20話 『少年は休みなのか、秋葉?』
「えっ? なんだって?」
「おい天羽テメェ……チェッ。そんなんだからテメェは嫌われてんだよ」
「おいおい……。初対面の相手に面と向かってそういうこと言うか、普通……」
俺の豆腐メンタル砕けてまうわ、ったく。まぁ、ぼっちということはそれなりの理由があるからぼっちなのだ。そんなことはぼっち皆、自分自身ならば理解しているだろう。俺も、多分秋葉も。
そんなことより……
元カレ? 元カレか。あの、元カレでいいんだよな? 合っているとは思うが、俺の知らないワードの可能性もある。一応あとで元カレの意味調べとこう。
俺って栗花落さんの元カレなのだろうか? 普通に考えれば答えは否。
交際していた事実はありません、ただの友達です。パシャパシャパシャパシャ。フラッシュ点滅にご注意ください、のはずだ。
……これは不倫の場合か。
もしかしてアレか? ラッキースケベ事件。
これなら、俺が栗花落さんと恋人関係になった瞬間がある。胸を触ったあの瞬間だけ俺たちは恋人関係になった、という仮説は成り立つだろうか? うん、もちろん成り立たねーな。はい、却下。
そもそも何故元カレなんだ? 現在進行形じゃダメなのか? そんなに今の俺と栗花落さんは恋人に見えないってか?
でも確かに出会った頃の方がまだ恋人っぽかったかも、って自分でも思う。最近というか哀が生徒会に入って以来、俺の株が色々と暴落したような……したような……したようだ。
まさか……現在進行形の彼氏は自分だと遠回しに言いたいのか、網走は……。
こんなことなら昨日の告白、最後まで見ておけばと考えてしまう俺ってヤツは……。
栗花落さんに話を聞けなくとも、もう一人の当事者つまり目の前のコイツに聞けば話は早いと考えるのは当然過ぎるのだが、問題はそんなに安易ではない。
告白の結果も大事だが、網走の女たらしぶりが不安だと耳にしていて、その俺がその調査相手に核心的なことをこっちからガツガツ聞くワケにもいかない……と、もっともらしい理由を挙げてみたが俺がただ、告白の結果を聞きたくないだけかもしれない。
でも、告白の結果くらいは今の会話の流れ上、簡単に入手できてしまうだろう。
俺の任務は、今この状況でこの会話で本音や本性をはかっていくことだ。今このタイミングを逃したら、ぼっちの俺に学園二のイケメンの人気者の網走様と会話する機会など二度と来ないかもしれないしね。
持ち帰り検討すればもう少しマシな案も浮かぶかもしれないが……。
栗花落さんの告白の返事がNoだったのならば、ただの取り越し苦労ということになるのだが、昨日の機嫌の良さを考えると……。
それ以前に、網走が聞いたのとは違い本当は良いやつだったのならば……それでいい。それがいい。
全て杞憂で終わる。網走というヤツが良いやつであってほしい。
栗花落さんに恋人ができて……
心配もいらない。傷つきもしない。泣きもしない。笑って幸せになれる。
これが一番いいのだ、一番良い結果なのだ。
ごめん先生、今日授業遅れます。
ごめん栗花落さん、俺は……
「天羽、さっさと答えろ」
「俺と栗花落さんの関係は……」
ただの生徒会役員の間柄。これが網走の質問に対する答えだ。
網走と会話して数十分ってところだが、この網走は……
俺に対して初対面にも関わらず喧嘩腰。栗花落さんを顔で選んだと言い放った。まだそれだけだ。良い所はきっと見つかる、きっと……って、なんで俺がこんなヤツの肩を持たなきゃならないんだ、ったく。でも……
……だって、誰にも告白するって行為を軽んじる権利なんてないだろう。俺なんて誰かに告白しようなんて思ったことも、考えたことすら一度もない。
その気持ちを毎日抱え悶々とし、夜も眠れなかったり。言い出したくてもなかなか喉につっかえて出てこない。どうしても言えないのだろう、たった二文字が。
やっとのことで勇気を振り絞って口から出したその好きっていうたった二文字を言う行為。好意。それが告白というものだ。
