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恋人以上×妹未満。  作者: しすたー遠藤
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3話   『人学式』

「そうこうしているうちに入学式も無事に終わり……」


「――終わってない! まだ始まってすらいないから! さっさと手伝ってね」


 入学式の日に早く登校する理由など準備以外の何物でもない。

 只今絶賛、入学式会場の体育館にて皆が座るパイプ椅子を並べ中である。


「椅子並べぐらい昨日までにやっとけば良かったんじゃないの?」


「昨日はバスケ部の試合で体育館使っていたらしいよ」


「はい、バスケ部集合~!」


「今体育館には、わたしと天羽くんしかいないから……」


 何故俺と栗花落さんのたった二人だけでやらされているのかというと、それは遅刻のペナルティである。勇者事件(勝手に呼称)のせいで、結果二人仲良く十五分ほど遅れてしまった。

 こっちは今朝からなかなかハードな事件に巻き込まれてんだよ! と言いたいが、経緯上あまり大事にすることは望ましくない。

 品行方正な栗花落さんが何故遅刻? と、準備のため早く登校していた生徒たちから疑問が湧き上がり、隣に俺がいるからみたいな空気になったのはいただけないが……まぁ別にいいか。


 俺たちが登校してくるまでに運動部の協力もあったらしく、あらかた並べられていたので残り三割ってとこだ。それでもたった二人では、なかなかの仕事量だ。


「ハァ、何故こんな重労働をしなければならない。これでも俺は……」


「はいはい。わたしも手伝ってるでしょ?」


「ありがと」


 本当はこの椅子並べは、俺一人のペナルティのはずだった。

 一緒に登校したのだから二人仲良く遅刻なのだが、うちの学園の生徒に栗花落さんを無下に扱うヤツなどいやしない。それほど人気を確立しているのだ。容姿が良く、明るく優しい。高校生の世界でこれらが揃っていれば、人気者になるのは必然である。

 そのお優しい栗花落さんが俺一人だけにやらせる空気を見逃すはずもなく、今に至る。


「わたしを守っての遅刻だもんね、勇者様?」


「俺何もしてないけど?」


「天羽くんそれもう言ったよ」


「あれ? 俺もう勇者セット完遂してたっけ?」


「そんなことより、口だけじゃなく手も動かしてね」


 何? そのAVの常套句みたいな台詞。口じゃなくて手を動かして、が正しい表現だと思うよ、栗花落さん。


「それにしても栗花落さん、あまり怖がっていなかったね?」


「今朝のこと?」


「うん」


「だって天羽くんが一緒にいたから」


 特に男子はこういう何気ないセリフで、もしかしてオレのこと好きかも、と勘違いするのだろう。俺も性別男だった。


「もしかして栗花落さん。……俺のこ――」


「――ごめんなさい」


「まだ言い終わってないんだけど?」


「そんなことで惚れないよ、普通」


「一応全ラノベヒロインに謝っといた方がいいんじゃない?」


「なんでよ!」


 ガッタン、ガッタン。次々とパイプ椅子を並べていく。

 ちゃんと口だけじゃなくて手も動かして。






 入学式会場を完成させた頃にはもう、一般生徒が登校する時間帯となっていた。

 リハーサル系は栗花落さんに任せ、俺は体育館裏の日陰でしゃがみこみ一休みする。ここは簡易灰皿が置いてあるだけの教師たちの喫煙スペースなので、こんな朝に人は来ない。休憩にはうってつけの隠れ場である。


「あー、疲れた」


「水よ」


 頬に冷たいものが押し当てられる。顔をあげると、ペットボトルを手に持つ哀の姿があった。


「……ありがと。新入生なのによくここがわかったな」


「ビギナーズラックってやつよ」


 涼しい表情で言い放つ哀の額には、うっすら汗が光っている。

 こういうところはホント可愛いところである。


「それで、私を捨てて出ていって何をしているのかしら?」


 何? 俺と一緒に登校したかったのか? 高校生にもなって、登校ぐらい一人でしなさい。


「なんで俺が妻を置いて家を出て行った夫みたいになってんだ。新入生の為に準備してたんだよ」


「私の為? 結婚式かしら?」


「――入学式だ」


 哀は爆弾を、表情一つ変えずサラッと言い放つ。

 こういうところはホント可愛くないところである。


「……そろそろ入学式始まるみたいよ」


 体育館に生徒たちが次々と入っていく。時計を見ると、開始まであと五分ってとこだ。

 胸に花を付けた新入生はクラス毎に体育館外の広場に並び、今か今かと入場時間を待っている頃だろう。


「新入生は並ばなければいけないんじゃねーの?」


「そうみたいね。ここに来る時通りかかったけど、人のごみがあったわ」


「人ごみと言え。お前も早く並んでこい」


「私は別にいいのよ」


「なんでだよ……。まぁいいけどよ」


 結局俺は、開始ギリギリの時刻に栗花落さんのお呼びがかかり体育館に赴く。

 哀は……勝手に行くだろ。子供じゃないんだから。


「天羽くん、天羽くん、トラブルがあったの!」


「リトがどうしたって?」


「ふさげてる場合じゃないの!」


「ごめんごめん。で、なんかあったの?」


「リハに新入生代表の子が来なかったの」


「じゃあソイツ退学ね」


「何言ってるの、もう。せめて停学だよ~」


 停学はいいんだ……。栗花落さん、ちょっとプンプンなのかな?

 入学初日からバックレるとはやるな、新入生。俺は別にそういうの嫌いじゃないけど。






「それでは第34回私立皇来学園の入学式を始めます」


 式は定刻通りに開始した。

 この景色も三度目ともなると、さすがに見飽きたものである。


 ……。

 ……。

 ……。

 ……。


 ……式は滞りなく進んでいく。

 壇上に入れ替わり立ち代わり、おじさんたちが姿を現す。

 さすがに新入生はないが、二年三年生は眠っている生徒がちらほらどころではない。集団催眠が今ここに。

 何が嬉しくておじさんを目に焼き付けなければならない。そら、目を閉じたくもなる。


「――――ありがとうございました。続きまして新入生代表挨拶です」


 リハには顔を見せなかったようだが、ちゃんと登校はしてきたみたいだな。


「新入生代表。一年A組、天羽哀」


 ――お前かよ!

 ……そういえば頭良かったな。もっとレベルが高い学校にも行けただろうに。でもここは家から近いから選びたくなる気持ちも分かる。だって俺も近いからという理由だけで今ここにいる。


「新入生代表挨拶を務めさせていただきます、天羽哀です。本日この日を迎えることが――――」


 壇上に上がって立派に挨拶をこなす。全くよく出来た妹だ。紙を持っていないところを見ると、アドリブで話しているのだろう。さすがリハに行かないだけは……いや、俺を捜していてリハに行けなかったのか?


「――――」


 ……さっきからやけに哀と目が合うのは気のせいか。いや絶対アイツ、俺に向けて挨拶してやがる。

 緊張で兄をチラ見する妹なら可愛いが、緊張の欠片を微塵も感じさせない余裕の表情でガン見する妹は全然可愛くないぞ。ったく。


「――――これを新入生代表挨拶とさせていただきます。ありがとうございました」


 パチパチパチパチ!!


 パーフェクトな代表挨拶をやってのけた哀に、大きな拍手が浴びせられる。

 さてと……


「新入生代表挨拶ありがとうございました。続きまして、生徒会長挨拶です」


 俺はゆっくりと立ち上がり、壇上へ向かった。

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