第五話 ベルファスト王国 前編
2028年 四月一日。現地時間 午前9時。
僕らは、「トンネルを抜けるとそこは、、、」となることもなく、一瞬で岐阜県神岡町から目的地へとたどり着いた。
こうも秒だと本当に地球じゃないのか、夢ではないのかと心配になる。
最近では、ARだけでなくフルダイブ型のVRがあるとか、ないとか。。。
幾度となく臨死体験を繰り返してきた身からすれば、ちょっと疑ってみたくなる。。。
しかし、どこまでも続く青い大空。今までに感じたことのないほどの新鮮な空気。目下に広がる畑は非日常ながらも現実を実感させる。
本当に異世界に来てしまったんだなあ。
今はまだ遊びに来たような感覚だけれども、少しずつ慣れていくのだろう。
ふと涼しい風が吹く。
草が揺れ、隣にいる蛍の髪が、カバンに付けた招き猫が、揺れる。
何も説明していなかったけれど、ここは小さな丘の上で、背後はごつごつとした崖。
足元には、脛くらいまで雑草が伸びている。
現在の率直な感想は、「なんかいい」。
世界史の資料集で見たような中世ヨーロッパの田舎の風景が広がっている。
遠くの方には、レンガ造りらしき建物が並んでいるのが分かる。
そして今、じわじわと太陽が照らす丘の上で、新たな冒険を始めようとしている少年、少女がいる。
おっと、あれは太陽なんだろうか。
もしかしたら、違う名前なのかもしれないなあ。
後で確認しなくては。。。
任務、、、というか仕事がどのようなものかは詳しくは決まっていない。
単なるお飾りかもしれないし、毎日のように王都へ出向かないといけないかもしれない。
場合によっては、これから異世界の言葉も学ばなければならないだろう。
多少の苦労はあるかもしれないが、その程度で済むなら日本よりよっぽど楽だ。
「ええ雰囲気のところやん。」
どうやら義一も同じ考えだったようだ。
蛍も舞姫もうなづき、自然とみんな笑顔になる。
僕を含めて多分、深層心理では楽しみで仕方ないのだ。
「それではこれより、皆さんをご案内します。」
富山空港からここまで送迎してくれた、若干イケメンお兄さんがそのまま宿舎へも案内してくれるらしい。
なんだ、ただのお車係じゃなかったんだ。。
「はい。」
四人がぞろぞろとついていく。
右手奥に見える仮設テントで寝泊りするんだろう。
「そういえば、お名前を伺ってもいいですか?」
舞姫が案内役のお兄さんに向かって尋ねる。
「え~、あ、はい。 外務省の西島といいます。」
お兄さんが答える。
そうか。。。西島さんって言うのか。。
しかし、どこかで聞いた気が。。
「一応、会った時にもご挨拶してますからね!」
名前を覚えていなかったことに少し拗ねているようだ。
それは、シンプルに申し訳ない。。。はい。
って、誰も覚えてなかったって、どれだけ影が薄いんだか。
「でも外務省の方ってことは偉いんですよね~。」
蛍がのんびりとした口調で話しかける。
西島は若干頬を緩めながら、、、
「実は私、もともと東京都庁の職員だったんですよ。
でもなんか急に外務省へ異動ってことになって。。。
これはただ事じゃないって思ったらいつの間にか、ここにいました。」
つまりは、正規の官僚ではなく事務や雑用のために呼ばれたということだ。
彼は笑って答えるが、客観的にみてこれは笑えるのだろうか。
「これってヤバイんじゃないの?」
こそこそっと舞姫に話しかける。
「多分そうよね。見た感じ、仕事も出来なさそうだし。」
そういって呆れた顔で見る。
「ほんまに可愛そうなことやで。」
義一も参戦して同情する。
何がかわいそうって、国が隠している事案に関わってしまったということは、これが明るみに出るまで開放してもらえないってことだ。
僕たちならもともとそういう世界でやっているし、偽名だ偽のパスポートだと色々と手段はあるが、彼の場合、かなりの間、元の生活に戻れないだろう。
「もしかしたら、彼の存在はもう消されてるんじゃないの?」
舞姫がちょっと意地の悪いことを言う。
が、可能性は大いにある。
「ありえるわな~。」
義一も同意見のようだ。
ただそれを知ったからって僕らは何もできない。
ので、せめてもの弔いにと3人揃って目をつむり、合掌する。
「お疲れ様でした。」「・・・でした。」「でしたー。」
拝まれている当の本人は、楽しそうに蛍と話している。
確かに、現役女子高生がここにやってくることなんて、まずありえないだろう。
これからのことは分からないが、少しでも幸せに感じてもらえればそれでいい。
こうしてテクテク10分程歩くと、自衛隊の基地にたどり着いた。
転移座標のそばに作らなかったのは、資材を運びやすくするためだろう。
しかし、僕らはその仮設テントの前を通りすぎていった。
「西島さん、西島さん。 ここじゃないんですか?」
頭をかしげながら舞姫が尋ねる。
「ええ。 我々、政府の職員は専用の官舎で暮らすことになっています。」
よく見ると、もう少し歩いたところに少し大きめの2階建ての建物が二棟ある。
「手前が事務棟、奥が宿泊棟です。
ひとまず荷物をそちらに置いてきてください。」
そう言って彼は事務棟へ走り出す。どうやら鍵を貰いに行ったようだ。
「ふ~、よいしょ」
一人リュックサックを選択した義一が荷物を下ろす。
ってあんなけ訓練やってるんだから、絶対疲れてないだろ。。。
それが分かっている女子二人も苦笑いする。
「はい、こちらが宿舎の鍵です。
男子の皆さんは208号室、女子の皆さんは209号室を使ってください。」
長期的に使用する予定なのか、一応まともな鍵が支給される。
部屋は、六畳一間って感じで水道も冷蔵庫もない。
ただ、トイレとエアコンは完備してあり、最低限生きていくことはできそうだ。
食べ物も食堂で食べろということなんだろう。
水は、ミネラルウォーターが一日に数本支給されるから大丈夫だ。
寝具は、、、見当たらないが寝袋を持ってきているから、最悪の場合はそれを使えば大丈夫だろう。
「それでは、僕はまた別の仕事があるので、これで!」
西島さんがそそくさと戻っていく。
どうやら、ずっと送迎係をやっているらしい。
「ということはここからは、俺らで行動せいっちゅうことやな。」
義一が現状を確認する。
「まず、新しい指揮官って人に会わないといけないよね!」
珍しく蛍が指針を確認する。
「そういうことです。という訳で事務棟へ向かいましょう。」
と、歩き始めたその時、
「あら~、よくいらっしゃいました。 “捕食者” の皆さん。」
聞きなれた、それでいて背筋がぞっとする声が耳に響いた。
「高野管理官!?」
四人が一斉に叫ぶ。
彼女の名前は高野 亜依。
国立一ツ橋高校の先輩でもあり、666部隊のナンバー3でもある。
かなりのやり手で、東大を卒業後、内閣府に入ったとは聞いていたが、まさか直属の上司になるとは。。。
「ちょっと部屋まで来てくれるかしら~。」
長い黒髪を揺らしながら、彼女は事務棟の方へ歩き始める。
「あ、はい。」
美人な先輩に翻弄されながら僕らも歩き出す。
あの人が関わってるって、ここで今、何が起きてるんだろうか。。。