9話 『女の子の日』
……世の中ホントにあると思うか?
うっかり女の子のパンツに顔を突っ込んだり、胸を触ってしまうとか。それこそ今は亡き勇者事件のおっさんと同じ行為だ。許されていいワケがない。
ラノベ主人公とはちょっとつまづいたり、押されたり、引っ張られたりするとヒロインのパンツや胸に思いっきりダイブする生き物である。
お前さっきまで敵と闘っていただろ、っていう肉体派の主人公がちょっとのアクシデントで倒れていいのか? 体幹はどうした? 体幹は!
その理論でいくと、頭脳派タイプならまだ許されてもいいのかもね……
「蓮、そろそろ乳揉みやめていいわよ」
「――肩揉み、な! 大事なことだからもう一度言うが肩揉み、な!」
もぉ~、栗花落さんこっち見なくていいから。
昼休みの一件で前科がある分、俺たち兄妹仲が妙に警戒されている。やましいことなどないつもりだが……
「じゃあ栗花落さんもやってあげるよ?」
「……わたしのも揉むの?」
だ~か~ら~、なんで赤面しながら胸を隠す。
騎乗バキューン事件があった数時間後の放課後、生徒会室に俺たち生徒会役員三人は揃っていた。
哀はいつも通り俺の右隣の椅子に腰かけていたが、栗花落さんはいつもお決まりの左隣ではなく、一つ席を空けて座っていることが何気に傷ついている、俺である。大事なことだからもう一度言うが、何気に傷ついている。一席分離れただけで遠く感じる……
物理的距離とは心理的距離を表すものなり。
「あ~そこそこ。最後にそこ、もうちょっと強くお願いできるかしら?」
「はいはい」
昼休みの一件があったとはいえ、肩もみまでなら許容範囲、とセコい哀の話術に栗花落さんが言いくるめられた一幕があったことはさておき……
「はい、肩もみ終了。なぁ哀。そんなに凝るんだったら一回背伸びでもしてみれば?」
「そうね。じゃあ早速……あ~、やっぱり胸大きいから肩凝るわね」
「……そっちの背伸びじゃねーよ」
俺が言いたかったのは、身体を伸ばす方のことだ。見栄を張る方ではない。
「やっぱり巨乳だから肩凝るわね」
「言い方の問題でもねーよ」
「わがままボ――」
「――わがままボディでもないからな」
「ナイ――」
「――ナイスバディでもない」
「ダ――」
「――ダイナマイトボディでもない」
……俺たち高校生にもなって、兄妹で何やってんだ?
哀、お前の胸は揺るぎない貧乳だ。揺るぎないというより揺れない貧乳だ。
「……ほんと何をやっているの?」
普段より離れているせいか、言葉に少しトゲがある気がする。怒りや呆れとかではないのだろうが……なんだ?
「そうだよ。栗花落も言ってやって。哀のヤツ、胸の話にムキになってくんだよ」
「わたしが何をやっているの? って言いたいのは特に天羽くんの方だよ?」
「……何故ゆえに?」
「何? さっきの早押しクイズ並みの回答スピード。それに、何しれっと兄妹で胸の話をしているの? ちょっと引くよ……」
確かに。普通に考えれば、何自然に妹と胸の会話に花咲かしてんだ、俺は。
それに……
「……栗花落さん、何しれっともう一つ席移動してるの?」
「別に」
ちょっと引く、って物理的に身を引くってこと? エリカ様みたいな回答になってるけど……
栗花落さんの座席は、いつの間にか俺の隣の隣の隣の椅子になっていた。つまり二つ席を空けて座られている。このままだと栗花落さんの椅子は生徒会室の外になりかねない。そっちは窓側だよ。
物理的距離とは心理的距離を表すものなり。
「蓮、……二人っきりね」
「バカなのか? お前はバカなのか?」
「これからするときは二人っきりのときだけ、だものね?」
「腰のマッサージをするときは、な。確かにそんなこと昼休みに言ってたな。言ってた。だが今ここには栗花落さんも――あれ~!?」
哀がいる右側に視線を外した瞬間、俺と栗花落さんの間の席数は三つに増えていた。ついでに言っておくと、これが最後の椅子である。次の席はもう窓の向こう側、三途の川しかないよ?
物理的距離とは心理的距離を表すものなり。
「あの……栗花落さん?」
「どうかしたー?」
いつもより張らなければいけない声。いつもより小さく聞こえる声。それに、
「私のCVは井――――」
アニメ化に備えるバカの声。
……ここにムードブレイカーがいます。
「……じゃあ、そろそろ役員会議始めるぞ」
次に変なことがあったら本当に栗花落さんの姿が見えなくなりそうなので、話をガラッと転換する。というか、本来これが生徒会室に来る意味なのだけれども。
生徒会役員会議。名前は大層だが中身はまるでない。
基本「これやる?」「やらない」か、「この行事なんだけど……」「やらない」「これ伝統行事だから!」の二択である。
俺が生徒会長になってから、もっぱら生徒たちの噂では行事が減ったという話もある。
「まぁ入学式も終わったし、もう当分やることもないか」
「仕事ならまだあるよ。入学式の日、皇先生に頼まれていたやつ」
「……そんなのあったっけ?」
「勧誘ともう一つ仕事頼まれたって言ったよ?」
「えっ、なんだって?」
特に難聴をしているつもりはない。だって……遠い。
「だ~か~ら、勧誘ともう一つ仕事頼まれたって言ったよ~?」
さっきより声を張り上げる栗花落さん。
「聞こえな~い」
「だ~か~ら、勧誘ともう一つ――」
「聞こえな~い」
「え~、こっちもきこえな~い。だ~か~ら、勧誘ともう一つ仕事……へへっ」
栗花落さんの口角は知らず知らずのうちに上がっていく。
「もぉ~~~。だから……」
スタスタスタ、ちょこん。
「勧誘ともう一つ仕事頼まれたの」
「あ、そう」
栗花落さんは俺が座っている隣のいつもお決まりの椅子に腰をかける。
何気に傷ついていた俺の心は、気軽さを取り戻す。
「……蓮。私のところでもずっと聞こえていたわよ?」
栗花落さんの反対側、つまり俺より距離が離れていた哀でさえ、問題なく聞こえていたらしい……。
フッ、至極当然だ。たった三席分しか離れていないのに聞こえないはずがないだろう。それは栗花落さんにも言えること。
「もしかして天羽くん聞こえていたの?」
「これだと話しやすいよ」
予定調和の質問に、俺はそう笑顔で返した。
物理的距離とは心理的距離を表すものなり。
「……ふざけ過ぎではないかしら?」
「唐突にどうした?」
「今回が今までで群を抜いてふざけているわね」
「いつも群を抜いてふざけてしかいないヤツがどうした? 普段よりはマジメ回だろ?」
「今回の話は、優しい栗花落先輩でもイライラする女の子のフゴフゴ」
哀の口を手で押さえる。何故かは……。
「ちょっとは読後感を大切にしろ。これでますます評価、ブックマーク少なくなったら俺泣いちゃうよ?」
「泣きなさい。そしたら、泪のム〇ウが見えるの」
「――ステレ〇ポニーか! 評価九名様、感想三名様、ブックマークしてくださった方々、ありがとうございます」
「これでこの作品は、なみだを泪と表記しなければならないわね」
「やってくれたな、哀」