回る男
「ぐるぐるぐるー」
「……目、回らない?」
「ぐるぐる、ん? 何?」
「…何でもない」
「そ。ぐるぐるぐるー」
何が楽しいのか、球体を両手で掲げて掛け声と共に男は回転し続けている。
男は止まらない。
私は気付いた時にはもうこの、無限に白い部屋にいた。そしてすぐ前で男が今と同じようにくるくる回っていたのだ。
私は1つだけの椅子に座っていて、側にあるのは1つだけの机。その上には1冊だけ本が置いてある。
私は男を見るのに飽きて本をめくる。
何度この動作をくり返しただろうか。幸いなのは、何もしていないのに本の内容が更新されていることだ。
でなければ私は暇すぎて発狂していただろう。
「ねぇ!」
突然男が声をあげた。
私はのろのろと顔をあげる。
「運命って信じる?」
くだらない。運命なんて、そんなの言い訳か自己陶酔の産物だ。
「君ってさ、ずっとつまらなさそうだよね」
逆に、どうして男は球体をかかげて回っているだけで楽しそうなのか聞きたい。
「これはね、仕事なんだ。僕が世界をまわさなきゃ、みんな困るから」
なるほど、惑星の自転はこの男が作っていたのか。
荒唐無稽な男の言を、私はあっさり信じた。
「だけどどうせやらなきゃいけないなら、少しでも楽しんだほうがいいでしょ。せっかくの人生だもん。楽しまなきゃ」
男の言葉に私は疑問を感じて、聞いてみた。
「あなたは、生きているの?」
「いや、産まれてすらいないよ」
男は快活に答える。
「僕は神様だからね。最初から最後まで存在して、君たちを見つめてるのさ」
なるほど。確かにそういうことならば、ここに有る彼は産まれていないのだろう。
突如として何の原因も因果もなくそこに存在し始めるということは、『産まれる』のでなく『現れる』という表現が適切だ。
「まるで性質の悪いストーカーみたいだね」
「そんなことを言われたのは初めてだ。最も、僕以外の存在と会話したのも初めてだけど」
うすら寒いような気になって私が軽口を叩くと彼は笑った。
まるで会話そのものを楽しんでいるようだ。
私はたまたまこうして彼と対面しているが、私と彼は根本から異なる。
今の状態はまさに、望まぬ奇跡と言ったところか。
「で?」
「ん?」
「私はいつまで、ここにいるの?」
私が尋ねると男はおかしそうに笑いだした。
「あははははっ」
「? どうかした?」
「ははっ、だって君、どれくらいそこで本を読んでたのさ。普通はすぐに聞いてくると思ったのに、全然話しかけてくれないんだもん。さっきだって、また本を読みだすし」
私だって、本当はすぐに聞こうと思った。
ここは何処であなたは誰で、私は何なのか。
だけど、男があんまり楽しそうだから声をかけづらかったのだ。
「ここは、君たちの世界の外側さ。普通死んだ人は、世界から少しだけ離れた場所をさまよって記憶がリセットされると、また世界に戻って産まれるんだ。だけど君は、記憶を残したまま漏れてしまった。こんなの初めてだよ」
「ふぅん。つまり、私は異端なのかな」
「ありていに言えばね。だけど、最初は何だって異端さ。君たちが人間となるにつれていく過程にだって、僕は目を疑ったからね。進化スピードも多様性も、今までと比べられないくらい面白かったよ」
別にあなたを楽しませたくて進化したんじゃないけど……まぁ、いいや。
ところで、私はどうなるの? このままここにいるの? それとも世界に戻してくれる?
「それだけど、死んだ魂は一度世界から切り離されるんだ。だから自力で戻ってもらわないと困る」
私も困る。そんなやり方しらないし。
「だから、君には新しい世界に入ってもらいたい」
「は?」
「実はね、少しずつ生物を移転させて全く新しい世界を作ってるところなんだ」
「はぁ…断わる」
「早っ。ちなみに何故?」
「何となく」
「いいじゃん。まだ文化レベル高くないし、何なら最初から王様という設定にしてあげるよ」
「いらない」
「そう? じゃあ分かった。君、本とかファンタジーな世界好きでしょ?」
「まぁ、…本は好きだよ」
「じゃあ、君が望む物語に似せて世界を変えてあげる。君の好きな世界にしてあげる。どう? 魔法が使える世界に興味ない?」
それは…確かに魅力的だ。
私は年甲斐もなくファンタジーな世界には未だに憧れてたりする。
しかし…魔法を使ってみたい気はあるが、だからと言って戦ったり面倒なことはごめんだ。
「嫌だ。面倒」
「えー? じゃあ君はどうしたいのさ?」
「そうだなぁ……神様」
「ん? なに?」
「そうじゃない。あなたを呼んだんじゃないよ」
「?」
神様に、なろうかなってさ。
そう言うと男は相変わらず回りながら驚いたように私を見る。
笑み以外の表情が見れてなんだかしてやったりという気分になる。
「え? なれるの?」
「わからないけど、少なくとも今、私とあなたは同じ場所に立って、会話してるよ」
「うーん、だけど、ここは広くて僕はまだ僕以外の神様に会ったことがないんだ。もしかして、僕しかここにはいないのかも知れないよ」
ところで聞くけど、どうしてさっきは私のために世界を変えてくれるなんて言ったの?
サービスしすぎじゃない?
「え、んー、わかんないけど多分、君と会話できたのが嬉しかったんだよ。世界を見ているのは楽しいけど、ちょっとだけ、寂しいからね」
うん、だからかな。
「え?」
「私も一人じゃ寂しいから」
「でも…僕しかいないよ? 世界の中にはもっとたくさん君の仲間がいるのに」
「あなたを見て思ったんだ」
「何を?」
本当に、楽しそうだなって。
「え?」
「私も、あなたみたいになりたい。あなたみたいに、笑ってみたい」
駄目かな?
「………まずは、回って」
「え?」
「まずは見習い、君に世界はまだ預けられない。だから、本は置いて僕と回って」
「こっちにきてよ」
うん
私は、椅子から立ち上がった。
きっと、あなたみたいな神様になるよ。
忙しさの現実逃避に何となく書きだしたものなので、微妙なオチになりました。
この話、別世界に行ってしまおうかとも思いましたが、私の技量では短編にならないのでやめました。