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恋人以上×妹未満。  作者: しすたー遠藤
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29日   『さぁ、始まりの終わりを始めよう』

「――プリン」


「ん? 買うのか?」


「でも二パック買ったばかりだったわね」


「あ……うん、そうだな……」


 哀は手に取っていた三つセットになっているプッツンプリンを棚に戻す。

 昨日冷蔵庫にあるだけ全部食べてしまったような気もするが……まぁいいか。


 日も沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。

 いつものように放課後まで生徒会室で懸命に雑務をこなす生徒会長の姿があった……らいいのになぁ。

 誰にでも平等に時は刻まれる。ただただ座りっぱなしでくつろいでいるだけのヤツにも暗闇は襲ってくる。


 今俺たちは学校から天羽家への帰り道にあるスーパーで買い物をしている。先ほどまで栗花落さんとも一緒に帰っていたが、分かれ道で別々の道を歩むこととなった。

 学生鞄を肩に買い物かご片手にの装備スタイルで、いつもの調子でくだらない会話を哀としながら店内を練り歩く。


「友情、努力、勝利。なろうではブックマーク、評価、感想ね」


「いきなり何の話だよ?」


「いきなりではないわよ。だから言ったじゃない。またぐわよ、と」


「あっ、冷凍食品三割引き。買っとくか」


「それに蓮も言っていたわよ? 人気に必要不可欠なことは48。つまり、握手券をCDに入れるとかどうとか」


「言ってねーよ。勝手に台詞を改ざんすんな。CDとか一言も言った覚えねーよ」


「言っていたわ。コンプリートって。略してCD」


「Dどこだよ!?」


「はい、ポイントカード」


 今日の夕食、何にすっかな……。

 差し出されたポイントがどんどん貯まり色々使えるカードをノールックでスルーし、冷凍食品売り場へと足を運ぶ。

 別に夕食の献立を考えているとかではなく、何をチンしようかなという具合だ。基本俺も哀も料理など全くしない。する気もない。料理できる女性がいいやら料理男子がモテるやら、俺からすればどうでもいい。

 現実世界に食べたら気絶するような殺人料理を作るヒロインなんていないし、料理下手なヒロインはまず自分で味見をしろ。それに、そもそも俺に料理を振舞ってくれるヒロインなどいない。


 本当に料理ができることって今のご時世それほど意味あるだろうか? 俺はこれを世間に問いたい。

 料理ができることはプラスにならないが、料理ができないことはマイナスにもならない。

 これが俺の持論だ。


 というわけで、冷凍食品を物色する。四月下旬だとはいえ、この売り場の冷気は少し冷える。


「これとこれとこれと……」


 ナポリタンとカルボナーラとペペロンチーノとミートソースとボンゴレを買い物かごに入れる。あと、たらことトマト蟹クリームと和風明太子とベーコン・ほうれん草のバター醤油も追加する。


「何? スパゲッティに呪われてでもいるのかしら?」


「おいしいじゃん。ある程度おいしければ別になんでもいいし。てかパスタな。スパゲッティとパスタの違いは――」


「――そんな違いこそ別になんでもいいわよ。麺ばかりだとバランス悪いから、そっちのアイスも入れておきなさい」


「好きか?」


「告白かしら?」


「アイスが好きなのかどうかを聞いてんだよ。こんなキンキンな場所で告白するヤツなんかこの世に存在しねーよ。冷えるというか冷めてまうわ、恋心」


 パスタたちに加えバニラアイスも買い物かごに入れ、この売り場を後にする。

 小麦粉を主体とした練り物の総称がパスタで、直径が2ミリ前後の太さの麺がスパゲッティ。スパゲッティはパスタの一種ということだ。総称して言いたいのならばパスタが無難であろう。はい、別にどうでもいい。


 大体何度かスーパーに来ていたら、おのずと回り方も決まってくる。次は惣菜コーナーだ。というか、うちの食卓は家庭事情的に冷凍食品売り場と惣菜コーナーが主である。

 他には卵はいつも買ってこいと言われるが、それこそいつも賞味期限切れかけになって慌てて使うのは誰? と言われている。


「今日は母さん帰ってくるっけ?」


「ケツカッチカッチだからなんとかなんとかと言っていたわよ」


「何も伝わってこねーし、母さんは別にバブル世代ではねーよ。今日も帰ってこないってことか?」


「それよ」


 最近かなり忙しいようだ。母さんは三か月くらい暇していることもあれば、多忙でなかなか家に帰ってこない時もある。昨日に引き続き、今日も帰ってこれないようだ。

 忙しい両親の代わりに買い出しをするくらい、親孝行と言うほどのものでもない。ただ学校の帰り道のついでにスーパーに寄るだけのことである。家にいる時に買い出しを頼まれれば余裕で断る。秒で断る。


