第一話 黒い校長室 前編
2028年3月16日。国立一ツ橋高等学校、校長室。
私こと2年C組の神崎 浩志を筆頭に生徒4人は、午前の授業を受けたあと、校長室に呼び出されていた。
毎度のこととは言え、何を言われるか分からない緊張感とワクワク感でテンションが上がる。
「今年に入ってからここに来るのは何回目になるんやろうね。」
笑いながら隣にいる元気で幸せそうな美少女に話しかける。
「三回目だよお! 今回はどんな要件なのかなあ。」
同じクラス兼、幼なじみの渡辺 蛍が笑顔で答えてくれる。
いや~今日も可愛い。あざとい。素晴らしい。
若干、身長が低いことも相まって上目遣いになるあたり、胸がときめいちゃう。
やっぱり、気楽に女子が話してくれるっていうのは嬉しいことだ。
まあ、さりげなく手を触れたりしてくれたら、もっと嬉しいんだけど。
そこまで期待するのはちょっと強欲かもしれない。。
「どうせ、けったいなことやろなあ。」
容姿、性格から “おっさん” というあだ名がついた樽床 義一が笑って話に入ってくる。
おっさん、今日も関西弁丸出しやなあ。
人のことを言えた義理じゃないのは分かっているけど、東京でちゃんと生きていけてるのか心配になってくる。
あ、でもこの人より生命力強い人を見たことないや。
「私は、なるべく平穏な高校生活を送りたいんだけど!」
これは、義一と いとこの関係である、2年A組の島村 舞姫。 彼女は不機嫌ながらに激しく主張する。
舞姫…というか、仲間内では “踊り子ちゃん” とか “バレリーナ”とか言われている彼女は、このグループで唯一のツッコミ担当。
いつも想像の斜め上のことしか、やらかさない僕らにとって、彼女の需要は計り知れない。
精神的負荷は相当なものだろう。
ここでは、
いつも申し訳ない! と同時に これからもよろしく! と笑顔でテレパシーを送っておくことにしよう。
客観的に見れば、来客用のソファに堂々と座り、お茶会と物色を始めている様子は、かなりやばい。危険。
しかし、相手が校長室だろうが職員室だろうが、この四人が集まれば礼儀も常識も通用しない。
いや、舞姫は止めに入るんだが、結局は制御が効かなくなってしまう。
そして、どんなアウェイな空間でもホームに変えてしまう。
今日もいつも通り、会話という名のコントが繰り広げられていく。
「このお茶菓子おいしいね! 売店のシフォンケーキよりも高いんだろうなあ。。」
と、蛍が勝手に置いてあった菓子箱を開いて食べる。
ちょっと、というかかなりヤバイんだろうなあ。
あの校長が用意してたものだからなあ。
怒られるだけだったらいいけれど、変な薬とかはいってないか心配になる。。。
これだったら先に味見しておくべきだった。
まあそうなると、確実に犯人は僕になるんだろうが。。。
「神ちゃん。このビンに入ってるアメ、なかなか美味いでえ。」
と義一がテーブルの端に手を伸ばし、そそくさと二個目を開ける。
蛍といい、おっさんといい、美味そうに食べる。
え、そんなに美味しいんだったら僕ももらおかな。
さっきから気にはなっていたんだ。。。
意を決して、ひょいと透明のビンからはちみつ味っぽいアメを取り出す。
こんな所においていることからして、スーパーで売っているような物ではないんだろうなあ、
と軽く推理力を働かせて確信する。
うん。美味い。 やっぱりはちみつ味だ。
なんか高級そうなアメはどれも、はちみつかメープル味な気がする。
「美味いわ、これ。 ありがと、おっさん」
一応、軽く感謝を伝えておく。
「そやろ。もろて帰ろかな。」
いや、そこまでするのは図々しいんじゃないやろか。。。
おっさんらしくて、その考えは好きやけども。
「蛍、お前も食べる?」
「うん!」
蛍がちらっとこちらを見てきたので、フタを開けたついでにもう一個取って、彼女の手のひらに乗せる。
「ありがとう!」
蛍が笑顔でお礼を言ってくれる。
うん。大したことは何もしてないけど、今、お代をもらった気がする。
ちなみに、斜め前で自分にもアメをとって欲しそうな目をしている少女には気づかない。
気づいていても気づかない。。
「そやけど、あのおっさん何時に来るんやろなあ。1時に来いっていうから来たんやけど。」
