30話 『プレゼントは私』
「目を閉じて……」
「えっ? ……あぁ」
言われるがままに瞼を閉じた。
何故これほど怪しい誘導に素直に従うのかというと、本日4月29日は俺の18歳の誕生日。多分プレゼントでもくれるのだろう。でも、何故目を閉じる必要が?
「キスとかするなよ」
「それはしろ、という意味かしら?」
「押すなよ=押せの法則じゃねーよ」
「そうね。押すなよを三回で押せ、だものね」
「熱湯を用意した覚えはない」
「今日の夕食はおでんよ」
今夕食のメニューを伝える意図はなんだ?
俺はパスタ食べるつもりだったのだけど、おでんにするのね。別になんでもいいけど。
正確には三回という数ではなく、絶対に押すなよの絶対というワードがスイッチになっているらしいよ、と伝えようとしたが……
……ん? なんだ? いきなり何かが俺の目を覆う。
あぁ感覚的にアレか。安眠グッズのアレであることは分かったが……
「……で、なんで俺はアイマスクをつけられている?」
目を閉じた状態で待っていた俺の視界はさらに奪われる。
「別に目を閉じるのもアイマスクつけるのも変わらないでしょう?」
「変わらないなら、なおさらつける必要あるか? 誕生日プレゼントのサプライズレベルでアイマスク着用なんて聞いたことねーよ」
「もしかしたら、私が裸になっているかもしれないじゃない?」
「まぁ、それなら仕方ないな……って、んなワケあるか。プレゼントは私ってか? どこのAVだよ」
「そうよ……今の聞き捨てならないのだけれど?」
……あっ、ヤベ。口が滑った。
これが五感が奪われる恐怖だ。一つでも奪われると、人は途端に隙だらけになる。
「ん? 何が?」
俺は動揺など一切に見せずアイマスクを外し、そう答えた。
確かに俺はAVと言いました。「ん? (それが)何が(か)?」 どっ、動揺なんてしてますん。
「私に隠れてAVを見ているのかしら?」
「……そんなもの 見たこともない ホントだよ」
「なぜ俳句? ……怪しいわ、ベットの下かしら?」
「うちにベットはないだろ。布団で寝てるんだから」
「そうね。じゃあ布団の下かしら?」
「……それ毎朝布団畳んだ時点で丸見えじゃね? 女性の裸体が丸見えのDVDじゃなくて、女性の裸体が丸見えのDVDが丸見えだから」
「そうね。じゃあ畳の下かしら?」
「……何この会話、隠している場所がブラジルになるまで続くの?」
「そうね。じゃあブラジルかしら?」
……バカなのか? あぁ、バカなのか。
今回はどこに季語があんだよ。そんなものはAVのことだから…… ♪~マジカルバナナ。
AVといえばバキューン。バキューンといえばバキューン。バキューンといえば汗。なるほど、繋がちゃったよ。
話が前に進まねー。アイマスクから話がここまで脱線するとは思わなかったが、装着を受け入れることでなんとか話が進めさせた。
アイマスクを着用する。目の前が真っ暗になる。
起きているのにアイマスクって結構不安だな……。よく考えたら、うちにアイマスクなんてあったか?
「なんだよそれ。あっ、そういえば哀。マスク取ってきてくれ。もうすぐなくなりそうだから」
「それならもうすでに買って家に置いてあるわよ」
『――あっ、そういえば哀。マスク取ってきてくれ。もう――』
『そういえば哀。マスク取ってきて』
『哀。マスク』
『アイマスク』
……確かに、もうすでに買って家に置いてあったみたいだな。嵌めやがったな、コイツ。
それに、俯瞰で見ることができないから実際どうか分からないが、制服にアイマスク姿ってなんかAV臭しない? ドSモノの雰囲気出てない?
帰宅して着替えなどしていないため、俺らはまだ制服だ。というか二人とも母さんによく怒られるが、風呂に入るか就寝するまで着替えるのが億劫なのだ。
お互いネクタイすら外さない。登校ギリギリまで寝ているようなヤツはそんなものだ。
さすがにブレザーだけは脱ぎ、ハンガーに掛けている。そのまま寝て、母さんにキレられたことがある……二人とも、ね。コンタクトも後で外しておかないとな。
「じゃあ左手をこちらに出してもらえるかしら?」
「はい」
「手の平じゃなくて手の甲を上にした方がやりやすいわ」
「はいはい」
これ以上話が横道に逸れるのも面倒なので、言われるがままに手の甲を上に左手を差し出す。
いったいプレゼントに何をくれるつもりなのだろうか? いや、やりやすいってことは手のマッサージってとこか。俺へのプレゼントに一銭もかけないつもりか、コイツは?
