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恋愛小説同好会  作者: 徒然真
1/1

桜花

自分だけの王国を手に入れた。

勿論、俺が手に入れた王国とは広大な王国ではなく、八畳一間の王国である。築四十年、月三万のアパートの一部屋だ。外見はボロっちいが中は意外とキレイである。はじめての一人暮らしだ。

今年の春、高校から進学し大学に通うこととなった。実家の東京からは新幹線で2時間弱の距離があり、当然一人暮らしをすることとなった。東北地方にある石佐和大学に入学するのだ。


春のプリズムに照らされながら、石佐和大学のキャンパスに立った。入学式を終え、最初の登校日。そこは喧騒に満ち溢れている。至る所でサークルの勧誘が行われている。これが大学か、、、だがそんなことよりまずは授業に向かわねば。俺、田中大悟18歳の記念すべき大学生活第1回目の授業だ。


✳︎


石佐和大近くのとあるアパートの一室。

「最初の授業午後の1時からだったよね?」

部屋の方から皐月芽衣の声がする。

「そうだよ。大学生活最初の授業だね。」

台所から私、橋本千尋が応える。今日は同じ学部の友人皐月芽衣が私の家に来ているのだ。

「さてさて今日は何かな〜??」芽衣ちゃんの元気な声が聞こえる。

「ハンバーグ、第二弾だよ!!この前のハンバーグよりふっくらしてると思うよ!」今回のハンバーグは自信作。思わず声に力が入る私橋本。

「な、なんと!あれよりもだと!!それは楽しみ〜♪」

相変わらずハイテンションな芽衣ちゃん。

私橋本は実家京都から、東北の石佐和大学に入り、一人暮らしを始めた。自炊ができる喜びからついつい料理を作りすぎてしまいます。よく隣の部屋の芽衣ちゃんを呼んで一緒にご飯を食べるようになった。


ふと芽衣ちゃんとの出会いを思い出す。

あれは大学の入学式の日。

ハンバーグ作りに力を入れていたら、ついつい家を出るのが遅くなってしまった。慌てて家を出たら、同じように慌てて隣の部屋から出てくる女の子がいた。その人が「あの〜、もしかして石大の入学式に行くんですか?」と元気よく話しかけてきてくれた。

「そ、そうなんです。ついついハンバーグ作りに集中しちゃって、、、時間がギリギリに、、、」

「くふっ、かわいいですね。よかったら、一緒に入学式行きませんか?私、皐月芽衣って言います。隣の部屋同士なんて奇遇ですね!」

皐月さんは可愛らしく優しい笑顔を浮かべた。初対面の人なのに自然と緊張が解けていく。

「私は橋本千尋と言います。よろしくお願いします。是非一緒に行きましょう!遠くからこっち来て知り合いもいなくてとても不安だったんです、、、それで、あの、よかったらなんですけど、ハンバーグ作り過ぎちゃったので、入学式終わって時間あったら一緒に食べませんか?あ、味は自信あります!!」

