19話 『難聴を使いこなすと主人公になれるって話は本当ですか?』
『美人は三日で飽きる』『ブスは三日で慣れる』
有名な言い回しだ。前者と後者、どちらが正しい? 間違っている? それとも、どちらも正しい? どちらも間違っている?
妥当か否か、選ぶのは他人ではなく自分だ。
美人は三日どころか一生見ても飽きないと言う人もいれば、ブスは三日どころか一生見ても慣れないと言う人もいる。ブスは三日で飽きると言う人も出てくるかもしれない。
内面の性格に比べ外見の容姿の良し悪しは、人によって考え方の相違が大きい。どちらも良いに越したことはないが、容姿が悪くても妥協する人はいても性格が悪いのは妥協する人は少ないだろう。
性格は三日で飽きる、慣れるという言い回しは存在しないのだから。
それでも内面と外見、性格と容姿どちらが大事か選ぶのも他人ではなく自分である。
後者が大事と言えば、悪く映ることだろう。それでも人それぞれ、十人十色、千差万別、三者三葉だ。
選ぶのは俺じゃない、お前だ。
そのお前を選ぶかどうかも俺じゃない、栗花落さんだ。
「オイ天羽、テメェもそうだろ?」
「何がですか?」
「女を顔で選んで何が悪い?」
「別に悪いことはないですよ。自分でそう決めたならそれでいいと思いますよ。何故俺に同意を求めるのでしょうか?」
「テメェも俺と同じ匂いがしたからだ」
「俺は網走君みたいに香水をふりまいてはいませんよ」
でも確か昨日秋葉にそういう言い回しを使った気もする、俺。
学校で秋葉以外の男子生徒としゃべるのは久しぶりだ。
端整な顔立ちで、毛先を遊ばせた茶髪に、俺より高い180センチくらいある高身長。若いチャラいアイドルみたいな風貌だ。
俺の目の前にいるコイツがあの網走である。学園二のイケメンの異名を持つあの網走である。
はいはい、モテるのでしょうね~。
昨日の放課後、哀は掃除当番で遅れて、俺と栗花落さんは比較的長く二人っきりで生徒会室にいたが、秋葉からの頼み事を上手く遂行することは出来なかった。
なかなか人は無神経になれないものだ。他人のプライベートに土足でガツガツと踏み込むことは難しい……。
それは友達であったとしても、やってはいけないことである。俺は秋葉のプライベートになど興味はないが。
昨日の栗花落さんの様子は相変わらず機嫌が良かった。いやむしろ、悪化していた。悪化はおかしいか……それは私情だ。もっと機嫌が良くなっているように感じた。久しぶりに俺と二人っきりになれて嬉しかった……んなワケないか。
俺の顔を見てはニコニコニコニコ。ここまでくると俺でなくとも、あまり接点のないヤツでも変化に気づくことが出来たであろう。
まぁ聞けなかったにせよ、数日もすれば網走との関係性はおのずと分かってくる……そう思っていた矢先のこの対面である。
網走の俺への態度が、何故か喧嘩腰なのが鼻につく。いや、もとからこういうヤツなのか?