……ありえる。だって俺の手は今、マッサージを求めてしまっている。何故ならコイツ、哀によって重い重い物をずっと運ばされていたのだから。ったく、どこまでが計算だ?
本当にマッサージだったら、俺も誕生日のお返しはマッサージにしてやる。今日び小学生でもプレゼントにしない肩たたき券にしてやる。
「……まだか?」
「ちょっと待ちなさい。狙いを絞っているから」
なんだよ、狙いを絞るって? 指のツボでも――
「――痛っ!」
いきなり指に激痛が走る。でも痛みが生じるということは効いているってことだ、マッサージならば。でもこの痛みは、指圧からくる痛みではないのは感覚で判断できる。視覚はなくとも、触覚は生きている。
「――痛い、痛い、痛い、痛い!」
――ホントに痛い。マジで痛い。リアルに痛い。
視界が閉ざしてからの激痛。もしかして誕生日プレゼントは拷問ですか?
「――ちょっ、待て、待て、待て。どーどーどー」
もちろん馬ではないので止まりはしない。
左手をバタつかせて抵抗しにかかるが、手首を押さえられ、ほとんど動かせない。
「――何が目的だ!」
何? 俺は恨まれているのか? あっ……昨日、冷蔵庫にあったプリンを夕食代わりに根こそぎ(五個ほど)食べたのがマズかったのか? 食べ物の恨みは怖いとは聞くが、今の時代ここまでされるほど深刻な社会問題だったとは。
「悪い、プリンのことは謝るから!」
「……プリン? まさか全部食べたのかしら? ぷっつーん。今日の夕食だったのに」
「おでん、どこいったんだよ!」
「おでんの中にプッツンプリンよ」
「そんな斬新な献立があってたまるか!」
ゴリゴリ。ゴリゴリ。
会話をしていても、よく分からない拷問は絶賛継続中である。
ゴリゴリ。ゴリゴリ。何かが身体の中に入ってくる。熱い。熱い。痛い……これホントにAVじゃないよね? 目隠しプレイとかじゃないよね? ハメられたりしないよね?
「もう……あまり動かないでもらえるかしら?」
「そう言われても、痛てぇ! あっ」
今頃気づいた。俺はバカか。
痛みでお留守になっていたが、俺は何故律義に視界を閉ざしたままにしている? とりあえずアイマスクなどつけている場合ではない。
空いていた右手でアイマスクに手をかける。
「――あっ、まだ入ってないから待って!」
右手をアイマスクにかけた瞬間、大きな声が聞こえた。珍しいけど関係ない。
久しぶりに聞いた張り上げられた声を無視し、頭の方にアイマスクをずらした。
真っ暗だった視界に光が差し込む。
「――眩しっ」
明順応。俺の瞳孔に大量の光が入ってくる。
……でも徐々に目も明るさに慣れていきハッキリ見える、この光景が。
俺の目に映ったのは、あまりにも衝撃的な事実だった。
「……なっ、何やってんだぁぁぁ、哀!!」
薬指がぁぁぁ!