「そんな、いいの〜??もちろん頂きます!ありがとう千尋ちゃん♪」

それが私橋本と芽衣ちゃんの出会いだった。


「千尋ちゃん〜、ハンバーグ焦げちゃうよ〜!」いつの間にか芽衣ちゃんが後ろに来ていて、フライパンを覗き込んでいる。

「あっ、いけない!芽衣ちゃんありがとう!たまにボーッとしてて、料理失敗することあるんだよね」

「地元に残して来た想い人の事でも考えてたのかな?」

「も、もう〜、そんな人いないよ〜、、、」恋愛経験のない私はこんな冗談でもすぐ照れて顔を紅くしてしまう。

「もう、千尋ちゃんってば、かわいいんだから〜」と芽衣ちゃんがほっぺをつつく。

「さ、さぁ、できたよ。早く食べよう。また入学式みたいに遅れちゃうよ!」こういう話は苦手なので急いで話題を逸らす。

「それじゃあ、食べよう!あっ、私からも差し入れ〜、ポテトサラダだよ〜」


✳︎


新入生か否かは案外雰囲気で分かるものだ。


俺は無事第一回の授業を受け終わり、と言ってもガイダンスしかなかったが、教室を出る。

周りでは新入生達が早くも友達を作っており、初めての大学生活サイコー!、という顔をしながら教室から出て行く。

そんな周囲を見回して焦る俺。俺も早くサークルとかに入って友達作りたいなぁ〜としみじみ。中庭では、待ってました!!とばかりに、先輩方がチラシ片手に待ち構えている。


新入生である俺でも、新入生か否かはなんとなく分かるので、先輩方は尚更よく分かるのだろう。新入生と思われる人に迷いなくチラシ渡し、勧誘を行なっていく。先輩方は忍者の如く新入生の懐へチラシを潜り込ませ、目が合うと、ブラックホールの如く新入生は引力圏からは逃れることは出来ず新入生は勧誘を受けることとなる。もう両手はチラシで、頭は様々なサークルと部活の文言でいっぱいだ。

そんな猛者しかいない戦場の中、チラシを渡そうとしては手を引っ込め、また渡そうとしては躊躇してを繰り返す女性がいた。なんとなく新入生の雰囲気を感じるけど、チラシを配っているということは多分先輩なのだろう。そんな雰囲気の人もいるんだな。その人は、髪を三つ編みにしており、赤フレームのメガネをかけている。周りは戦いに明け暮れていて、その存在に全く頓着していない。

「全く、あんなに可愛らしい人なのに!」と心の声は高らかに言う。

その人の肌は白く透き通っており、腰は驚くほど細い。ついついその細い腰に目が行ってしまう。困った様な苦笑いを浮かべる顔が、まるで戦場に紛れ込んでしまった乙女のようで、その可憐さを際立たせる。とてもかわいらしい。よく見ると文芸サークルと書いてあるチラシを沢山持っている。

「ふぅ〜ん。俺、本読むの好きだし、文芸サークルなんてのもいいかもな」と思いその人の下へ向かう。


「あの〜、チラシ下さい」と言ってその人の前に立った。近づいて改めて、めちゃくちゃかわいい人だと思った。肌もきめ細やかで美しい。あんなに体は細いのに胸の膨らみはしっかりある。

おいおい、何処見てる!!

「あ。ありがとうございます。ぶ、文芸サークルに関心があるんですか?」と言いながらチラシを渡してくれた。その手はとてもキレイで指は驚くほど細かった。

「そ、そうですね。本とか読むの好きなんで、そういう選択肢もありかなぁと思って。」


「文芸サークルというよりもあなたに関心があります!!」とは言えない。


「そ、それは、よかったです。実は私も入ろうと思ってて、いや、入ってるんですけど、、、そう言えば、このチラシに書いてある様に新歓やるんですけど、、よかったら来て下さい、、、。あの、、」

