##話 『私』
薬指がぁぁぁ!
「落ち着け、それは無理だ。入らない。ちょっ、ゴリゴリいってる、ゴリゴリいってるぅぅぅ!」
俺はこの言葉を何度口にしただろう。正直結構クタクタだ。お互い高校生にもなって、休み時間の中学生の廊下のテンションでじゃれあっていたのだから。実際、じゃれあうという範囲は軽く凌駕しているが。
だが、俺は手遅れではない。まだ完全に入り切ってはいない。薬指の第二関節のところで、それは止まっていた。
当然である。指の一番太い部分、第二関節が鬼門なのは明白だ。常識的に通るはずがない。
普通ならば誕生日プレゼントには嬉しい品なのだろうが……
「なぁ、哀。サイズ感って知っているか?」
「知っているわ」
「ギチギチなんだが……」
「それも知っているわ」
「知っているわって……普通こういう時はサイズ調整とかしてもらうものじゃないの?」
「今これが流行りよ」
「ウソつけ!」
こんなギチギチが流行りなワケあるか! 最近変な物や者が流行する傾向にあるが、ありえない。だってこれは、付けたら外せない呪いの装備品なのだから。
「本気ではめる気かよ……」
哀は本気ではめにきている。目を見れば分かる……
フッ……、目を見ただけで何が分かる(笑)? 絶対、目以外の部分も含めて感じ取っただけだろ……なんてどうでもいいことにツッコミを入れる俺。
最初は元気に抵抗していたが、さすがに……疲れた。相変わらず手首を押さえられているため、俺に左手の自由はない。押さえられ、抑えられている。
そろそろ諦めてくれないか――
「――たっ、タイム、タイム、タイム!」
俺はとっさに声を張り上げた。
まぁ通るはずがない、そう油断していた。でも今、少しだが奥へ奥へと入っていくのが分かる。痛みを伴っているのだから、分からないはずはない。
「タイムはタイムでも、今はロスタイム中よ」
「じゃあしょうがないか……ってなるか!」
「……ちょっと大人しくしてくれる? はめられないじゃない」
「大人しくするのはお前の方だ!」
ここからコショコショをされたり、馬乗りになられたり、間接技を決められたり、バリア。小学生か! など様々なバトルを繰り広げた……
「ちょっと、胸を触らないでくれる?」
「触ってねーわ! 触れるほどの胸ないくせに」
「あるわ。もっとよく見なさい。この谷間に滴る汗が見えないのかしら?」
「どこに汗が……て、そもそも谷間が見当たんねぇー!」
「隙ありよ」
「――ちょ、待て! せこいぞ」
……計4分29秒の熱き闘いの末、決着はついた。どんな争いにも終わりは来るってことだ。奇しくもちょうどロスタイムぐらいの試合時間だった。ワールドカップ出場おめでとうございます。
「ふんっ!! あっ、入ったわ。……ピッタリよ」
「どこがだよ! 今『ふんっ!!』って言ってたじゃねーか!」
「似合っているわよ」
「ありがとう。じゃなくて……」
そこらには、紙袋、正方形型の手のひらサイズの箱、巻かれていただろうリボンが散乱していた。
左手を広げて天にかざす。
間違いなく俺の左手薬指には、指輪が突き刺さっている。紛れもなく、刺さっている。
白く光り輝く、シンプルなデザインのシルバーリング。そして、その光をより輝かせる指の真っ赤さ……俺の指、ホントに大丈夫か?
「ふん! ……取れない」
引き抜こうとしてもびくともしない。よく指の第二関節を通ったな、と感心するくらい取れない、動かない。
何? これが呪いの装備品ですか? ちょっと教会行ってくる。えっ、シャナク使えるって? ……これが本物の呪いの装備品だ。RPGの世界観が、今まさにここにある。
でも、思っていたよりかは締め付け感はない。指は第二関節が一番太いのだから、通ってさえしまえば締め付けも痛みもないのは至極当然である。言い換えれば、外せないと同義なのだが。
「しかもイニシャル付き……」
「当然じゃない。だって―――――――――」
「えっ? なんだって?」
「難聴主人公ブチ殺すわよ」
怖えーよ。……もちろん聞こえていた。ホント、大事なことは聞こえていないフリってどうやったら身に付くスキルなんだろうか。なぁ、秋葉?
「誕生日プレゼントよ」
「この指輪がねぇ……」
「指輪じゃないわよ?」
「……ん? 指輪だろ?」
先ほど完全に、はめられてしまった品を眺める。
どっからどう見ても360度見まわしても、指輪なんだが? 白く輝くシルバーリングなんだが?
「だからさっき返事したじゃない」
「?」
「だから、プレゼントは私よ」
「……どこのAVですか?」
「私に隠れてAVを見ているのかしら?」
「デジャブか!」
「ちゃんと『プレゼントは私ってか?』に『そうよ』って返事したわよ」
……そうだったかもしれない。確かあの後会話が逸れた気がする。
俺はハメられるもことなく、はめられて、嵌められた、というところか。
はめられる前にもアイマスクという武器で嵌められているが、な。
「そもそも現実的にプレゼントは私って……どういうことだ?」
「そのままの意味よ。私を蓮にあげるわ」
「ありがとう。じゃなくて……」
コイツ、よくこんな恥ずかしいことを臆面もなく言えるものだ。しかも無表情でクールに。喜怒哀楽がないわけではないのだが、感情の起伏が少ないにも程がある。
それに気持ちはありがたいが、でも……
「なぁ、哀。俺たち兄妹だぞ?」
天羽蓮、18歳。誕生日に妹、天羽哀から天羽哀をプレゼント? されることとなる。
そんな日が訪れるとはつゆ知らず、春休み終了を告げる目覚まし音を聞く。