そうやって告白をしたやつの気持ちを無下に扱うことはできない。
「……って、網走君は何故そんなことを聞く? 俺はそれを言わないといけないのかな?」
「べっ、別にいいじゃねぇかよ! 聞くくらいよぉ!」
「そうだな、聞くくらいは別にいいよな。悪い、悪い」
網走は動揺したようで、声を張り上げる。俺、威圧されっぱなしだな……。
でも、さすがに意地悪だったかな。まぁ本当に俺に答える義務などはないのだが、好きな子の過去が気になるのは人として男として正しい感情だろう。これを言葉にしろ、ってのは意地悪以外の何物でもないか。
特にヤンキーでもない網走が最初から喧嘩腰だったのは、栗花落さんの元カレだと勘違いしていたから俺が気に食わなかった、というところか。彼女の前の男への嫌悪感から威圧的な態度を取ってしまう。栗花落さんを想っての行動ってことで大目に見てやる。
「まぁ網走君、一旦座ってゆっくり会話しよう」
「座るとこなんてねぇよ」
ここは体育館裏だ。ベンチなどはなく、簡易灰皿しかない。
「じゃあ、体育座りで」
「なんでだよ! ふざけてんのかぁ!?」
対人関係難しいな……。
多少ピリつき気味の空気を和ませてやろうとしたのに、ツッコミという名の暴力が振るわれそうなので、あまりふざけるのはやめておこう。最近の子は野蛮ね、もう……俺と網走は同学年だわ。
「まぁ落ち着けよ。それより、なんで元カレなんだよ? 俺が今現在進行形で栗花落さんと付き合っているとは思わないのか?」
自分で言っていてなんだが、栗花落さんと熱愛なんかあるか。俺と釣り合うと思うか? 人気者で優しくて可愛い学園のアイドルの、あの栗花落さんだぞ?
「昨日栗花落さんに直接聞いたんだよ。今付き合っている人はいるのか、って」
「栗花落さんはなんて?」
「いない、って言った」
そりゃそうだ。だって付き合ってないもん。俺、栗花落さんの彼氏じゃないもん。そして、元カレでもないもん。
じゃあ何故、俺が元カレだと網走は言ってきたんだ? 栗花落さんがそう言ったのか?
「でも……」
網走はそのまま言葉を続けた。
「天羽の名前を出したとき、栗花落さんちょっと歯切れ悪かったんだよ。今付き合っている人はいないのだったら、元カレってことになるだろ普通?」
「いや、ちょっと待って……。網走君の普通が分からない。ちょっと歯切れ悪かっただけでしょ? それで元カレってのは飛躍しすぎじゃない?」
「そんなことはねぇよ。普通誰でも、やっぱりテメェと付き合っていたんじゃないのか、って思うだろ?」
「……は?」
「だから! やっぱりテメェと付き合っていたんじゃないのか、って思うだろ普通誰でも!?」
いや……だからって言われても、声量を上げて文章の順番入れ替えただけの台詞を繰り返されただけなんですけど。
は? どういうことだ?
栗花落さんが彼氏いないってのは俺も知っていた。確か入学式の登校のときだったか、そんな会話をしたからだ。
まぁ、網走の思考回路も理解できる。
同じ生徒会役員だからよく栗花落さんと行動することから、俺の名前を挙げるのも分かる。
歯切れの悪さは、栗花落さんにとって俺はイレギュラーな存在なのだと考えれば説明がつく。最近栗花落さんに色々しちゃったもんな、俺。
それによって栗花落さんの反応が違って見えたのなら、勘違いすることもあるだろう。
ここまでは俺の頭で整理できている。引っかかっているのは次だ。
「……やっぱり付き合っていた? ……やっぱり? 俺が? 栗花落さんと?」
「あ? 何今頃驚いてんだよ、天羽。テメェと栗花落さんが付き合っているウワサなんか入学式のときからあるだろ。この学園にいれば、普通誰でも耳にするだろ」
「ウワサ? ……俺の? お前じゃなくて?」
俺はウワサ保持者の網走の人となりを調査……。
いつから俺もウワサ保持者、ウワサホルダーになったんだ……?