何か言い掛けたが、彼女の後方から、

「あのー、チラシ下さい」という声を聞いてそちらを彼女はそちらに振り向こうとし、続きは聞けず終いになってしまった。

俺もそちらの方を見るとかなりカッコいい奴が立っていた。

彼女が急に振り向いた勢いで、抱えていたチラシの束が宙に舞い、まるでクラッカーから飛び出た紙吹雪の様に壮大に散った。

「あわわわ、、」

その人が小さく声を上げる。

こんな場面でこんな気持ちを抱くのは申し訳ないと思いながらもかわいいなと思わずにはいられなかった。


✳︎


大悟が文芸サークル員からチラシを受け取る少し前のこと。


私橋本と芽衣ちゃんは第一回の記念すべき授業ーといってもガイダンスのみ、しかも予定より20分前に終わったーを終え教室を出ながら二人で話していた。

「芽衣ちゃん、ガイダンスだけだったね。どんな感じなのかなって気張って損した気分〜」

「まあ大体最初の授業なんて、こんなもんでしょ。そんなことよりサークル何にするとか決めた??」

「ううん。そういえば入学式の時、沢山チラシもらったね。どうしようかな??また広場に沢山の人がいるね、、、」私橋本、こんな人混みは苦手です。

「そうだね。何か良さそうなサークルがあるかみてみ、、」

芽衣ちゃんが言い終わる前に突然、

「おお〜い、そこのかわいいお二人さん!!」という声が割って入って来た。


まさか自分たちに対して声が掛かったとはつゆも思わず、そのまま行こうとする。

「おお〜い、待って!君達のことだよ。当然ゴメンね、怪しいものじゃないから、俺は文芸サークルの者なんだけど、よかったらチラシ配り手伝ってもらえないかな??」

「えっ、で、でも私達まだ一年生なんですけど、、」芽衣ちゃんが面喰らった様子だがしっかり対応する。

「あ〜、うん。そこら辺は気にしないで大丈夫。でもバレると、、ゴホン。君達は文芸サークルにすごい向いてると思うんだ。俺は文芸サークルをやって来て足掛け6年なんだけど、その俺が言うんだから間違いないよ。実は高校でもやっていてね。まあ、俺の話は置いといて、文芸サークルとか興味ないかな?」と一気に喋った。

一方的だが自然と嫌な感じはしない。むしろその人懐っこさに好感が持てた。芽衣ちゃんも同じ気持ちなのか、緊張を緩めて、

「実は私、本とか好きなんで、文芸サークルとかアリだと思います!」と応えた。

「おお!!それは素晴らしい!では君達は今日から文芸サークル員だ!!そっちの君も大丈夫かな??」

「はい、ちょうど入るサークル決めかねていて、、私もほ、本が好きなのでいいと思います」

「即決で素晴らしい!それは良かった!では早速部員になって最初のお仕事ね。まずはバレては、、ゴホン。いや、まずは文芸員らしくなってもらいましょう!!」と言って、二つのメガネを取り出し、二人に手渡す。

「あとは佐羽田さん頼んだよ。」と後方の草叢に向かって言い、何処かに走り去ってしまった。

「なんか風の様な人だったね、芽衣ちゃん」

「あれはもはや嵐だわ。でも全然嫌な感じしなかったね。そう言えば佐羽田さんとか言ってたけど、、」

「はい、佐羽田と申します。ささ、こちらへ」といきなり小柄な女性がひょっこりと現れた。そして二人の手をとり女子トイレに連れて行く。

「ではこれから文芸サークル員になってもらいます!」

「あの〜、そ、それはどういうことでしょうか?」あまりの意味不明さに橋本は聞かずにはいられない。

「先程の佐々木部長のイメージする文芸員の女子というのは、メガネに三つ編みっ子らしいです。是非ビラを配るときにその格好になって欲しいんです!もちろん強制とかはないんですけど、どうですか?」

どうですかってなんなんだろう??と言うか、さっきの人部長だったのか!なんか文芸員女子のイメージ偏ってるなぁ。やっぱりそう言う人が多いのかな?足掛け6年と言ってたして、、たしかに佐羽田さんも三つ編みメガネっ子だ。片手には何か難しそうな分厚い本抱えてている。なんだかさっきから展開が早すぎて私橋本ついて行けません〜。

「千尋ちゃん!なんだか面白そうだね!!やってみようよ!私三つ編みなんてしたことないからしてみた〜い!」

なんだかノリノリの芽衣ちゃん。もうどうにでもなっちゃえだ。

「はい。だ、大丈夫です!文芸員っぽく宜しくお願いします。」

「じゃあお二人さん、文芸員女子メイクアップね!」


気付いたら三つ編みメガネっ子になっていた。そして勧誘合戦の行われる戦場に一人立っていた。なんだかよく分からない『カラマーゾフの兄弟』という分厚い本を持ちながら。効率よく配るため芽衣ちゃんと佐羽田さんとは離れて配っている。なんだか大学生って大変だなぁ。佐羽田さんから言われた新入生だとバレないようにという忠告に注意して、先程から人混みに揉まれ、全くチラシを配れずにいる橋本であった。


