21話 『休みじゃないっすよ。まったく、鈍感なのはどっちだよ』
好きの反対はなんでしょう?
答えは……
小学校のとき、好きの反対は嫌いであると教わった。でも、答えは何故かもう一つある。プリンにしょうゆをかけたらウニの味がするくらい有名な話だ。
余談だが、ある小学校の国語のテスト、反語の問題にて好きの反対はなんでしょう? この問題が出たそうだ。
ある小学生は、無関心と解答欄に記入した。
だが、返却されたテストには大きくペケが打たれていた。それに「何故だ!?」とシャウトした小学生、それは誰だったかな。
当たり前だ。この答えは間違いなく、間違いだ。何故なら、これは反語の問題なのだ。誰もそんな本質的なことなど聞いてはいないのだ。
けど、好きってのは興味や関心と類語と考えればやっぱり正解なんじゃ……と反論したいが、やはり義務教育には勝てやしない。
好きの反対は、やはり嫌いなのだ。
俺は対人関係にめっぽう弱いと思う。人見知りとか恥ずかしがりやとかではないにもかかわらずだ。もし本当に人見知りや恥ずかしがりやといった属性持ちだったら、生徒会長なんてできないだろう。
対人つまり、いつも人に対していない。人と関わって生きてきてはいない。他の人に比べて圧倒的に経験不足ということだ。ぼっちの弊害というヤツだ。
俺の場合、対人関係に弱いからぼっちなのではなく、ぼっちだから対人関係に弱いのだ。
学校で秋葉以外の男子生徒としゃべるのは久しぶりなのだから。
こんな俺が策もなしに、こんな風に人並に会話できるよう持っていけるワケがないのだから……。
俺が一番知りたかったと同時に一番聞きたくなかった情報、栗花落さんへの告白の結果は……保留だったようだ。すぐには答えを出せない、少し考えさせて欲しいってヤツだ。特に女性に多い。というかほとんど女性だろう。
網走は保留の原因が俺にあると思い、呼び出したのか……。
告白の保留という行為には、さまざまな意味合いがある。
例えば、相手のことをよく知らないから、他に好きな人がいるから、前の恋人と別れて間もないから、恋愛をしたこと自体がないから、今までの関係が崩れてしまうかもしれないから、友達が告白した人の事を好きだったから、付き合うかどうか迷っているから、など可能性を列挙していけばキリがない。
だが実際、告白の返事を保留されたケースで一番多いのは、断り方で悩んでいる、つまり告白を保留するという答えで察してほしいから、だ……らしい。
告白をしたことはない俺がこんなこと知っているはずがないだろう。先ほど携帯で『告白 保留』と検索し、ネットの記事をサラッと目を通しただけだ。
二人きりでの会話中に携帯を触るのなんて悪いかなと思ったが、最近では案外それも普通らしい。網走もスマホを触ったりなおしたり、せわしない。人気者は授業をサボっていると連絡をくれるお友達がいらっしゃるのだろうね。
俺はというと……一通たりとも来ねー。おっ来たかと思ったら、1000万ペソ受け取ってくれませんか? ってこれ、迷惑メールじゃねーか。我がお友達の秋葉は今日学校来てんだけど……なんでペソなんだよ。理解しがたいわ。
そんなことより、もっと理解しがたいのは栗花落さんの方だ。
栗花落さんが告白を保留……?
俺の知っている限り、栗花落さんがそんなことをするとは思えない。
告白の保留は想定外の突然の告白だった場合に多いとも先ほどのネット記事で見たが、これが原因なのか? 昨日秋葉と何故このタイミングに告白なのか、という話もしたし。
けどそれだとしても、というかありえないんだ……
告白の保留という行為は、告白するって行為を、相手の好意を、告白をする勇気を……
……軽んじてはいないか……?
もうかれこれ、コイツと何分しゃべってんだか……。友情ってのは何分くらい会話をすれば成り立つのだろう? 成り立ったと言えるのだろう?
友情ってものは、信頼ってやつが幾度にも積み重なって構築されていった結果……
「そういえば、天羽は今彼女いんのか?」
「いや、いねーよ。網走君は? ……あっ保留中だったな。悪い」
「いいんだよ。別に彼女はまだいるから。天羽は今まで彼女何人いたことある?」
「……」
俺は無言で親指、人差し指、小指を立てた。
どう受け取るかは相手の自由だ。俺は三人いたとも、きらっとも、星の間を旅行したりもしていない。
てか何? この質問、秋葉にも聞かれたけど今流行ってるの?
