた。ギラギラ光る金貨は光を点滅させる。
『何だよ。マーリン』
「気を強く持て! 飲み込まれるな!」
『……何の事だ。……すまん。大丈夫だ。気にするな』
点滅がなくなり元の輝きに戻った。
ーー何の話?
トリストラムとランスロットも首を傾げた。マーリンは「……なら良い」と視線を落とした。
「えっと、今の黒猫は?」
マーリンが説明してくれた。
「あやつは魔女のモルガン。かつての儂の友だった。だが、魔王サタンに魅力され儂を裏切った。側近として儂らを偵察にくるのじゃ。魔女は黒猫になれるからな。あやつのせいで罪のない魔女や猫がモルガンだと勘違いした人間に殺された。悲しいの」
ーーそんな。あの村の猫ちゃんもモルガンのせいだったんだ。
私は悲しくなり顔を伏せた。




