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恋人以上×妹未満。  作者: しすたー遠藤
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22話   『策士、愛に溺れる』

 ――俺には攻略しなければいけないヒロインがいる。


 学校で秋葉以外の男子生徒としゃべるのは久しぶりなのだから。

 こんな俺が()もなしに、こんな風に人並に会話できるよう持っていけるワケがないのだから……。


 持ち帰り検討すればもう少しマシな案も浮かんだのかもしれないが、俺のポテンシャルでは呼び出された時点で思いついたのは……この策のみだった。

 難聴も使った。色んな策もろうした。俺にとってのヒロイン。相手。調査相手。

 恋の一発逆転、この策を使った相手はもちろん……俺のヒロインに、だ。


『好きと嫌いは変換可能』


 かの策士、ギャルゲーマーの言葉だ。

 人間という難解な生物を攻略していく上で、最も効率的かつ合理的な方法……なのか?

 ……知らん、俺は知らん。

 知らないというのは、現実世界にて使えるかどうかということだ。

 確かにギャルゲーでは使えることも多々あるが、現実世界でとなるとちょっとどうかな……


 俺は対人関係にめっぽう弱いぼっちなのだ。

 そんな俺が本音や本性をはかっていく……? 何も策なし、丸腰では無理だろう。

 だってどんな口が軽いヤツだったとしても、初対面の他人にいきなりポロポロと自分の本音や本性を話すか? いや、話さない。

 本音や本性ってのは、基本醜いものだからだ。他人には隠すものだからだ。


 ――網走、攻略。


 俺が昨日聞いていたのは、網走が女たらしだということだ。所詮、人づてに聞いた話だ。正確かどうかなんて分からない。

 つまり、そこを調査するのが俺の任務……本当は任務なんかじゃない。

 俺が秋葉から頼まれたのは、栗花落さんから告白の詳細を聞いてこい。これのはずだった。秋葉より俺の方が栗花落さんに近い存在であるから、という理由付けがあってのことだ。

 網走に接触することになるのならば、俺である意味が一切なくなる。秋葉もそこまでしろなんて俺に一言も言っていない。

 呼び出しを受けた時点でこの調査を勝手に任務と決めたのは、紛れもなく俺だ。俺自身だ。自分の意思でやると決めたのだ。


 好きと嫌いは変換可能。嫌いを好きに変換する。

 嫌いを好きに変換するといっても網走に好きにまでなってもらう必要はない。好きになんかなられたくもないし、それにそんな時間もない。

 別に恋愛に使おうってワケじゃない。恋の一発逆転、友情バージョンってとこだ。

 リミットは五限目のチャイム鳴るまでだ。そんなに時間の猶予もない。

 今日会ったばかりの俺と休み時間をまたいで六限目まで授業をサボる、それは考えにくい。それができるような友情関係を築く術を心得ているのならば、普通ぼっちにならないだろう。

 友情ってものは、()()ってやつが幾度にも積み重なって構築されていった結果……なのだ。対人関係にめっぽう弱いぼっちが友情? 笑えるし、笑われる。


 俺は別に網走と友達にまでなろうとしているワケではない。

 俺との距離感が縮まったと錯覚させ、ほんの少しの信頼が欲しいのだ。

 これさえあれば、恋バナができる……はずだ。多分。

 本音、本性まで出てくればいいのだが、ぼっちの俺では実力不足か……。


 それでこの策が成功したとして、俺は網走が良いやつであってほしいのか……? 悪いヤツであってほしいのか……?

 栗花落さんのことを思うのならば、良いやつであることを望むのは当たり前のことだ。もしウワサ通りの悪いヤツだったからといって、俺は何かをするのか……?

 いったい俺は、未来に何を望む……?