……いや、違うのか。今流行っているのとかではなく、俺が知らないだけでこれが普通の男子高校生の日常会話というやつなのか。
ぼっちの俺には勉強になるな……って、授業中に教室ではなく体育館裏で学んでいる今の状況は学生としてどうなんだか。
「思ったより少ねぇな、ハハハ」
「そうか? じゃあ網走君は?」
「俺は多分……十五人くらいだな。栗花落さん落としたら十六人目だな、ハハハ」
そんなもん四捨五入すれば俺と同じ0だろ……って増えとる……。十の位でいっても一の位でいっても負けとるじゃねーか。持たざる者からすれば、四捨五入はいつも恐ろしい。
この質問の意図自体、誇示だ。自分より俺が劣っている、もしくは俺より自分が優っている。網走はそう思いたいのだろう。
まぁ、学園二のイケメン君だしね……なんて、別にこんなことぐらいでは思わねーが。
「天羽、彼女いねぇなら紹介してやろうかぁ?」
「フッ、いらねーよ。でも網走君すごいな、交友関係広くて」
「天羽が孤独なだけだろ。大したことねぇよ。そう遠慮すんなよ。栗花落さん落とせたら、やってもいいぜ? 俺の彼女。ハハハ」
「……そう。じゃあ、遠慮せず貰おっかな……ははは」
「天羽ならアイツも満足だろ」
「そうか? ……ははは」
俺が孤独ね……。
はぁ、さっきから作り笑いも辛くなってきたんですけど。マジで男子高校生の日常会話、苦痛なんですけど。
男同士のなんてことない会話をグダグダする普通の感じがこんなにしんどいとは……。男子高校生たちは普段どんな会話をするのとか知らない。今これで合っているのかもよく分からない。
網走、コイツは自分に落とせない女子生徒はいないと思っているのだろう。
世間的に俺より網走がモテているのは明白だ。友達も普通にどころか多くいるのだろう。恋人もいっぱいなのだろう。女性を乗り換えて乗り換えてって、お前は電車か。
だが残念ながら俺は、お前の誇示を素直には受け取れない。そんなお前を羨ましいとは思えない、思わないからだ。
だって、100人の女性と付き合う男より1人の女性と100年付き合う男の方がカッコよくね?
ただそんな浅はかな理由だ。自分がカッコいいと思ったことをやってしまうイタい思想の持ち主なだけだ。
でも世間的に見たら、前者のお前みたいなヤツが男子に羨ましがられる対象なのは分かっている。そりゃ誰だって人に憧れられる存在になりたいさ。もちろん俺も例外ではない。
それでも俺は、いつだって後者を選びたい。女性をとっかえひっかえしたいとは思わない。電車でもないし、それがカッコいいと自分自身がそう叫ぶからだ。
それこそ人それぞれ、十人十色、千差万別、三者三葉だ。
「そういえば、網走君は栗花落さんのこといつから好きなんだ?」
「ん? 何言ってんだよ? いつからとかねぇよ。強いて言うなら入学した時じゃねぇか? 顔見た時からずっと狙ってたんだよ」
「そう……。栗花落さん可愛……いもんな。網走君なら栗花落さんと美男美女でお似合いだな」
「天羽に言われたら自信になるわ、ハハハ」
薄暗い体育館裏に、調査対象の男の高笑いがこだまする。
上機嫌なことで……。尻も軽ければ、口も軽いな。男に尻が軽いとは使わないか。
騙しのプロではなく、信頼させるプロなのだ。まず本当のことを言って信じさせ、それから騙す。
出てくる、出てくる。本音、本性。
人を見た目で判断してはいけない、そんなのは綺麗事だ。そんなことを俺に説教垂れるヤツがいたら鼻で笑ってやる。
人は第一印象で九割決まる、その第一印象も三秒で決まる。これはまごうことなき事実だろう。本のタイトルになったり、人がどれだけ人を見た目で判断しているのかを研究した偉い心理学者の先生もそう言っている。
網走が栗花落さんの容姿が良いところが好き、顔で選んだと、のたまわっても別に俺はそれ自体悪いとは思わない。外見、容姿が良いに越したことはない。そっちの方が大事でもなんら問題なんてない。
『美人は三日で飽きる』『ブスは三日で慣れる』
この二つの有名な言い回し、どちらも美人でない人が考えたとしたらどうだ?