✳︎


プリズムを通過する光のように、入学前は石大生としていっしょくただった新入生たちは、大学生活を通過して行く中で、少しずつ違った色合いを帯びていく。

春のプリズムを通して、ある人は違う場所へある人は同じ場所へと向かう。



チラシが宙に舞う。懐からも何やら分厚い本が落ちる。あわわわぁ、と言いながら三つ編みの人は呆然としている。俺とイケメンの人は急いでチラシと本を拾い集める。それを見て三つ編みの人も急いでチラシを拾う。

「あ、あの、すいません。」と申し訳なさそうに三つ編みの人が二人に謝る。

「いえいえ、それよりも早く拾っちゃいましょう」と俺は応える。チラシの大半はコンクリに落ちたので問題ないが、本がちょうどコンクリの隙間の土の上に落ちてしまい汚れている。俺は無意識に服の袖で本に付いた土を急いで落とした。

「大体はコンクリに落ちたんでよかったですね。はいどうぞ」とイケメンが言う。

「すいません。ありがとうございます。ありがとうございます。も、申し訳ありませんでした」

「いえいえ、そっちの方も大丈夫そうだね」と俺に話しかけて来た。改めてカッコいい奴だと思う。少し三つ編みの子からは目を逸らし気味に汚れた袖を隠しながら

「ど、どうぞ。あと本もです」

「す、すいません。本もありがとうございます。本当にすいません、、あの土が」

なんとなく土の付いた袖のことは知られてはいけない気がし、

「あの、よかったらこれも何かの縁ですし、食堂で話しませんか」とイケメンに声を掛け、「先輩もチラシ配り大変だとは思いますが、頑張って下さい!」と三つ編みの先輩に声を掛けイケメンとともにその場を急いで立ち去った。



「ど、どうぞ。あと本もです」と最初に声を掛けてくれた人がチラシと本を手渡してくれる。

「す、すいません。本もありがとうございます。本当にすいません、、」

手渡す手とその袖が土で汚れているように見えた。だが手をすぐに体の後ろにやり確かめられない。渡してもらった『カラマーゾフの兄弟』の表紙にはほんの少し土が付いている。も、もしかして、、、本に付いた土を、、

「あの土が」と言った時

「あの、よかったらこれも何かの縁ですし、食堂で話しませんか」と最初に話しかけてくれた人は二番目に話しかけてくれたイケメンくんに声を掛け、私の言葉は中断されてしまった。

「先輩もチラシ配り大変だとは思いますが、頑張って下さい!」と爽やかな笑顔でイケメンくんとともにその場から立ち去ってしまった。その人の手と服の袖は土で汚れていた。



食堂にて

「文芸サークルとか興味あるんですか?」イケメンに聞いてみる。

「うーん。そういうわけじゃなくて、、、実は遠目からあのビラ配りの戦場を見てたら、配れずに困っている人がいて、まあそれが文芸サークルのあの人だったんだけど、もらってあげようと思ったってのが正直なところかな。ちなみに俺、田中舜。よろしく」

「同じ苗字だな。俺は田中大悟。よろしく!実は俺も同じ感じで、、」

二人はその後すっかり意気投合して、二人で文芸サークルに入ろうということに落ち着いた。二人は同じ法学部であった。

舜はイケメンだし性格もいい。もう素晴らしい奴だ。なんかいい友達できたなぁ。それも含めてあの可愛い先輩には感謝だなぁ。

「じゃあ舜、今度の新歓で」



飲み会ではサークルについて、本当に僅かながらの説明があった。部長のような人が前に出て来て簡単に説明した。とにかくとてもゆるいサークルっぽい。

「和やかで、アットホームなサークル」をモットーにしていると部長は強調していた。

定期的な活動はなく。好きな時に来ればいいらしい。でも必ずグループで一つ小説を書いて、大学祭で小説集として売り出す恒例行事がある。あとは年に一回必ずサークル全体で合宿を行うらしい。詳しい説明は入部説明会で行うとのこと、、、