「……何か用か?」


 俺の左隣を付いてきていた哀からの視線に気づき、問いかける。


「顔、だいぶ戻ってきたわね」


「ん? そうか?」


 左頬や口周辺を触ってみると、腫れはもう感じられない。それもそうだ。あの日からもうちょうどピッタリ一週間だ。

 今外出時は内出血による青あざを隠すためガーゼを貼っているだけにまで回復した。これでドラマみたいなスタイリッシュなイメージに少しは近づけたかな。

 もうちょっと長引くかとも思ったが、網走が足を使うサッカー部で良かった……アイツはキーパーだった。


 あの日は心身ともに疲弊していたのでぐっすり眠りこけ、起きたらてっぺんを越えていた。初日はそれほど腫れはなかったのだが、想定はしていたがみるみるうちにそれから二、三日間は口の周辺が腫れあがって色々ホント大変だった。

 口の周りの皮膚は体の中でも一番皮膚組織が薄くデリケートなため仕方のないことなのだが。片方だけカエルのお腹なのかと思うくらいだった。

 腫れが酷い時はマスクをして顔の過半を隠したりして、なんとか学園生活を過ごしていた。使い捨てマスクが玄関に常駐してあるので、それを使用させてもらった。そういえば、もうすぐなくなりそうだったから補充しとかないとな。切らしたら困るだろうし。


 この一週間大変なことは多々あったが、例を挙げるなら食事は難しかった。口の中が傷ついているので数日は食べた物がある意味、鉄分豊富と言えなくもなかったが。

 食にたいして興味などないが腹は減るので、基本柔らかいものを好んで食べていた。昨日は普段料理を作ってくれる母さんもいなかったことなので、夕食はプッツンプリンで済ませた。


「まったく、これからはもっと上手くやりなさいよ。今回だって結局ギュッとまとめると、相手が話している最中に携帯を触ってリモートコントローラーで殴られたのだったわね」


「確かにどの要素もあったけどギュッとしすぎて違う事件になってるからね、それ」


 いや、リモートコントローラーだけは今回の事件に関係ないわ。あぶね、嵌められるとこだった。


「まぁおかげさまで、もうパスタでも食べられるくらいに回復はしたかな。ありがと」


「そんな……いちいちこんなところで土下座までしなくていいわよ」


「してないから。今、トングで蟹クリームコロッケ掴んでるから」


 形が崩れないようクレーンゲームのアームくらいの力で掴み、透明のパックに入れ緑色の輪ゴムで止める。他にもテキトーに惣菜を数種類選び、買い物かごに入れていく。

 あとは飲み物買って終わりかな。最後に飲み物売り場に場所を移したところでの、いきなり買い物かごにグラビティ。

 