 思考を巡らせても仕方がない。やるべきことをやろう。任務だ。

 まず、遅刻しそうな時間に目を覚まして、それから食卓に置かれたパンを口にくわえ、曲がり角という曲がり角に全速力で突っ込む。

 これが既定路線か……使うのはここじゃない。


 昨日までイチャイチャラブラブで付き合っていたカップルが、何か一つの小さなきっかけで互いに憎しみ合う関係になってしまい、別れる。

 好きが嫌いに一瞬で変換されてしまうのだ。

 ならば逆もしかり、嫌いが好きに変換されることもまた可能であろう。

 好きという感情も、嫌いという感情も、相手の心を乱すという点では同じだ。

 ということで、好きってのは興味や関心と類語と考えればやっぱり……まぁつまり、好きでも嫌いでも興味や関心を持っている相手にならば、一瞬で変換させられる可能性をあるってことだ。

 これが本質的に考えれば、好きの反対が無関心とも言われる所以だろう。


 ある高校生のヤンキーが野良犬に餌をあげている、電車でおばあさんに席を譲っている、煙草の吸殻をちゃんと灰皿に捨てている、などなど。

 あれ? この人、意外と良い人……キュン♡……これである。

 逆にまじめで人畜無害そうな人間が野良犬に餌をあげようが、電車でおばあさんに席を譲ろうが、煙草の吸殻をちゃんと灰皿に捨てようが、あまりなんとも感じない。

 全く同じ行動をしているにもかかわらず、だ。


 ……ギャップというやつだ。


 そういうことをやりそうにない印象の人間がそれをやると、その人間に対する見方が変わりやすく、必要以上に評価が上がる。

 それにより、好きと嫌いは変換可能なのだ……と、頭でシミュレートした限りは可能だ。けれど結局、問題は現実世界にて使えるかどうかということに巻き戻る。


 だがしかし、思い返せば最近俺はこれを使用したのだ。利用したのだ。

 忘れもしない、胸の感触……ではなく、そのちょっと前。栗花落さんに「すごく可愛いね」と言ったあの所業だ。

 俺が言う特殊性を狙っての台詞選びをし、ターゲット栗花落さんを茹でだこのように真っ赤にした実績がある。

 あれ自体は成功といって申し分ないだろう。あれこそ、まさにギャップだ。

 でも全体的に考えれば失敗だった気がする……。おもいっきりビンタされた記憶しかないんですけど……。

 ましてや今回、友情バージョンなんですけど。相手が男なんですけど。


 ギャップなんて、ただの錯覚だ。勘違いだ。後になってふと冷静になって考えれば、なんであんな気持ちになったのだろう? と、目が覚める。夢から醒める。

 所詮インパクトだからだ。きっかけなのである。恋も友情もきっかけを掴まないことには始まらない。


「……まぁ、イケるか」


 てかこれ以外思いつかないし、やるしかない。

 今このタイミングを逃したら、ぼっちの俺に学園二のイケメンの人気者の網走様と会話する機会など二度と来ないかもしれないしね。

 それに、何かあるならば早期解決に持ち込みたいと思うのは仕方ないだろう。栗花落さんに何かあってからでは……フッ。俺はホント何を望んでいるんだ……。調査だけだ。そのつもりのはず……なんだ。


「オイ天羽、テメェもそうだろ?」


「何がですか?」


「女を顔で選んで何が悪い?」


 顔面至上主義……。


 俺と網走は始めから栗花落さんの話題だった。今思えば、網走が俺を呼び出した理由が栗花落さんの元カレ疑惑だったからである。

 会話の流れ上、栗花落さんへの想いや網走の恋愛観の話に入っていくのもごく自然なこと。これはものすごくありがたかった。

 初対面の相手といきなり恋の話、恋バナをする男子高校生たちがどこにいる……。

 恋バナをするには、多少友情関係が必要となってくる。

 つまり、短時間で恋バナができるほどのほんの少しの信頼を網走から勝ち得なければならない、ということだった。


 ギャップ効果を発動するには、まず嫌われる必要がある。俺に無関心であったのならばもうどうしようもないが、呼び出しまでして俺に無関心なはずはない。むしろ関心しかない。