舜とは隣に座ってビールを酌み交わした。初めてのお酒に俺は凄い緊張した。まあ少しくらいなら父親からもらって飲んだことあるけど一回もおいしいと思ったことはなかった。それに比べて舜は慣れたようにドンドン飲んでいき、早くも一杯目を空にし、白ワインをオーダーする。

「なんか、お前ははなんでも卒なくこなすんだよなぁ。俺が女子だったら間違いなく惚れると思う。まあそっちのけはないので安心しろ舜」と心の声が漏れて舜に話しかけていた。お酒が入ってなのか少しテンションが高くなっている。

「よかった。安心したわ」

こういうところも卒がない。なんか会うのが二回目とは思えないな。酒を飲みながら改めて意気投合した。

新入生たちも次第に飲み会に慣れて来たのか始めのギコチナイ感じはゆったりと氷解し、少し興奮気味の楽しい雰囲気になっている。そこかしこで会話が花咲いている。これが高校生では味わえないか、まだお酒はあんまり好きじゃないけど、飲みニケーションというやつはいいものだな、と思った。

舜が滅法酒に強くドンドンコップを空にしていく。また進め上手で俺はすぐに人生初めて酔いというものを経験した。舜の奴は、酒に慣れている。まだ慣れていない俺はもう視界もぼやけてとろんとしていた。舜とばかり話して盛り上がっている。「そういえばビラを配ってくれた人は?」と言って、あの可愛らしい先輩をぼんやりと探した。すぐに目についた。暗い居酒屋の中で、美しい白蓮が咲いているようだ。可愛い。 今日はあの時のように三つ編みではなく、ポニーテールで長い髪がしっかり結ってある。 肌は艶やかでまるで真珠のような透き通った白い肌だ。お酒を飲んで少し頰が紅く染まっているのが可愛い。その蓮は白い春物の白地のセーターとタイトな黒いスカートに身を包んでいる。タイトな服装が体のラインを強調している。特に腰が細っそりりしていて、、、もうこの辺にしておこう。今日は心の声がやけに主張してくる、、

「心の声、少し漏れ聞こえてるぞ、、大悟」というツッコミが入るが、意識はまだあの人に向いていて気付かない。

「名前はなんと言うのだろう?」あの人の周りには沢山の人がいて近づくのは難しそうだ。先程サークルの説明をしてくれた部長らしき人もいて何やら親しげに話している。あの可愛い先輩の隣には元気いっぱいなこれまた可愛げな人が楽しそうに話している。

「ちょっと近づくのはムリだな、、」

「そうだな。まあまあ飲みなよ」

舜との話は驚くほど盛り上がった。思わず飲み過ぎてしまった。と言っても潤ほどは飲んでないんだけど、、、舜はワインに焼酎、ウィスキーのロックなど俺よりも遥かに飲んでいながら顔色一つ変えずケロリとしてる。俺は一人では帰れないほど酔いつぶれてしまった。飲み会もお開きになり、とても二次会に行ける状態ではない俺を、舜が家まで介抱してくれたらしい。(飲み会の終わりあたりから記憶がない。)その道中であの先輩のことを大絶賛していたらしい。


もちろんこれは後から知ったことであり、このことがしばらくの間、舜からのからかいの種になったのは言うまでもない。舜からは酒は飲んでも飲まれるなという有難い助言をいただいた。いやお前が勧めるからだろというツッコミはさておき。