俺も一応どころか生徒会長でこの学園に在籍しているんですけど。普通誰でもに入れないのは何故なんだ?
俺が普通のヤツと違うところ、それは……
「……というわけだ」
「なるほどね……」
そういうことか。これで全ての辻褄が合う。
俺が普通のヤツと違うところ、それは……色々あるが、そんなの簡単な話だ。
友達がいないことだ。ぼっちなことだ。友達がいたとしても、学校にあまり来ない特殊なやつなことだ。
ウワサってのは、友達から聞いてまた新たに友達に伝えていくことでどんどん大きくなって話題になって、そうやって成り立っているものだ。
つまり、俺には無縁なのだ。基本ぼっちの俺は学園の情報やウワサという類いのものは疎くなるのは仕方がないのだ。必然なのだ。
俺が知りえる可能性とすれば、秋葉か栗花落さんか哀……哀は学年が違うから難しいか。栗花落さんは自分と俺が絡んでいるウワサを俺に報告などしないだろう。
そして、秋葉。コイツもぼっちだ。誰からも伝えられることはないだろう。俺が聞いていないってことは、アイツも知らないということか。
……そりゃそうか。入学式の時からのウワサってことなら、アイツが知らなくても不思議ではない。クラスメイトのことはご自慢の記憶力でカバーできても、ほとんど学校来ていないぼっちにウワサは拾えないだろう。基本話す相手が俺しかいないのだから。
でも、所詮ウワサなんて不確かなものだ。それは今回のことで俺が証明している。俺は栗花落さんと付き合っていたなんて輝かしい過去など持ち合わせていない。前にも言ったが、今まで彼女の人数なんてそんなもの数えたことがないからだ。
そのウワサを何故俺が保持? つまり、ウワサホルダーに……ウワサホルダー、これ流行らないかな? ……無理だな。
その経緯は、学園二のイケメンの人気者の網走から聞くことができた。
学園二のイケメンってのにも最初は違和感がすごかったが、なんか慣れてきたな。これは俺の仮説なのだが、本当は学園にイケメンがいる。これが元ネタなんじゃないか、と睨んでいる。それがウワサという不確かな移動手段によって、いつの間にか『学園に』が『学園二』に……。案外当たっているんじゃないか?
まぁ、そんなことはどうでもいいのだが。俺が栗花落さんと付き合っている、このウワサは入学式のときから広まったそうだ。
入学式といえば……アレだ、アレしかないのだ。勇者事件。
アレのせいで俺たちは、入学式の準備に遅刻したのだ。そう、二人仲良く。今考えれば、あのときの周りからの視線や空気感で気づくべきだった。
高校生の男女が普通の時間に一緒に登校ならば通学路でばったり会ったのだろうとなるが、一緒に仲良く遅刻して登校は怪しすぎるな。今思えば、確かにそうだ。関係性を疑われても仕方がなかった。
品行方正な栗花落さんが何故遅刻? からの、隣にいた俺に疑問を持つ。とても自然な流れだ。
極めつけに一緒にペナルティの椅子並べもした。そう、彼氏をかばって。
……こんな簡単なことにも気づいていなかったとは。勇者事件の後だったから頭が働いていなかったか? いや、所詮これが俺のポテンシャルか。
準備のため早く登校していた生徒たちからどんどん広まって、網走の言うこの学園にいれば普通誰でも耳にするウワサになるわけだ、ぼっち以外。
ぼっちはいつだって仲間外れなのだ。友達の輪からも、ウワサからも。ウワサの中心にいるというのに。
「色々教えてくれてありがとう、網走君。じゃあ、授業始まっていることだし――」
「――おい待てよ!」
「ん? まだ何か用あるかい、網走君?」
「当たり前だ!」
自分の教室に足を向けた俺の肩をめいっぱいの力で掴まれる。
そりゃそうだ。一段落した感じを醸し出してみたが、俺は結局何も答えていないのだ。質問にも、告白をするという行為にも。
「俺と栗花落さんはただの生徒会役員だ。元カレどころか友達ですらない、そんな間柄だ」
俺のこの回答に頬を緩めた網走は、善か悪か……? 白か黒か……?
――黒色の悪だ。