「――ぐふっ! ……重っ」


 何事かと思ったら、2リットルの水が買い物かごに入れられていた。別に水を買うのは構わないが、いきなりは腰ぬけるわ。それに、卵割れたらどうしてくれんだ。

 水買うのならカートにしとけば良かった。手持ちではキツイ。でも今日はカートじゃなくていいって言ったの……


「――ぐはっ! 重っ! ……おい」


「何かしら? あと牛乳も入れておくわね」


 平然とした顔でそう言い放つ哀の手によって、水2リットルと牛乳1リットルがさらに投入されていた。計5リットル。おいこら、災害でも直撃するのかと問いたい。

 足に力を入れ右手も使い、両手で買い物かごを持ち支える。


「今日はカートじゃなくていいってスーパーに入る前に言ってなかったか?」


「そうね、言ったわよ。車のカートじゃなくていいわよ」


「それ、子供が乗るやつだから」


 普通のカートの前に子供が乗れるようになっている車が付いているやたら重装備なカート、スーパーに置いてあるけども。


「俺に車の方に乗れと?」


「私が押してあげるわよ?」


「乗るか」


「乗る気マンマンね」


「否定の意味の『乗るか』だわ。年齢的に無理だから」


「蓮の精神年齢なら大丈夫よ。自信持ちなさい」


「心の問題じゃなくて体の問題だから。俺が乗ったらギチギチだから」


 冷静に考えれば、やっぱ心の問題だわ。制服を身に纏った男子高校生が肩をすぼめながらブ~ンブ~ンと……当分このスーパー利用できなくなるわ。

 それより……重い。


 実行犯の哀は自分の学生鞄のみを持っているだけなので、颯爽と店内を立ち回っている。

 ったく、妹ってヤツは……。これが現実世界の妹だ。兄に気遣いなどない。

 妹萌えと言う人は現実世界で妹がいない人。そんなフレーズを耳にしたことがあるだろうか? これはあながち間違いではない。

 妹の良い所しか見ていないのだろう。お兄ちゃんは荷物持ちなんだからねっ! なんて可愛らしい一コマをよく目にする。確かに可愛らしいかもね、一コマなら。買い物で毎回毎回……俺の身にもなってほしいものだ。しかも現実世界では可愛らしい台詞もなしなんだからねっ!


 一緒に過ごしていれば、悪い所が垣間見えるのなど日常茶飯事だ。自分がセットした目覚まし時計が鳴っているのになかなか止めないとか、俺の布団まで奪い巻きつけようとするとか、眠たいのに私はまだ起きるからと部屋の電気を消させてくれないとか、細かいのを挙げればキリがない。

 一緒に過ごすとはそういうことだ。


 こんな可愛げの欠片もない妹だが、この一週間毎日のように家で傷口の消毒、絆創膏やガーゼの貼り替えなど手当て全般をしてくれたのは哀だった。普段が普段だけにこんな風にたまに優しくされると、何をされても許してやるって気分になってしまう。俺が言うのもなんだが、ギャップってホント怖いね。


 人は持たざるものに憧れを抱くのだろう。容姿だって、お金だって、友達だって、妹だって。

 妹なんて良い所もあるが悪い所も同じくらい、下手したらそれ以上ある。空想上ではない今ここに存在する、そんな者だ。

 

「哀のおふざけのせいで腕パンパンになるわ、もう。てか、足にもくる。足パンパンになる」


「恥ずかしい。下半身がパンパンになるなんて店内で言わないでもらえるかしら?」


「足は確かに下半身だけど許容できるか」


「大体おふざけじゃないわよ。明日からゴールデンウィークなんだから、わざわざ買い出しとかしたくないじゃない?」


 なるほど、そういう意図だったのね。ならば許そう。

 明日から週末からの大型連休へ突入だ。まるっと合わせてゴールデンウィークだ。GWと書くやつだ。もう大型連休でテンションが上がるような歳ではないが、別に学校が特別好きってワケでもないので嬉しいは嬉しい。

 学校が休みだと会えないというような恋煩いもない。友達もいない。秋葉とはわざわざ休み中、約束をしてまで会うような感じでもない。

 なので、ゴールデンウィーク中は一歩も外に出ずにラノベでも読んでグダグダ過ごそう。……別にこんなこと考えなくとも、休みに俺が外出することなど病院に行くとかでもない限り、もともとないんだけどね。


 この四月は様々な事件に遭遇したというか関わったが、休み期間ならば何も起こらない。ラノベでもゴールデンウィークの描写などあまりない。巻き込まれ体質のラノベ主人公でさえ何もないのなら、何もないのだろう。


「あっ、おでんあるわよ」


「おい、ハァ……。あまり俺を歩かせるな……」


 クソ重い買い物かごを持っている俺に構うことなく、哀は少し離れたところにあるおでんを見に行く。律義に俺ものこのこついて行く。重過ぎなんですけど……。指痛くなってきた。

  

「ハァハァ……今の時期おでんいる? バリバリ春だけど」


「春のおでんらしいわよ」


「ふ~ん」


 季節外れかとも思ったが、春のおでんとパッケージに書かれている。従来のだいこんやたまごなどはもちろん、たけのこやエンドウ、アスパラガスなど春が旬の食材も入っているようだ。わざわざ特設コーナーが設けられているところを見ると、今売り出しているのだろう。