やっとガイダンスの波も収まり、授業が本格的に始動し始めた頃。舜と授業を一緒に受け、食堂に向かう。

「舜、今日はハンバーグ定食だ!ポテトサラダもついているぞ!」

飲み会の帰りの一件以降何度かからかわれたが、その波も収まりつつある。今日もその子について二人で話していた。

「あの人は何を食べてるかなぁ」

舜が「またあの人のことかよ〜!でも飲み会の時の格好は可愛かったな。先輩だしハードルは高いと思うけど頑張れよ。まぁ、ハンバーグとか食べてたりしてな」

「いやいや、そういうんじゃなくて、、、うん。いや、どんな奇跡だよ!あんなにかわいらしい人だったら、フレンチでも食べてるだろ!」と、いつものようにくだらない話をしていた。



隣の食堂にて。

「なんかね、学校の近くにできたカフェ、もう行った?」

小さくハンバーグをつつく芽衣ちゃんが橋本に聞く。

「なにそれ!行ってないよ〜。この間サークルの新歓でお酒飲んだから、今度はおいしいコーヒーとかケーキとか食べたいな♪」

「そうだよね!さすがに、未成年でお酒はキツかったなあ。そういえば、新歓の時、すっごいカッコイイ人いたの覚えてる?!」

芽衣ちゃん、イケメンの話になると目を輝かせて言う。かく言うわたくし橋本もそうだけど…。

「…あ!覚えてる!!今思い出したけど橋本、その時めっちゃ酔ってたから視界がぼやけてて、思い出補正かかって余計キラキラしてる…!」

そう、あの時橋本は初めてお酒を飲んで視界がボヤボヤしていた。

「ふふっ、千尋ちゃん、キラキラは大袈裟でしょ。それマジでヤバイとかじゃないじゃん」

芽衣ちゃん、今吹きそうになったな。

「芽衣ちゃん、そのイケメン君はね私のビラ受け取ってくれた人なんだよ」

「なにそれ!羨ましいー!そう言えば、なんかそのイケメン君なんだか隣の人とヤケに盛り上がってたね」

「そ、そうだね。そう言えばその隣の人のこと覚えてる?」

と半ば興味本位で聞いてみる。彼女はあんまり覚えてないと言わんばかりに首を傾げてしまう。

「うーん、、お酒飲み過ぎて酔っ払ってた気がしたけど顔は思い出せないかも。その人がどうかしたの?」と逆に聞き返されてしまう。私は少し焦って別に何でもないよと強めに否定してしまった。なんだかその人の話をする時、一瞬、時芽衣ちゃんの顔が強張った様に見えたのは気のせいかな。