暗闇に襲われる。もう夜襲とほぼ変わらない。
俺の目にもテレビ画面にも映ったのは、哀に襲われている俺だった。
まるで俺たちも画面の向こう側の登場人物であるかのような衝撃的な光景だった。
「落ち着け、それは無理だ。入らない。ちょっ、ゴリゴリいってる、ゴリゴリいってるぅぅぅ!」
俺はこの言葉を何度口にしただろう。正直結構クタクタだ。お互い高校生にもなって、休み時間の中学生の廊下のテンションでじゃれあっていたのだから。実際、じゃれあうという範囲は軽く凌駕しているが。
この勝負、あまりにも俺が不利過ぎる。特に運動もしない生徒会所属の男でも、普段ならば同じ生徒会所属の女になど負けはしない。
でも、もう一度言うが俺は肉体的に限界がピークに達しているのだ。
ここまでは計算内ってことか……。
だが、俺は手遅れではない。まだ完全に入り切ってはいない。薬指の第二関節のところで、それは止まっていた。
当然である。指の一番太い部分、第二関節が鬼門なのは明白だ。常識的に通るはずがない。
普通ならば誕生日プレゼントには嬉しい品なのだろうが……
「なぁ、哀。サイズ感って知っているか?」
「知っているわ」
「ギチギチなんだが……」
「それも知っているわ」
「知っているわって……普通こういう時はサイズ調整とかしてもらうものじゃないの?」
「今これが流行りよ」
「ウソつけ!」
こんなギチギチが流行りなワケあるか! ……いや、あるのか? 流行に疎いことは素直に認めよう。それでもいやいや……最近変な物や者が流行する傾向にあるが、ありえない。だってこれは、付けたら外せない呪いの装備品なのだから。
「本気ではめる気かよ……」
哀は本気ではめにきている。目を見れば分かる……
フッ……、目を見ただけで何が分かる(笑)? 絶対、目以外の部分も含めて感じ取っただけだろ……なんてどうでもいいことにツッコミを入れる俺。
どうでもいい。本当にどうでもいい。目のみだけでそう感じ取ったのだとしてもな。
少しくつろいだ回復分で最初は元気に抵抗していたが、さすがに……疲れた。もうとっくのうちに使い果たしてしまったわ、そんなHP。相変わらず手首を押さえられているため、俺に左手の自由はない。押さえられ、抑えられている。
フッ……フハハハ……。それでもこの勝負、俺は負けないのだよ。残念だったな、哀。
哀の中では重い物を持たせて俺に疲労を蓄積させ、勝負を有利に進めるところまでは計算内だったのかもしれないが、そこからは計算外だった。ここまでこれが中々入らないとは思ってもみなかったのだろう。
何故なら俺の上半身もとい指は、パンパンだからだ。そう、お前が重い物を持たせ続けたのだからだ。
それに時間帯が悪かったな。手の末端である指は夕方以降に特にむくみが出やすいのだ。むくみってのは、重力の影響で水分が溜まりできてしまうものである。立ちっぱなしや座りっぱなしだとなおさらだ。
時間と共に重力で末端へと水分が溜まりに溜まった左手薬指がここに。水を操りし者と呼ばれても不思議ではない。
たまたま、ほんのたまたま放課後を座りっぱなしで過ごし、もろに重量の影響化を受けてきた俺に死角はない。ついでに今、視覚はある。つまるところ哀。この勝負、俺に勝てないのだよフハハハ。
そろそろ諦めてくれないか――
「――たっ、タイム、タイム、タイム!」
俺はとっさに声を張り上げた。
饒舌に今の論を披露する気満々だったが、やっぱりタイム。ちょっとタイムゥゥゥ!!
まぁ通るはずがない、そう油断していた。でも今、少しだが奥へ奥へと入っていくのが分かる。痛みを伴っているのだから、分からないはずはない。
知識を持っている者が敗者となる、そんな世界もある。そんな世界がここにある。油断大敵、こんな素晴らしい四字熟語があるじゃないか。
「タイムはタイムでも、今はロスタイム中よ」
「じゃあしょうがないか……ってなるか!」
「……ちょっと大人しくしてくれる? はめられないじゃない」
「大人しくするのはお前の方だ!」
勝利を確信し高笑いする姿も饒舌に知識を披露する姿もなく、ただただ力に物を言わせている男の姿がそこにはあった。披露している姿ではなく、疲労している男の姿しかなかった。
ここからコショコショをされたり、馬乗りになられたり、間接技を決められたり、バリア。小学生か! など様々なバトルを繰り広げた……
「ちょっと、胸を触らないでくれる?」
「触ってねーわ! 触れるほどの胸ないくせに」
「あるわ。もっとよく見なさい。この谷間に滴る汗が見えないのかしら?」
「どこに汗が……て、そもそも谷間が見当たんねぇー!」
「隙ありよ」
「――ちょ、待て! せこいぞ」
「ヒーヒーフーよ」
「ラマーズ法は確かに痛みを和らげるやつだけど俺がやっても、う〇こしか出ねーよ」
「大人しくしてくれたら漢字ドリル買ってあげるわよ」
「大人しくしても子供用しかねーよ」