「でも、ガス使う系はめんどいからいらないだろ」


「じゃあアレ使えばいいじゃない? アレ……なんだったかしら? 電力で温める、誘導加熱のやつよ。――あっ、DHだわ」


「ウチはパ・リーグじゃねーよ」


 そもそも、助っ人外国人もIHもウチにはない。ウチでは温めるなら電子レンジ一択だ。電子レンジだけでなくIHも、などというノットオンリーバットオールソーではない。

 誘導加熱(Induction Heating)が理解できていて、IHが出てこないなんて俺は認めないから。


「確かにガスは面倒だものね。しょうがないわね」


 そう言いながら、哀は俺の買い物かごをさらに重くする。

 結局買うんかい。よく見ると、電子レンジで温めるだけでいけるタイプのおでんだった。このご時世、とにかく便利である。


「じゃあ会計に行くわよ」


「はいはい……てか、哀もちょっとは持て」


「今日はこんなところで体力消耗するワケにはいかないのよ」


「なんだよそれ。あっ、そういえば哀。マスク取ってきてくれ。もうすぐなくなりそうだから」


「それならもうすでに買って家に置いてあるわよ」


「あ、そう。助かる」


 意外と気は利くんです、我が妹。じゃあ……運びますか。

 何キロあんだよと言いたくなる買い物かごを両手でわっせわっせと運び、レジへ向かうこととする。会計したところでコレを家まで運ばなければならないのかと考えると、気が滅入る。

 もう正直すでに疲れ気味なんですけど。


 うんしょ、うんしょ、っと……。ふぅ~。

 レジへの道のりがこれほど遠く感じたことはないと言っても過言ではない。レジのおばさんが恋しい。

 ハァハァ……マジ重い。汗かいてきた。今の俺には冷気が心地よく感じる。


「好きです。付き合ってください!」


「……はい」


 ふぅ~、あともう少し。

 二人の男女の横を通り抜け、レジへと向かった。


「――――円になります。カードで? ポイントカードもですね。…………ありがとうございました」


 カードにカードと立て続け、カード社会の実態を目の当たりにし会計を済ませ、サッカー台へと買った物を運ぶ。サッカー台といってもボールを蹴る方のサッカーはしてはいけないよ。店に迷惑だから。

 商品を袋詰めする方のサッカーをし、次々と買い物袋らに詰めていく。


「帰りは哀も半分持てよ」


「と言っていつも全部持ってくれるのでしょう?」


「俺はそんなに優しくはない。俺の鞄は持て」


 袋が破れないように二重し万全を期し、ギッシリ詰め込まれた買い物袋たちが完成した。ギュウギュウの買い物袋がドドンと。すごい存在感だ。ここで知識を持つ者が勝者となるのだ。

 買い物袋の取っ手の部分に一円玉をずらして二枚持って持つと、ビニール袋がくい込むのを防げて持ちやすくなる。

 これぞスーパーだけにスーパーな裏技だ。だが問題が生じた。これぞクレジットカード、電子マネーが普及した代償か。このご時世、とにかく便利である。知識を持っていても、小銭を持っていない。


「蓮、何をしているの? 早く行くわよ」


「あぁ。はい、俺の鞄」


「うっ……重いわ」


 俺の学生鞄を手にした哀の顔が歪む。

 もちろん、俺の鞄にも入るだけギュウギュウに買った物を詰め込んである。俺はそんなに優しくはない。


「さぁ、帰りますか」


 パンパンの買い物袋で上半身も下半身もパンパンにしながら、我が家へと足を進めた。指にビニール袋がくい込むくい込む。


 はぁ……今日は俺の指がすごいことになりそうだなぁ……






「なんだよやんのか!」


「おお上等だよ! ああ! やんのかコラー!」


 ……チュッ♡


 ははは、ちょーおもしろいんですけど。

 肉体的に限界がピークに達している俺はリビングでくつろがせてもらっている。哀は先ほどから買った物を冷蔵庫にしまい、そのまま夕食を作るとキッチンに配している。


 時が流れる。いや、刻まれる……


 リモート……リモコンはどこだ? 最近哀に釣られて俺もフルで言ってしまいそうになる。

 あっ、あった。超おもしろバラエティー番組がコマーシャルに差し掛かったので、ザッピングする。


「ポチっとよ」


「何すんだよ」


 ザッピング中のリモコンの電源スイッチを哀が押したので、テレビ画面は突然暗闇に襲われる。そこには俺と哀、血の繋がった兄妹の顔が映る。

 そして、哀は俺の耳元でこう囁く。


「目を閉じて……」

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