「隣の人がかっこよかったから霞んただけなのかな、でもイケメン好きの芽衣ちゃんが覚えてないっていうことはそんなことないのかな」なんて考えてしまう。

私も顔はあんまり覚えてないけど、その人について少し気になったのだ。あのビラを最初に受け取ってくれた人だし、と最もらしい理由を付け加えておく。

イケメン君の隣で霞んでたけど、顔は整ってたし、あの時手と服の袖まで汚して必死に落としたビラを拾ってくれてとても優しそうだったし。何かお礼でもしたいなと思う。

次に会えたら話しかけてみたいな。でもまずはイケメン君と仲良くなりたいな、何て思いながらハンバーグの最後の1切れを口に運んだ。



「今日はいよいよ待ちに待った、初めてのサークルの活動日だー!」

この日のために昨日、舜と一緒に駅前のPARCOで服を買いに行ったんだ。一応、あの人に会うのからね。舜にいい感じの服をセレクトしてもらった。

「こ、これでいいかな?」

「おお!いいんじゃない!あの人も気にいると思うよ」

「おお!そうか〜。いやいや、あの人というよりは最初の顔合わせだからさ。第一印象って大事じゃん?それにしてもさすが舜セレだ!」

「舜セレ!?」

回想終わり。さぁて、舜セレという最強の戦衣に包まれ、文芸サークル部室に参りますか。新しい服に自然と気分が上がっている。



「あちっ!ちょっとキツく巻きすぎたかな」

慣れないコテを使って髪を巻く。いつもは特に巻いてないけど。

今日は文芸サークル活動初日。なんでか知らないけど、すごくドキドキして手が冷たくてうまく髪を巻けない。

結ぶからまあいいか。

軽くお昼を済ませてから、芽衣ちゃんとサークル棟に向かう。

「芽衣ちゃん、あの人来るといいね」

「そうだね。千尋ちゃん、今日気合い入ってるじゃないの」

「だ、だって…。そ、そういう芽衣ちゃんだって、今日ガッツリメイクじゃないの」

そう言って談笑しながら、サークル棟へと向かう。



サークル棟の中はと言うと、、、流石期待を裏切らず、部室の中は壁という壁が本で覆われている。本棚と本棚の唯一の隙間に凡事徹底と書かれた(解読するのに時間を要した。これが達筆というものか)掛軸が掛けてある。いくつかのテーブルは端っこに寄せられていて、その上には何台かのPCが置いてある。本と本の隙間には所々にお洒落な置物や写真が飾られている。とてもお洒落な空間だった。床は畳でなんか落ち着く。高校時代の陸上部の部室とは大違いだ。祖父の書斎を思い出す。うちのじいちゃんも本が好きで俺によく書斎を見せてくれた。そんなじいちゃんの影響から本を読むようになったっけ、、

舜と一緒に部室に入って行くと、もうみんな集まっているようだ。

新入生と先輩部員が入り混じり合っている。すぐに見つけた。

あの人もいる!と一人テンションが上がる。今日は髪にウェーブがかかっていて、後ろで縛ってある。なんだか今日オトナっぽいなぁ。そういえば、あの人は何年生なんだろうか?

「みんな、よく来てくれたね~!さあさ、みんな荷物は端っこにおいて真ん中で輪になって〜!」部長がアナウンスする。

新入生と部員はそれぞれ十数人程度。部屋は10畳程度なので少し手狭である。新入生が初めて来るというのに、飲み会よりもだいぶ部員が少ないな、と思ったが、この参加を強制しない感じに、また好感を持った。

そして、運の良いことに自分の向かい側にあの人がいる。と言っても、彼女に合わせて向かい側に来るよう舜を強引に引っ張った、、

彼女の隣には、飲み会の時にも元気いっぱいだったかわいらしい子がいて、彼女はその元気そうな子と楽しそうに話している。


イケメン君の斜め向いだ!!!

芽衣ちゃん、ニヤニヤしてる。

すごくわかりやすくてかわいいな。

思わずこちらも微笑んでしまう。

小声で「イケメン君の隣だね」と囁く。するとイケメン君の隣の男の子を見ながら上の空で返事をする。

イケメン好きの芽衣ちゃんがこの話題に食いつかないなんて!?



彼女の見せる笑顔に、思わず見惚れて、少しボーッとしてしまった。舜に肘で小突かれたのは言うまでもない。


「じゃあ、この間の新歓でもサラッとだけどやった自己紹介をしまーす!今回は名前覚えるまで何度もするよお!ありがたく思いたまえ諸君!!」

周りはみんな苦笑い。

文芸サークルにしては異様に元気な四年生の部長の声で、自己紹介が始まった。


「石井です。よろしくお願いします。実は、出身は地元の仙台で、〜〜〜〜。〜〜。」

長い、長い、長い!1人目からこんな調子なのか!内容が耳からすぐ抜けて行く。辛うじて石井という新入生であることのみを記憶した。

その次に新入生の和田くん、佐藤さんと続いて行き、、

それ以上はもう名前を覚えられなかった。

「名前覚えるの苦手なんだよな〜。でも、そう言えば、小学生の時に途中で転校して来た女の子の名前はなんか覚えやすかったけか、、、」



自己紹介が続いて行き、イケメン男子の自己紹介が始まった。

イケメン君はゆっくりとした低い声で話し始めた。

田中舜君っていうんだ。

やっぱり声もかっこいいんだなあ。



「、、、今では流石に覚えてないけど。確か大人しい子で、よく本読んでたなぁ。俺もじいちゃんの影響で本を読み始めた頃だったから、よくその子からオススメの本とか聞いてたっけ、、」