「大人と子供がかかってるというツッコミなのね」
「丁寧な解説やめて。すげー恥ずかしいから」
……計4分29秒の熱き闘いの末、決着はついた。どんな争いにも終わりは来るってことだ。奇しくもちょうどロスタイムぐらいの試合時間だった。ワールドカップ出場おめでとうございます。来いや、コロンビア。
「ふんっ!! あっ、入ったわ。……ピッタリよ」
「どこがだよ! 今『ふんっ!!』って言ってたじゃねーか!」
「似合っているわよ」
「ありがとう。じゃなくて……」
そこらには、紙袋、正方形型の手のひらサイズの箱、巻かれていただろうリボンが散乱していた。
後で片づけねーとな……。高校生にもなって立ち上がったり寝転がったりなど、暴れている二人がいたからである。
結局、立ったまま終戦を迎えた。お互いの制服に乱れが見られる。ブレザー脱いでおいて良かった。
多少荒れた呼吸を落ち着け、左手を広げて天にかざす。
敗北するのは分かっていた。腕時計で分秒を正確に確認する余裕があるくらいは分かっていた。
だって、絶対に負けられない闘いがここにはない。
さすがにゴリゴリの男を出して本気の力を見せつけるなどカッコ悪過ぎるし、それにそこまで拒む理由も必要もない……
この四月は様々な事件があったけど、まぁその月の締めくくりにはピッタリか。
最後の最後にどでかい花火が打ち上がった。下から見ようが横から見ようが、それはまごうことなき事実。ここにある現実。
――左手薬指に指輪。
間違いなく俺の左手薬指には、指輪が突き刺さっている。紛れもなく、刺さっている。
白く光り輝く、シンプルなデザインのシルバーリング。そして、その光をより輝かせる指の真っ赤さ……俺の指、ホントに大丈夫か?
「ふん! ……取れない」
引き抜こうとしてもびくともしない。よく指の第二関節を通ったな、と感心するくらい取れない、動かない。
何? これが呪いの装備品ですか? ちょっと教会行ってくる。えっ、シャナク使えるって? ……これが本物の呪いの装備品だ。RPGの世界観が、今まさにここにある。
でも、思っていたよりかは締め付け感はない。指は第二関節が一番太いのだから、通ってさえしまえば締め付けも痛みもないのは至極当然である。言い換えれば、外せないと同義なのだが。
……今は、ね。
明日にでもなればむくみも取れ、指輪も取れる。俺の指はいつまでもパンパンではない。むくみという呪いは自然治癒でも勝手に回復する。だからそこまで焦ることはない。
本当に取れなくて外せないもの。枷。その呪いは別にある。
今のところはこの、哀からの贈り物をありがたく受け取ることにしよう。
今一度自分の左手薬指にはめられた指輪を見つめる。
いわゆるスタンダードとされるストレートタイプの指輪だ。装飾などなく派手さはないが、白く光るその輝きはどこか上品さを感じさせる。はめ方には上品さの欠片もなかったけどね。
それにしても、誕生日プレゼントにしてはえらくシンプルな指輪だな。
「しかもイニシャル付き……」
RとAの刻印が綺麗に施されている。これだとまるで、というかまさに、というか。
これはなんなのだろう? 意味が分からない、なんて言ってみたいものだ。言わずもがな、言わずもがな。
「当然じゃない。だって永遠の―を―に捧ぐ」
「えっ? なんだって?」
「難聴主人公ブチ殺すわよ」
怖えーよ。……もちろん聞こえていた。さすがに近距離の1ON1で聞き逃すことはあまりないだろう。ホント、大事なことは聞こえていないフリってどうやったら身に付くスキルなんだろうか。なぁ、秋葉?
いやそういえば、お前の難聴は本物だったのか? どこまでが演技でどこからが素なのかよく分からないヤツだ。アイツは何を信用していいのか今だ謎だ。
やっぱ友達ってのは対等でなくちゃね。信頼してるよ、秋葉。
ふぅ~と長く息を吐き出し、心身ともに整える。
いつもの冗談か、はたまた……
指輪はつける指によって意味合いが変化する。
賭け狂うギャンブラーは左手親指にはめたり、右手薬指は恋人同士でペアルックするイメージが強いが、精神や心の安定という意味だったり。
全部は俺も知らないが、左手薬指くらい当然知っている。むしろ誰でも知っている。一番有名だ。
『永遠の愛を君に捧ぐ』
左手薬指は血管が心臓まで直接繋がっていると言われ、命に近い指とされている。
左手を広げ自分の顔の前に出し、指輪越しに哀の表情をうかがう。
その表情は普段となんら変わらない。氷という表現がよく似合う。一ミリも顔の筋肉が動いていないとさえ思わせる、いつものデフォルトだ。
「誕生日プレゼントよ」
「この指輪がねぇ……」
「指輪じゃないわよ?」
「……ん? 指輪だろ?」
先ほど完全に、はめられてしまった品を眺める。
どっからどう見ても360度見まわしても、指輪なんだが? 白く輝くシルバーリングなんだが?