 俺ならばもともとこの学園である程度嫌われているかとも思ったが、最大限にギャップ効果の威力を発揮するにはまだ足りない。バネのように反動をつけることにより好き・嫌いのふり幅が大きくなり、短時間での攻略が可能となるのだ。

 まず嫌われること、距離感が遠いと思わせることだ。


 ……と思ったら、網走はもともと俺に嫌悪感があった。栗花落さんの元カレ疑惑で自動的に勝手に嫌われていた。これはこちらとしても都合が良かった。

 他には、喧嘩を売ったりもした。というか俺はただ買っただけなのだが……。作戦ではなく本気で買っていた部分もあることは反省したい。

 嫌われるアイテムとして難聴も使った。

 あの時の元カレ発言は本当に理解不能、意味不明だったのだが、難聴を使うにはちょうど良かった。

 網走の聞きたい元カレ発言の答えをなかなか答えず引き延ばす、など嫌いという感情で網走の心を乱した。とは言うものの、元カレ発言によりあのとき思考も心も乱されたのは俺の方だった……。

 そして俺はもう一手を、会話の最初から打っておいた。


 ……言葉だ。話し方である。

 俺は網走が同学年であるにもかかわらず、最初はずっと敬語でよそよそしく話した。

 敬語には見えない力がある。見えないものを見ることのできる厨二病でなくとも、誰にでも使用することのできる見えない力。

 バリアだ。

 タッチ! バリアしてるから効きませーん! のバリアだ。言葉のバリアである。

 当然、初対面の目上の人に使ったところで、それはただの礼儀正しい人だ。とても良いことだ。

 だが同学年や自分より年齢が下の人に使用すると、どこか距離感を感じさせることが可能となる。

 

 もしその敬語だった人が、どんどんフレンドリーに接してきてくれるようになったとき、人はどう感じるか?

 ……多少の効果が見込めるワケだ。

 俺の場合どんどんのど、くらいだったが効果はあった。網走の頭には引っ掛かりがあったのだろう。俺が敬語であることを指摘してきたのが証拠である。

 短期間の攻略を目指すならばこれくらいスパっとした強引な切り替えの方がインパクトがあって案外上手くいくのかもしれない、という論文を提出したいくらいだ。


 誰に対しても敬語の人だという人でも、親しい人と仲良くはなりたくない人とで同じ敬語でもくだけたバージョンとそうでないバージョンで使い分けを行っているだろう。

 礼儀正しくし続けることは、距離を縮める気が毛頭ないということだ。

 まぁ俺は本当に初対面の人には、どんな相手だろうが同学年だろうが年下だろうが子供だろうがゴミクズだろうが、敬語を使うのだけれど。


 これらでフリをたっぷり利かせたが、敬語だけで好きに変換、信頼を得られるか? ……まだ無理である。

 でも、これだけでも網走の態度は軟化していった。

 最初は、胸ぐらを掴んでくるくらい俺たちはバチバチな雰囲気だったが、「じゃあ、体育座りで」と様子見のおふざけを挟んだときには、威圧的ではあったが手を出してくるほどバチバチではなかった。