と懐かしい回想は舜の肘の小突きで中断された。

舜はサラリと自己紹介を終えており、いつの間にか俺の番が回ってきていた。

「え〜、あ〜、田中大悟です。え〜っと、今は一人暮らしをしています。出身は東京です。と言っても都会というよりは下町のほうに住んでいました。小説とか読むの好きなのでよろしくお願いします」

ふぅ〜、結構緊張するもんだなぁ。

ちょっと落ち着いたところでふとあの子を見ると、一瞬目があったような気がした。まぁ、自己紹介してたから当然かぁ。



田中大悟君か…。

新歓の時もイケメン君の隣にいた男の子だった。

橋本は、田中君をついついガン見してしまった。

今目が合った?ドキドキした?

いやいやいや、まだ話した事ないのに何考えてるんだ橋本!

きっとイケメン君がいるからテンション上がってるんだよね…

そうだよね。

何かの気持ちを押し込みながら、そう思った。



彼女の友達が自己紹介とはいえすごいこちらを凝視ている。俺の服装に何か変なとこでもあるのだろうか。

慌てて服装をチェックすると、彼女はそっぽを向いてしまった。


また何人の紹介が終わる。

そして、彼女の友達であろう元気な子は、皐月芽衣であり、五月生まれらしい。これは覚えやすい。あれっ?そう言えば今1年生って言わなかったか??

疑問を残したまま、あの人の自己紹介に全神経を集中させる。



そんなことを思っているうちに、芽衣ちゃんが自己紹介をし、その後順番がまわってきた。

部員全体の視線を浴びながらあたふたと戸惑ってしまう私橋本。

「緊張する…何話せばいいのかな」正直ほかの人の自己紹介など耳に入ってこなかった。覚えているのはイケメン舜君と大悟君のダブル田中君の自己紹介くらいで、気づいたら私の番になっていたのだ。

「大悟くんって言うんだぁ…大悟君は自分の出身の話と小説が好きだって言ってたな…私も小説が好きだし同じような自己紹介でいいかな。後で話せるきっかけになるだろうし」少し計算高い私自身に笑いそうになりながらも震える声を出し自己紹介を始める。



「私は…石大の文学部1年生の橋本千尋っていいます。よろしくお願いします。あっ、みなさん石大生でしたね。…こういう風にみんなの前で話すのは慣れていなくて…。地元は京都の四条木屋町です。ええっと…私も小説が好きでこのサークルに入りました。よ、よろしくお願いします!」

やはり終始緊張で自分でも何を言っているのか分からなかったが何とか自己紹介はおわった。



かわいい、橋下さん、かわいい。

心の中ではこう叫ばずにはいられなかった。

「橋下、好きだー!」と。



ふうっと安堵しながらチラッと斜め向かいに目をやると何だがハイテンションの大悟君が見えた。

どうしたんだろう、私の自己紹介そんなにおかしかったかなと少し不安になり、少し俯向く。



興奮して思わず忘れてたけどあの人は新入生なのか?どう言うことだなんでビラ配ってたんだろう?と謎は深まりより混乱する。

舜の方を見ると、舜も首を傾げていた。



自己紹介は無事に終わって、佐々木部長(ついに名前が発覚しました)から、サークルの活動についての説明が始まる。

それを橋本は心の中にしっかりと刻み込む。


・一番大切な活動は大学祭に向けての執筆!おもしろそう〜♪

・1チーム4人くらいで一つの作品を作る!どんなチームかな?期待!(≧∇≦)

・基本的に活動日は決まっていない!

・たまに、執筆進行を担当の先輩がチェック&アドバイス!

・もちろん色んな行事あり!!(*^o^*)

お花見、スポーツ大会、芋煮、大学祭での出版…

お母さんに頼まれる買い物に比べれば、朝飯前だな〜と、一人得意になっていた。


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