「だからさっき返事したじゃない」
「?」
いきなり……どうした……?
顔前に差し出していた俺の左手の指の間々に、哀の指が絡んでゆく。そこにはじわりと滲むものがある。哀はその右手で指輪ごと俺の手を抱きしめ、優しい口調で囁く。
「だから、プレゼントは私よ」
「……どこのAVですか?」
「私に隠れてAVを見ているのかしら?」
「デジャブか!」
「ちゃんと『プレゼントは私ってか?』に『そうよ』って返事したわよ」
……そうだったかもしれない。確かあの後会話が逸れた気がする。
目隠しプレイからの、指輪経由の、プレゼントは私、ね……。俺はハメられるもことなく、はめられて、嵌められた、というところか。
はめられる前にもアイマスクという武器で嵌められているが、な。
制服に乱れが見受けられる男女二人の高校生が向かい合い、手を絡み合わせているこの空間にいったい何があるというのか……。
「そもそも現実的にプレゼントは私って……どういうことだ?」
「そのままの意味よ。私を蓮にあげるわ」
「ありがとう。じゃなくて……」
コイツ、よくこんな恥ずかしいことを臆面もなく言えるものだ。しかも無表情でクールに。喜怒哀楽がないわけではないのだが、感情の起伏が少ないにも程がある。
ったくお互い、顔に仮面でもつけているのか。
それに、この握られた手はどうすればいい……? 握り返したらどうなる……?
俺は指輪をはめた左手で重なる哀のその右手を、ギュッと強く握り返した。
そしてそのまま俺の右手は哀の制服に手をかけた……
『プレゼントは私』
リボンを体に直接巻きつけ、リボンを引っ張るとスルリと解け落ち、何かが露わになるという男の夢のようなシチュエーションのこと。そんなAV。
自分の身体つまり心身を丸ごと相手に捧げる、何をしてもされてもいいということだ。相手に対し盲目的な信頼か、絶対の愛でもないとすることはできない。
これが俺の知っている、そのままの意味だ。
皇来学園の制服は男女共にネクタイ仕様である。一年が赤で、二年が緑で、三年が青だ。
リボンを引っ張ろうにも、リボンがない。ネクタイしかない。
そしてそのまま俺の右手は哀の制服の……真っ赤なネクタイを引っ張った。
ネクタイがスルリと解け落ち裸体が露わになる、なんてことにはもちろんならない。
だが引っ張れば当然、物理法則で者はこちらに引きよせられる。
無駄に長い、艶やかな黒髪が華やかに舞う。二人の視線が交差する。
「……」
「……」
……綺麗な面をしてやがる。こちらが惹きよせられそうだ。
黒い大きな瞳に、筋の通った美しい鼻。ちょっとアヒル口気味の口なんかも。
無言で見つめ合う俺と哀の顔の距離はわずか数センチ。この距離はなんの距離?
いくら無表情やクールを装おうが、繋いでいる手はじわりと暖かい。冷たさの中の暖かさを俺は知っている。
キスでもするか? そのままなだれ込むか?
それに気持ちはありがたいが、でも……
恋心を抱くことも、その身を抱くことも永遠にない。
そう言い切れるし、そう言い切らなくてはならない。俺はそれを捧ぐ。だってなぁ、
「なぁ、哀。俺たち兄妹だぞ?」
突然引っ張られ、俺と顔を突き合わせることとなった哀の表情はさすがに驚嘆の色を見せた。だが、そこで芯がブレないのが俺の妹の良い所で悪い所。
「何を言っているのかしら?」
繋がれた手とは反対の手、哀の左手人差し指と親指はつまむように俺の顎に添えられる。
「蓮は私達に血の繋がりがあると本当に思っているのかしら?」