 バチバチからピリピリくらいには進歩したということだ。

 そんな俺と網走の仲が急変したのはやはり、始まりのあの台詞からだ。


「俺と栗花落さんはただの生徒会役員だ。元カレどころか友達ですらない、そんな間柄だ」


 俺が自分の質問に答えてくれたからではない。

 網走にとって理想的な回答だったから、これが一番大きいだろう。俺と栗花落さんの関係を疑って、呼び出しをするまで固執していたのだから当然といえば当然だ。

 自分の好きな子とよく共に行動している邪魔な男、通称俺が元カレどころか友達ですらないのだ。ただの同じ生徒会役員なだけだったのだ。

 そりゃあ安堵することだろう。気が緩むことだろう。喜んだことだろう。

 人はこのような状態のとき普段ならば話さないようなことを、ついなんでも口走ってしまうのだ。


 この俺の台詞に嘘いつわりなどない。事実、本当のことなのだ。どんなに話を深く掘られようが、これが真。俺を信じろ、そして信頼しろ。


 俺はきっかけを掴みたかったのだ。

 ただの錯覚だろうが勘違いだろうが、後になってふと冷静になって考えれば、なんであんなヤツにあんなことを話してしまったのだろう、と思われようが構わない。

 今、お前を騙したいんだ。今、お前のほんの少しの信頼が欲しいんだ。


 ――俺はそのきっかけを今、掴んだのだ。


 あとは仕上げに一言囁けばいい。そう、信頼への土産の一言を。

 どうせお前はこの言葉が欲しいんだろ?


「よかったら、俺が栗花落さんを落とせるよう協力してあげようか?」


 だって俺たち、もう友達じゃないか。 

 ……さすがにそこまでのステージまで登り詰めるにはまだ時間が足りない。 

 だが俺たちは、授業中という特別な空間を二人で共有している者同士なのだ。条件は俺に全て味方している。


「天羽、テメェ意外と良いやつじゃねぇか……」


「そりゃ、どうも」


「そういえば、天羽は今彼女いんのか?」


 ほら、網にかかった。あとは引き上げるだけ……






「天羽に言われたら、自信になるわ、ハハハ」


 薄暗い体育館裏に、クズの男の高笑いがこだまする。


 上機嫌なことで……。尻も軽ければ、口も軽いな。男に尻が軽いとは使わないか。

 騙しのプロではなく、信頼させるプロなのだ。まず本当のことを言って信じさせ、それから騙す。

 出てくる、出てくる。本音、本性。


 ……俺は瞬間的なものだとしても、この()()という友情まがいを勝ち得たのだ。


「どうやったら栗花落さん落とせるんだ?」


「攻略の秘訣は周りから固めていくことだ」


「具体的に何をすればいいんだ?」


「そうだな。掲示板に新聞部が記事を貼りだしていることがあるだろう?」


「あるな。いちいちそんなの見たことはねぇが」


「新聞部ってのは大体マスコミ志望の生徒が所属する部だ。まぁいわゆる情報好きだ。いつだって情報を集めていることだろう。だったら、網走君と栗花落さんは付き合っている、と嘘の情報をリークすればいい。そしたら勝手に記事を書いてくれるワケだ。だとしたらどうだ? 学園はそのウワサで持ちきりになること間違いなしだ」


「そんなので上手くいくのか? だいたい周りから固めていったからといって、栗花落さん自体が告白をOKしないと意味ないだろ?」


「何を言っている、網走君。女性にとって告白の保留ってのは、アレだ……メールを焦らしてから返信する、アレみたいなものだ。これは好きな人にするテクニックだ。つまり、網走君の告白はほぼ成功みたいなものなんだよ。それに……網走君は自分に自信があるだろう?」


「ハハッ、そうでもねぇよ。天羽が言うなら、まあそうなんだろうな」


「新聞部の方には俺が、今日放課後にでもリークしておいてやるよ。網走君本人がやるとリークにならないからな」


「おう、頼んだ! 天羽はもう俺の友達だわ~」


「……お任せを」


 五限目終了のチャイムが鳴り響いても、六限目開始のチャイムが鳴りやんでも、話し込んだ。

 栗花落さんの好きな色は黒色だとか、栗花落さんの胸はDカップだとか、二人仲良く栗花落さんという網走のヒロインの攻略法など語り明かした。

 

 そう、まるで友達であるかのように……






 コンコンコン。


「失礼します。美男美女カップル誕生で記事を書く気はありませんか?」


『騙しのプロではなく、信頼させるプロなのだ。まず本当のことを言って信じさせ、それから騙す』


 ……これは詐欺師の言葉だ。

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