……ブスは性格まで悪いじゃねーか、って考え方をしても……おっと、口が悪過ぎかな。口悪いついでにもう一つ挙げると、見た目で判断しない、と言うヤツもいる。
外見、容姿じゃなくて内面、性格が大切だから、これを口癖のように発する。
これによりこんな自分でもイケるんだと不細工さんにまで思わせ、誰かれ構わず自分のキープに加えたいという心が透けて見える。
美人ならばこそ、イケメンならばこそ、できる能力だ。
外見、容姿が良ければ選ばれる。選ばれるということは、選べるということだ。
確かに網走、お前は女を選別できる立場の人間だ……
……だがな、栗花落さんを選択できるほどの立場でもない。
――人間の格が違う。
外見だけ持っているお前と、内面も持っている栗花落さん。
単純に考えても、1―2でお前の敗北だ。どうあがいても、俺たちじゃ手が届かない存在だ。
善は白。悪は黒。
内面、性格、心。人間誰しも白だったり黒だったり、二面性を持っているものだ。裏表ない人間など、それは人間ではない。
多分網走にも白の部分がどこかにあるのだろう。もしかしたら俺にもどこかにあるのかもしれない。
俺が今まで接した人間の中で一番限りなく真っ白に近いのが……栗花落さん、あなたなんだ。
優しい。そんな簡単な言葉で片付けたくはないが、栗花落さんは優しい。ただ物腰が柔らかいだけとかの表面上の優しさなどではなく、もっとこう根本から根っからの白なのだ、天使なのだ。
告白するって行為……誰にも告白するって行為を軽んじる権利なんてない、告白をした人の気持ちを無下に扱ってはいけないよ、と俺にそう説いたのは栗花落さんだったね……。
俺はその白を守りたい……そう、願うんだ。この気持ちが俺の白だと信じて。
好きは白。嫌いは黒。
グレーはどういう状態なのか。その答えは、いつだってライトノベルに記載されている。
ラノベ主人公はいつも言っているだろう? 自分は灰色の学園生活だ、と。
この言葉の本質は、好きか嫌いかはっきりしない優柔不断で学園生活を送りますよ、と宣言しているのだと思う。正直なやつじゃないか。
人への好意を正直に述べられる行為は、もちろん白だ。告白は素晴らしいことだ。だから漢字も白という文字が含まれているのだろう。
今彼女がいるにもかかわらず、告白をする。これで色が混ざり合ってグレーとなる。これが灰色の学園生活……違うか。本人にとっては白色の、いや薔薇色の学園生活なんだろうか……。
俺が栗花落さんに執着を持っているのは外見で人を判断したからなのかもしれない。
俺が栗花落さんに無関心でいられないのは……だからなのかもしれない。
そう、俺だって網走と同じ黒の人間だ。これは鏡写しだ。俺の瞳にはクズが映っている。
場面さえ違えば似た者同士、本当に友達というやつになれたのかもしれない。
本当は何もするつもりなんてなかった。秋葉に頼まれたから調査だけのつもりだった。網走がどんなクズだろうが、ゲスだろうが、高校生にもなって誰が誰と付き合おうが部外者がしゃしゃり出るなんてお門違いだ。
ぼっちの秋葉でも悪いウワサのことを知っていたのだから、ちゃんと友達に囲まれている栗花落さんならば耳にすることもあっただろう。
それでも栗花落さんが自分の意思で網走を選んだのならそれでいい。栗花落さんがいいのならそれでいい。口を挟む権利など持ち合わせてはいない。
俺が栗花落さんを網走に渡したくないと行動すること、それはただの傲慢でしかない。
大事なのは俺の気持ちじゃない。栗花落さんの気持ちだからだ……
そう切り捨てられるはずだったのだけど……
「顔もいいけどあの純粋そうな雰囲気っての? アレがいいよな? 絶対まだ処女だせ。俺が純潔もらっちゃおうかなぁ、ハハハ」
「ははは……死ね」
「何か言ったか?」
「いや何も」
――俺の中から湧きだすこの黒い感情の始末はどう付けようか?
――お前の学園生活を真っ黒に染めてやろうか?
俺は間違いなく黒なのだ。俺の好きな色は黒だから、別に構わない。
お互い黒だと、どちらの方が漆黒なのか。
俺をただの孤独と……
「孤独と孤高をはき違えるなよ」