「それで……話ってなんでしょうか? だからこの昼休みに俺を呼び出したのでしょう?」
「あぁそうだ。テメェになんか用がねぇのに話しかけるか」
「そうですか。え~その前に網走君。一応俺も生徒会の人間だから言っておくが、その髪は校則違反ですよ?」
「別に茶髪くらいいいだろ? ホントは金髪にしたかったんだけどな」
「いや、まぁ校則ですから」
お前の好みなど知ったこっちゃねーよ。金髪だろうが茶髪だろうが、どのみちアウトだ、レッドカードだ。うちの学校はそこまで校則で拘束されるということはなく、あくまで一般的な厳しさのはずだ。そんなことも守れないようなゴミクズは学園から退場しろ……レッドカードだけに。網走がサッカー部なだけに。
「先生にも金髪のヤツいるだろ? なら俺もいいじゃねぇか?」
「あの人は地毛ですよ。一緒にすんな、ゴミ……」
おっと、言葉遣いが乱れてしまった。
……でもなんか今の俺、めちゃめちゃ生徒会長らしいんじゃね? 今の姿を皆に見てもらいたいが、残念ながら現在地は体育館裏だ。
網走とは偶然会ったのではなく、向こうからの呼び出しである。当たり前か、俺から話しかけるはずがない。
「今テメェ何か言おうとしなかったか? あぁん!」
「いえ……何も」
網走にメンチを切られる。
……大体さっきから何故コイツは喧嘩腰なんだ? 初対面のはずだが。
体育館裏といえば、告白かタイマンか。二日でコンプリートおめでとう。
そっちがメンチ切ってくるなら、ミンチにしてやろうか……ってワケにもいかない。網走はヤンキーでもなくただのサッカー部のベンチのゴールキーパーだが、それでも運動部だ。文化系の生徒会所属の俺に勝てる見込みはない。
だが言っておくがこれでも俺は、喧嘩の戦歴は無敗を誇っている。この言葉に嘘いつわりはない。
……もちろん、勝利数は指を一度もおりたたまないが。
「それよりなんでテメェ敬語なんだよ? 俺と同じ三年だろ」
「それは人として当たり前のことですよ。初対面の人には、どんな相手だろうが同級生だろうが年下だろうが子供だろうがゴミクズだろうが、最初くらいは敬語を使うものですよ、人であるならば」
「……もしかしてテメェ、俺に喧嘩売ってんのか?」
「そんなワケないじゃないですか~、網走様」
「テメェ!!」
はい、売っています。というか、買っています。
初対面の人と話すときの礼儀も知らねーのか。別に子供にまで敬語を使えとは言わないが、多少はへりくだりやがれ。そしてお前は俺にひざまずけ、フハハハ……ヤベ、昔の癖が出てしまった。
コイツ絶対、店員にも馴れ馴れしく話すタイプだな。
はぁ……、新学期始まって二週間足らずでこれが二度目。俺の胸がそんなに魅力的か?
胸ぐらを掴まれている。そして顔が近い。
これはアレか? 喧嘩からのキスですか? これが倶楽部活動ですか?
店員に馴れ馴れしい態度を取るヤツを、俺は確かに嫌いだ。でも、俺は何故こんなにも苛立っている……?
今自分が網走に対して、負の感情が湧き上がっているのがよく分かる。さっきから手のひらに爪が食い込んでしょうがない。
俺は喧嘩を買うようなタイプの人間ではない、陥れるタイプの人間だ。感情を表に出すようなバカな真似はしない。
――網走、お前を選ぶかどうかは俺じゃない、栗花落さんだ。
分かっている。そんなことは頭では分かっている。でも、心が受けつけない。
フッ……これがお父さんはその交際を認めない! ってヤツか。
俺はいつからこれだけ栗花落さんに執着を持ってしまったのだろう?
……自分がみっともない。一旦冷静になれ、俺。
ふぅ、軽く息を整える。
「悪かった、網走君。フラットに話そう。だから放せ」
「あ、あぁ……」
すぐに俺の胸ぐらは解放される。案外素直だな……いや、俺の顔が殺気立っていたのか。
まぁいい。そろそろ話を進めないと昼休みが終わってしまう。
「で、用とやらを聞こうか? 網走君」
「あぁ……」
一呼吸置いて話し始めた網走の話は、難聴を使うにはちょうど良かった。
これで俺も主人公になれますか?
「テメェ……」
「早く言え、昼休みがもう終わる」
右手を上げ腕時計を確認すると、もうチャイムが鳴ってもいい時間だ。次の授業英語だから遅れるワケにもいかねーし、早く済ませないとな。
……。
……。
キーンコーンカーンコーン。
「鳴ったじゃねーか、早く言わな――」
「――テメェ、栗花落さんの――――――」
「えっ? なんだって?」
キーンコーンカーンコーン。
「――テメェ、栗花落さんの元カレだろ?」
「……えっ? なんだって……?」
キーンコーンカーンコーン。
「だから! テメェ、栗花落さんの元カレだろ?」
「悪い網走、もう一度だけ言わせてくれ。……えっ? なんだって?」
「やっぱ喧嘩売ってんのか!?」
キーンコーンカーンコーン……チャイムが鳴り終わる。
チャイム中の会話だからといって、聞こえないほどに聴力はまだ衰えてはいない。
ラノベヒロインも、チャイムなんかに邪魔されて聞こえないなんて意味不明と思っていることだろう。俺にとってのヒロインは網走、コイツかよ……。
……。
……。
……。
……。
でも、聞こえたからといって意味も理解できるとは限らない。俺の頭ではよく分からない、意味不明だ。
意味不明ついでにもう一度言っておこう。
「えっ? なんだって?」