結局、舞姫が自分でアメを取りにソファを立ち、手を伸ばした途端に、にやりと笑って反対側に持っていくイタズラを遂行しようとした時、義一がつぶやいた。
弄ばれた約1名がしかめっ面をするが、一同が一斉に時計を確認する。
昔ながらのアナログ式の時計は、長針が文字盤3の周辺で待機している。
いつも五分前行動を促す教員のトップが15分も遅刻とは。。。
これは、きつく叱ってやらないといけませんなあ。
って、もし実際に口に出したら、なんかすぐに調子乗るやつみたいだ。
と、その途端、
「おっさんで悪かったな、」と、背広を着こなした長身の男がささっと入ってきた。
彼は、4人を見渡し、ソファで談笑していたことを察すると、すぐに奥の革張りの席に座る。
別に、おっさんと呼ばれたからといって気分を害した様子はない。
どちらも軽い挨拶程度の認識だ。
「いろいろ頂いています!」
口に入れたアメを隠しながら舞姫が丁寧に感謝の言葉を述べる。
なんかリスみたいで、これはこれで「萌え」なのかもしれない。
「頂いてまーす!」「美味しいですね!これ!」「ごっつあんです。」
それぞれが、それぞれの感想と感謝を伝える。
「お前らは。。。後でつけとくからな。」
男の方も苦笑いしながら答える。
まあ確かに、こんなことするのは僕らくらいなモノだろう。
そして、こんなことを許してくれるのも僕らくらいだろう。
それぐらい、僕らと校長は心理的距離が近い。
例外なくこの日も、いつもと同じように、
彼ら彼女らは愉快に振る舞い、校長は親しみを込めて生徒と接する。
一見すると。
でも、僕らはちゃんと見ている。
男の右手が机の裏に伸び、スイッチの電源を切ったことを。
天井に張り付いているハイテク機器から、赤色のランプが消える。
黒い時間が、やってくる。
彼の名は、御影 貴伸。
表向きの肩書きは、第3代 国立一ツ橋高等学校 学校長。
世間には、大規模な入試改革を行い、クリエイティブな人材を発掘している、やり手の校長として名が通っている。
しかし、真の肩書きは、警視庁公安部公安零課 第666特殊部隊(通称 devil's party)隊長。影の管理官。
666部隊は、他国やテロリストの情報収集を主な活動としているが、
行動の制限される自衛隊に代わり、人質奪還から暗殺までも行う特殊部隊で、
任務の秘匿性、また非合法性から彼らの活動は警察上層部でも把握することはできない。
しかし、本来内密であるはずの部隊の存在も、時の流れとともに少しずつ浸透してきて、
幹部クラスであれば自衛隊や関係省庁の者たちも知っている場合がある。
唯一の例外は内閣府の人間で、彼らは666部隊と直接つながっている。
その隊長である御影は、部隊創設時からいる初期メンバーで、当時は警察庁の官僚として任務を行っていた。
しかし、公安内部で私的な軍事部隊をつくっているという噂が広まり、その嫌疑を晴らすため、10年ほど前に警察庁から出向してきた。
僕たちを公安という闇に取り込んだのもこの人物。
「さあ、仕事の話をしようか。」
口調は穏やかだが、目がドス黒く光る。
リラックスしているが、口元の微笑みは超自然的。。。
この男に睨まれたらだれであっても逃れることができないだろうなあ。
はあ、怖い怖い。
今までどれだけの人間を操ってきたのだろう。
そういえば、僕もそちら側の人間だったかしら。
4人の中で、スイッチが一瞬にして切り替わる。
「YES!」「はい!」「了解。」「分かりました」
管理官同様、笑顔を保ったまま、それぞれの目が赤に、青に、黄に、紫に光りだす。
いつも同様に任務を伝えられる彼らは、
これから左遷宣告という名の異世界への切符を手にしてしまう。
警視庁公安部公安零課基本データベース
チーム名 プレディター
神崎 浩志。 コードネーム;ファルコン(ハヤブサ)
渡辺 蛍。 コードネーム;ドルフィン(イルカ)
樽床 義一。 コードネーム;バルチャー(ハゲワシ)
島村 舞姫。 コードネーム;エンジェル(天使)
共通階級;警部補。 公安部在籍 8年。
CIA特殊任務課程終了。 Navy SEALs訓練課程終了。
アメリカ陸軍特殊部隊訓練課程終了。 デルタフォース訓練課程終了。
陸上自衛隊レンジャー課程終了。
活動実績 飛鳥Ⅱハイジャック事件 等 多数。別紙参照。